スタートアップ・エコシステムと都市

石井 芳明
コンサルティングフェロー

1. ユニコーンは都市から生まれる?

スタートアップ(注1)は雇用とイノベーションを創出する重要な経済主体である。そのスタートアップの成功例としてユニコーン(未上場で時価総額が10億ドル以上の企業)が注目されることが多くなってきた。政府も2018年6月に策定した「統合イノベーション戦略」において、5年でユニコーン20社の創出という目標を設定している(注2)。成長企業のロールモデルを増やすことにより、世界におけるイノベーションの覇権争いで勝ち筋を確保するという趣旨といえる。

しかし、ユニコーンを政策プログラムで個別・意図的に創出することは不可能である。ベンチャーキャピタル(VC)が有望企業の探索と検討を重ねて投資しても、ホームラン案件が出る確率は1/10程度と言われている(注3)。そのような分野で政策としてできることは、ユニコーンが生まれやすい環境を整備すること、民間の力を活用し幅広くユニコーン予備軍を支援することである(注4)。

ユニコーンが生まれやすい環境について、近年注目されているのが「都市」である。世界銀行の調査では、世界のユニコーンの半数を輩出する米国においてその8割のユニコーンが都市部(サンフランシスコ、ニューヨーク、ボストン等)から生まれているとされている。中国、英国などの他の国でも同様(注5)である。日本でもメルカリ、ペプチドリーム、プリファードネットワークス、Sansan、など和製ユニコーンは東京から生まれている。

2. イノベーションディストリクトの台頭

ここで留意したいのが、イノベーションディストリクトの台頭(注6)である。都市の中でも魅力的な環境を備え、イノベーターのコミュニティのできている拠点でさらに集積が進む。米国西海岸のスタートアップも、最近はシリコンバレーからサンフランシスコ周辺に重点がシフトしている。Airbnb、Uber、Twitterなどの成長企業はシリコンバレーではなくサンフランシスコに本社を置き、Sand Hill Road(シリコンバレーの中心部)で活動する有名VCもサンフランシスコに支社を構えるようになっている(注7)。ボストンのマサチューセッツ工科大学(MIT)の隣にあるケンドールスクエアもその代表例である。Cambridge Innovation Center(CIC)を中心に徒歩で歩ける圏内に4000を超えるスタートアップ、有力VC、Google、Amazon、Facebookなどのオフィスが集積している。ニューヨークはリーマンショック後に産業構造の多様化のためにスタートアップ支援を強化、重層的なネットワークイベント、技術系大学院コーネルテックの誘致などで集積のレベルアップを図り、マンハッタンやブルックリンを中心としたエリアで世界トップクラスのスタートアップ拠点を形成している(注8)。このような動きはロンドン、パリ、ベルリンはじめ各都市で起こっている。

スタートアップの成長が、スピード感のあるプラットフォームや圧倒的な技術力に依存する今日においては、成長を支える人材が成功の決定要因となる。ビジョナリーな経営陣、優秀な研究者やエンジニアなど競争力の源泉となる人材を獲得することで、グローバルな競争に打ち勝つことができる。そして、そのような人材の多くは魅力的な都市を好み、イノベーターが集まるコミュニティを好む傾向にある。よって、ユニコーンと都市の関係がより密接になっているといえる。フロリダ教授がクリエイティブクラスの重要性を提起した2002年から基本的な構造は変わっていない(注9)。むしろ、情報通信の発展やIoT、AIの浸透により、競争優位構築の観点から人と人が顔を合わせ交流するコミュニティの重要性は増大している。

