スポーツの産業統計値(GDSP)確立の意味について

広瀬 一郎
上席研究員

国内スポーツ総生産(GDSP)とは

GDSP(国内スポーツ総生産:Gross Domestic Sport Product)とは一般には聞き慣れないが、1年間に1国内で生産されたスポーツプロダクトの付加価値の総額、つまりGDPの内数である。ここにおける「スポーツ」の定義については後述するが、まずそもそもなぜこのような統計値を出す必要があるのかについて考えてみたい。

第一に「統計値」の持つ一般的な意味と意義を確認しておこう。有効な「産業政策」を行う上で「統計値」で把握したものがどのように活かされるのかという点の確認である。それはまた従来スポーツ産業の統計値が無かったために、あるいは既存の統計値では何かが欠けていたために、「何ができなかったのか」を確認することでもあるだろう。

各府省統計主管部局長等会議(平成15年6月27日)で出された『統計行政の新たな展開方向』では、統計の意義について下記のように言及している。

統計は、人口、社会、経済等に関しその集団の状態を正確に把握し、行政施策の企画・立案のための基礎的情報を提供するものであるが、最近では、政策効果の事前・事後の評価を行うために統計の重要性が高まっている。また、これにとどまらず、社会・経済のグローバル化、規制緩和の進展、技術の急速な進歩など社会・経済の状況が大きく変化する中で、個々の世帯や企業が的確な意思決定を行っていく上で、統計は重要性を増しており、広く国民一般の利活用のための情報提供という面についても十分配慮して、統計を作成する必要がある。さらに、国民の負担と協力によって得られる統計は、国民の共有財産として、迅速かつ継続的に提供され、広くその利活用が図られていくことが肝要である。

スポーツの産業統計値が無いということは「行政施策の企画・立案」や、スポーツ産業の「政策効果の事前・事後の評価」が不十分であることを示しているのではないだろうか。いや、そもそも「スポーツ産業政策」があったのだろうかという疑問も湧いてくる。というのも従来の「スポーツの政策」といえば「体育行政」を意味してきたが、それは「スポーツ産業政策」とは明らかに異なるものだからである。しかし、現代社会におけるスポーツの経済活動はかつてないほどに大きくなり、しかも社会的にも重要になっている。

スポーツ産業の生み出す経済的な価値を正確に把握するためには、多面的な評価を行う必要がある。スポーツにおける生産面ばかりでなく、スポーツにおける消費支出面と所得面(雇用)との計測が重要となるからである。ここまではいい。しかし、我々はここで「スポーツ産業の統計値」を算出するうえで、そもそも「スポーツ産業」とは何か、という基本的ではあるが大変難しい問題に直面することになる。第二番目の意味はここにある。

スポーツ産業推進の意味

現在、政府が進めている構造改革において、スポーツ産業は、経済活性化戦略の一分野として明示されている。経済財政諮問会議「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2002」では、「健康、スポーツ、ファッション、娯楽、音楽といった分野は今後世界規模で市場が拡大すると見込まれ、その産業化を推進する」とし、スポーツ産業は、日本経済再生のアクションプログラムのひとつに位置づけられている。

しかしながら、そもそも「スポーツ産業」とは何であろうか? これまでスポーツ関連の学会からもスポーツビジネスに携わっている側からも、この質問に対する明確で議論の余地の無い答えは提出されていない。世界的にもスポーツ産業の研究者達はスポーツ産業を定義するための統一見解を未だ有していないのである(Ming Li, 2001)。したがって、スポーツ産業に関わる人達はそれぞれの理解でその言葉を使用しているに過ぎない。スポーツ産業を定義する新しい方法の発見は、急務であると思われる。

もっとも「スポーツをどう定義するか」に関わらず、今日スポーツを「するDo」にしても「観るSee」にしても、財またはサービスを消費する。スポーツは、一定の需要を引き起こし、市場を形成する。即ち「経済行為」という側面を有する。

今日スポーツによって形成される市場は、2つの理由から拡大する傾向にある。
第1に労働時間の減少に伴う余暇時間の増加である。生活様式の変容とともに、スポーツの国内生産に占める地位の重要さが増すようになった。スポーツは組織的な営みを指向する。第2にメディアの発達と多角化、それに伴う「情報化」の促進である。スポーツはメディアにとって最大級の価値を持つコンテンツとなった。それはスポーツ産業の拡大再生産を可能とし、巨大化に拍車をかける。広告を含む多様な形の資本が流入し、スポーツの産業化が促進されたのである。

かつて90年に通産省のサービス産業課が「スポーツビジョン21」という本をまとめた。「スポーツの産業化」を初めて本格的に政策的な立場から取り上げた、大変先駆的なプロジェクトであった。ここで提起された問題のほとんどが、今日でもその輝きを失っていない。いや、むしろ提起された「産業のソフト化」や「サービス化」、あるいは「スポーツ文化と豊かさ」、さらには「スポーツ振興と地域振興」など、提起されたテーマの多くは今日的にはますますその重要性が増しているといえる。

その「スポーツビジョン21」の中では、用品製造業や、用品流通業が「スポーツ産業の一領域」としてあげられている。省庁の性格から「用品業」を除くわけにはいかなかったのであろう。

