国際貿易と貿易政策研究メモ

第22回「自由貿易協定(FTA)の効果」

田中 鮎夢
リサーチアソシエイト / 摂南大学経済学部講師

1. はじめに

WTOでの多角的貿易自由化交渉が行き詰まっていることを背景として、自由貿易協定 (FTA: Free Trade Agreement) や地域貿易協定 (RTA: Regional Trade Agreement) と呼ばれる2国間・複数国間の貿易自由化協定への関心が高まっている。また、この数年は、環太平洋経済連携協定 (TPP) について、活発な議論がなされてきた。とりわけ、TPPの効果はどの程度なのかが焦点の1つとなっていた。

そこで、今回は、自由貿易協定の効果について考えてみたい。既に、椋 (2006) が既存研究を理論的観点から包括的に整理している。本稿は最近の実証研究を踏まえて、政策実務家が自由貿易協定の効果をいかに捉えるべきか議論する。

2. 貿易創出効果と貿易転換効果

自由貿易協定によって、影響を受けるのはまず、締結国間の貿易である。通常、自由貿易協定による関税削減によって、締結国間の貿易は増加し、経済厚生は高まると考えられる。これは、「貿易創出効果」 (trade creation effect) と呼ばれている。

一方で、自由貿易協定によって、締結国以外の第3国(非締結国)からの輸入は減少する。これは、「貿易転換効果」 (trade diversion effect) と呼ばれている。たとえば、アメリカと韓国の自由貿易協定によって、アメリカの日本からの自動車の輸入が減少する可能性がある。

3. 自由貿易協定の事前分析と事後分析

自由貿易協定の経済効果を分析するには、大別して2つの方法がある。1つは、応用一般均衡モデル (CGE model: computable general equilibrium models) を用いて、自由貿易協定により、貿易のみならず、経済全体にどのような影響が及ぶのかをシミュレーションする方法である。これは、過去のデータと一般均衡モデルに基づいて、GAMSなどのコンピュータ・プログラムを用いて、事前の分析を行うことが主となる。GTAPと呼ばれる国際的な研究プロジェクトが著名である。

もう1つの方法として、過去の貿易データに基づき、過去に締結された自由貿易協定がどのような影響をもたらしたかを分析する事後分析がある。この事後分析には、多くの場合、重力方程式が用いられてきた。事後分析により、協定によって、どの程度締結国間の貿易が増加したのか数量的に把握することができる。

応用一般均衡モデルによる事前分析と重力方程式による事後分析には、利点と欠点がある。応用一般均衡モデルは、事前の分析が可能であり、政策担当者が、ある自由貿易協定に入るか否か判断する際の材料を提供できる利点がある。たとえば、TPPに加わることで、日本のGDPの成長率が何%高まるかといった予測を立てることができる。一方で、その予測は、現実を単純化した理論モデルに依存している。

重力方程式による事後分析の利点は、過去のデータに基づいており、実証分析の手法が適切であれば、現実に即した推定値を導くことができる点である。事前の分析を行えないことは欠点ではある。また、分析が限定的にならざるをえず、一般均衡的な効果を扱えないことがある。

ただ、近年の研究によって、事後分析の手法は大幅に改善されてきている。とりわけ、Baier and Bergstrand (2007) の研究の影響は大きい。

4. 自由貿易協定の内生性

自由貿易協定の事後の効果を推定するのは、技術的に容易ではない。自由貿易協定の事後分析には、重力方程式が広く用いられてきたが、伝統的な重力方程式(コラム第13回参照)を用いた場合、自由貿易協定の効果の精確な推定はできない。

Baier and Bergstrand (2007) の研究によれば、重力方程式を用いて、自由貿易協定の効果を推定する上で、少なくとも3つの原因による「内生性バイアス」 (endogeneity bias) の問題がある。

第1に、除外変数 (omitted variable bias) によって内生性が生じることが考えられる。自由貿易協定を締結しようとする国と国は、何らかの要因があって、自由貿易協定を締結する (selection bias) 。Baier and Bergstrand (2004) の研究によれば、経済規模が似通っており、距離が近い国同士で自由貿易協定を締結する傾向がみられるという。その他にも、国内規制が厳しく輸入抑制的な国と自由貿易協定を結んで輸出を有利にしようとすることも考えられる。しかし、こうした国内要因は、明示的に変数として推定に用いることが困難であることが多い。そうすると、そうした国内要因を無視した自由貿易協定の効果の推定値には偏りが生じる。

第2に、同時性バイアス (simultaneity bias) による内生性の問題もある。重力方程式では、貿易額(左辺)を説明するのに、GDP(右辺)を用いることが多い。しかし、GDPはそもそも貿易(純輸出)の関数である。そのため、GDPは内生変数である恐れがある。これに対処するため、貿易額(左辺)をGDP(右辺)で割るという処置をBaier and Bergstrand (2007) は取っているが、GDPの係数に関して強い制約を置くことになる。

第3に、測定誤差による問題も考えられる。特に、さまざまな種類の自由貿易協定があるが、多くの研究では、自由貿易協定を0か1のダミー変数で処理している。こうした処置では、測定誤差が生じている可能性がある。

