フェローコンテンツ: 対談・経済政策の選択肢

第6回「財政再建やデフレ脱却などマクロ経済管理とミクロ面での構造改革とを両立させる選択肢」

吉川洋(東京大学大学院教授)氏との対談

吉川洋 (よしかわ・ひろし)
東京大学経済学部卒。イェール大学大学院経済学部博士課程修了(Ph.D.)。ニューヨーク州立大学経済学部助教授、大阪大学社会経済研究所助教授などを経て、現在、東京大学大学院経済学研究科教授、経済財政諮問会議議員。主な著書に『マクロ経済学研究』(東京大学出版会、日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『転換期の日本経済』(岩波書店、読売吉野作造賞受賞)ほか。

現在の日本経済の状況について

飯尾:
まずは、現在の日本経済が置かれている状況について理解するためには、何をポイントとして考えればいいのでしょうか。

吉川:
日本経済の現状ということからお話します。景気の基準付けというのがありますが、これは後づけ的に、歴史的に決めるものです。分かりやすくいってしまえば変化の方向を調べるものです。まだ決まっていませんが、景気の谷は、2002年の頭か2001年の11月でしょう。(注:政府は2003年6月に、2002年1月を暫定的に「谷」とすることを決めた)。ということは、2002年に入ってからは、一応、日本経済は景気回復過程にあるということになります。

この回復過程にあるということについて、世の中では大変な議論があります。政府は「月例報告」というのを出していて、これは景気の公式な判断なのですが、回復過程に入ったとして「底入れ宣言」というのを今年の初めにやったわけです。実際の状況はもっと悪いじゃないか、これが不況でなくて何が不況なんだ。こういうことをおっしゃる方がたくさんいます。これは、水準と変化の方向の違いがあると思います。水準で見ればやはり今でも、確かに経済状況は悪いのです。

中長期的に見て、過去10年を振り返ってみると成長率は大体1%ぐらいです。国際的に見ても非常に低い。これはなぜなのかという大問題があります。小泉政権の構造改革路線というのは、この問題意識を出発点にしているのだと思います。

10年の間にも、既に2回景気の拡張期というのはあったのですが、ならしてみると1%の成長率。これが問題です。それは、日本経済のサプライサイドが悪いからだという議論が1つあるわけです。構造改革というのは、サプライサイドを強くすることなんだと。

一方で、日本経済、変化の方向はともかく、水準としては天井よりも低い。経済学者、エコノミストの言葉遣いで言えば、GDPギャップがある。これは明らかに需要不足を示している。私自身はこの立場に立ち、需要不足だと考えております。

需要不足があると、もし構造改革というのが純粋なサプライサイドのポリシーだとすると、的外れだということになる。なぜなら、それは天井を上げることでしょう。現実が天井より低いところにあるときに天井を上げても意味はない。それは、GDPギャップを広げるだけで、現状をよくすることにはならないのではないかということになる。天井と現実が合っていて、その天井があまりに低いというのが問題だというのであれば、サプライサイドを強くして天井を高くするのは大いに意味があるわけですが、天井よりもずっと低いところにいるときに天井を上げても意味がない。

天井を上げるようなことは的外れじゃないかという論者の代表選手は、たとえば海外ではポール・クルーグマンです。日本でも、ケインズ派の人たちの中には、そういうことを言う人はかなりいます。財政積極論者の人は、当然このような考えを持っています。ただ、需要が足りないというのはその通りなんだけれども、持続的な需要と場当たり的な需要というのを、分けるのが一番大事ではないかというのが、私の持論です。

需要創出型規制改革

飯尾:
「場当たり的な」というのは、たとえば、財政をとにかく拡大して、何でもいいからお金を使えばその分だけGDPが上がるということですか。

吉川:
そういうことです。一番わかりやすい例はオリンピックだと思います。日本でいえば、長野オリンピックをやれば長野県のGDPは少し上がる。しかし、それで成長率が高まるということはありません。せいぜいオリンピックのちょっと前に、特需で1年ぐらいGDPが上がるというだけですからね。全く意味がないようなものでも、GDPにカウントされるのであれば、定義によってGDPは上がる。しかし、それではしょうがない。

そうではなくて、持続的な需要の拡大につながるような、そういう視点が何より大事なんだというのが私の立場です。その場合には、需要とイノベーションが絡まって、ある種の好循環が生まれるというのがポイントだということです。

