未公開ベンチャー資金マーケットの構造改革

喜多見 富太郎
客員研究員

未公開ベンチャー資金マーケットの構造改革を急げ

未公開ベンチャーへの資金供給が急速に縮小してきた。経済産業省等の調査によると、昨年上期(4-9月)の大手ベンチャーキャピタル(VC)の投資総額は、前年同期より4割以上減少している。ITバブルの崩壊で短期間に資金回収が見込める案件が減少したことに加え、株式相場の低迷で十分な株式公開益の確保が困難になったことが原因と思われる。

過去の投資案件の上場予備軍が残っているので、新規上場公開件数の減少という形で市場関係者の前に現れるのは1、2年先のこととなろうが、低迷する証券市場に新たな不安材料が加わったといえよう。また、日本経済再生の切り札として期待されているベンチャー育成も、今後、大幅なペースダウンを余儀なくされることが懸念される。

もともと日本の未公開ベンチャー資金マーケット(ここでは制度的な市場に限らない広義の資金市場をいう。以下同)は、VCと一部投資家に依存した閉鎖的な市場である。未公開株は、原則として証券会社が一般投資家に勧誘できないからだ。そのため未公開ベンチャーへの資金供給は常に不安定で、需給が逼迫する時期には有望なベンチャーでも芽を出せず、緩む時期にはバブルや起業家のモラルハザードを生んだのは記憶に新しい。ベンチャー企業の安定的な成長を図る観点から、未公開ベンチャー資金マーケットの早急な構造改革が求められる。

動き出した大証ベンチャーファンド市場

こうした中で、昨年12月に株式会社大阪証券取引所(以下「大証」)にベンチャーファンド市場が開設され、本年1月15日から取引が開始された。その仕組みは、不動産投信などと同じタイプの投資信託である会社型投資信託により、主として未公開株を組み入れるファンドを組成し、そのファンドを投資証券として小口化し上場させるというものである。大証の基準によると、上場ファンドの投資対象の70%以上は未公開企業と上場後5年以内の企業の株券等とされ、さらにその過半は未公開株等にあてられるので、投資家にとっては、通常の上場株と同様の簡単な方法で、間接的ながら未公開株投資ができることになる。

この市場の特色は、マザーズやジャスダックなどの新興ベンチャー市場と比較してみると理解しやすい。まず、リターンの面であるが、未公開株投資の最大の妙味である株式公開益(創業者利得)を投資家がシェアできる点があげられる。新興ベンチャー市場の場合、投資家が取得できるのは既に公開された後の相対的に高値のベンチャー株であるが、ベンチャーファンドの場合、未公開株の段階からファンドに組み入れるので、その株式公開益はファンドの利得となり、最終的にはファンドの投資家に分配される。

また、リスクの面を見ると、新興ベンチャー市場の場合、ベンチャー株の目利き、すなわち投資判断は投資家が行うが、ベンチャーファンドの場合は専門家に委ねられる。技術力や経営者の人格などが重視されるベンチャー企業の目利きの難しさを考えると、専門家に委ねた方が当然リスクは低くなる。また、集合投資によるリスク分散効果が働くため、未公開株投資が主体であるにもかかわらず、新興ベンチャー市場のベンチャー株に比べ、ベンチャーファンドの方がハイリスクの金融商品であるとは必ずしもいえない。

構造改革に高まる期待

大証ベンチャーファンド市場の登場で、日本の未公開ベンチャー資金マーケットの構造改革が一気に加速する可能性が出てきた。本稿では、大証ベンチャーファンド市場の創設にいささかながら関わった者としての立場から、この市場のもつ意義と可能性について、私見を述べたい。

これを論じる前提として、日本の未公開ベンチャー資金マーケットの構造改革とは何か、という問題に簡単に触れる必要がある。この問題に関して、当研究所の鶴上席研究員は、その論考(「ハイブリッド型金融システムとしてのベンチャー・キャピタル:アメリカの経験から何を学ぶか」)で、日本のベンチャーキャピタルの資金調達、資金供給構造は「基本的に銀行やノンバンクに近く、リスク・マネーの供給が難しい」という日本の未公開ベンチャー資金マーケットの現状を正しく指摘したうえで、日本の場合、「ベンチャー・キャピタルへのリスク・マネー供給者、経験・知識の豊かなベンチャー・キャピタル、IPOを助ける株式市場、新規開業企業といったベンチャー・キャピタル・システムを構成する要素のいずれも発展していないという均衡が生じている」と分析している。

私が、構造改革という言葉で表現しているのは、この“未発展の均衡”を破る圧力をどの政策領域に賦課すれば、マーケットが“発展の均衡”に移行するのかという方法論のことである。その意味で、大証ベンチャーファンド市場は、以下のように構造改革の動因となりうる。

