1990年代後半以降、従来型産業の閉塞感から、シリコンバレーをモデルとしたイノベーション支援策が日本を含め世界各地で導入された。日本においても、大企業と中堅・中小企業の従来の関係に変化が起き、中堅・中小企業の一部も新規事業の開拓や、その手段として産学官連携によるオープンイノベーションを志向するようになった(注1)。このため、TLO(Technology Licensing Organization(技術移転機関))の設立などを含む大学等技術移転促進法(1998年)、キャピタルゲインによる起業促進のため、ベンチャー企業の上場の場を作るための金融システム改革法(1998年)などが整備され、2001年からは経済産業省の産業クラスター政策、および、文部科学省の知的クラスター政策が始まった。国、地方自治体、大学、民間団体などによりイノベーション支援組織(注2)が設立されてきた(注3)が、これらの経費負担は期待された役割を果たしたのであろうか。どのような場合に、中堅・中小企業の産学官連携によるオープンイノベーションは支援組織によって推進されるのか。これらの問いは、中堅・中小企業の経営者、政策推進者などステークホールダーにとって重要な関心事であろう。
中小企業の産学官連携によるイノベーションとその支援組織等に求められるもの
吉田 雅彦
コンサルティングフェロー
中小企業の産学官連携支援策を振り返って
中堅・中小企業のオープンイノベーションの現状と課題
製造業において、現状の仕事は次第にまたは何らかの契機に急激に減少することが一般的であり、存続できている企業は、何らかの新規事業を開拓(イノベーション)し続けているので存続できているといえる。中堅・中小企業は何らかのイノベーションを行っているが、一般には、経営者が独力で行っていると考えられる。
宮崎県のある中小企業の事例では、経営者自身がイノベーションの全体構想を作り、探索すべき外部資源の技術的スペックを定義し、探索費用をかけて探索して、目的の外部資源(大企業をスピンアウトしたベンチャー企業が必要な技術を持っていた)を見つけ出した。宮崎県では、同社はイノベーションに熱心で成功事例の多い中小企業として著名である。このことは、中堅・中小企業は、一般には、この企業のように構想したり、探索費用をかけて外部資源を探索したりしてイノベーションを行ってはいないことを推察させる。経営者が、独力で、自分の人的ネットワークで可能な範囲でイノベーションするのが、中堅・中小企業の一般的な状況であると推察される。その上で、現状に安住していては先行きが厳しいという経営者の危機意識と努力によって、産学官連携によるものを含む挑戦的なイノベーションも行われていると考えられる。これらは、基本的に経営者がコスト負担して行っている。すなわち、支援組織などの支援を受ける事例であっても、支援は全体の一部に止まり、ほとんどのコストを経営者が負担して行っていると考えられる。
中堅・中小企業のイノベーションの課題は、第1に、中堅・中小企業は人材など社内の経営資源が限られており、イノベーションを行おうとするとオープンイノベーションを行わざるを得ない場合が多いこと。第2に、オープンイノベーションを行おうとすると、イノベーションの各段階において、外部資源を調査する探索コスト、外部のパートナーが機会主義的行動(裏切り行為)を採らないかモニタリングコストを負担しなければならないことである。
このような課題を解決し、経営者を支援する政策的、自発的な手段として、イノベーション支援組織、産学官の人的ネットワークなどが作られてきた。
イノベーション支援組織などがその期待される役割を果たす条件
イノベーション支援組織は、たとえば、都道府県や大学の産学官連携センターなどがある。産学官の人的ネットワーク(注4)は、INS(岩手ネットワークシステム)などが知られている。著者は、ケーススタディにより、イノベーション支援組織等が役割を果たした事例、果たさなかった事例を分析し、果たさなかった事例について「なぜ、経営者は独力でイノベーションを行い、支援組織を利用しないのか」「なぜ、多くの支援組織、およびその役職員は、経営者に貢献できないのか」について調査、考察した。その結果、イノベーション支援組織等が役割を果たす条件を下記のように抽出することができた。
項目 | イノベーション支援組織等が役割を果たす条件 |
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支援組織の役職員の信頼性 |
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支援組織の役職員の志 |
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支援組織の役職員の知見・能力、支援組織等のサービス |
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支援組織を機能させるマネジメント |
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優れた支援組織である証左 |
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出典:各社ヒアリングから著者作成。 |
イノベーション支援組織の運営に関するいくつかの提言
表1の「イノベーション支援組織等が役割を果たす条件」から、イノベーション支援組織の運営に関していくつかの提言を試みたい。
第1に、役職員に、信頼できる人柄で、経営者の要望を受け止めて対応する志を持っていて、仕事がスピーディで、報告・連絡・相談がまめな人を置くことが、経営者から頼られる支援組織となる出発点となるのではないか。
第2に、技術知識、人脈を蓄積し、経営者に貢献する力を高めるには、長期(10年以上)に支援者としてコミットする必要があり、2、3年などの短期間での人事異動は、それまでの努力を無にする結果になりかねないことに留意する必要があるのではないか。
第3に、支援組織のマネジメントは、企業、行政のいずれのマネジメントとも性格が異なること、具体的には表1のような内容を、支援組織の役員は心得てマネジメントを行う必要があるのではないか。
以上は、これまでの研究に基づくtentativeな提言であるが、今後も、本稿の研究視座や仮説をもって、業種や地域が異なるケーススタディを積み重ね、中堅・中小企業の産学官連携によるオープンイノベーション、イノベーション支援組織、産学官の人的ネットワークなどに関して研究を深めていきたい。
- 脚注
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- ^ 著者自身も、1992-94年、岩手県工業課長として地方におけるイノベーション支援組織の再編、運営や産学官の人的ネットワークに関わり、2000-03年、経済産業省の関東経済産業局部長、本省地域産業政策企画官としてTAMA協会をモデルとする産業クラスター政策の立ち上げと全国展開に参画した。関係者とは現在に至るまで交流を継続してきている。
- ^ 本稿でイノベーション支援組織とは、早い地域では1990年代半ば以降、多くの地域では2000年代以降、日本の各地において設立された主に中小企業のイノベーションを支援する組織をいう。
- ^ 同様の時期に世界各地でイノベーション支援組織が設立された。石倉洋子ほか [2003]等、多くのケーススタディが行われている。
- ^ 著者の調査では、少なくとも2017年現在、日本で少なくとも24の産学官の人的ネットワークが確認できる。2017年09月、関係者が集う第11回産学官民コミュニティ全国大会が大阪で開催された。
- 文献
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- 石倉洋子, 藤田昌久, 前田 昇, 金井一頼, 山崎 朗[2003]『日本の産業クラスター戦略―地域における競争優位の確立』有斐閣
- 岩渕 明[2005]「INSの活動と地域ネットワーク」『産業立地, 512号』日本立地センター
- 吉田雅彦[2017]中小企業の産学官連携の人的ネットワーク -宮崎と岩手の事例から-. [専修経済学論集, 52 (1), (2017),25-38]
2017年10月3日掲載
この著者の記事
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中小企業の産学官連携によるイノベーションとその支援組織等に求められるもの
2017年10月 3日[コラム]