飯尾:
それでは、財政出動以外の方法で需要を増やすことはできるんでしょうか。

吉川:
それが、政府の方でも盛んに言っている規制改革ということです。よく挙がる例は、携帯電話ですが、貸し出しから買い切りにした途端に急激にマーケットが広がりました。ですから、財政というのも、もちろん1つの有力な手段ですけれども、規制改革というのも非常に重要な政策だろうと思います。

飯尾:
そうすると、規制改革はしばしばサプライサイドの改革であるかにいわれますが、その中にも実はサプライサイドだけでとどまるものと、需要サイドに波及するものと2種類あるということですか。

吉川:
おっしゃるとおりです。少なくとも、それが私の理解です。

飯尾:
規制改革というと失業を増加させる政策だとよくいわれますが、そのような供給サイドの規制改革と先生のおっしゃるような需要サイドの規制改革を見分けるポイントは何でしょうか。

吉川:
それはケースバイケースでしょうね。規制改革を進めると失業者が増えるとか、倒産が増えるというのは、いわゆる弱者保護的な規制なんでしょう。だけど、規制というのはそういうものだけではないですからね。そういう意味では、私は何よりも需要創出型の規制改革というのが、今一番大事だと思います。

本当の意味での弱者を、社会の合意を得た上で支えるのは当然のことだと思いますけれども、そのためにいくらお金がかかるかという問題があります。弱者というのが、ただ口実になっているケースもあるわけです。

飯尾:
「自称弱者」というか、私は「行政依存人」と名付けていますが、そういう方が確かにおられますね。そうしますと、財政支出の規模といいますのは、やはり規制改革は万能というわけではなくて、需給ギャップに比して、規制改革でできる部分が何割とか、そういう目算というものの計算というのは難しいものですか。

吉川:
定量的につめるのはなかなか難しいです。ただ、定量化する試みとして、政府が公式にやっているものには、今後、雇用がどれくらい拡大するかという計算があります。規制改革によってどれぐらい雇用が伸びるかという試算が部分的ではありますが、存在します。そこでは、サービス部門を中心に伸びていく、という結果が出されています。

試算ですから、数字にぶれが出るのは当然ですけれども、大きな方向としては正しいと思います。なぜ正しいかは他国、アメリカとかEUを見ればわかります。日本はまだ製造業比率が高く、逆にいえば、サービス部門の雇用の比率が低いのです。あるいは、自営業者で、特に家族従業者、こういうところの比率が先進国の中では高い。そういうところは変わっていくでしょうね。

飯尾:
それでも、財政出動はやはり必要なんでしょうか。

吉川:
ゼロでいいとは我々も思っていないので、具体的には2001年の補正予算というのは必要だったわけです。ただポイントは中身だと思っています。

中身の見直しというのは乗数効果の低いところから高いところへと資金の配分を変えることを意味しています。私自身はクラウド・インという言葉をよく使っています。クラウド・アウトというのは、込んでいるところではじき出すということを意味しているのですが、政府支出が増えて金利が上がって、民間の投資をクラウド・アウトする。これに対して、民間の投資の呼び水になるような公的な支出をクラウド・インといっているんです。

飯尾:
そうしますと、議論は、マクロのボリュームの話よりはむしろどこの分野と、役に立つ部門の支出が大切なのかということになります。これはミクロの議論をしなければならないということではないでしょうか。

吉川:
そうですね。

飯尾:
しかし、政治学的に見るとそのように議論が進むと反対派にとっては都合の良い状況になってしまいます。政策のミクロについての権限は、官僚組織などが握っていたりするので、マクロの議論を翻訳しているうちに、従来型の乗数効果の低いところに配分してしまうという状況になりがちです。 そこで乗数効果の高いもの、低いものは役所の枠内でも違いがあるものなのでしょうか。それとも、国土交通省から経済産業省とか、省庁間で変えるということでないとできないぐらいの分野別の違いはあるでしょうか。

吉川:
それはもうおっしゃるとおり。役所のシェアというものも大きく変わらなくてはいけない。だけど、そこはなかなかそう簡単にはいかない。もっとも役所の中でも、いろいろ変わらなくてはいけないということで、そういう努力は随分進んでいるように思います。たとえば、農林水産省では、今、ハードからソフトへというのが1つのかけ声になっています。私の理解している限りでは、農林水産省の予算も今年の予算で随分変わったようです。

