国際貿易における"ネットワーク"の役割
経済的・社会的ネットワークが、国際貿易の重要なドライバーであることは、良く知られている。これまで国内で構築されてきたネットワークは、海外直接投資や労働の越境移動を通して、国際的に拡大している。こうした国境を越えたネットワークは、インフォーマルな貿易障壁(契約の不履行や国際商取引に関する情報不足など)を取り除き、国際貿易を促進する上で重要な役割を果たしている。
ネットワーク効果の研究は、日本と馴染みが深い。それは、"系列"と日本の貿易構造の関係性が、多くの研究者によって注目されてきたためだ。初期の研究は、日本国内に形成された企業間ネットワークが、外国企業にとって貿易障壁になっているのではないか、という問題意識に基づくものであった (Fung, 1991; Qiu and Spencer, 2002)。国内のネットワーク効果に焦点を当てた分析は、日米貿易摩擦が起きた1980年代と1990年代に盛んに行われた。2000年以降になると、日本企業のグローバル化が加速したことを背景に、国境を越えた"系列"ネットワークによる貿易促進効果に注目が集まるようになった。Baldwin and Ottaviano (2001)とGreaney (2003)は、売り手と買い手が同じネットワークに所属することで取引費用を節約でき、輸出を通じた外国市場への参入が容易になることを理論的に示した。その後、この理論的仮説を支持する実証研究 (Head et al, 2004; Greaney, 2005)が出てきた。
この研究論文は、中間財貿易におけるネットワーク効果を測定することを目的としている。近年、工程間分業が急速に拡大していることを背景に、中間財貿易に対するネットワーク効果分析の必要性が高まっている。本研究では、製造業の中でも中間財貿易の比重が大きい自動車産業に分析の焦点を当て、先進自動車生産国(以降、TPCと省略:日本、米国、ドイツ、フランス、イタリア、スウェーデン)の自動車部品輸出に対するネットワーク効果を推計した。ネットワーク効果は、「TPCに本社を持つ自動車メーカーの海外生産台数の増加によって誘発された本国(つまり、TPC)の自動車部品輸出額」と定義した。ネットワーク効果の推計には、Anderson and Wincoop (2003)型のGravity modelを援用し、固定効果推定法を用いた。分析には、輸出国(TPC6カ国)、輸入国(49カ国)、自動車部品(31品目)、7年間(2002-2008年)からなるパネルデータを使用した。
ネットワークは中間財貿易をどれほど増加させるか?
自動車部品 | 係数 | |
---|---|---|
1 | タイヤ | 0.12 |
2 | ガラス | 0.25* |
3 | リーフスプリング | 0.14* |
4 | 取付物 | 0.38* |
5 | エンジン | 0.38* |
6 | エアコン | 0.09 |
7 | フィルター | 0.11* |
8 | ジャッキ・ホイスト | 0.13 |
9 | ガスケット | 0.25* |
10 | メカニカルシール | 0.14* |
11 | エンジン部品 | 0.14 |
12 | 照明・点灯装置 | 0.30* |
13 | ランプ | 0.16 |
14 | ワイヤーハーネス | 0.27* |
15 | シャーシ・車体 | 0.61* |
16 | バンパー | 0.30* |
17 | シートベルト | 0.23* |
18 | 車体部品 | 0.34* |
19 | ギアボックス | 0.43* |
20 | ベアリング | 0.33* |
21 | ホイール | 0.38* |
22 | トランスミッション | 0.41* |
23 | ラジエータ | 0.26* |
24 | マフラー・排気管 | 0.43* |
25 | クラッチ | 0.27* |
26 | ステアリング・ホイール | 0.41* |
27 | その他の自動車部品 | 0.22* |
28 | 時計 | 0.26 |
29 | シート | 0.14 |
30 | フロアマット | 0.22* |
31 | タービン | 0.01 |
注:*は統計的に有意であることを示す。
分析結果は、多くの自動車部品に対してネットワーク効果が存在することを示している。表は、2008年のみのデータを使用し、部品ごとにネットワーク効果を推計した結果である。係数がプラスで統計的に有意であれば、ネットワーク効果が存在していることを示す。31品目中23の自動車部品においてネットワーク効果の存在を確認できる。ネットワーク効果の大きさは、+0.11-0.61である。また、紙幅に制限があるため結果は割愛するが、全ての自動車部品をプールし、各年(2002-2008年)のネットワーク効果を推計した。その結果、全ての年において、正でかつ統計的に有意な係数を得た。ネットワーク効果の大きさは、+0.38-0.50であった。この分析結果を解釈すると、「TPCに本社のある自動車メーカーの海外生産台数が10%増加すると、TPCの自動車部品輸出は4-6%増加する」ことになる。
日本のネットワーク効果は、他国と比較してより小さい!?

Greaney (2005)は、日本のネットワーク効果が、他国と比較して大きいことを実証的に明らかにした。興味深いことに、本研究では、日本のネットワーク効果は、他のTPCと比較して、弱いことが明らかになった。グラフは、ネットワーク効果の国際比較を行ったものである。日本のネットワーク効果は、他のTPC平均のネットワーク効果と比較して、0.12%小さいことを示している。他方、米国とスウェーデンのネットワーク効果は、他のTPC平均と比較して大きい(それぞれ0.32%、0.24%)。フランス、イタリア、ドイツについては、ネットワーク効果の特異性は発見されなかった。
なぜ、日本のネットワーク効果は小さいのだろうか? 日本の場合、国内の"系列"ネットワークが強いため、国際貿易を促進する意味でのネットワーク効果が発揮されにくい構造になっていることが一因であると考えられる(他方、欧米の自動車メーカーは、グローバルソーシングを基本としているため、ネットワーク効果が発揮されやすい)。日本の自動車産業の場合、海外展開を行う際、国内で構築した強固な企業間ネットワークを海外に移管するという特徴を持っている。既に言及した通り、日本国内の"系列"ネットワークの存在は、部品の現地調達比率を高め、輸入への依存度を引き下げる。したがって、日系自動車メーカーの海外現地法人も、部品の現地調達が主要な購買戦略となり、日本からの仕入れを含むグローバルソーシングの役割が、比較的小さくなる。
政策的含意
将来の日本の貿易収支の動向を展望する上で、我が国における対外直接投資と輸出の関係性が1つのポイントになる。これまで行われた実証研究を総合すると、対外直接投資は本国からの輸出を増加させる、という結論が一般的である。たとえば、川上企業(例:自動車メーカー)の海外展開は、川下企業(部品サプライヤー)の輸出需要を高める。しかしながら、本研究は、こうした輸出誘発効果について楽観視するべきではないことを示唆している。日本企業の場合、国内で構築した企業間ネットワークを海外に移管することで海外展開を行うという特徴を勘案すると、本国からの輸出は、川下企業の対外直接投資によって代替されてしまう可能性があるからだ。
本稿は、Nishitateno, Shuhei "Network Effects of Trade in Intermediate Goods: Evidence from the Automobile Industry" The Japanese Economic Review (Forthcoming) を基礎に記述したものである。