デザインと技の国際コラボレーション:石川県とイタリア・コモ地域のビジネス直結型地域間交流の試み

戸矢 理衣奈
リサーチアソシエイト

「日本には伝統のすばらしい文化や技術があるというのに、なぜもっと活用しないのか」。
エルメスやルイ・ヴィトンなど、1世紀以上もの伝統を誇るヨーロッパのプレミアム・ブランドが現在、日本でブームを続けているが、来日する関係者からはしばしばこんな声が聞こえてくる。

こうしたブランドの人気の背景には、自社や自国文化の「伝統」を守りながらも、デザインなどに時代の感性を加えた製品を発表しつづけるという「革新」の巧みさがある1

現代日本は、不況でありながらも生活必需品には困らぬ「ゆたかな時代」だ。「消費の二極化」といわれるように、上述のプレミアム・ブランドに代表される、高額でありながらもこだわりある逸品が消費拡大の牽引力として注目を集めている。他方で普及品市場では、日本企業が価格競争力で中国はじめアジア諸国に劣ることが明白だ。

品質を前提にしたうえでの時代に即したデザイン力やマーケティング力の増強による高付加価値商品の発信が、事業規模を問わず国内の最終消費財産業においてますます重要性を高めていくものと考えられる。

ローカル・トゥ・ローカル

しかしながらこうした分野にさほど意識的に取り組んで来なかった中小企業や伝統工芸工房にとっては、デザイン力の構築などは容易なことではない。海外デザイナーとの契約などはなおさらだ。

本コラムでは公的セクターが介在して国内の「技術力」で知られる産業集積地域と、海外の類似分野で「デザイン力」「マーケティング力」に優れた地域の交流による地域経済活性化に成功した例として、ジェトロが自治体レベルでのビジネスに密着した形で、海外交流振興を目的として企画した「LL(ローカル・トゥ・ローカル)事業」を紹介したい。ここでは平成8年から3年計画で開始された第1号案件の経過を取り上げる2

事業のきっかけは同年5月の、谷本石川県知事によるイタリア・コモ地域の訪問だ。繊維・ファッション産業における高付加価値製品で知られるコモと、合繊織物の集積地である石川県との間になんらかの交流が出来ないか、との発案からLL事業が具体化された。当初「ビジネスに直結しない」として乗り気でなかったコモだが、石川県が参加希望企業に具体的な提案書を提出させるなどして合意に至り、LL事業の第一号案件として採択された。大枠として次の3つのスキームが設定されている。

(1)個別企業間の接点の提供によるビジネス支援
(2)イタリアのテキスタイルデザイナーによる石川県の個別企業ならびに繊維リソースセンターに対するコンサルテーション
(3)研究機関などにおける人的交流の活性化

イタリア・デザインで業態転換

個別企業間交流(1)では、石川県の交流希望企業がプロフィールを作成し、コモ地域の企業に呈示した後、計5回にわたる相互の個別訪問の機会が提供された。結果的に「布」を使うインテリア産業として参加した石川県の中規模の家具メーカー株式会社「テラソー」が、イタリアの高級家具メーカー「ブスネリ」社が特許を持つ3タイプのソファに対して、ライセンスの専属使用契約締結に成功する。

写真のように、都会的でシンプルなデザインと機能性を備えたソファは、差別性の高い「オンリーワン」となる商品の生産を考えていた「テラソー」の志向にぴたりと合致した。通常は肘掛の下に隠れているフットレストが簡単に出てくる「ジロンド」(写真下)、一見、二脚だが来客時には瞬く間に四脚になる「サプライズ」など、住空間が限られる日本人のライフスタイルにもマッチし、現在も日伊両国における人気商品だ。

チノーバ社製品
チノーバ社製品
シンプルなデザインと機能性が特徴の「ジロンド」
シンプルなデザインと機能性が特徴の「ジロンド」

この契約は、「テラソー」に業態転換のきっかけをもたらした。ホテルやレストラン向けの業務用家具を中心に製作していた同社は、不況のなか業績が低迷し活路を探っていた。LL事業を機に家庭向け高級家具市場へと本格的に転進し、平成11年にはブスネリグループでよりモダンなデザインで人気の「チノーバ」社とのライセンス契約にも成功する。