今の日本で、何十兆円もの予算の配分を一朝にして変えていくことはできないでしょう。しかし、現在の日本の状況というのは、気持ち的には、政策手段を将棋にたとえると飛車も角もないという状況だと思います。金融はゼロ金利、財政は赤字がGDP比140%、プライマリーバランスも大変な赤字です。残された道は、財政については中身を見直すということです。

政府の見通しと雇用について

飯尾:
そうすると、財政のことについて言えば、短期的に調整しながら、長期的には引き締めても大丈夫な状態まで経済を持っていかなければならないということですが、よく竹中大臣とかが批判される点で、すぐによくなると言っていたではないか言われます。将来の見通しについて、どのようにお考えですか。

吉川:
まず第1に政府は、見通しをちゃんと言ってないじゃないかと民間の方がおっしゃることがあるんですが、それはそうではなくて政府としても、「改革と展望」というもので完全に明らかにしているんです。今後5年、それからもう少し長期の10年を考えて、日本経済はどういうふうに成長していくか、財政がどういうふうに推移するかということを明確に数字で出しているわけです。ところが、どういうわけかこれもあまり読まれません。

政府としては、日本経済の中期的な展望を示しているわけです。外れる、当たるということとは別にして少なくとも明らかにしていることは間違いないんですよ。 それでいいますと、実質GDPは、たとえば2002年度なんかはだいたい当たっています。見通しはプラス1%程度です。2002年度の実績は、プラス1%以上にいきそうですから。

飯尾:
景気予想については、ある程度当たっているし、それなりにちゃんとした根拠も示しているということで、まずかったということは今のところあまりなかったとお考えですか。

吉川:
ただ、経済はGDPだけよければいいというのではないですから。今の日本では、雇用面ではまだ課題がたくさんあります。

飯尾:
雇用と先ほどお話しいただいた需要との関係はどう理解すればよろしいでしょうか。普通、何か直線的につながっているようなイメージを持っているんですが。

吉川:
大まかに言えばその通りです。失業率は少し前3%だったのが、なぜ今、5.5%なのか。それはやはり、全体として経済が低迷しているということです。ただ少し複雑なのは、雇用、特に安定した雇用というのは、どれぐらい持続的に企業にとって需要が伸びているかにかかっています。需要が少しぐらい落ちても、昔は落ち込みが一時的だとみんな思って、終身雇用を維持していたわけです。企業が一時的にはフル稼働していなくても、労働力を抱えて、次の時を待つ。好況になったときに人手がなくては困るから、そのためのコストと考えていたのです。

ところが、今や日本国民全員が総弱気になって、長期的な成長への確信を失ってしまい、大量解雇したりすることによって問題が起きているわけです。常用雇用というのは、ここ10年ぐらい単調に減少しています。

飯尾:
好業績の企業でも雇用を増やさないということで、結果として景気が少々上向いても雇用が増えていかないという状況だということですか。

吉川:
そうですね。少なくとも常用雇用についてはその通りです。たとえば、去年から今年の初めにかけて、どういうところから離職者が出ているか調べてみると、やや意外なんですが、よくいわれる建設とか、中小企業ではなく、むしろ大企業の製造業が一番の大口になっています。製造業の大企業が本気にリストラを始めたということです。

製造業の大企業というのは、パフォーマンスでいえば、日本経済の中で一番いいところですね。マトリックスで大企業、中小企業、製造業、非製造業、4つを考えれば、二重丸のようなところなのですが、そこが雇用を減らしています。

もちろん、個別に考えれば難しいところもあり、総体的に見て二重丸ということではない。国際競争は厳しく、そのようなところで本当にリストラをやり始めたということなんです。ただ不良債権処理を原因として失業率が上がるとよくいわれるのですが、去年から今年にかけての失業率の高まりというのは、不良債権処理とはほとんど関係がない。製造業の大企業というのは、不良債権がほとんどありませんから。

デフレについて

飯尾:
政治の世界ではデフレと不況が一緒ですけれども、これはどうも経済の世界ではそうではないだろうという印象をもっているのですが、このデフレ現象というのはどのように見ておられますか。

