経済社会構造を根底から変えた中国高速鉄道―世界に向けて夢を運ぶ―

孟 健軍
客員研究員

事故の教訓からの再出発

2013年10月末、筆者は北京から杭州に向かった。北京から杭州までの鉄道の距離は、上海を経由して遠回りするため1663kmにものぼる。そのため、これまで移動手段はもっぱら飛行機であった。しかし、2013年7月1日に南京から杭州までの259kmを直接に結ぶ高速鉄道の新線が開通したことによって状況は一変した。

午前8時30分、筆者は北京南駅から時速300km以上の「和諧号」に乗って出発し、1時間半後に黄河を渡り、3時間半後にはさらに長江を渡った。午後1時37分、東京から鹿児島までの全区間にほぼ匹敵する約1300 kmの距離を走破した高速列車は杭州駅に無事到着した。所要時間は5時間7分だが、これまでに経験したことのない快適な旅であった。

2011年7月23日に起こった高速列車追突脱線の大事故は、いまだ多くの人の記憶に残っているだろう。温州近郊で起きたこの事故により、中国の高速鉄道の安全性に対する国内外の懸念を高め、中国政府は激しい批判を受けた。そのため、政府は高速鉄道の走行速度制限および整備計画の一部延期を決めた。高速鉄道網の整備事業は国内の経済成長に大きく寄与していただけに、事故の影響は大きく、先行きが心配された。

2011年の夏から2012年の初春にかけ、高速鉄道の建設・運営の現場においては、従来のスピード重視路線が安全性の低下を招いたことを教訓にし、安全性の重視を徹底する方針が図られていた。中国政府も安全運行システムを改善した上で、新型車両の開発・試運転および高速鉄道の新路線建設を静かに再開した。

国内高速鉄道網の形成――経済圏内から経済圏間へ

20世紀末当時、高速鉄道は時速200km台であれば経済性があり、制限速度は時速270kmと設定されていた。その代表例は日本の東海道新幹線である。

筆者は2000年8月、中央政府に北京上海間の高速鉄道建設に関する政策提言を行った。主な論点は、北京上海間のような長距離高速鉄道のスケールメリットに着眼し、時速200km台での経済合理性を考えるより、むしろ3時間以内に到着できる経済圏内に高速鉄道網を建設すべきということであった。しかし、中国の鉄道の高速化は世界の予想をはるかに超えたスピードで進展してきた。

時速250kmの高速列車は2007年に実用化したが、2008年の北京オリンピックにあわせて開業した北京天津路線の走行時速は350kmだった。2010年秋、設計時速380km、実際の走行時速350kmのCRH380型の量産化を実現した。CRH380BL型は、北京上海路線での試験速度が487kmに達した。これにより、北京からチベットのラサと新疆のウルムチ以外のすべての省都まで8時間以内に到着できるようになり、経済圏間を繋ぐ国内高速鉄道網が現実のものとなった。

中国鉄道総公司の発表によると、2013年末において高速鉄道の運行距離は1万1028kmに達し、世界で運行中の高速鉄道の約5割を占め、日本の約4倍になった。また、建設中の高速鉄道は1万2000kmにのぼる。中国全土で「四縦四横」の主な骨組みが形成され、壮大な国内高速鉄道網の整備事業が地方政府を中心とする新たな段階に入っている。

独自の技術進歩――イノベーションの優位性と好条件

中国の国内高速鉄道網の整備により、独自の技術が進歩した。国内の研究開発機関と鉄道関連企業による海外技術の吸収、および再開発が予想以上に進んだため、安全性の高い独自の高速車両や部品の開発が着実に行われたほか、国産化によって総合システムや基礎工事など、広範にわたる試験が行われ、新たな技術革新に繋がった。

2012年12月1日に開通された904kmのハルビン大連路線は、中国独自で開発された極寒豪雪地域対応型の設計時速350km以上の高速鉄道試験線であった。この路線は気温マイナス40度から40度に耐えるように設計され、複雑な気候条件への対応に加え、世界の高速鉄道史上、未踏の過酷な環境に耐えうる高速車両、技術装備および基礎工事などが独自に開発された。特に冬の氷雪と超低温から高速軌道や電源供給システムと信号システムを保護する設備が備えられた。12月1日から3月31日までの冬季は、安全確保のために冬季ダイヤの時速200kmで運行する。