Baier and Bergstrand (2007) が最も問題としたのは、第1の自由貿易協定の内生性の問題である。通常、理由があって特定の国と国が自由貿易協定を結ぶのであって、ランダムに国と国が自由貿易協定を結んでいるのはない。そのため、自由貿易協定が貿易に及ぼす影響を推定するのは、簡単ではない。単純化していえば、貿易が増える相手を選別して自由貿易協定を結ぶ可能性があり、自由貿易協定によって貿易が増えたか否か識別するのは難しいのである。自由貿易協定を結ばなくても貿易は増えていたかもしれないのである。

5. 内生性への対処策

内生性があるとき、最小二乗法による推定値には偏りがあり、一致推定量とならない。そこで、何らかの対処が必要となる。Baier and Bergstrand (2007) は以下の3つの対処法を検討している。

(1)操作変数を用いる方法 (instrumental variable approach)
(2)コントロール関数を用いる方法 (Heckman's control-function approach)
(3)パネルデータを用いる方法 (panel approach)

その上で、Baier and Bergstrand (2007) は、パネルデータを用いる方法が最もよいと結論付けている。横断面データの場合、操作変数法もコントロール関数法もいずれも、内生性バイアスの問題を十分に解決せず、安定的な推定値とならないと主張している。また、パネルデータを用いる際に、観測されない時間不変の貿易ペアの性質を除去するために、固定効果(貿易ペアのダミー)を用いる方法と変数の階差を取る方法による、以下の2つの推定量が考えられる。

(A)固定効果推定量 (fixed-effects estimator)
(B)1階の階差推定量 (first-differencing estimator)

この2つのうち、詳細は省くが、自由貿易協定の効果を推定するには、階差推定量が望ましいという。

6. 重力方程式の推定戦略

Baier and Bergstrand (2007) は、伝統的重力方程式を用いた自由貿易協定の推定は不安定であり、信頼できないことを示した。では、どのように重力方程式を推定すればよいのであろうか。少なくとも、(1)自由貿易協定の内生性、(2)物価の効果、(3)ゼロ貿易の3点を考慮し、分析することが望ましいと考えられる。もちろん、本来は、(4)企業の異質性にも何らかの対処が必要であることは言うまでもない。

まず、Baier and Bergstrand (2007) の議論を踏まえれば、第1に、重力方程式を用いて、自由貿易協定の効果を推定するには、自由貿易協定の内生性に対処するために、パネルデータを用いて、階差推定量を得る必要がある。

第2に、Anderson and van Wincoop (2004) の研究を踏まえれば、重力方程式の推定に際しては、輸出国ダミー・輸入国ダミーを説明変数に加えて、物価の効果を制御しないといけない(本コラム第14回参照)。パネルの場合、年々変動する物価の効果を制御するために、年ごとの輸入国ダミー・輸出国ダミーを用いないといけない。

第3に、Silva and Tenreyro (2006) の研究を踏まえ、ゼロ貿易を考慮にいれるならば、ポワソン疑似最尤推定量を用いるのが望ましい(本コラム第14回参照)。

しかし、データが膨大な場合、これらの3つの条件をすべて満たして推定するのは、統計ソフトウェアの性能上、必ずしも容易ではない。何らかの妥協をして、少しでもよい推定方法を用いることが求められているのかもしれない。実際、Baier and Bergstrand (2007) の分析は、ゼロ貿易を分析から除外し、第3の条件を満たしていない。Baier and Bergstrand (2007) の階差推定量を用いた分析によれば、自由貿易協定の平均的効果は、10年後に締結国間の貿易額を2倍にするほど大きなものであるという。

Egger at al. (2011) は、Baier and Bergstrand (2007) の研究とは異なり、1時点のデータを用いて、(1)自由貿易協定の内生性、(2)物価の効果、(3)ゼロ貿易の3点すべてに対処しようとしている。彼らの研究は、自由貿易協定への加入と貿易の有無それぞれをプロビット推定し、その上で、貿易の重力方程式をポワソン疑似最尤法で推定するという2段階の推定戦略を採っている。

7. マッチングによる分析

以上でみてきたように重力方程式による分析には深刻な問題があるため、Baier and Bergstrand (2007) の研究は、マッチング推定量と呼ばれる推定量を用いて、自由貿易協定の効果を分析する新しい方法を提唱している。以下ではその概要を紹介する。

重力方程式を用いた自由貿易協定の効果の推定を行ってきた多くの研究は、重力方程式を用いて他の要因を制御しつつ、自由貿易協定によって、どの程度貿易が増えているのか計算してきた。言い換えれば、平均処置効果 (Average Treatment Effect: ATE) あるいは、平均偏処置効果 (average partial treatment effect) を計算してきたといえる。

自由貿易協定の純粋な効果は、処置群の平均処置効果(Average Treatment Effect on Treated: ATT)と呼ばれるものである。これは、自由貿易協定に入った国々(処置群)と似通っているが自由貿易協定に入らなかった国々(制御群)の貿易額の変化を比較することで得られる。

