国際貿易と貿易政策研究メモ

第20回「商社・卸売業と日本の貿易:直接輸出 対 間接輸出」

田中 鮎夢
リサーチアソシエイト / 摂南大学経済学部講師

1. はじめに

商社を通した貿易は、日本の貿易構造の大きな特徴である。1951年~1973年の期間に上位10社の総合商社が日本の輸出入の5割以上を占めていたと推計されている(田中・日本貿易会、2012)。また、1985年には、日本の総合商社9社が、日本の輸出の実に45%を占めていた (Rauch, 1996)。さらに、総合商社の売上規模は非常に大きい。2013年度、三菱商事、伊藤忠、丸紅、三井物産、住友商事、豊田通商、双日の7大商社の売上高合計は、70兆円を超えるほどの規模である(出所:日本貿易会HP)。

こうした商社・卸売業が、日本の貿易構造に果たす役割は、学術的にどのように考えることができるのであろうか。この分野の理論・実証研究は、山澤(1979)のような先駆的研究は以前からあったが、近年急速に進展してきた。今回は、そうした最先端の研究を紹介したい。

2. 直接輸出と間接輸出

2010年ごろから、国際貿易の研究の世界でも、商社(卸売業)の役割を解明しようとする有力な研究が、幾つか出てきた(Akerman, 2010; Ahn et al., 2011; Bernard et al., 2010; Bernard et al., 2011)。それらの研究は、基本的には、企業の異質性に着目した新々貿易理論(Melitz 2003)に基づいている。

まず、新々貿易理論では、輸出を行うには、流通網の整備や取引先の発見といった固定費用が必要となると考えられている。こうした固定費用を負担して、輸出から利益を出すことができるのは、一部の生産性の高い企業に限られる。そのため、輸出企業は生産性が高い。

この標準的な新々貿易理論で考えられていたのは、「直接輸出」である。自分で生産した製品を自分で輸出する企業行動が想定されていたのである。

しかし、実際には、自分で生産した製品を、自分自身で輸出するのではなく、商社を通じて「間接輸出」する企業も多い。

3. 間接輸出と生産性

直接輸出する企業と、間接輸出する企業の違いは何か。Akerman (2010) などの研究では、直接輸出するほどの力がない企業が、商社を通じて間接輸出を行うのだと考えている。つまり、最も生産的な企業は、自力で直接輸出する。中程度の生産性の企業は、自力での直接輸出はできないが、商社を通じて間接輸出を行う。さらに生産性の低い企業は、直接輸出も間接輸出も行わない。図1は、こうした生産性と企業の輸出行動との関係を要約したものである。

図1:間接輸出・直接輸出と生産性
図1:間接輸出・直接輸出と生産性

また、輸出先によって輸出の固定費用は異なることにも留意しないといけない。輸出が容易な国には自力で直接輸出できる企業も、輸出が困難な国には商社を通じて間接輸出を行う場合もある。輸出が困難な国へ輸出する場合には、生産性の高い企業にとっても、商社を通じた間接輸出が有利なこともある。輸出が困難な輸出先ほど、商社が果たす役割は大きくなる。当然、そうした輸出先への輸出額に占める間接輸出の割合や間接輸出される製品の割合は高くなる。

4. 商社の機能

近年の研究は、商社が、生産性の低い企業の間接輸出や、輸出が困難な国への間接輸出を請け負っていると考えている。では、なぜ、商社はそのような役割を負うことができるのだろうか。

Akerman (2010) などの研究は、商社にとって、1つの財を輸出するときに比べて、2つの財を輸出するときに輸出の固定費用が2倍になる訳ではないと考えている。商社は輸出製品の販売網を外国市場で既に構築しているので、1つの財を輸出するのも2つの財を輸出するのもそれほど大きな違いはないということである。つまり、「範囲の経済」が働くと考えている。

商社は、この範囲の経済を活かして、自力で輸出を行えない企業から仲介料金を徴収して、代わりに輸出することができる。生産性の高い企業も商社を利用できるが、商社を利用すると、仲介料金を払わないといけないので、商社は用いず、自力で直接輸出する。

