日本におけるハイテクノロジー・コンピュータを基盤とする産業の現状:ソフトウェア・プラットフォームが果たす役割

HAGIU, Andrei
研究員

現在、産業界において、コンピュータや個人用携帯情報端末(PDA)、ビデオゲーム・コンソール、テレビ、スマートフォン、デジタルコンテンツ・デバイス、その他各種家電製品など、コンピュータ関連のシステムを基盤とするハイテクノロジー産業が増加している。コンピュータ関連システムに基づく今日の産業のほぼすべてに共通する特徴の1つは、それらが「マルチサイド・プラットフォーム」を中心に展開している点である。

ビデオゲーム以外に強力なソフトウェア産業が存在しない日本

経済学者らの定義によれば、マルチサイド・プラットフォームとは、2つ以上の異なるタイプの顧客を対象とする製品であって、その顧客が重要な場面で相互に依存し合い、共同で関与することでお互いにとってプラットフォームが価値のあるものとなるような製品とされている。たとえば、PCからワークステーションやサーバにいたるまでコンピュータ産業のほとんどの分野では、オペレーティングシステム・プラットフォーム(WindowsやLinux、Mac OS、Novell NetWare、Sun Solarisなど)に依存している。それは、ソフトウェア・アプリケーションの開発者やハードウェアメーカー、エンドユーザーにサービスを提供する。このようなプラットフォームが何らかの市場価値を生み出すためには、各グループは他のグループの参加を必要とする。これは、前述したその他すべての産業についても同様である。Evans、Hagiu、Schmalenseeが最近発表した論文(2004年)には、コンピュータを基盤とするいくつかの産業について実施された調査が取り上げられている。その調査から、産業発展における類似点、および各産業分野で支配的なプラットフォームに採用されている一般的なビジネスモデルが明らかになった。

家電製品分野におけるその主導的地位を考えれば、日本がハイテクノロジー・コンピュータを基盤とする産業において、数多くの有名かつ有望なプラットフォームを生み出しているとしても不思議ではない。しかし、きわめて興味深いことに、ソニーの「プレイステーション」とNTTドコモの「iモード」という2つの事例以外に、そうしたプラットフォームは見当たらないのである。このように日本企業の関与が比較的少ない主な理由は、ビデオゲーム以外に強力なソフトウェア産業が存在しないということである。それは、日本のハイテク分野に長期にわたって存在する弱点にほかならない。日本のように成熟した技術集約型の経済が、国際的競争力を持つソフトウェア産業を生み出すことができなかった理由や、この失敗を修復し得る産業政策とはどういうものかについては、今後のコラムで取り上げる予定である。今回は、そうした日本企業の失敗が示唆するものの1つに注目することにする。

プラットフォームの成功に必要なものとは?

製品としてのソフトウェアには明らかに無関心ではあるものの、日本のエレクトロニクス・メーカーは、高度に統合化されたスタンドアロン型ハードウェアの革新的なデザインや性能、信頼性によって、世界的なリーダーとしての地位を維持してきた。しかし、ハイテク産業を変貌させる近年の変化に直面し、日本企業の競争力が急激に低下していることを示す兆候が見られる。
その中でも第一に取り上げるべき最も顕著な変化は、韓国、台湾、中国の低コストメーカーの参入による競争の激化であり、ソニーや松下、日立、富士通といった日本の主要メーカーでさえ利益率の大幅な落込みを余儀なくされている。

2つ目の大きな変化は、ネットワークおよびコネクティビティ(インターネットやワイヤレスネットワーク)の普及と、デジタル・コンバージェンスの出現、すなわち各種エレクトロニクス製品の相互運用と情報交換が拡大することによって引き起こされた。こうした変化がもたらす最も重要な影響として、ハイテク産業における製品の価値が、統合されたスタンドアロン性能にではなく、各種デジタルコンテンツ(ソフトウェア・アプリケーション、音楽、映画、ゲームなど)のサポート機能やそうしたコンテンツを他のエレクトロニクス製品と共有するための機能におかれるようになってきたことが挙げられる。

前述のマルチサイド・プラットフォームの存在理由は、まさにデジタルコンテンツへのアクセスを提供することにある。最大の成功を収め、利益を生んでいるプラットフォームは、単一企業では消費者の求める製品やサービスをすべて提供できないが、消費者と各種製品の生産者のインタラクティブな交流によって得られる技術サポートにシフトすることに価値があることを前提に基づいて作られてきている。プレイステーションとiモードは、このような手法の好例である。