吉川:
経済学におけるデフレの定義というのは単純で、物価が全体として持続的に下がっていく現象です。

飯尾:
全ての物価が持続的に下がっていくということですね。一部の物価だけ下がるのは、デフレではないということですね。

吉川:
全てという意味は、リンゴだけの価格が下がっているというのと区別するという意味ですが、全てとはいっても、もちろんどういうインデックスを使うのかで、若干、異なります。具体的には、日本だと卸売物価(企業物価)、消費者物価、GDPのデフレーター。大体、この3つくらいになるんですが、これらはずいぶん違います。

飯尾:
資産の価格はインデックスに入らないのですか。

吉川:
資産価格のデフレという使い方ももちろんありますが、今言った統計の中には入っていません。経済学者、エコノミストがただデフレと言ったときには、普通の物とサービスの物価が下がることだというふうに、考えているということです。

飯尾:
資産の値段が下がるというのは、普通の意味のデフレではないけれども、デフレと似た現象が起こると考えられますが、両者は独立のものなのでしょうか。

吉川:
関係はもちろんありますが、下がる速度とか、割合が全然違います。今のデフレは1%ぐらいですが、土地や株の価格は何分の1にもなってしまいました。

飯尾:
デフレの原因というのはどういうところにあるのでしょうか。

吉川:
デフレというのは、インフレもそうですが、貨幣的な現象だという言い方をよく経済学者やエコノミストはします。物の値段なのだから、貨幣、マネーに関係したことだろうと。ということは、それをつかさどる、あるいはコントロールする金融政策によって最終的に決まってくる問題だということになる。

したがって、この問題に対する責任は、日本銀行が第一義的に負うべきだという議論があります。それで、日銀に対して、インフレターゲットを掲げて、もっと果敢に金融を緩和しろという話をするわけです。

金利はご承知のとおりゼロです。金融政策というのは、伝統的にはどこの国でも政策金利、日本ではコールレートですが、それを上げたり下げたりするのですが、今はコールレートはゼロです。マイナスの金利、名目金利はあり得ません。ではどうするか。量的緩和を勧めるということになるわけです。

量的緩和というときに、これまたいろいろな議論があるんですが、日銀がマネーを増やすというときは、よく世の中では、日銀というと日銀券が一番なじみがありますから、輪転機を早く回せばいいじゃないかという議論がありますね。しかし、これはそう単純なものではないわけです。

日銀としてマネーを増やすというのは、市中銀行から債券なんかを買って、市中銀行が日銀に持っている預金を増やしてやる。これは、ベースマネーとかハイパワードマネーとか言います。そのベースマネーが、この1年ぐらい年率で30%くらい増えています。これは、大変な量的緩和なのです。

一方、マネーサプライなどと言うときのいわゆるマネーというのは、ハイパワードマネーとは異なり、今度は我々個人や企業が市中銀行に持っている預金です。日銀券も含みます。もっとも、日銀券というのは、マネーの定義の中の8%ぐらいでしかありません。

飯尾:
しかし、デフレだということは通貨量は全体的には増えていないというわけですか。

吉川:
ベースマネーは30%増えていますね。しかし、市中の預金を中心とした、いわゆるマネーサプライ、これはM2+CDというんですが、それが大体3%ぐらいの伸びでしょうか。さらに銀行の貸し出しになるとマイナス2~3%のマイナス成長です。

現在の日本は、そういう姿なんですよ。日銀流の言い方では、ベースマネーの30%増というのは、これはまさにextraordinary(並外れた)だということになる。アクセルは目いっぱい踏んでいる。だけど、トランスミッションがいかれている。トランスミッションというのは市中銀行。それはなぜか。理由は不良債権だ。こういう話ですね。これが日銀のスタンスでしょう。

それに対して、アグレッシブな量的緩和論者は、トランスミッションがいかれているために、ベースマネーを30%出してもマネーが2~3%しか増えないんだったら、ベースマネーを70%出せばいいじゃないかというわけです。

飯尾:
もっとアクセルを踏めということですね。しかし、さらに量的緩和をする手段はあるんでしょうか。

吉川:
日銀は、それは難しいと言う。素人は簡単にそう言うけれども、札割れ(日銀の国債購入希望額に市中からの供給希望が達しないこと)なども起きている、と。それに対して批判する人は、長期国債が駄目なら社債でも何でもいいんじゃないかと言う。こんなやり取りを繰り返してきた。

