国際貿易と貿易政策研究メモ

第11回「輸出と賃金格差」

田中 鮎夢
研究員

1. はじめに

1980年代、アメリカでは、低技能(低学歴)労働者の賃金に対して、高技能(高学歴)労働者の賃金が上昇し、賃金格差が拡大した。賃金格差の拡大が生じた原因を突き止めようと数多くの研究がなされた。

当初、賃金格差拡大に国際貿易は関係ないという議論が優勢を占めていた。しかし、画期的な実証研究であるBernard and Jensen (1997) は、精緻な分析によって、国際貿易がやはり賃金格差拡大に関係しているのだということを明らかにした。今回は、貿易と賃金格差拡大の関係を探求した、Bernard and Jensen (1997) を紹介する。

2. 賃金格差拡大の3つの潜在的理由

賃金格差拡大の理由としては、次の3つの理由が考えられていた。

(1)「需要変化説」:高技能労働者集約的な財への需要が高まった。
(2)「国際貿易説」:国際貿易に伴う財の相対価格の変化によって、生産要素価格である賃金の変化がもたらされた (これは、ストルパー&サミュエルソン定理に基づく)。
(3)「技術変化説」:高技能労働者をより必要とする生産技術変化が生じた。

多くの実証研究は、国際貿易を理由とする2番目の理由ではなく、3番目の理由である技術変化が賃金格差拡大をもたらしたと結論づけていた。

3. 賃金格差拡大の分解分析

それに対して、Bernard and Jensen (1997) は、アメリカ国勢調査局の年次工業統計(Annual Survey of Manufactures)からの事業所個票データを用いて、賃金格差の拡大に国際貿易は大きく寄与しているということを明らかにした。

彼らは、ホワイトカラー労働者(非生産労働者)の雇用や賃金が、ブルーカラー労働者(生産労働者)に比べてどのように増加しているのかを分解分析した。経済全体において、ホワイトカラーの雇用や賃金が相対的に増加している現象は、2つに分解できる。1つは、個々の事業所が、ホワイトカラーの雇用や賃金を増加させているという効果である。これは、事業所内効果(the within effect)と呼ばれている。それに対して、もう1つは、元々ホワイトカラーの雇用や賃金の割合が高い事業所へ、そうではない事業所から雇用や賃金のシェアが移動する効果である。これは、事業所間効果(the between effect)と呼ばれている。つまり、ホワイトカラー労働者の増加は、以下の式のように2つの部分に分解できる。

ホワイトカラー労働者の増加=事業所内効果+事業所間効果

Bernard and Jensen (1997) は、この分解分析によって、表1、2に示すように、1980年代に米国でホワイトカラーの雇用や賃金が相対的に上昇したのは、事業所間効果による面が大きいということを明らかにした。この結果は、個々の事業所がコンピュータを導入した結果、ブルーカラーよりもホワイトカラーへの労働需要が高まったのだとする技術変化説に疑問を投げかけるものである。

表1:アメリカ製造業におけるホワイトカラー労働者数の割合の年間増加率
表1:アメリカ製造業におけるホワイトカラー労働者数の割合の年間増加率
(出所)Bernard and Jensen (1997), Table 1
(注)数字は、1年あたり、ホワイトカラー労働者の割合が何%増加しているかを示している。括弧内は前の期間に比べて、増加率が何%高まっているかを示している。
表2:アメリカ製造業におけるホワイトカラー労働者の賃金シェアの年間増加率
表2:アメリカ製造業におけるホワイトカラー労働者の賃金シェアの年間増加率
(出所)Bernard and Jensen (1997), Table 1
(注)数字は、1年あたり、ホワイトカラー労働者の賃金シェアが何%増加しているかを示している。括弧内は前の期間に比べて、増加率が何%高まっているかを示している。

4. 賃金格差拡大と輸出

Bernard and Jensen (1997) は、さらに、輸出している事業所と輸出していない事業所に分けて分析を行った。そして、輸出事業所が、ホワイトカラー労働者の雇用・賃金シェアの増加に大きく寄与していたことを明らかにした (表3、4参照)。これは、輸出がホワイトカラー労働者の雇用と賃金を増加させることを通じて、賃金格差拡大をもたらしたことを示す間接的証拠といえる。

表3:アメリカ製造業におけるホワイトカラー労働者数の割合の年間増加率 (1980-1987)
表3:アメリカ製造業におけるホワイトカラー労働者数の割合の年間増加率 (1980-1987)
(出所)Bernard and Jensen (1997), Table 3
(注)数字は、1年あたり、ホワイトカラー労働者の割合が何%増加しているかを示している。輸出事業所には期間中に輸出を開始した事業所を含む。非輸出事業所には期間中に輸出を停止した事業所を含む。
表4:アメリカ製造業におけるホワイトカラー労働者の賃金シェアの年間増加率 (1980-1987)
表4:アメリカ製造業におけるホワイトカラー労働者の賃金シェアの年間増加率 (1980-1987)
(出所)Bernard and Jensen (1997), Table 3
(注)数字は、1年あたり、ホワイトカラー労働者の賃金シェアが何%増加しているかを示している。輸出事業所には期間中に輸出を開始した事業所を含む。非輸出事業所には期間中に輸出を停止した事業所を含む。

加えて、Bernard and Jensen (1997) は、多変量回帰分析によって、ホワイトカラー労働者の雇用と賃金の増加の決定要因として、技術要因よりもむしろ需要要因が重要であることも明らかにした。とりわけ、輸出出荷額が多い事業所ほど、ホワイトカラー労働者の雇用と賃金の増加が大きいことを明らかにした。

5. 終わりに

今回は、貿易が賃金格差拡大に寄与しているということを事業所データによって明らかにしたBernard and Jensen (1997) を紹介した。彼らの丹念な事業所単位の分析は、産業単位の分析から、事業所・企業単位の分析への国際貿易研究の移行の先駆けとなった。それは、同時に同一産業であっても事業所は異質であるということを明らかにし、産業単位の分析の基礎となるヘクシャー&オーリン・モデルの限界を示唆するものでもあった。経済産業研究所でも賃金や雇用に国際貿易が与える影響について、企業・事業所レベルのデータを用いた実証研究が近年数多く行われている。

2012年6月15日
文献
  • Bernard, Andrew B. and J.Bradford Jensen. (1997). "Exporters, Skill Upgrading, and the Wage Gap," Journal of International Economics, 42(1-2): 3-31.

2012年6月15日掲載