LL事業以前は業務用と家庭用の比率が8:2であった同社だが、現在では構成比はほぼ逆転した。不況の影響などから転進後に右肩上がりに業績が伸びたわけではないが、家庭向けソファの生産は2004年6月現在、前年比171%増ときわめて好調だ。

「ソファの構造は畳文化の日本では想像し得ない、まさにイタリアの伝統の賜物。細部まで学ぶところが非常に大きかった」。金嶌亨社長が語るように、提携は自社製品の開発や改良にも繋がった。他方で、ライセンス生産品に対して日本仕様の変更も加えたが、それは「ブスネリ」社も驚くほどの「改良」だったという。両社の関係がきわめて良好なものとなるなか、「テラソー」ではライセンス品を中心に上海進出を本格化している。

恒常的なビジネス交流へ

LL事業は県レベルでの国際交流も活性化させた。イタリアのデザイナーによる石川県の繊維製品に対するコンサルテーション(2)を受けた繊維産業関係者は、石川県には「ハードウェアの蓄積」はあるものの、「商品企画力」、「デザイン力」、「マーケットに向けコレクションとしてプレゼンテーションするソフトウェア」などが不足していることを、指摘により明確に意識し、高付加価値製品発信へのヒントを掴んだ3。石川県工業試験場もコモ・テキスタイルセンターに加賀友禅の文様のリ・デザインを依頼するなど、積極的に関与した。

コモ側にとっても、石川の素材の魅力を認識する好機となった。平成10年度のLL事業終了後も、平成12年にはイタリアファッション協会からの提案により、両国の学生デザイナーが石川の繊維素材を用いた作品を発表する「日伊ファッションコンテスト」が開催され、同年のミラノコレクションにも141作品が出品された。

交流はよりビジネス色を強めつつ現在に至り、来る7月7、8日にも「ミラノ×いしかわ コラボレーション第3幕」として恵比寿にてイタリアのデザイナー、デサンティス・デリによるファッションショーと展示商談会が開催される4

人材交流(3)の面でも、LL事業を契機に県内の繊維企業からイタリアのリューク大学へ研修生が派遣されたり、石川県工業試験場とコモシルク研究所の間でも、世界市場へ向けた製品の共同開発が進められたりと、現在まで活発な交流活動が行われている。

以上のように石川県とイタリア・コモ地域ではLL事業を期に、石川が高付加価値製品を得意とするコモからデザインやマーケティングの重要性を学び、コモは石川の技術を活用した製品を発表するなど、双方にメリットのある、産業振興とも密接に結びついた形での地域間交流が恒常化し発展しつつある。

こうした成功の陰には、両国の企業モデルや基本的な意識の相違などがあり大変な困難が伴ったことはいうまでもない。個別企業間交流の契約締結が1社である点にも見られるように、プログラムには改良すべき点も少なからずあるだろうし、なにより参加者の積極的な関与が肝要である。

しかしながら公的セクターがパイプ役となることで、時に「夢のある話」が実現する。異文化の交流が新たな創造を招き、地域経済活性化にも繋がる。現在、フランスや中国などへも交流地域を広げているLL事業だが、ビジネスに直結した地方自治体間、中小企業間の国際交流の新しい形として広く参考になるのではないだろうか。

2004年6月22日
脚注
  1. ヨーロッパのプレミアム・ブランドの「伝統」と「革新」については下記に詳述した。
    戸矢理衣奈『エルメス』新潮社、2004年
  2. LL事業は現在もジェトロで継続中である。
    LL事業の1998年までの経緯については、当時のジェトロミラノセンター次長である小川秀樹氏の著書を参照している。
    小川秀樹『イタリアの中小企業:独創と多様性のネットワーク』日本貿易振興会、1998年
  3. 前掲書p.234-236.
  4. 詳細は(株)繊維リソースいしかわまで。TEL 076-268-8115

2004年6月22日掲載