ランダムカット式指名競争入札の3年間 入札制度改革を考える

川越 敏司
ファカルティフェロー

北海道におけるランダムカット式指名競争入札導入の経緯とその経過

本稿では、北海道がこの3年間取り組んできた入札制度改革を振り返りながら、制度設計に実験経済学的手法を取り入れた制度設計工学的アプローチの有用性を論じていきたい(なお、本稿のもとになる論文は「公正取引」8月号に掲載の予定である)。北海道が抜本的な入札制度改革に取り組んだのは平成12年である。きっかけは平成11年10月に北海道上川支庁が発注する農業土木工事入札にあたって受注調整の事実が発覚し、公正取引委員会の立ち入り調査が行われたことである。これに対応して、北海道では平成12年4月に入札等管理委員会を設置し、「入札制度改善行動計画」を発表、以後3年間に渡り入札制度の改善に取り組んできた。一般競争入札枠の拡大や予定価格の事前公開などの改革の中でとりわけ注目を集めたのは、指名競争入札における業者指名方式にランダムカット式指名競争入札を採用したことである。「『ランダムカット式』指名競争入札実施方針」によれば、「ランダムカット式」指名競争入札とは、指名基準等に基づき指名予定数を超えた指名候補者を一旦選定し、乱数を使用するなど無作為に当該指名候補者のうちから指名予定数を超える数の者を除外して指名した上で、執行する指名競争入札をいうものである」となっている。これによって、発注者が恣意的に業者指名を行うことを防止することが意図されていた。ランダムカット式指名競争入札の導入後に行われた北海道各地の建設業界との意見交換会では、(1)入札執行日まで指名業者が発表されないと競争相手がわからず競争しづらいこと、(2)指名を受けられる工事数がランダムに決まることで、業者にとって年間計画を立てにくいこと、などの不満が挙げられた。

ランダムカット式指名競争入札を実施後、指名候補には上がるものの連続してカットされてしまい入札に参加できない業者から強い不満が寄せられた。そこで、当初指名予定数の1.5倍であった指名候補者が、平成14年より指名予定数の1.2倍の指名候補者を選定する方式に改められた。

こうして、入札制度改善行動計画に伴うランダムカット式指名競争入札の試行3年間が終了した。平成15年には北海道入札監視委員会が改めて設置され、ランダムカット式指名競争入札の廃止も視野に入れた見直しが検討されるとのことである。

ランダムカット式指名競争入札のモデル分析

北海道におけるランダムカット式指名競争入札の導入は、発注者が恣意的に業者指名を行うことの防止を意図していたことはすでに述べた。しかし、こうした制度改革が入札行動や落札価格、企業間の談合形態にどのような変化を与えるかについては、十分な議論がなされたとはいいがたい。

筆者は平成13年よりこのランダムカット式指名競争入札について、理論と実験の両面から研究を行ってきた。この入札制度変更が入札全体にどのような変化をもたらすのかを検討するためである。研究にあたっては、この入札方式の本質を把握できるようになるべく単純なモデルを用いた。モデルは、西條辰義・経済産業研究所ファカルティフェローが以前に談合研究で考案されたモデルをベースとして拡張したものである。

モデルでは、従来指名を受けていた地元3社と、指名候補者が増加したことによって指名に加えられた外部の業者1社の計4社を考え、ランダムカットによって1社が排除されるものとした。これにより外部の業者が排除される確率は正となる。もし、いつでも外部の業者が指名に残るならモデルは一般競争入札に帰着する。地元3社は話し合いや別払い(サイド・ペイメント)が可能で、潜在的に地元3社が談合して一体となって行動するものと考えた。それは、談合を形成しない場合は、やはりモデルは一般競争入札に帰着するからである。このように、ランダムカット式指名競争入札に特有な経済環境を想定したモデルを考えた。また、それ以上の価格では落札できない予定価格は事前に公開されるとともに、業者間の工事費用は共通で共有知識とした。

ランダムカット式指名競争入札における指名業者の選定と入札のタイミングは、経済理論上非常に重要な問題である。業者間に談合の可能性があるとき、くじによる指名業者の選定を入札前に行う場合、外部の業者が指名に残っているなら一般競争入札に帰着し、外部の業者が指名に残っていないなら従来の指名競争入札に帰着する。しかし、くじによる指名業者の選定を入札と同時か、入札後・落札決定前に行う場合にはランダムカット式指名競争入札に特有な状況が生じる。純戦略による均衡点が存在しなくなるのである。その理由を説明しよう。

