小林慶一郎のちょっと気になる経済論文

第12回「知的財産権の強化は、知識の創造や蓄積を阻害する??」

小林 慶一郎 ファカルティフェロー

マスターくん 某私立大学大学院修士課程2年生(経済学)。経済学者志望で目下猛勉強中。

小林 慶一郎写真小林フェロー:今回紹介する論文は、知的財産に対する独占権(特許権など)を強化することが、実は、社会的に最適なレベルの科学的・技術的な知識の発見や蓄積を阻害し、社会全体の厚生から見て、過小な知識レベルをもたらしてしまうかもしれない、と主張する論文です。

  • Michele Boldrin and David K. Levine "A Model of Discovery," American Economic Review: Paper and Proceedings 2009: 99(2): 337―42.

マスターくん画像マスターくん:Michele Boldrin and David K. Levineの論文からは、どんな結論が導かれているのですか?

小林 慶一郎写真小林フェロー:経済学や知的財産権保護の議論での通念は、知的財産権の保護の強化は、知的革新(イノベーション)を促し、知識の集積レベルを上げる、と考えられています。しかし、筆者らによると、現実のデータに基づくこれまでの実証研究からは、知的財産権の強化は、ほとんどまったく知的革新を促していない、という結果が得られるのだそうです。この実証結果は、知的財産権保護に関する通念的な理論と相反しているという意味で、大きなパズル(なぞ)です。

BoldrinとLevineの論文は、簡単なロジックの新しい理論を提唱することによって、このパズルを解決しようとするものです。彼らは、まず通念的理論の前提条件を疑います。知的革新のプロセスについて、通念的理論は、次のように仮定しています:
(1)一定の固定コストを投入しなければ、新しい知識は何も生み出されない(逆に、一定量の固定コストを投入すると、新知識が完成された状態で、急に出現する)。
(2)生み出された知識は、低コストでコピーされてしまう。

こうした知的革新のプロセスが、(1)と(2)の特徴を有しているならば、知識を生産する活動の生産関数は収穫逓増(Increasing Return to Scale)になっており、そのため、知識を生産する人(発明者)に独占権を与えることが、発明発見の活動を増進し、社会的に見ても効率的になります。これは標準的なミクロ経済学の議論から分かることです。

マスターくん画像マスターくん:BoldrinとLevinは通念的理論の前提条件をどう疑ったのでしょうか?

小林 慶一郎写真小林フェロー:Boldrinたちは(1)の仮定が現実と違う、と批判しています。BoldrinとLevineは、通念的理論が採用しているのは、発明者・発見者が「ユーレカ(分かった)」と言った瞬間に完全な形の新知識が生み出されるという仮説だ、と批判しています。現実の知的発見や発明の作業は、もっと連続的な努力によって徐々に知識が「形成される」ものだ、というのがBoldrinたちの考えです。新しい科学論文や理論モデルが発見(発明)される場合、ある瞬間に突然、新しい論文やモデルが完全な形で生産されるのではありません。現実には、途中段階のメモや、暗礁に乗り上げたモデルや、理論全体の構成についての大まかなスケッチなどが最初に生産され、それらの生産物が、相互に影響を与えながら、徐々に磨きあげられ、改訂される作業が続いて、最後に完成された理論やモデルが生産されます。これが知的革新の生産プロセスだ、とBoldrinたちは主張します。これは研究者の実感からしても、納得できる見方ではあります。

さらに、彼らは、知的革新のプロセスは、収穫逓増ではなく、収穫逓減(Decreasing Return To Scale)になっている、と考えています。

途中段階の中間生産物(全体のラフなスケッチや、間違いとわかったモデル、バグだらけのコンピュータプログラムなど)も、知識としての一定の価値があり、それらの中間生産物を使うことで、次の中間生産物(もう少し精巧な全体スケッチや、バグの少ないプログラムなど)が作られ、さらにそれらからより高度な中間生産物が作られます。このプロセスは無限に続くが、徐々に中間生産物(中間的知識)から次の中間生産物(中間的知識)が作られるときの「生産性」は落ちていきます。