飯尾:
不良債権問題が量的緩和が効かない原因だというのは、トランスミッションの方では一致しているわけですか。

吉川:
どうでしょう。完全に一致しているとは言えませんが、でも、逆に不良債権が「One of the major troubles」ということについては全員が一致しているのではないですか。

飯尾:
確認しますが、デフレは解決すべき問題なんですよね。

吉川:
それは経済学者、エコノミスト、全員一致しています。中にはユニクロ現象とかいって、物価が下がるのはいいことだと言う人もいますが、それは個別の価格の話です。メーカーが頑張ってくれてパソコンの値段が下がるのはいいことですよ。それはいいことなんだけれども、一般的な物価水準が下がるデフレはそれとは別です。デフレがトラブルだということでは、経済学者は全員一致しています。

ちなみに、これがトラブルだということを経済学の歴史の中で、非常に強く言った経済学者はアーヴィング・フィッシャーです。フィッシャーはアメリカの大不況で、自分も財産を失ったのですが、資本主義経済というのは、振り子のように、安定化の機能を持っているんだけれども、それが壊れてしまうことがある。その条件は2つあって、好況のときに企業が過大な債務を負うこと。その後にデフレが来ること。この2つが重なると、資本主義の安定化機能が壊れてしまうと言いました。

飯尾:
素人風の理解で恐縮ですが、基本的には好況のときに借金をしだして、不況になると、それを返すあてがなかなかなくなるのに、デフレになって物価水準が下がる。名目の債務はそのままだから、ますます返せなくなるということですか。

吉川:
その通りです。借金というのは債務ですけれども、マクロ的にみれば債権者がいるわけです。債権者は得するわけですね。マクロでいえば、プラスマイナスゼロ、完全に対称的です。にもかかわらず、デフレで経済全体がまいってしまうのは、債務者が企業だからです。

飯尾:
生産活動の担い手がまいってしまうからよくないということですか。

吉川:
やはり経済を動かす土台は企業ですからね。

飯尾:
ところが、たとえば、日本もこれから高齢社会で貯蓄が大切になるんだから、お金を貯めているほうに所得移転があるのはいいじゃないかと、生産第一主義からそういう方に所得が移るんだという奇説を唱える政治家が出ないとも限りません。これがやはり駄目だというのは、富の生産ができなくなると、結局、それも維持できないからですか。

吉川:
そういうことですね。ちなみに、今の不良債権問題の根源はよく知られているとおり、80年代の終わりのバブルですね。実は、バブルの時代から90年代初頭にかけて、マクロで見ますと土地、不動産について、家計が売り抜けているんです。こういうことは、ほとんど今までないんですけれども、マクロで見ると家計が儲けて、企業が損をしたということです。

飯尾:
地上げだといわれて問題になったが、全体として売った人たちは利益を得たのに、買った企業は不良債権の固まりになってしまったということですね。 ところで、デフレは本当に止まるものなんでしょうか。これについて、何か疑いを差し挟む方もいます。経済の構造がかつてとは変わって、国際的に統合されているからという説も耳にしますが、これについては如何ですか。

吉川:
国際的に統合されていようと何だろうと、インフレのときはインフレなわけですから、すぐにはそうは言えません。ただ、国際的な次元があることも、嘘ではありません。たとえば、今、中国は7%の成長をしていますが、ご承知のとおりデフレ基調です。やはり中国の問題というのはあると思います。人民元の為替の水準の問題というのもあると思います。

そういう問題は1つありますが、デフレをどうやって止めるのかという問題に戻ると、物価というのは実体経済の後で、実体経済がよくなると物価も上がるという理屈があります。フィリップス・カーブ(失業率と物価の変化率の負の関係を示したグラフ)をご存じだと思いますが、ああいうロジックがある。経済の状態がよくなって、失業率も下がってくる。そうすると、物価、賃金が上がってくるという話です。

ともあれ、一朝一夕で即効薬がないというのが、私の個人的な感想です。ただそういう中で、あえて即効薬を探すとすれば、私は円安だと思います。円安が進めば、かなりのスピードでとりあえずデフレのストッパーになると思います。企業(卸売)物価でいえば数カ月で止まるかもしれない。ちなみに、企業(卸売)物価や消費者物価は、今、なべ底に近づいてきているんですよ。デフレとはいっても、ほとんどマイナス0.2%とか0.3%ぐらいに。GDPデフレーターは簡単じゃないにしても、企業(卸売)物価にはすぐに効くと思います。

