"農業保護は削減している"のか?

山下 一仁
上席研究員

農林水産省が農政改革に着手しようとしているなかで、既に農政改革は十分やっているなどという農業保護擁護論が一部の農業経済学者から聞こえてくる。

財政負担の低さは保護の低さを意味しない

1.まず、「日本農業は過保護ではない。農業の財政負担は欧米に比べ低い。農家一戸当たりの農業予算額はアメリカの1/4以下である。また、欧米以上に価格支持政策に決別している。農産物の平均関税率(12%)はEU(20%)、タイ(35%)より低い。日本は農政改革をやっている世界に冠たる農業保護削減の優等生だ。WTOで国内農業保護削減の指標とされているAMS(Aggregate Measurement of Support 助成合計量)は大幅に低下している。過去に廃止した不足払いを復活するなど悪いことをやっているのはアメリカである」という主張がある。

農業保護指標であるOECDのPSE(Producer Support Estimate 生産者支持相当量、2003年)の総額では、日本(447億ドル)は、アメリカ389億ドルより高く、EU1214億ドルより低い。国のサイズを考慮しPSEのGDP比率を見ると、日本1%、アメリカ0.4%、EU1.2%である。農業生産額当たりの保護(パーセントPSE)では、農業生産の少ない日本の数値は58%であり、アメリカ18%、EU37%、OECD平均32%を大幅に上回る。アメリカに比べると保護水準は高いが、EUと比べると、農業保護的であるとは必ずしもいえない。それなのに、WTO・FTA交渉において農業では後向きの対応しかしない(特に関税引下げに抵抗する)最も農業保護主義的な国という内外の批判があるのは、保護の仕方が間違っているためである。

表:PSEの品目比較(1998年)
日本アメリカEU
穀物22,357億円(米)
(19,777億円、88%)
4,223億円(小麦)
(0億円、0%)
12,855億円(小麦)
(2,099億円、16%)
牛肉2,084億円
(1,859億円、89%)
1,080億円
(173億円、16%)
20,815億円
(13,357億円、64%)
注:括弧内はPSEのうち消費者負担の部分の額および割合である

PSEは消費者負担(内外価格差×生産量)と納税者・財政負担の部分からなる。関税により高い価格で農業を保護している消費者負担の部分は1986~88年から2002年にかけてアメリカ46%→39%、EU85%→57%と低下しているにもかかわらず、日本は90%→90%のままである。

政策手段はeffective(目標をより効果的に達成できること)、efficient(効率的であること、最も少ないコストで目標を達成できること、他に別の非効率を生むものではないこと)、equitable(公平であること、貧しい者に多くを負担するようなものでないこと)を満たすものでなければならない。関税による消費者負担型の価格支持政策は、所得向上に直接資するものではないという点で非効果的であり、需給の不均衡等副作用を生むという点で非効率的であり、貧しい消費者も負担(他方、日本では裕福な土地持ち兼業農家も受益)するという点で不公平であり、3つのEのいずれの基準も満たさない。対象を絞った納税者負担型の政策(直接支払い)は、負担と受益の関係を国民に明らかにし、真に政策支援が必要な農業や農業者に受益の対象を限定できるとともに、消費への歪みをなくし経済厚生水準を高める。OECDが価格支持政策から直接支払いへという提案をするのはこのためである。

アメリカ・EUとも価格支持政策から財政による直接支払いへ保護を転換している(今ではEUの穀物支持価格は小麦シカゴ相場より低く、関税は不要)。日本はまだ改革を行わず、相変わらず関税依存型の保護を行っているため、世界の農政の流れから取り残され、関税引き下げに対応できないでいるのだ。日本は消費者負担で農業を保護しているのだから、欧米に比べ農業の財政負担が低いのは当然である。財政負担の低さは保護の低さを意味しない。

平均関税率が低い反面、日本の保護のあり方の第二の問題は米など特定の品目に保護が偏在し、農業内部でも資源配分に歪みが生じていることである。これを示すOECDの指数では、アメリカ29、EU59に比べ、日本は118と突出している。ほとんどの品目の関税は低い(裾野は広い)一方、一部品目に突出した高関税(米490%、バター330%、砂糖270%)がある富士山型の関税構造なのである。

日本は農業保護削減、農業改革を行っているのか?