第一に、これまでVCと一部投資家に独占されてきた閉鎖的な資金市場に、幅広い裾野を持つ個人投資家層の新規参入が期待されることである。特に、老後資金などの長期の資産運用やポートフォリオの多様化のため、多額の個人資産が流入する可能性がある。これを通じたエクイティ型資金のボリュームの拡大と長期的な運用スタイルを持つ資金供給主体の出現が、VCの資金調達や投資行動に変化をもたらすだろう。

第二に、新しいタイプのVCや証券会社の創出である。ベンチャーファンドの組成規模は、数十億円から数百億円までの小規模なものに止まるであろう。未公開企業投資は一企業あたりの投資ロットを大きくするのが困難で、案件発掘や投資後のサポートも重要であるため、大規模なファンドを組成したのでは資金運用効率が低下するからである。そのため、ファンドの引受証券会社は、大手の証券会社ではなく地場証券など中小証券会社が中心となるだろう。手数料自由化で厳しい経営環境にある地場証券にとって、大証ベンチャーファンド市場は新しいビジネスチャンスだ。ここを足場にしてベンチャー投資・育成に特化した“ブティック型専門証券”が簇生すれば、彼らが日本におけるメンターやキャピタリストに成長する可能性がある。また、ノンバンク的なベンチャーキャピタルが主流の日本にあって、この市場が、米国のベンチャー・キャピタルのような行動様式を有する独立系VCの有力な資金調達源となりうることも無視できない。

第三に、未公開ベンチャー企業側のディスクロージャーがすすむことである。日本の未公開ベンチャー資金マーケットの最大の問題点として、ベンチャー企業側のディスクロージャーが不十分・不完全である点がつとに指摘されてきた。それには経営者の意識の問題だけでなく、未公開ベンチャー資金マーケット自体のアドホックで不透明な性格が寄与していたことは否定できない。

今後、大証ベンチャーファンド市場のような制度市場を通じた未公開株投資が拡大することで、制度市場を支配するディスクロージャー基準が、未公開ベンチャー資金マーケットのスタンダードとして定着し、経営者の意識改革や業界慣行が改まることが期待される。

第四に、ベンチャー企業に対する社会的関心や評価が高まることである。ベンチャー起業が人生における1つの成功モデルとして認知されなければ、長期にわたって有力なベンチャー企業を輩出することはできない。日本では、これまで未公開のベンチャー経営者のユニークな素顔や業態を知る機会に恵まれていなかったが、投資を契機に、比較的早い段階から、なまのベンチャー企業の情報に接することができる。功利的関心が全人的な関心に変化することは、しばしば見られる人生の現実だ。この市場は、そうした価値観の聖域を大衆レベルで揺り動かす可能性がある。

思い切ったベンチャーファンド税制改革を

大証ベンチャーファンド市場を日本の未公開ベンチャー資金マーケットの構造改革の起爆剤とするために、いま最も重要なことは、税制改革である。

大証ベンチャーファンド市場と同様の未公開ベンチャー投資に特化した上場型会社型投資信託市場は、すでにロンドン証券取引所に存在する。イギリスでは、1995年に「ベンチャーキャピタルトラスト(VCT)税制」が導入されたのを契機に、この市場が大きく飛躍した。優遇税制の内容は、VCTが設立後3年以内に投資額の70%以上を未公開企業に投資することなど一定の要件を備える場合には、VCTの投資証券からの配当金の所得課税および投資証券売却時のキャピタルゲイン課税が免除されること、新規発行の投資証券を5年以上保有した場合には、投資年度についてVCT投資額の20%の所得控除が受けられることなど、大胆な内容となっている。

これに対し、わが国のベンチャー企業への投資促進税制としては、わずかにエンゼル税制があるだけである。しかも、わが国のエンゼル税制の最大の問題点は、税の優遇を受けられる対象者が極めて限定されていることだ。これは、一定の要件を満たす未公開企業の新規発行株式しか優遇税制の対象とならないからであり、このような未公開株の新規発行の情報は一般の投資家が入手することはほとんど不可能である。結果、エンゼル税制は、未公開ベンチャー投資の促進にほとんど寄与していないのが現状である。

これに加えて、今後、個人資産の有力な運用対象として期待される投資信託税制は、投資信託の種類ごとに取扱いが細分化されているうえ、利子課税的要素と証券課税的要素が複雑に入り組んだ“税の迷路”を構成しており、一般投資家には極めて解りにくいものとなっている。

今般の税制改正の議論の中で、思い切ったベンチャーファンド税制の改革をアジェンダに載せることができれば、ベンチャー投資の促進、個人投資家層の拡大、証券市場の活性化といった積年の懸案課題を解決する有力な切り札となるだろう。

低迷する日本経済の再生をベンチャーの野性の力に賭けるなら、早急に未公開ベンチャー資金マーケットをVCや一部投資家の閉鎖市場から脱皮させ、証券市場を通じたベンチャー資金供給の沈まぬ太陽を育てねばならない。

2002年3月19日

2002年3月19日掲載

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