飯尾:
為替の操作はどうすればできるのでしょうか。

吉川:
本当に円安にできるかというと、これは(名目の)為替レートがどのようにして決まるかという大問題で、経済学の方でもいろいろな議論があります。ただ、金融の緩和が、量的緩和を含めて、どちらかといえば円安方向をサポートするというのは標準的な経済学の1つの合意だろうと思います。

中長期的に、仮にインフレ期待みたいなものをある程度調整できるとした場合、普通の価格インフレにはすぐ結びつかなくても、資産市場で円安みたいなものはわりに早く反応するかもしれない。

ただ、金融市場での反応が早いということからすると、本当に量的緩和をやってインフレ期待が生まれると、名目の金利も上がるかもしれません。そうすると、国債価格が下がります。これは副作用が大きいですから、一概に喜べない面もあるという問題もあります。為替レートのほうは円安にいってくれても、名目金利が跳ね上がってしまえば元も子もない。

飯尾:
円安になったためにデフレは止まったけれども、名目金利が上がってしまうと、国債暴落ということにもなるということですか。

吉川:
民間の銀行が大量に国債を持っていますから。

飯尾:
そうすると、名目金利が上がるということは、国債が不良債権化するということですか。

吉川:
不良債権ではないですが、国債には金利上昇のリスクがあるということです。

飯尾:
とにかく国債を買えばいいので、別に新発債を直接買うといっても大して問題ではないということになりますか。

吉川:
為替の介入について不胎化をやめるべきだという議論もあるんですが、お金に名前がついているわけではないですから。要はどれだけ資産をいろいろなマーケットから買って、ベースマネーを出すかという問題ですね。方向としてはベースマネーを出す方向です。そのための1つの標準的なやり方は、市中から国債を買うということです。

財政の問題

飯尾:
次に、不良債権の処理のために公的負担が必要だという議論について伺います。公的資金を導入しても全部返ってくればよいのですが、やはり一部毀損することもあるわけですよね。そうすると、需給ギャップを解消するために、財政支出で国が対策を講じるということと、国債を増発せざるを得ないということとの関係は、何か有機的な関係にあるでしょうか。

吉川:
不良債権処理の一部は、最終的に国民が負担することになる。つまり財政で負担する。では、なんでそんなことをするんだという疑問が生じるかもしれない。理由は、金融システムの安定は1つの社会的なインフラだからです。それが壊れたときの国民経済全体、あるいは国民全体に与えるロスに比べれば、財政で、我々全員が負担しなければならないロスのほうが小さいという判断があるからです。

飯尾:
このときに、借金の棒引きですけれども、国がお金を返さないという国債の徳政令をやると、これはどういうことになりましょう。

吉川:
デフォルト(債務不履行)です。これは、財政が破綻したということを意味しています。歴史的にはそういう国はたくさんあるわけです。第1次世界大戦と第2次世界大戦の間に発行された世界中の国債の内、かなりはデフォルトしたといいます。日本は今そうした状況にないが、いずれにせよ厳しい状況に近づいてきているというのが、多くのエコノミストが感じていることだと思います。

飯尾:
このような財政とデフレの防止との間には連関はないんでしょうか。

吉川:
デフレの状況というのは財政再建にとっては大きなマイナス要因です。税収が上がらないですから。

飯尾:
財政の破綻というのは具体的にはどういうことなのでしょうか。

吉川:
国債が暴落するということです。長期金利がものすごく上昇するということです。日銀が幾ら買い支えても、金利がどんどん上がってしまう。そうなれば、国債費(利払い)が税収をはるかに上回り財政は破綻するわけです。

飯尾:
基本的には、財政の破綻というのはもう少し先のことだと感じておられて、それまでにまだ何段階かあるわけですよね。まだ今はそんな状況にありませんので。

吉川:
現在はもちろん財政破綻状態にない。足元では国債の金利が、1%台。国債金利が暴騰するというリスクは、今はまだないというのが素直な見方です。

飯尾:
政治的には、それが突然来るものかどうかに関心があるのですが。

吉川:
破綻というのはデフォルト状態なので、それの前段階としては国債金利の急上昇、国債価格の急落が先に来ると思います。私は破綻するとは言いませんが、仮に、今の不況を止めるために、何十兆でも補正予算を組んだりすれば、国債価格は下がるでしょうね。

