新型コロナウイルスと創薬イノベーションの予想外の効果

長岡 貞男
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

新型コロナウイルスは、インフルエンザよりも格段に死亡率が高く、しかも治療薬やワクチンが現在時点では存在しないことが、人類に大きな脅威をもたらしている。そもそも20世紀の半ばまで結核、肺炎および気管支炎など感染症が死亡の原因としても最も重要であったが、ペニシリン、ストレプトマイシン、ワクチン等の創薬によって、克服してきた。その結果、創薬の主要な目標は、感染症から高血圧、糖尿病や高脂血症などの成人病にシフトし、そして更に最近では腫瘍やアルツハイマー病等が創薬の中心となってきている。このような創薬イノベーションの蓄積が、創薬を行った段階では予想されなかった3つの経路で、新型コロナウイルスの脅威を下げる手段を提供しており、その活用が重要である(注1)。

自然免疫の強化

第一は、既存ワクチンによる自然免疫の強化である。結核の撲滅に大きな効果があり、現在でもその予防に広く利用されてきているワクチンであるBCGは、自然免疫を強化することが知られている(平野 (2020))。自然免疫は、どのような感染症に対しても有効な免疫である。新型コロナウイルスからの死亡率とBCG接種をしている国かどうかを比較すると明確な差がある。以下の表1は、新型コロナウイルスによる感染者数が最も多い国27ヶ国について、その死亡率と感染率の各国の格差が、感染の開始が最近かどうか(recent, 最初の感染患者の発生日の中国との差が30日未満かどうか)、BCGがユニバーサルに接種されているかどうか(その場合、bcg=1、それ以外は0)、および一人当たりのGDP(GDP per capita, PPP)でどのように説明されるかを示している。BCGが接種されている国は、非常に有意に、死亡率も感染率も低い。死亡率の対数の係数が-2.9であることは死亡率が約16分の1であること、また、感染率の対数の係数が-2であることは、感染率が7分の1であることを示している。BCGの係数は死亡率の方程式でより大きいが、それは感染率の測定が国によって誤差の変動が大きいことを反映しているかもしれない。感染開始がより最近の国では、死亡率も感染率も低いことは予想される結果であり(recentの係数がマイナス)、他方で、一人当たりのGDPは負であるが有意性は無い。

表1:新型コロナウイルスによる死亡率、感染率とBCG接種
表1:新型コロナウイルスによる死亡率、感染率とBCG接種
データの出典)mic by country and territory(https://en.wikipedia.org/wiki/2019%E2%80%9320_coronavirus_pandemic_by_country_and_territory)。BCGのユニバーサルな接種国かどうかはZwerling (2011)から筆者作成。GDP per capitaは世界銀行アトラス。

このようなBCG接種との相関関係は必ずしも因果関係ではない。死亡率はBCGの効果以外にも、その国の医療等の水準に依存するからである。しかし、隣国でかつ同じような経済発展にあれば、このような他の要因はかなりコントロールされると考えられる(しかも、人の移動を考えると隣接国ではBCGの効果の差があってもこれを小さくするバイアスがある)。以下の表2は、最初に、先進国で隣国にあり、しかも一国のみがBCGをユニバーサルに接種している場合で3カ国を比較している。スペインとポルトガル、スウェーデンとノルウェー、英国とアイルランドである。BCGを接種している国の方が人口100万人当たりの死亡率は圧倒的に低い。その次の3カ国はBCGがユニバーサルである国の方が、所得水準等が低い場合を比較しており、所得要因だけでは先進国の死亡率の方が低くなるはずだが、逆である。日本では中国からの観光客も多く、新型コロナウイルスの患者が早期に発生したにもかかわらず、現時点では感染が爆発的に拡大しなかった理由として、BCGの接種国であったことが重要な要因である可能性がある。

表2:ペア国での比較
表2:ペア国での比較
データの出典)死亡率と感染率はhttps://www.worldometers.info/coronavirus/(2020年4月11日)。

新型コロナウイルスに対してのBCGの利用については、日本ワクチン学会(2020)の見解は、「『新型コロナウイルスによる感染症に対してBCGワクチンが有効ではないか』という仮説は、いまだその真偽が科学的に確認されたものではなく、現時点では否定も肯定も、もちろん推奨もされない。」である(注2)。しかし、新型コロナウイルスに対するワクチンの開発には時間を要するので、既存ワクチンの活用はその間に活用できる利用可能な重要なオプションであり、臨床的な可能性を追求する根拠はあると考えられる。現在、オーストラリアやドイツなどで、BCGあるいはそれを改良した既存のワクチンを新型コロナウイルスに対する予防薬として利用することを目指して臨床試験が進んでいる(Max-Planck-Gesellschaft HP, Murdoch Children’s Research Institute HP)。なお、日本ではBCGの接種率は98%と高いが、陰性の割合が年齢に応じて高くなる。

