日本半導体産業に対する7つの質問及び私見

福田 秀敬
上席客員研究員

拝啓、総合電機メーカー社長様

世界的なITバブルの崩壊から早一年半が過ぎました。日本の製造業の雄、産業の米である「半導体産業」が痛んでおります。知的集約的な産業の中でも中長期的に成長が約束される半導体産業において、国際競争力を喪失するのではとの危機感が募りつつあります。これは杞憂でしょうか? 経営トップの方々に向けて、7つの質問と私見を整えてみました。

1.経営トップのリーダーシップ

四六時中、半導体ビジネスのことを考えておられますか? 世界の半導体の大口需要家やライバル各社のトップと頻繁に連絡を取っておられますか? インテル、インフィニオン、TSMC、ザイリンクスなどの経営トップは、きっと、休日もなく半導体ビジネスのことで頭が一杯でしょう。やはり、毎日14時間、1年365日、半導体ビジネスのみを考え、全ての事項に責任を持って決断出来る強烈なリーダーシップを持った経営トップが必要です。社内カンパニー制には限界があると思います。

2.高収益モデル

半導体ビジネスを評価する上で売上高利益率をベンチマークとしておられますか? なぜ、日本の半導体メーカーは最高でも売上高利益率が20%に満たないのでしょうか? 経営トップの方々は株式市場での評価を重視されないのでしょうか? サムソンは40%近いし、海外の有力企業は30%前後となっています。彼らにとっては、経営トップとしての評価に直結するばかりか、資本市場からの機動的な資金調達を実現するためにも極めて重要な評価指標なのです。

3.勇気ある投資の決断

好不況の波の大きな半導体ビジネスにおいて、ベストのタイミングでの投資や撤退を決断してきたとの自負がおありですか? 積極的に資本市場から資金調達を行ってこなかったのはなぜですか? 減価償却の範囲内でしか投資できないとすれば、半導体ビジネスの世界では生き残れないと思いますが・・・。サムソンは米国資本市場から積極的に資金調達し、一歩先んじて投資してきたことによりDRAM市場での勝利をもぎ取りました。

4.半導体の製造コスト

日本での半導体の製造コストは台湾のそれに比べて高いのはなぜでしょうか? 人件費の差でしょうか? その他に原因があるのではないでしょうか?
販売管理費や製造に関係するR&D費を削減する必要があります。技術の自前主義を見直し、pre-competitiveな技術は共同開発が効率的です。製品群によっては、過剰品質も見直す必要があるでしょう。たとえば、パソコンは、Windowsが原因でフリーズするのであり、DRAMが原因ではありません。資材の調達コスト引き下げは急務です。これは、技術の自前主義とも関係します。地方に散らばった中小工場は集約化が必要です。韓国華城、台湾新竹・台南に見る集積は端倪すべきものがあります。勿論、人件費については、賃金体系の見直し、職種別賃金の導入は避けて通れないでしょう。更に、ストックオプションを組み入れることも検討されては如何でしょうか。どこかでお聞き及びとは存じますが、改革に聖域はありません。

5.技術マーケッティング

技術マーケッティングの重要性を認識しておられますか? これまで、残念ながら、メインフレームからサーバーへの移行を見誤った、ATM技術にしがみ付きルーター技術で致命的に出遅れた、ドコモに操を立ててGSMへのコミットから撤退した等、幾つか痛い目を見てこられたはずです。社内のシステム部門から自立したマーケッティング戦略を構築し、世界の勝ち馬との協力関係を強化する必要があります。日本市場発のデ・ファクトに拘らず、世界の各種アプリケーション技術に関与することが大切です。

6.製品開発力

What to makeの重要性が叫ばれて久しいですが、戦略製品が少ないのはなぜですか? 総花主義から脱することの重要性は明らかです。世界の英知を活用する上でのオープンな設計環境・製造環境を整備したらどうでしょうか? 世界の1000以上のFabless企業との連携を可能とし、製品開発のスピードを飛躍的に向上させることが必要です。また、大型の戦略製品の開発には、マーケッティング・開発体制の整備・外部との協力体制構築に機動性と柔軟性が不可欠です。大企業的組織・管理体制・評価システムを大胆に見直さなければなりません。インターネットを含めたITの活用においても、韓国、台湾企業の後塵を拝しているのが現状です。

7.産業再編・M&A

そろそろ、IDM型半導体企業の数も多すぎるとお考えではありませんか? 世界有数の投資銀行を含め海外投資家がどのように考えているのかについて、真摯に意見を聞く機会を持って頂くのも良いでしょう。勿論、合併や事業統合により規模を大きくしただけでは収益性は改善しませんし、資本市場からも評価されません。どこかの国の銀行再編と同じ事となります。

聡明な経営トップの方々、半導体ビジネス関係者の方々にあっては、かかる質問への答えは自明であると思います。勿論、上記質問、私見に対するご批判や反論も覚悟しております。しかしながら、次のシリコンサイクルのピーク時期、中国企業の参入等を考え合わせますと、残された時間は最長でも僅か15カ月でしょう。待ったなし、実行あるのみとの段階に至っています。経営トップ方々には、我が国半導体産業を支える若い技術者や現場の方々に、「君達は、10年後も世界のトップ企業として半導体を作り続けていくんだ!」と、責任を持ってビジョンを示して頂きたいと存じます。挑戦者としての気持ちを取り戻して。

2002年1月29日

2002年1月29日掲載