まず、どの業者も入札段階ではくじによる業者選定の結果を知らないことに注意しよう。このとき、地元3社も外部の業者も相手より若干低い価格を提示して落札するのが最適なので、激しい価格競争(ベルトラン競争)の状態になる。こうして互いに熾烈な価格競争を予想することになり、採算がとれる費用ギリギリまで価格が下落することが予想される。しかし、このように地元3社が外部の業者の入札価格が十分低くなると考えるなら、地元3社は予定価格を提示して外部業者が排除される確率に賭けた方が実は期待利益が高くなる。このことを予測する外部の業者は予定価格より若干低い価格を提示した方がよい。このように、どの価格も別の価格によって支配されているので最適ではなく、純戦略では均衡点は存在しないのである。

ランダムカット式指名競争入札の経済実験による検証

では、均衡点が存在しなければいったい何が起こるのであろうか。経済理論だけでは明らかにできない。そこで、実験経済学の手法に従った経済実験を実施し、実験的に法則性を探求することにした。実験では、くじによる指名業者の選定が入札より前の場合と入札後・落札決定前の場合との比較や、外部業者の有・無の比較、従来の指名競争入札や一般競争入札との比較などを行い、ランダムカット式指名競争入札における落札価格や談合形態を多角的に検討した。

実験結果によれば、ランダムカット式指名競争入札における落札価格は、従来の指名競争入札よりは低いが一般競争入札には及ばないことがわかった。従来の指名競争入札では予定価格での入札が見られ、一般競争入札では費用ギリギリでの価格競争が見られた。ランダムカット式指名競争入札における落札価格はその中間であったわけである。

談合形態については、くじによる指名業者の選定の時期に関わらず、おおむね従来の指名競争入札と同様の受注調整が見られることがわかった。具体的には、地元3社のうち1社が予定価格を、他社が予定価格以上を入札し、落札した場合に利益を配分するという形態が頻繁に観察された。ただ、一部のグループでは談合が形成されず激しい価格競争となった。一般競争入札の場合には談合は形成されなかった。この実験で改めて確認されたのは、談合に参加できない外部の業者の存在が、落札価格の低下や談合防止に有効であることである。

先に述べたように、ランダムカット式指名競争入札のもとでは均衡点が存在しないため、入札価格をいくらにするか、またそもそも談合を形成すべきか否かについて明確な解答を出せない。このことの影響が、ランダムカット式指名競争入札における多様な実験結果に反映されているといえるだろう。これは、現実に即して考えれば、入札に参加する業者も発注者も、ランダムカット式指名競争入札における入札結果を事前によく予想できないことを意味する。落札価格がときには予定価格に近くまで高くなり、ときには費用ギリギリにまで低くなる。入札現場では大変な混乱が予想されるはずである。事実、北海道各地の建設業界との意見交換会における業者の発言が、この事実を裏付けている。筆者はこの実験結果をふまえて、ランダムカット式指名競争入札の実施を見合わせるよう、平成13年に北海道新聞の取材に答えて警告を行った(2001年8月30日)。

入札制度改革と制度設計工学

昨年成立したいわゆる官製談合防止法を受けて、今後もますます地方自治体における入札制度改革が進んでいくであろう。こうしたなか、発注者と業者との談合を防止するために、指名業者の選定にくじを用いる方式が、北海道以外の自治体でも採用され始めているようである。実際、ある自治体では予定価格をある一定の幅でランダムに決める方式を採用している。しかし筆者はこうした一連の流れに大きな疑問を感じている。くじを用いることによって効率的な配分に歪みが生じることはとりあえず無視しよう。それ以上に問題なのは、指名業者の選定や予定価格の決定にくじを用いることが、発注者にとって業者との癒着がないことを証明する免罪符としてのみ考えられていて、入札全体に及ぼす影響をほとんど考慮していないことである。目先のことだけを考えた制度改革は社会的に大きなコストを支払うことを覚悟しなければならないのである。

一方で、入札制度や談合に関する経済理論は実はそれほど発展していない。この意味で、経済学者の怠慢を責められても仕方のないことかもしれない。入札制度改革にあたって、経済学者が果たすべき役割は今後もますます重要なものとなると考えられる。入札制度の本質を捉えた経済理論モデルを考え、さらにさまざまな条件下で実験経済学の手法によって理論や制度を実験的に検討していくことで、制度のもつ多様な問題を実証的に把握し、改善策を提案していく努力が経済学者の側でも必要である。

西條辰義・経済産業研究所ファカルティフェローが制度設計工学と名づけているこうした制度設計プロセスを、もっと制度設計の現場で生かすべきである。今回検討した北海道におけるランダムカット式指名競争入札による入札制度改革も、制度設計工学的アプローチで十分検討しておけば、入札制度改革がもたらす混乱を最小限に押さえられたかもしれない。欧米では、電力市場や排出権売買市場の設計、病院へのインターン仲介制度の設計などに関し、制度設計工学的アプローチによる研究成果をもとにした政策提言が積極的に行われている。日本の経済産業政策形成においても、一刻も早く、こうした実証的な制度設計工学的アプローチが浸透することを強く願いたい。

2003年6月10日

2003年6月10日掲載