マッチング法と呼ばれる手法でATTを計算する方法は、近年大きく進展している。このマッチング法による分析は、第1に、重力方程式による分析に対して、関数形を特定しなくてもよい利点 (nonparametric) がある。たとえば、自由貿易協定と貿易額との関係が非線形である場合も、気にしなくてよい。また、第2に、マッチング法によって、処置群と似通った制御群を設定することによって、自由貿易協定の内生性の問題にも対処できる利点がある。

ただし、マッチング法によって、ATTを得るには4つの仮定を満たさないといけない。第1に、説明変数で条件づければ、自由貿易協定と貿易額とが独立である必要がある (the assumption of conditional mean independence) 。

第2に、自由貿易協定を結んだ処置群に対して、適切な制御群が存在する必要がある (the overlap assumption) 。

第3に、自由貿易協定締結という処置が複数選択ではなく、ユニークである必要がある (the no-multiple-versions of treatment assumption) 。

さらに、第4に、自由貿易協定を結んだ処置群の貿易が、結んでいない制御群の貿易に影響してはいけない (the non-interference assumption) 。

第1と第2の仮定は概ね満たされるが、第3、4の仮定を満たすのか否かは微妙な面はある。特に、貿易転換効果や物価の効果のような一般均衡的な効果は、第4の仮定をおかす恐れがある。

こうした懸念はあるが、マッチング法による推定によって、Baier and Bergstrand (2007) の研究は、自由貿易協定が貿易を増やす効果はやはりあることを確認した。

8. 経済産業研究所における研究

経済産業研究所でも、自由貿易協定や地域貿易協定の理論・実証研究が数多くなされてきた。とりわけ、浦田秀次郎・ファカルティフェロー/早稲田大学教授の研究グループ、佐藤仁志・研究員の研究グループ、川崎研一・コンサルティングフェローをはじめとして、これまで、自由貿易協定や地域貿易協定の経済効果を明らかにしようとする試みが精力的に行われている。

なかでも、Urata and Okabe (2014) は、製品レベルのデータを用いて、地域貿易協定による貿易創出効果・貿易転換効果を推定した、世界的に稀な研究である。ここで、貿易転換効果は、貿易協定に加入している輸入国に輸出するときに輸出国が受ける負の効果と定義されている。パネルデータを用い、固定効果モデルで、貿易協定の内生性に対処すると同時に、ポワソン疑似最尤法によりゼロ貿易の問題に対処している。物価の効果には、輸出国・輸入国ダミーで対処している。そして、製品や地域貿易協定の種類により、地域貿易協定の効果は異なると結論付けている。

9. 終わりに

今回は、自由貿易協定の効果を巡る最近の実証研究の進展について議論した。以下の3点を指摘できる。第1に、少なくとも自由貿易協定が貿易を増やす効果が正であることは、既存研究の多くによって裏付けられている。

しかし、その効果がどの程度かという具体的なパーセンテージについては、この10年ほどの研究で大きな変化があった。そこで、第2に、政策判断に用いられるならば、自由貿易協定の効果をより優れた手法で推定する必要がある。

ただし、実証研究はさまざまな制約の上で行われている。そのため、第3に、自由貿易協定によって貿易がどの程度増えるのかといった数値については、用いられている手法を知ったうえで、注意深く、受け止める必要がある。

謝辞

本稿作成に関連して、伊藤匡・アジア経済研究所技術革新・成長研究グループ長および神事直人・ファカルティフェロー/京都大学大学院経済学研究科准教授から頂いた御教示に感謝いたします。

2014年4月15日
参考文献
  • Anderson, James E. and Eric van Wincoop. (2003) "Gravity with Gravitas: A Solution to the Border Puzzle." American Economic Review , 93(1):170-192.
  • Baier, Scott L., Bergstrand, Jeffrey H. (2004) "Economic Determinants of Free Trade Agreements." Journal of International Economics , 64 (1): 29-63
  • Baier, Scott L., Bergstrand, Jeffrey H. (2007) "Do Free Trade Agreements Actually Increase Members' International Trade?" Journal of International Economics , 71 (1): 72-95.
  • Baier, Scott L., Bergstrand, Jeffrey H. (2009) "Estimating the Effects of Free Trade Agreements on International Trade Flows using Matching Econometrics." Journal of International Economics , 71 (1): 72-95.
  • Egger, Peter, Mario Larch, Kevin E. Staub, and Rainer Winkelmann. (2011) "The Trade Effects of Endogenous Preferential Trade Agreements." American Economic Journal: Economic Policy , 3(3): 113-143.
  • Silva, J. M. C. Santos and Silvana Tenreyro (2006) "The Log of Gravity," Review of Economics and Statistics , 88(4), 641-658.
  • Urata, Shujiro and Misa Okabe (2014) "Trade Creation and Diversion Effects of Regional Trade Agreements: A Product-level Analysis." The World Economy , 37(2): 267-289.
  • 椋寛(2006)「地域貿易協定と多角的貿易自由化の補完可能性:経済学的考察と今後の課題RIETI Discussion Paper Series , No.06-J-006.

2014年4月15日掲載