日本は農業保護削減、農業改革を行っているのだろうか。
WTOのAMSは、行政価格支持と補助金等の国内政策(関税は別途削減を行う)の削減の指標である。これもPSEと同様の考えにたつものであり、行政価格による消費者負担(内外価格差×生産量)の部分と財政負担による貿易歪曲度が高く削減対象となる補助金等の部分からなる。1997年度のAMSは3兆1708億円だった。このうち、補助金等の財政負担は2029億円にすぎず、消費者負担による内外価格差相当分は2兆9679億円で93.6%も占めている。品目別にいえば米のAMSは2兆3975億円で総AMSの75.6%も占めている。さらに、このうち2兆3153億円(96.5%)が米の市場価格支持に由来する部分である。この部分は総AMSの73%も占めている。

ところが、AMSは1998年度には7665億円に大幅に減少した。これはウルグアイ・ラウンド合意受入後食糧管理法が廃止されたことに伴い、行政価格である米の政府買入価格(生産者米価)が廃止され、AMSの7割を占めていた米の行政価格による内外価格差相当分が消滅したからである。我が国のAMSの減少は農業の生産性向上や国民・消費者負担の減少を反映したものではなく、行政価格廃止という単なる制度変更の結果にすぎない。これを農政改革と呼ぶのだろうか。しかし、国内政策だけを規律するAMSが内外価格差を行政価格と国際価格の差とするのに対し、関税等国境措置を含めトータルの農業保護を示すPSEは、行政価格の存在いかんにかかわらず、関税によって(国内市場を国際市場から隔離しているため)守られている国内価格と国際価格の差を内外価格差とする。したがって、現実の納税者・消費者の負担を表すPSEでは、米の内外価格差が残る以上算入されるので、PSEはAMSのように減少しない。

2.次に「日本の農産物価格が高いのは、消費者が国産品に対し高い評価を与えている『国産プレミアム』のためである。金持ちの日本の消費者は高くても国産品を買う」という議論である。

確かに、そういう要因が全くないわけではない。しかし、それだけで日本の農業保護の消費者負担の高さを説明できるものではない。魚沼産コシヒカリは消費者の評価も高い。卸売価格で平均的な米に比べ50~60%のプレミアムがある。しかし、このように高い評価を受ける魚沼産コシヒカリでも、平均的な価格水準が下がれば、同じように価格は低下するのである。他の米の価格水準と全く関係ない孤高の米などというものはない。製品差別化は価格と全く無関係ではないし、同じものなら安い方を買うのは当然である。日本のコシヒカリと品質がさほど変わらない中国産の米が国産米の4分の1の値段(10キロ1000円)で買えるとき、あなたは4000円の国産コシヒカリさらには6000円の魚沼産コシヒカリを買うのだろうか?

面白いのは、もしこの議論が妥当するのであれば、米をはじめ全ての農産物の関税を撤廃できるはずなのに、論者はそれに反対していることである。

国産農産物輸出を促進するには、本格的な農業改革が必要

3.逆に「輸入されても輸出すればよい。これからは攻めの農業だ」という議論もある。いま国産農産物輸出促進の旗がさかんに振られている。農林水産省は輸出支援の予算を4700万円から8億400万円に増額した。東アジア地域の経済発展による食品需要の拡大、農産物輸出成功事例の出現等も背景にあるが、この輸出促進の動きは、行政主導による上からの取り組みである。現状では、農業生産額9兆円、輸入額4.4兆円に対し、国産農産物を使った輸出は豚の皮71億円、リンゴ43億円程度に過ぎない。その程度の輸出がどれだけ伸びても農業の再生を図れるほど切り札になるとはにわかには想定できない。ウルグアイ・ラウンド交渉の最中だった1989年頃にもこのような動きがあった。今回もWTO・FTA交渉で譲歩を迫られている農業界に対し、輸出という明るい話題を提供しようという狙いが感じられる。

そもそも一方で「地産地消」を唱えながら他方で国産農産物の輸出を唱えるのは矛盾しているように思うが、それはともかく国産農産物でも高品質化等により製品の差別化に成功すれば、輸出の可能性はないとはいえないだろう。しかし、食品の場合、製品の差別化は主として味の差別化であるが、野菜、小麦、大豆、牛乳、卵等では味に差は出にくい。それが可能なものは果物、和牛肉、一部の米等に限られてしまう。

日本の米については、中国、台湾でもおいしいという評価があるが、いくら品質がよくても価格(コスト)差をカバーするには限度がある。米を輸出しているのは、米生産コストや所得が日本と近く、価格差がそれほどかけ離れていない台湾であり、大幅な価格差がある中国などには輸出できない。台湾市場でもアメリカ産と輸入価格に10倍の差があるため台湾の米輸入にしめる日本のシェアは量で0.2%、金額で1.5%にすぎず、7割のシェアを持つアメリカに太刀打ちできない。本気で輸出しようとすれば、本格的な農業改革を行い米、果物、肉用牛等土地利用型農業の規模を拡大しコスト、価格を大きく下げる必要がある。それを行わない行政主導型輸出振興は、以前と同じ結果に終わる可能性が高い。

経済産業研究所のシンポジウム『21世紀の農政改革-WTO・FTA交渉を生き抜く農業戦略』でケン・アッシュOECD農業局次長は「国内市場で輸入品と競争できないものは海外市場でも競争できない、国内市場を守りながら輸出市場を開拓することは不可能である」と述べた。攻めの農業といっても"竹槍"では勝負にならない。攻めるためには"強い農業"でなければならない。

2004年12月21日

2004年12月21日掲載