プレイステーションは、ビデオゲーム産業で初の、本当の意味での2サイド・プラットフォームであった。1995年にプレイステーションが発売された当時、任天堂とセガのゲーム機は、「キラー」、「マリオブラザーズ」、「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」などのシリーズをはじめ、ゲームソフト全体の60%以上を内製に依存していた。これとは対照的に、ソニーはゲームソフトを社内で開発したことがない。プレイステーションが成功を収めたのは、プログラムが簡単で多目的に使用でき、優れたツールを提供したことや、カートリッジではなくCD-ROMが採用されているため低コストでのサポートが可能であったことなど、開発メーカーにとって非常に魅力的な要素が多かったためである。

同様に、iモードのプラットフォーム・ビジネスモデルも、サードパーティのコンテンツプロバイダと携帯電話ユーザーの両方にとって、きわめて魅力的なプラットフォームを提供したことによって大きな成功を収めている。NTTドコモは、WAP(ワイヤレス・アプリケーション・プロトコル)においてc-HTML言語を選択した最初の携帯電話事業者であり、その結果、既にインターネットWebサイトを保有しているプロバイダにとっては大幅なコスト削減が可能になった。また、ネットワークに接続している時間ではなく、実際に使用したネットワーク容量に応じてチャージするという先進的かつ効率的な課金システムを確立した。日本でiモードのサービスが開始された頃、世界ではボーダフォンとVivendiによる合弁会社であるVizzaviなどの第三世代プラットフォームが頓挫していた。Vizzaviの場合、Vivendi Universalが提供する内製コンテンツに全面的に依存するというミスを犯したことが失敗の原因である。

これらの事例が示しているのは、消費者が求める製品(コンテンツ、アプリケーション、ゲームなど)をすべて提供することが、プラットフォームの成功に必要なものでもなければ十分なものでもないという点である。多くの場合、これは経済的にも実行不可能である。むしろ、プラットフォーム中の付加価値の最も高い部分に特化し、すべての市場関係者にとって魅力的なものを作成し、他製品の供給については市場に依存すれば十分なのである。

さらに、前述のEvans、Hagiu、Schmalenseeの研究が示すように、コンピュータベースのプラットフォームの価値の大半はソフトウェア・プラットフォームに存在すると思われる。ここでマイクロソフトとアップルについて考察してみる。オペレーティングシステムを支配し、PCハードウェア・メーカー間の競争を促進することにより、マイクロソフトはPC産業の中心としての地位を確立した。その一方、アップルはPC産業においてはマイクロソフトやIBMに先行していたものの、ソフトウェアとハードウェアプラットフォームの一体化の維持に固執するという戦略上のミスを犯し、そのため、IBM互換PCと競争するために必要な規模を獲得することができなかった。さらに最近ではハンドヘルド式デジタルデバイスの市場で、Palmが1998年にアップルと同様の統合型モデルを発表したが、その後、最も価値が高いのはPalmオペレーティングシステムであると判断し、2001年には、競合相手のソニーやHandspringといったハンドヘルド機器メーカーにライセンス供与を開始し、やがて2003年の分社化によるPalmSourceの設立にいたっている。

このようにハードウェアからソフトウェアへの価値のシフトを補強するのが、デジタル・コンバージェンスである。このプロセスは、それまで別々の製品とされていた、テレビやPDA、コンピュータ、スマートフォン、DVDプレーヤー、およびビデオゲーム・コンソールなど、他のデジタルコンテンツ・デバイスを統合するものである。さらに、さまざまなデバイスによってデジタルコンテンツにアクセスし、シームレスな転送を可能にすることで消費者にとって大きな経済的価値を生み出す。これは関係するすべての産業分野にとっては一か八かといったきわめてリスクの高い展開であり、テレビ、PCまたはその他何かのうちどれが重要になるのかという議論では数多くのデバイスが取り上げられている。ただし、1つだけ確かなことは、コンバージェンスが進んだ世界では、コンテンツや、コンテンツフローを管理するソフトウェアシステムおよびプロトコル(オペレーティングシステム、デジタル権利、知的財産権管理テクノロジー)の経済価値に占める割合が、その基盤となるハードウェアに比較して次第に大きくなっていくということである。

日本の代表的エレクトロニクス企業が、コンバージェンスが進んだデジタル経済の中心的プラットフォームの提供という点において、適正な地位にないことは非常に印象的である。先ごろBusiness Week誌は全ページを割いてデジタル・コンバージェンスに関する特集を組み、非常に重要なコンポーネントを所有することから今後重要な役割を果たすと思われる企業5社を取り上げた。その5社とは、マイクロソフト、インテル、Comcast、Samsung(サムスン)、IBMであり、日本企業は1社も含まれていない。同号では、情報テクノロジー企業トップ100のランキングも発表されているが、日本企業の最高位は39位であり、予想通りそれはNTTドコモであった。その上位には韓国、台湾、中国の企業が15社以上ランクインしている。

