パンデミックと大企業の3月末決算対応

深尾 光洋
慶應大学名誉教授 / 武蔵野大学教授

これまでのところ、日本はスウェーデンと並んで、世界の先進国の中で感染のコントロールと経済活動の維持を一番うまく両立させてきた国だと思います。感染の爆発的拡大のリスクは常にありますが、現在程度の感染拡大で、ワクチンや治療薬が出てくるまでしのげれば大成功になるのだと思います。しかしその過程で感染の爆発的な拡大が発生した場合には、EU、米国並みのロックダウンが必要になります。

これに対して、感染を早期に完全に抑え込んでウイルスを撲滅するためには、2カ月程度中国と同じレベルの完全なロックダウンを行って、ワクチンや治療薬を待つことになります。この場合、失業、活動の自由の喪失、など非常に大きなコストを払います。しかも、海外との人の交流をある程度維持する場合には、感染再燃のリスクが常にあります。

上の2つのシナリオのいずれの場合も、ワクチンや治療薬が出てこない可能性があります。その場合でも、感染者は数年間の免疫を得る可能性が高いので、人口の6~8割が感染してしまえば、感染は収まります。その場合には、COVID-19は人にとって避けられない疾病として残っていくことになります。またこのため、上のシナリオのいずれの場合でも、相当長期間にわたって多くの企業の活動が制限され、有形資産、無形資産の価値が大きく棄損することが予想されます。

そこで、3月決算が近い上場企業の資産の評価をどうしたらよいか、またそれに伴う金融取引への影響をどうしたらよいかという問題を考えてみたいと思います。

ホテル、レストランなどのサービス業、鉄道・航空会社などの旅客運輸業は稼働率が大幅に低下しており、その資産価値も下落していることが予想されます。資産価値は、将来の稼働率の回復が見込めれば減損の必要はありませんが、長期間にわたって低稼働率が続く場合には減損処理が必要になります。おおむね価値が5割以上下落して、しかも回復が見込めない場合、資産価値を引き下げて貸借対照表に計上する必要があり、損益計算書にも大きな影響が発生します。減損処理により自己資本が大幅に下落し、また信用格付けも低下すると、借入、債券発行、デリバティブ契約における財務制限条項に抵触して、追加担保の提供、期限前返済などを求められる可能性があります。

これについて、どう対応するのかは、全世界の企業が直面する問題ですが、海外企業は年末決算であるのに対して、日本企業は3月決算が多く、日本企業はこの問題に世界で一番早く直面することになります。

問題の性質上、すべての企業に当てはまる処方箋を考えることは困難ですが、次のような対応が適当ではないかと考えています。

1.会計処理は従来の原則通り行う

将来の実現可能性が高いと考える見通しを明示しつつ、そのシナリオにおける資産価値を従来通りの方式で行う。減損会計の停止などは行わない。シナリオについては、企業間の比較可能性を維持するために、政府が主要な業種ごとにガイドラインを提示する。個別企業は適用するシナリオがこのガイドラインから大きく離れる場合には、その理由を説明する。これにより企業会計の透明性を維持する。

2.財務制限条項の発動、追加担保の徴求、クロスデフォルトの実施は2年程度停止

これにより、資産価値の下落に伴う突然の資金繰り困難化をある程度防ぐことが可能となる。これは立法が必要となる。できれば主要国間で調整しおおむね同じ内容にすることで、国際的な資金取引の混乱を避ける。

3.政府系金融機関による企業に対する金融支援を行う

緊急融資においては、1の監査済み財務諸表をベースに行う。財務の悪化が大幅な企業に対しては、貸出ではなく優先株式や株式転換権のついた社債を引き受けるなどにより、将来業績が回復した時に政府がアップサイドを享受することで、予想される損失の一部を回収できるようにする。

2020年4月8日掲載

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