感染流行の収束の程度により、公衆衛生的介入が緩和される可能性はあるが(実際、いくつかの国が慎重に部分的な解除を模索し始めているが)、治療法やワクチンが開発されるまでは信頼できる客観的な評価ができないため、介入の緩和は政治的、あるいは社会的に容易ではない。公衆衛生的介入の緩和の難しさは、既存研究でも示されている。例えば、Hatchett et al. (2007)は、スペインかぜの際に米国の各都市が導入した公衆衛生的介入を比較したところ、感染拡大の早い段階での介入がピークを平らにするのには有効であったが、介入の緩和が再度の感染拡大を呼んだことを示している。
ところで、専門家が世界的なパンデミックの危険性を警告してきたという事実は、現在の危機が完全に予見できなかったものではないことを示している。しかしながら、世界的なパンデミックは、「曖昧さ(ambiguity)」といわれる類い、あるいは「不測の事態(unforeseen contingencies)」といわれる類いのナイト的不確実性である。これらの不確実性の下では将来の事象を確率的に評価できないため、標準的な費用便益分析は不適切である。既存研究、例えばJames and Sargent (2006)によると、過去のパンデミックによる集計的な経済への影響は、通常、当初予測されていたものより小さかったが、GDPや総被害額といった集計的な指標は、不適切である。というのは、分配への影響、あるいは健康への影響、人的犠牲、さらには長期にわたる学校閉鎖による将来世代への影響等が反映されないからである。むしろ、最もよい(マシな)最悪のケースを追求する、マキシミン原則(ロールズ基準)を適用すべきである(注1)。
Hatchett, R. J., C. E. Mecher, and M. Lipsitch (2007): "Public health interventions and epidemic intensity during the 1918 influenza pandemic", Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA, 104, 7582-7587.
James, S., and T. Sargent (2006): "The economic impact of an influenza pandemic", Working Paper 2007-04 (Ottawa: Department of Finance).
Knight, F. H. (1921): Risk, uncertainty and profit, New York, NY: Houghton Mifflin.