既存の抗ウイルス薬の活用

新型コロナウイルスは、ウイルスが宿主である細胞の中で増殖することによって重症化が進む。このメカニズムはインフルエンザと同じであり、日本の製薬企業(富士フイルム富山化学)が創薬をしたインフルエンザの治療薬アビガン(一般名ファビピラビル)が、このようなウイルスの増殖の抑制に、高い有効性をもっていることが、中国で行われた比較臨床試験の結果から示唆された(以下の白木 (2020b)が詳細を説明している)。早期に投与することでウイルスの増殖を抑え、重症化を防ぐことができるとされている。

この薬は当初インフルエンザの治療薬として開発されたものであるが、発見されたのが1998年、承認されたのが2014年と長期間を要した。致死的なインフルエンザ感染にも有効であること、また耐性ウイルスを発生させない優れた特徴があるが、インフルエンザ薬には先行品があり、また流行によって売上が左右される。このため、大手製薬会社で興味を示す企業が居なかったために、富山化学では長期間、開発中止となったからである(週刊現代、2014)。しかし、鳥インフルエンザでの有効性を米国の大学が発見した等で臨床試験を再開させ、その後富士フイルムに買収され臨床資金継続の資金を得、更に米国の国防総省の支援も得て、漸く承認となった。但し、動物実験において初期胚の致死および催奇形性が確認されているので、妊婦には投与しないこと、また他の抗インフルエンザウイルス薬が無効又は効果不十分なものに限定して利用されることとなった(注3)。

アビガンはこのようにインフルエンザ薬として日本で承認を受けているが、新型コロナウイルスには、別途の臨床試験が必要である。日本でも現在、臨床試験で患者層別の有効性が確認されつつあり、米国でも臨床試験を4月から開始した。

自己免疫疾患治療薬の活用

新型コロナウイルスが、重症化すると急性呼吸器不全を起こして場合によって死に至る。その原因として重要なのはサイトカインストーム(サイトカイン放出症候群)である。それは感染した細胞が免疫関連細胞を刺激し、炎症性のサイトカイン(IL-6,TNF-αなど)を放出し、それが免疫細胞を活性化させるが、そのことが更なるサイトカインの放出を促し、サイトカインの放出に歯止めが無くなり、新型コロナウイルスの場合は、肺などの臓器に重大な損傷をもたらすことになる(平野 (2020))。もしサイトカインストームを抑えることが出来れば、死亡率を大幅に下げることが可能となると期待されている。

このようなサイトカインの過剰産出は新しい現象ではなく、関節リウマチなどの自己免疫疾患の原因であることが、既に知られている。更に、サイトカインの発生を抑制する医薬品が既に開発され、関節リュウマチの治療には大きな効果を上げている。このような医薬品の中で、新型コロナウイルスに対しては、大阪大学と中外製薬が共同で、長期間を要して創製したアクテムラ (トシリズマブ)が有効である可能性が指摘されている(アクテムラの創製過程については原、大杉、長岡 (2014)を参照)。中外製薬は国内で第三相の臨床試験を実施中であり、また、北京大学は、中外製薬の親会社であるロッシュからアクテムラの提供を受けて、アビガンとアクテムラの併用を含めた臨床試験を既に3月から始めている(米国政府の臨床試験DBの clinicaltrials.govを参照)。

結論

新型コロナウイルスは、人類が直面した新しいウイルスであり、現在直接の治療薬やワクチンは存在しない。しかもそれらが利用可能になるには、かなりの時間を要すると考えられる。しかし、新型コロナウイルスは、既に解明された他の疾患と部分的には同じメカニズムで、感染が進み、また重症化をしていくことが、判明している。このため、過去行われたきた創薬の成果を活用して、かなりの抑制効果を発揮できる可能性が高いと考えられる。過去のイノベーションに、創薬当初には予想外であった効用があるということである。

しかし、医薬品は特定の疾患に限定して認可をされており、このような医薬品の予想外の効用を現実のものとするために、国際共同治験の実施を含め、製薬企業と規制当局の迅速な対応が重要である。また、アビガンもアクテムラも、産学連携による、長期の基礎的な研究の結果、創薬された新作用機序を持った画期的な新薬であり、予想されない疾患への治療のオプションを多様化した。このような新しいメカニズムの理解と活用をもたらす基礎的研究の価値を再認識していくことも重要である。

脚注
  1. ^ 本稿の作成に当たっては、大杉義征博士(大杉ファーマバイオコンサルティング)から貴重な示唆を得た。記して感謝申し上げたい。
  2. ^ WHO(2020)も慎重な見解を出している。
  3. ^ アビガンの添付文書(https://www.info.pmda.go.jp/go/pack/625004XF1022_2_02/)を参照。
参考文献

2020年4月17日掲載

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