こうして、ある程度の段階で、知的革新を続けるよりも、生産された新知識を市場に出して、(2)の技術(知識をコピーする技術)で簡単にコピーして消費者に届ける方が効率的になります。このようなBoldrinたちの見方をまとめると、次のようになります。

(a)知的革新は一定の固定費用を投入すると急に新知識が出現するのではなく、既存の知識と労働力を投入要素として、収穫逓減の生産関数で連続的に生産されるものです。

知的革新のプロセスが、(a)のような特徴を持っていて、(2)のコピー技術も存在するときには、社会的に最適な知的革新の活動は、次のようなプロセスを辿ることになります:

  • 知識の蓄積がある程度のレベルになるまでは、発明者は市場に知識を出さず、その知識を投入要素として、知識の生産活動を自前で続ける。
  • 知識があるレベルまで蓄積されると、(知識の生産関数が収穫逓減であるために)知識の生産活動を続けるよりも、今ある知識を、(2)のコピー技術でコピーするほうが効率的になる。そのため、知識の生産活動は終了し、蓄積された新知識が市場に登場する(市場に登場した新知識は、コピーされていく)。
これを外から観察すると、あたかも一定量の固定費用を投入すると急に新知識が生産されて、市場に登場するようにみえます。通念的な理論が想定する知的革新のプロセスとそっくりに見えるわけです。しかし、実際には、新知識が市場に登場するのは、発明者による合理的な判断の結果として登場するのであって、通念的理論が想定するような収穫逓増の生産関数の結果ではありません。

マスターくん画像マスターくん:なるほど。一見同じように見えて、実はまったく正反対のプロセスによって得られた結果となるわけですね。

小林 慶一郎写真小林フェロー:そうです。この違いは、政策的に全く正反対の提言に結びつきます。Boldrinたちの考え方が正しいとすれば、発明者に知的財産に対する独占権を与えると、新知識を十分に磨き上げる前に、拙速に市場に投入するインセンティブを与えてしまう。その結果、研究開発活動を十分に行うインセンティブが阻害され、社会的に最適な水準よりも過少の研究開発活動しか行われないことになります。結果的に、知識の蓄積レベルも、社会的に最適な水準よりも、低いレベルになることになります。

これは、通念的な理論の政策提言(知的財産への独占権を発明者に与えることが、知的革新を促す)と正反対です。どちらが正しいかは、実証的に決めるしかありませんが、冒頭のパズル(知的財産権の保護を強化しても、知的革新の活動はほとんど全く促進されなかった、という実証結果)から見ると、Boldrinたちの見方にも一理あるようです。また、通念的な理論が、研究活動を一種のブラックボックスとして扱っているのに対して、Boldrinたちの議論は、研究や発明発見の活動の細部のプロセスまで考察している点で、説得力が高いのも確かです。

ただし、彼らの政策提言を解釈する上で注意すべき点があります。

マスターくん画像マスターくん:それはなんですか?

小林 慶一郎写真小林フェロー:Boldrinたちは、「知的財産に対する独占権を発明者に与えると、知的革新の活動が、社会的に最適なレベルに比べて過少になる」といっています。しかし、彼らは「知的財産への独占権を排して自由な競争で社会的に最適なレベルが達成できる」とは言っていないのです。自由競争にすれば、模倣者が知識をコピーすることで発明者の利得を奪うことは当然起きます。そのことが研究開発のインセンティブを低下させるという問題は、Boldrinたちのモデルでは、まったく検討されていません。

したがって、Boldrinたちの議論を現実的に解釈するなら、「知的財産への独占権を強めすぎると、研究開発を続けるインセンティブを低下させ、未熟な段階で新知識が市場に出てくるという弊害が生じる」ということだと言うべきでしょう。

いずれにしても、Boldrinたちの議論は、知識や知的資本が経済の中心になっている現代経済において、非常に大きな政策的インパクトをもたらす可能性を秘めた重要な仮説といえるかもしれません。

2009年11月4日

2009年11月4日掲載

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