5. 政策含意

商社に関する近年の研究を踏まえれば、輸出振興政策において商社の機能を活用すべきであることが分かる。第1に、生産性が低く、輸出を現段階で行えていない企業にとって、いきなり自力で直接輸出を行うことは難しい。まずは、間接輸出を行う方が容易である。非輸出企業と商社をつなぎ、間接輸出を促進することが、新規輸出企業の増加にとって、現実的な策である。

第2に、今後南米やアフリカといった輸出が困難な地域への輸出を行うに当たっても、商社の機能を活用すべきである。たとえば、中国やアメリカには直接輸出できる企業であっても、南米やアフリカの国に自力で直接輸出することは難しい。そうした企業と商社をつなぎ、新規輸出先を開拓していく支援を行うことも、重要である。

6. データの課題

商社を通じた間接輸出は、日本の貿易構造を理解するうえで重要であることを指摘してきた。しかし、実際にデータで間接輸出を分析することは難しい。

経済産業研究所では、この10年近くの間、多くの研究者が日本企業の輸出の実態を解明しようと多数の研究を行ってきた。『企業活動基本調査』は、日本企業の国際化を理解する上で基本となる情報を調査しているため、そうした実証研究に頻繁に用いられてきた。

しかし、これまでほとんど全ての研究が商社を通じた間接的な輸出を扱ってこなかった。それは、『企業活動基本調査』が、「直接輸出」のみしか計上していないからである。

商社を通じた間接輸出を分析するには、卸売業の「直接輸出」を分析するしかない。その場合、結局、どのような製造業企業が、商社を通じた「間接輸出」を行っているのかは明らかにできない。

『企業活動基本調査』を用いた分析によれば、2008年、従業者50人以上かつ資本金又は出資金3000万円以上の調査対象企業のなかで、1412社の卸売業の企業が輸出を行い、調査対象企業の輸出総額の実に22.9%を占めている(Tanaka, 2013)。また、上位1%の輸出企業が、卸売業全体の輸出の64.5%を占めている。これらの分析結果は、日本の貿易において、商社、とりわけ大規模な総合商社が果たしている役割が大きいことを示している。

7. 終わりに

今回は、商社(卸売業)が貿易に果たす役割を、最近の学術研究に基づいて議論した。しかし、商社の役割をすべて十分に扱った訳ではない。以前から、日本の総合商社の役割は経済学以外の分野では研究されてきた(Yoshino and Lifson, 1986)。また、国際貿易の領域でも、Rauch (1996) は、生産者が消費者を見つけるのに探索費用がかかるという事実を基にして、日本の総合商社の機能を分析している。

日本ではとりわけ商社の役割は大きい。今後さらに研究を深めなければならない。

2013年12月27日

補論

参考文献
  • 田中隆之・日本貿易会(2012)『総合商社の研究:その源流、成立、展開』東洋経済新報社
  • 山澤逸平(1979)「商社活動と貿易拡大」『一橋大学研究年報 経済学研究』22巻、pp.181-224。
  • Ahn, JaeBin, Amit Khandelwal, and Shang-Jin Wei. (2011) "The Role of Intermediaries in Facilitating Trade,"Journal of International Economics, 84(1): 73-85.
  • Akerman, Anders. (2010) "A Theory on the Role of Wholesalers in International Trade based on Economies of Scope," Research Papers in Economics, Department of Economics, Stockholm University, available at http://people.su.se/~ank/.
  • Bernard, Andrew, Marco Grazzi, and Chiara Tomasi. (2011) "Intermediaries in International Trade: Direct versus Indirect Modes of Export,"NBER Working Paper, No. 17711.
  • Bernard, Andrew, Stephen Redding, and Peter Schott. (2010) "Wholesalers and Retailers in US Trade,"American Economic Review: Papers & Proceedings, 100(2): 408-413.
  • Rauch, James. (1996). "Trade and Search: Social Capital, Sogo Shosha, and Spillovers," NBER Working Paper, No. 5618.
  • Tanaka, Ayumu. (2013) "Firm Productivity and Exports in the Wholesale Sector: Evidence from Japan," RIETI Discussion Paper Series, No. 13-E-007.
  • Yoshino, Michael Y. and Thomas B. Lifson (1986). The Invisible Link: Japan's Sogo Shosha and the Organization of Trade, The MIT Press.

2013年12月27日掲載