新興競争法への効果的支援を

岩成 博夫
コンサルティングフェロー

ルワンダといえば、90年代における大規模な部族紛争という不幸な歴史で記憶しておられる方が多いと思う。しかし、この国で60年代に競争法が存在し、有効に機能していたことをご存知の方は少ないのではないだろうか。

途上国における競争法の導入

服部正也『ルワンダ中央銀行総裁日記』(1972,中央公論社)によれば、同氏の提案により、価格協定等の独占的取決めを禁止する法律が成立し、これによって「外人商人」によるカルテルを防ぎ、それまで市場において低い地位しか占めていなかったルワンダ人商人が成功を収めたことが記されている(ただし、同国において現在も競争法が制定・運用されているかどうかは不明である)。

このルワンダの例は、服部氏という卓越した能力を持つ日本人の指導の下での極めて先駆的なものであり、70年代までは途上国における競争法整備はほとんど行われていなかったといってよい。しかし、80年代から90年代、そしてここ数年も含め、アジア・中南米・東欧・アフリカ等において競争法の制定が相次いでいる。途上国・旧社会主義国、更には社会主義国においても競争法が制定され、現在では90以上の国において何らかの競争法(又はそれと同種のもの)が運用されている。中国においても包括的競争法の制定が近い旨の報道がなされるようになった。

これら途上国、(旧)社会主義国における競争法導入には、外的要因と内的要因の双方が存在する。外的要因としては、IMF、WTO等からの要請に基づくもの、内的要因としては、公正・自由な競争を可能にする市場環境整備を行うことにより国民経済を発展させようとするものである。中には、外的要因により不本意ながら(?)競争法を導入した国もあろうが、多くの場合は、競争政策の推進が自国の利益になるとの観点があったものと考えられる。

特に、いわゆるクローニー・キャピタリズム(縁故資本主義)の歴史を有している、旧国営企業等が市場において強大な力を手にしているといった場合には、健全な市場環境の形成が経済の発展にとって不可欠なものであり、競争法(および競争当局による独立した権限行使)は、そのための最も重要なインフラの一部である。そのことの理解が政府部内でそれなりに増進してきたものとみることもできよう(ちなみに、競争法の効果的運用と長期的経済成長に正の相関を見出す研究もみられる。Mark A. Dutz and Aydin Hayri (2000), “Does More Intense Competition Lead To Higher Growth?” World Bank Policy Research Working Paper No.2320.)。

理想と現実

しかし、競争法の運用は必ずしも容易ではない。実際、苦労している競争当局のほうが多いといえる。さまざまなケースがあるが、多くの場合共通するのは次の問題である。

(1)競争当局のリソース不足
人員・予算の不足といった量的問題に限らず、新興競争当局においては、法運用の技術的な面、法解釈の面等の質的な面でも不十分な場合が多い。

(2)競争法に対する司法(裁判所)の理解不足
競争当局において質・量両面の能力が備わったとしても、違反被疑事件が裁判に持ち込まれた場合、それを扱う裁判所が競争法に精通していなければ、適切な法解釈が育たないこととなる。実際に、競争法事件が裁判所段階でことごとく「シロ」とされ続けている国もみられる。

(3)競争政策の重要性に関する社会的理解の不足
これらの問題の背景には、多くの場合、公正かつ自由な競争の重要性に関する国民の理解が十分に広がっていないという問題がある。競争法違反行為の未然防止という観点では、このことは決定的に重要である。

競争法支援の在り方

多くの途上国等において、競争法の導入は必ずしも押し付けられたものではないとしても、その運用においては苦労が続いており、先進国の支援を求めているのが現状である。実際、日米欧から多くの技術支援が行われているところであるが、日本からの貢献はまだ始まったばかりである。

ここ数カ月、何度かそのような支援の仕事をする中で感じたのは、日本が成しうることは非常に多く、また日本に対する期待も熱い、ということである。上記の途上国等が抱える問題の多くは、実際に日本の公正取引委員会が直面した問題そのものである。司法の問題はともかく、競争当局のリソース不足、また競争政策に関する社会的理解の広がりについての困難は、まさに日本が経験したものであり、また現在でもその問題をひきずっている部分がある。日本は、同じ目線から新興競争当局に語りかけることができる数少ない先進国である。

また、経済はそれのみで独立して存在するのではなく、法律・社会・文化の中で生きているものである。それらの相関において経済を理解し、市場に関する法制度を設計し、法運用の在り方を考える必要がある。北米社会で誕生した競争法のアイデアを、日本の文脈で根付かせ、発展させてきた日本は、アジアを中心に注目を集めている。もちろん、日本のやり方が他の新興競争当局でもそのまま通用するわけではなく、各国の事情を踏まえた上での、お仕着せでないテイラー・メイド型の支援が必要とされている。
冒頭に挙げた『ルワンダ中央銀行総裁日記』にも、服部氏が直接ルワンダ人にルワンダの経済・社会等について尋ね、理解を深めたことが経済政策の成功につながった旨が詳細に述べられている。競争法の支援においても同様の姿勢が重要であろう。

(尚、本稿において意見にわたる部分は個人的なものであり、公正取引委員会の見解とは無関係である)

2005年3月15日

2005年3月15日掲載

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