2014年6月4日には、今年末の運行を目指して1776kmの蘭州ウルムチ路線の走行試験が開始された。甘粛の蘭州と新疆のウルムチを結ぶ路線は、一度で建設した世界最長の高速鉄道であり、ゴビ砂漠の暴風から鉄道線路を保護するため、500kmに及ぶ防風壁と防風柵が沿線に設置された。さらに、富士山頂にほぼ匹敵する海抜3600mの高所に全長16kmのトンネルを貫通した。蘭州ウルムチ路線の開通によって新疆自体が大きく変わり、さらにウルムチには蘭州から8時間、西安から10時間、北京から14時間、広州と上海から18時間で到着できるようになり、新疆は一日で行ける活動圏内となる。

広大な国土を有する中国には、他国より高速鉄道のイノベーションの優位性と好条件があり、独自の技術で開発・製造できる強みがある。

新たな制度設計――責任の伴う地方分権体制へ

2014年6月4日、国家発展改革委員会は山東省の済南青島路線の建設を正式に承認した。ただし、この路線の建設は中央政府による全額出資ではなく、山東省が費用の8割を負担することになる。

これは2013年8月から始まった鉄道の投資・融資改革以来、主に地方政府の投資による最初の高速鉄道の建設なのである。また、この鉄道の投資・融資は国内企業と民間資本からの投資や株式の購入が2割を占める比率を目指し、さらに、2割程度の外国資本の枠も設けるため、国際金融機関などに投資への参加を積極的に呼びかけている。2014年8月7日、人民日報など中国内のメディアには「済南青島高速鉄道有限公司の戦略的投資業者に対する開示公告」が掲載された。これと同時に、山東省内の3800kmに及ぶ「三縦三横」の都市間鉄道交通網計画も承認され、すべての都市を2時間で繋ぐことによって省内の経済社会構造の基礎を根底から変えることを目指している。

今後、中央政府による鉄道投資は減少するが、新たな制度設計のもとに地方主導で高速鉄道への投資が大幅に増えるだろう。中国では鉄道省の解体、腐敗撲滅キャンペーンを通じて、コーポレートガバナンスの責任を負う地方分権体制への経済構造改革も加速している。

高速鉄道の新時代

中国の都市化過程において、環境配慮型交通の中核は国内高速鉄道網の建設にほかならない。高速鉄道網の構築によって地域間の距離が縮まり、人々の生活様式が変わり都市も変わる。「国家中長期鉄道網整備計画」によれば、国内高速鉄道網は将来、国土の90%以上を網羅し、人口50万人以上のすべての都市を結ぶ。

2014年7月25日、中国の技術協力によってトルコのアンカラとイスタンブールを結ぶ533kmの高速鉄道が時速250kmで運行を開始した。また、2014年7月30日、タイ政府は2021年の完成を目指す中国とタイを結ぶ2本の高速鉄道建設計画を承認した。さらに、2014年6月17日、中国とイギリスの両首相は中国企業のイギリス高速鉄道分野への参入を合意した。

中国は今、新たな高速鉄道の時代を切り開いている。中国、ロシア、カナダそしてアメリカを結ぶ高速鉄道は、全長200kmのベイリング海峡の海底トンネルを貫通し、1万3000km以上にのぼる鉄道建設の「夢」である。一方、北京とロンドンを結ぶ高速鉄道は、悠久のロマンを載せる新シルクロードの「夢」であり、砂漠地帯を走破する高速列車が安定と発展を運び、中央アジア、中東、ロシアおよび欧州を繋ぐ。走行試験中の蘭州ウルムチ路線はこの構想に大きな役割を果たすだろう。

中国の高速鉄道は「夢」の時代に向かって着実に走っている。

2014年9月22日

2014年9月22日掲載