財政と金融政策の制約

飯尾:
一挙改革がない以上、今やっている努力を続けることになりますか。

吉川:
不良債権の問題にメスを入れていく。規制改革を進めるために特区もやる。これは先ほどお話をしたとおり、需要を拡大するという面もある。日本銀行も、おしりをたたかれてやっているところがあるようですが、量的緩和をさらに進めていく。

できれば、為替レートは円安のほうに振れてくれればいい。これは、一国だけではできないですし、介入の効果というのはにわかには分からないんですが、急激な円高は非常に困ることだし、常に円安の方向へ努力をしていく。とにかくそれらの組み合わせですね。

飯尾:
そうすると、選択肢はそんなにない中で、一見、対立しているように意見がいろいろあるように見えるけれども、組み合わせのニュアンスの違いがあるだけで、そんなに大きくは違うはずはないということでしょうか。

吉川:
いや、財政なんかについては、もっと大盤振る舞いしろという、積極財政論者の意見ははっきりしていますね。政治家にももちろんそういう考えの人がいます。

飯尾:
彼らの考え方というと、財政はこのように半端なことをしていたらだめなので、思い切ってやれば自立的に回復する。でも、彼らは、幾らでも未来永劫、財政でどんどんやれと言っているわけではないはずですよね。

吉川:
そこは判断の問題ですね。

飯尾:
そうすると、私どもの領域でいうと政治的判断なので、政治家の責任でどちらかを選べばということですよね。やってみて駄目だったら交代と。

吉川:
財政について私は財政でどんどんやっていいという状況ではないと思います。だから、財政についてはナローパスの中で、切り札は中身を見直すということ。これは、半分は不幸なことなんだけれども、無駄がたくさんあるわけです。「幸い」無駄が多いんだから、その中身を本気で見直してみたらどうだと。

今、補正予算というのは、1兆5000億円といったオーダーですね。本予算だと公共投資だけで9兆円あるわけですからね。この9兆円をゼロベースで見直してみれば、9兆円というのは大変な金ですよ。GDPの2%近くなんですから。

円安という手段について

飯尾:
さっきの為替の点ですけれども、為替は調整が難しいわけですが、これはやはり最大の問題は、中国元がドルにリンクをしていることでしょうか。

吉川:
それもありますね。しかし、やはり円・ドルレートの問題が大きい。アメリカの政権が、どういうような為替に関する考えを持っているか、やはりそれが大きいわけです。

飯尾:
アメリカの政権は、先生の考えでは、やはり今のドル安を歓迎しているわけですか。

吉川:
ブッシュ政権というのは、一応は強いドルを標榜しているわけです。しかし、ご承知のとおり、アメリカも政府といっても財務省と商務省で、やはりスタンスが違うわけです。財務省がキャピタル・インフローを確保するという観点から強いドルというのは本音ですが、商務省は製造業の輸出に注意を払いますから、口で強いドルとか言っていても、本音では弱いドルの方を望んでいるでしょう。

特に、ドル安への傾向というのは、当然のことながら不況になってくると強まるわけです。アメリカは失業率が高くなってきているわけです。そういう中で、やはり感じとしてはドル安歓迎の雰囲気を感じます。アメリカのドル安容認の下で、どんどん円安というのを日本だけでできるような雰囲気ではなくなるのではないか。こういう問題があると思うんですね。

飯尾:
ということはやはり、なかなかデフレ退治のために円安に持っていくのは難しいということですね。そうすると、先ほどのデフレ脱出のために円安というのはちょっとしばらく難しい。

吉川:
しかし、ともかく政府というか、政府・日銀全体としては、短期的なマクロ政策として、円安のメリットを常に意識してもらいたいと考えています。

2002年12月12日採録 / 2004年1月28日掲載

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総括

吉川教授との対談では、経済財政諮問会議の民間議員として、政策論争の経験を積まれたせいか、素朴な質問にも丁寧に答えられる姿勢が印象的であった。

ケインズ経済学者は財政支出の効果を強調するという通俗イメージは覆され、むしろマクロ経済についての枠組みが包括的で強固なので、ミクロ経済的な問題に目を向けて、現実的な議論となった感がある。さまざまな論点のなかでも、財政再建やデフレ脱却などマクロ面での経済管理と、たとえば歳出構造改革などによるミクロ面の改革の両立が問題のポイントであることが示唆された。

2004年1月28日掲載