スポーツ産業は多面的な構成要素を持ち、多様なステークホルダーを持つ。顧客も多面的かつ複合的である。たとえば、メディアは「報道」という側面と同時に、TVメディアに関しては「放送権利料」の支払い手となる。つまりスポーツ産業にとっては顧客である。また特にスポーツ新聞や雑誌などのスポーツ・メディアは、スポーツの繁栄と自メディアの売れ行き(や視聴率)が強い正の相関関係にあり、いわば運命共同体的である。ファンは商品を購入してくれる顧客としてマーケティングのターゲットであるのと同時に、会場での盛り上げに一役買い、更に口コミなどを通じて営業・PRの役割を担う。つまりマーケティングの対象であると同時にマーケティングのリソースでもある。実際ファンはチームを育て、選手を育てる機能をも有している。従ってスポーツの経営において、古今東西を問わず、ステークホルダー型のガバナンスにならざるを得ない。

しかし、まだ試論の段階ではあるが、筆者としては飽くまでも「スポーツというソフト」を商品としている産業を「スポーツ産業」と定義し、スポーツ用品等の物理的な製品を扱う産業を含まないことを提唱したい。何よりも、スポーツ用品の産業は「スポーツ用品」を商品とした第二次産業(製造業)であり、第三次産業に属する「ソフトとしてのスポーツという商品」を扱っていないからだ。

「サービス提供」と「用品製造」の両者をひとつのセグメンテーションに入れることには、産業論という観点からは相当な無理があり混乱を招きやすい。従って、スポーツ用品産業を「スポーツ関連産業」として、「スポーツ産業」とは一線を画すべきであると考える。

「スポーツ関連産業」には、他に「スポーツ用品流通業」や「スポーツ・メディア」などが含まれる。たとえば、スポーツ新聞を考えると、「政治・経済・社会」などスポーツ以外の記事は平均すると3~4割を占める。TVに至っては、スポーツ専門チャンネルでない一般のチャンネルでは、スポーツ番組が占める割合は露出量も売り上げも1割に満たない。これらを狭い意味での「スポーツ産業」と考えるわけにはいかない。

GDSPは「スポーツに関して生産された付加価値の総和」なのである。したがってこれを「スポーツ産業」と「スポーツ関連産業」において生産された付加価値の総和とみなすことが可能である。少々分かりにくいかもしれないが、スポーツというソフトは大変多面的なため、スポーツに関連する生産は多岐にわたっており、GDSPは狭い意味での「スポーツ産業」のみには限定されない。ハード・ソフト両面の生産を含むのである。

従って、スポーツプロダクトとは、ウェア、シューズ、ラケットなどのスポーツ用具用品とフィットネスクラブ、プロスポーツ、スポーツメディアなどのサービスとにより構成される。用具・用品であってもアフターサービスがあり、またフィットネスクラブでも施設や用具用品が必要となるので、それらをスポーツによって生み出される付加価値として、GDSP統計上でのプロダクトと総称する。

先に「スポーツ産業」と「スポーツ関連産業」とに分類したが、スポーツ産業の複雑さはこうした分類を問題含みにする。現在まだ集計中なので断定的なことは言えないが、「スポーツ産業」の最大のステークホルダーは恐らくパブリックセクターである。パブリックセクターは学校体育という場や公的なスポーツ施設で「スポーツというサービス」を提供しているが、それはいずれも「スポーツ産業」として生産された付加価値である。しかしながら地方自治体などの産み出すサービスを「スポーツ産業」に含めるのはどうかという問題が残る。スポーツの持つ多面性が「統計値の算出」と「スポーツ産業の定義」を困難にしているのである。

「経済全体のサービス産業化」に対して「スポーツ産業の振興」がどのように寄与し得るのか、というテーマは極めて重要な今日的視点である。「目指すべき未来形=ゴール」から「スポーツ産業」を定義することも併せて重要である。「スポーツ産業の振興」に対して有効な「行政施策の企画・立案」のためにも「スポーツ産業の統計値(GDSP)」の確立は急務ではないだろうか。

2004年2月10日
脚注

GDSPの計測の実際(出所:早稲田大学スポーツビジネス研究所)
スポーツ産業における本格的な国民経済計算の導入は、EU統合に向けて行われた欧州諸国の調査研究(Jones,1989)に見られる。
1985年での、GDSPの対GDP比は、「産業連関分析」を用いて積算した結果、英国1.6%、オランダ1.8%、ベルギー(フラマン語圏)1.4%、フィンランド0.9%であった。
The Henley Centre(1992)によると、1990年の英国のGDSPは82.7億ポンド、対GDP比1.7%で、97.5億ポンドのスポーツ消費支出と、47.2億ポンドのスポーツ所得が報告されている。
1995年にはThe Leisure Industries Research Centre(英国)が、GDSPを98億ポンド、GDSEを104億ポンド、スポーツ雇用(GDSI)を415,000人と推計した(LIRC、1997)。
米国では、Sandomir(1988)が1987年のGNSP(Gross National Sport Product)を502億ドルであり、対GNP比で1.1%と推計した結果がある。
Meek(1997)は、1995年でGDSPを1520億ドル、対GDP比2.0%とし、米国商務省の計算モデルをもとにスポーツ産業で232万人の雇用創出、521億ドルの直接的な家計所得があったことを推計している。
さらに、Li,Hofacre&Mahony(2001)は、Meekの推計式を改良し、商務省の経済統計(1997)から求めたスポーツ雇用は828231人、1人当たり年間所得を4万ドルGDSIを計1520億ドルと推計している。

2004年2月10日掲載