3. 世界に伍する拠点都市形成

このような動きを受けて、2019年6月に首相官邸で開催された総合科学技術・イノベーション推進会議において、内閣府・経済産業省・文部科学省の連名で発表されたスタートアップ戦略"Beyond Limits. Unlock Our Potential."(注10)では、「世界と伍するスタートアップ・ エコシステム拠点都市の形成」が掲げられている。国内の都市から「グローバル拠点都市」2-3箇所、「推進拠点都市」数カ所程度を選定し、官民の支援を集中させ、拠点のエコシステムを強化しようという試みである。具体的には、選定都市に対して、海外の先端的なアクセラレーションプログラムなどの招致、世界への情報発信の強化による海外起業家や投資家の誘導、規制改革による社会実装の促進等の公的支援の提供を実施する。併せて、民間サポーターによる専門人材やノウハウの提供、交流の場や施設の提供などの支援を連動させる動きとなる。現在、2020年1月の都市の公募開始に向けた事前調査が実施されており、2019年度内に拠点を決定する予定になっている。

4. どのような都市を支援するのか?

拠点都市候補の事前調査項目は以下のとおりであり、一定水準以上の都市が選定の候補となる。

(1)スタートアップ・支援者の活動
開業率、起業活動指数、スタートアップ数、VC等投資額、IPO・M&A数、場を創るキーパーソン、大企業・ニッチトップ企業、スタートアップ関連イベントの状況 等

(2)地方自治体の取組
首長の姿勢、支援関連予算、担当組織の権限、顔となる担当者、民間専門人材の登用、グローバル化への対応、国、都道府県、市町村・特別区の連携 等

(3)人材・教育に関するデータ
優良な大学 (論文・特許、研究者数、産学連携、起業家講座、大学発ベンチャー等)、小中高の起業家教育、外国人・女性就業比率、デザイナー・芸術家数 等

(4)都市の集積・くらし
人口、人口密度、文化・交流(観光資源、発信)、生活(安全、医療、居住環境)、交通・アクセス(都市内、都市外)、フレクシブル・ワークプレイス密度 等

今回のスタートアップ・エコシステム拠点形成においては、①グローバルに戦う拠点に支援を集中、②コミュニティ・人の繋がりを重視、③民間サポーターや民間イニシアチブを重視、が基本方針となる。実施に向けて詳細な検討や体制整備を進めており、多くのアドバイスや提言をいただけると幸甚である。

なお、地方都市や地方の企業は応援しないのかとのご批判もあると思う。地方のエコシステムやスタートアップ支援に向けては、異なるアプローチがあると考えており、別の機会にご紹介させていただきたい。

脚注
  1. ^ スタートアップとは「新規性」と「成長性」を有する創業から期間がたっていない企業で、ベンチャーとほぼ同義。ベンチャーやベンチャービジネスという言葉が和製英語であるため、最近は政策面においてもスタートアップという言葉を使う機会が増えている。
  2. ^ 「統合イノベーション戦略」2018.6.15 閣議決定 p.40
    https://www8.cao.go.jp/cstp/tougosenryaku/tougo_honbun.pdf
  3. ^ 「企業のベンチャー投資促進税制」創設時(2013年)に国内外のVCに対し投資の成功確率についてヒアリングした際に多くのキャピタリストがコメント。
  4. ^ Lerner, J. (2009) Boulevard of Broken Dreams: Why Public Efforts to Boost Entrepreneurship and Venture Capital Have Failed and What to Do about It , Princeton University Press.
  5. ^ World Bank (2019) Boosting the Japanese Tech Startup Ecosystem. Washington, DC: World Bank Group.
    https://www.cao.go.jp/others/soumu/pitch2m/pdf/20190205_28_01siryou.pdf
  6. ^ Bruce Katz and Julie Wagner(2014)The Rise of Innovation Districts A New Geography of Innovation in America, Metropolitan policy programs at Brookings
  7. ^ The Mercury news, 2016.2.25 "VCs leave Sand Hill Road, seek out new hot spots in Palo Alto, San Francisco"
  8. ^ 中沢 潔(2018)世界第二の起業都市(スタートアップ・シティ)に変貌したニューヨーク, JETRO/IPA ニューヨークだより2018年1月
  9. ^ Richard Florida(2002), The rise of the creative class, The Washington Monthly
  10. ^ 2019.6.19 総合科学技術・イノベーション会議(第45回) 資料1-1
    https://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihui045/siryo1-1.pdf

2019年9月30日掲載

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