ソニーの失敗から見えてくるもの

日本のハイテク企業で、ハードウェアでの強みを活かして価値あるプラットフォームの構築に失敗した最も顕著な例はソニーである。ソニーは明らかにこのような問題を認識しているであろう。ソニーは、コンピュータから携帯電話やテレビにいたる数多くのエレクトロニクス製品をリンクさせるテクノロジー開発に取り組んできている。しかし、その努力はまだ不十分と言わざるを得ない。ダウンロード可能なデジタル音楽の市場を例に取ってみる。ソニーは「ウォークマン」や、その他数え切れないほど多くの音楽再生用機器を発明し、デジタルコンテンツの量(コロンビア・ピクチャーズ、CBSレコードのほか、MGMを買収)では群を抜いている。しかし、iPodやiTunesに比べると3年遅れている。この市場を切りひらいたのは、コンテンツも持たず、PC以外では家電製品での経験がほとんどないアップルであった。ただし、アップルはある重要な分野での経験があった。それはソフトウェア・プラットフォームの創造での成功である。実際、iPod/iTunesシステムの中核を成すのはアップルのQuickTimeソフトウェアであり、消費者はiTunes Webサイトから音楽を購入して、コンピュータ上でMP3フォーマットに暗号化し、iPodデジタル音楽プレーヤーに転送する。その間、常にデジタル権利を管理し続けることができる。

これはプレイステーションでのプラットフォーム戦略とそれほど異なるものではない。ソニーは、魅力的なプラットフォームを提供することに成功しており、また、(ゲームや音楽などの)コンテンツについては自社で取得したり、開発したりするのではなく、市場に依存するという成功を収めているにもかかわらず、その成功から学ぶことができなかったというのは、ある意味逆説的である。事実、デジタル権利の管理や海賊版の問題をめぐって、ソニー・ミュージックと社内のエレクトロニクス部門との間で内紛が生じたことで、ソニーのデジタル・テクノロジー開発はコンテンツの取得によって促進されるのではなく、むしろ妨げられる結果になっている。

したがって設立以来、プレイステーションがソニーの事業の中で圧倒的に多くの利益を上げたビジネス・グループであり、営業利益の40%以上を占めているというのも当然である(たとえば、2002年度は505億円のうち248億円)。新製品のPSXが、DVD再生機能を備えてはいても、はたしてデジタル・ホームの真のプラットフォームになり得るのか、また、たとえばマイクロソフトのWindowsで動作する、膨大な数のホームエレクトロニクス・デバイスと競っていくことができるのかは未知数ではあるものの、現在、ソニー再生の希望がプレイステーションに大きく依存していることは確かである。

日本にはソフトウェア・プラットフォームでの経験が欠けている

プラットフォームの構築という点に関して、日本のエレクトロニクス・メーカーはきわめて不利な地位にあるが、ソフトウェア・プラットフォームでの経験が欠けていることがその原因である。言い換えるならば、(技術的能力ではなく)「プラットフォーム的思考」が欠けているからであり、そのために競争力を備えたソフトウェア・メーカーとなることができないのである。やがては、拡張性を備えた、複数のデバイスに対応できるソフトウェア・プラットフォームを提供する外国企業に「自分たちの」業界を奪われる危険性さえもある。

ただし、急激に拡大しているスマートフォンの市場に見られるように、コンピュータを基盤とする産業すべてが必ずしもソフトウェア・メーカーによって支配されるというわけではない。この産業の中心となるプラットフォームはSymbianオペレーティングシステムである1。このOSは、スマートフォン専用に開発された2500以上のアプリケーションをサポートしている。Symbianは1998年に設立され、現在はノキアとエリクソンがリードするハンドセット・メーカーによる合弁企業(富士通と松下を含む)となっている。技術革新によって携帯電話が外見や機能の点で次第に小型コンピュータ化していく中で、これらの企業は業界全体におよぶソフトウェア・プラットフォームの潜在的価値に気付き、Windows CEなどの独自のオペレーティングシステムに業界が支配されるのを防ぐためにSymbianを設立したのである。

日本のエレクトロニクス・メーカーの現状と非常に類似した点はあるが、そうしたソフトウェア・メーカーの間でSymbianのようなソフトウェア・ジョイントベンチャーを思い描くことは困難であり、その理由も多数存在する。そこには興味深い可能性が秘められているので、今後考察していきたいと考えている。

本コラムの原文(英語:2004年10月19日掲載)を読む

2004年11月2日掲載
脚注
  • 1. 2003年に出荷された1200万台のスマートフォンのうち、660万台がSymbian OSを使用している。
文献
  • Business Week, Asian Edition (2004年6月21日号)
    Evans, David, Andrei Hagiu and Richard Schmalensee (2004年), "A Survey of the Economic Role of Software Platforms in Computer-Based Industries," CESifo working paper(2004年9月) Gawer, Annabelle and Michael A. Cusumano (2002年), Platform Leadership: How Intel, Microsoft, and Cisco Drive Industry Innovation, Harvard Business School Boston, MA.

2004年11月2日掲載