オバマ政権発足と世界秩序の変化

中西 寛
ファカルティフェロー

11月4日の大統領選挙でオバマ民主党候補が勝利した。史上初の黒人大統領ということでアメリカ史にとって大きな意味をもつ選挙だったが、世界にとってもオバマ選出は画期的である。

現在の世界は何十年かに一度の混乱期にある。アメリカのサブプライム・ローンに端を発した金融危機が深刻の度を加えており、世界の耳目を集めるのは当然だが、その陰にはイラク、アフガニスタン、グルジアなど多くの地域紛争、それもアメリカやロシアといった大国の絡んだ紛争が生じていることも忘れてはならない。世界情勢はまさに「火が付いている」状態である。

こうした諸問題が同時に発生しているのは単なる偶然ではなく、世界秩序が構造的な変容段階にあることを示唆しているといえよう。既にそれは、今回の金融危機に際して、北京で開催されていた第7回アジア欧州会合(ASEM)では金融規制強化がうたわれ、また初めてG20首脳会合が開催されたことにも現れている。

過去30年ほどの世界は、アメリカが主導するグローバリゼーションによって引っ張られてきた。レーガン政権の頃から本格化した、強い基軸通貨ドルと巨大な消費市場、ハイテク兵器分野での優越性によってアメリカは世界秩序の中心に位置してきた。しかしその構造は双子の赤字やテロ、核拡散といった非対称的な脅威との対立によって次第に限界を露呈してきた。それが現在のブッシュ政権の置かれた苦境にも反映しているといえる。

新しい指導者層の登場

こういう時代にオバマという若く、これまでにはないタイプの指導者をアメリカ国民が選んだということの意義は大きい。オバマがこれまでのアメリカ大統領とは大きく異なる資質を持っているからである。彼は黒人大統領というだけでなく、黒人、それもアフリカ出身の父とリベラルな家に生まれた白人の母の間に生まれた子供である。そして幼いときにインドネシアやハワイの社会を体験し、父の出身地ケニアに近親者をもつなど、アメリカ大統領としてかつてないほど深く、非西洋世界とのつながりをもつ人物である。

こうした人物が大統領となったのは、アメリカ人自身が現在のアメリカが置かれた状況を深刻に捉え、思い切った変化を必要としていると感じているからであろう。その意味でオバマの掲げた「変革」のメッセージは、単なるブッシュ現政権批判だけでなく、より深くアメリカ人の意識をつかんだ言葉であった。

抜群の演説能力と老熟した感すらある選挙活動指導者ぶりで、オバマは希に見る資質を示したが、大統領として成功するか否かは分からない。しかし今回のオバマ選出によってアメリカはこれまでにない階層から指導者を選ぶことができるようになった。少数民族や非西洋世界からの移民の出自であっても、指導者として選ばれる道が開かれたといえる。その事実は、上記のように世界秩序が大きく変動し、とりわけ非西洋諸国の政治的、経済的影響力が上昇しつつある現代世界の様相と符合するものである。

新しい政治経済秩序の模索

オバマ政権の当面の課題が経済危機の克服であることは間違いない。そのための処方箋は金融部門の強化と景気対策になるだろうが、時を経るにつれて中長期的な政治経済ビジョンと組み合わせることが求められていくであろう。

その際に可能性が高いのは、省エネルギーや新エネルギーの開発、更に地球温暖化などの環境対応を重視した産業部門の再生と不況脱却を組み合わせるやり方である。たとえば現在瀕死の状況にあるアメリカの自動車産業の再生にあたっても、資源、環境対策の文脈で政府が支援を行うことが考えられる。

同時にオバマ政権は、中東およびヨーロッパ、ロシアとの関係を外交上の優先課題とすることが見込まれる。何といってもブッシュ政権から引き継いだ「テロとの戦い」を立て直し、グルジア紛争などで関係が対立含みになってきたロシアとの関係をアメリカの利害を反映して安定させることができるかどうかが国際政治上の不確定要素となっているからである。他方、オバマ政権としてはアジア太平洋地域についてはしばらく状況を見て、たとえば2009年末のAPECなどで手をつけることになりそうである。日本としてはその頃までにオバマ政権との信頼関係を構築することが当面の対米政策上の優先事項となるだろう。

2008年11月25日

2008年11月25日掲載

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