書評:大田弘子著(2006)『経済財政諮問会議の戦い』

経済政策・構造改革の論争

構造改革派

大田弘子著(2006)『経済財政諮問会議の戦い』

(2006年、東洋経済新報社)

大越 諭

ポイント

  1. 著者の内閣府での勤務経験に基づき、創成期の経済財政諮問会議は、小泉改革の司令塔として、(1) どのようなことを行ったのか、(2) どのような議論・妥協をしたのか、(3) 何を課題として積み残したのかという点について、年金制度改革、税制改革、三位一体化改革、歳入一体改革の事例を基に検証している。
  2. 民間人が政策に関与することについて分かりやすくまとめている。

内容要約

諮問会議はどのようなことを行ったのか

諮問会議は、橋本行革の成果として2001年1月の省庁再編の際に内閣府に設置された。その狙いは、経済財政政策の総合戦略、特に予算編成において官邸機能を強化すること、すなわち首相のリーダーシップを強めることにあった。特に、小泉内閣以降では、改革の司令塔との役割を果たしてきた。その顕著な事例は、政府の経済財政政策や予算編成の基本方針である、いわゆる「骨太の方針」を作成することである。

これは、諮問会議は内閣主導よりも、官邸主導・首相主導のもとに予算編成を行うことを目指したもので、現実として、予算編成の過程が変化した。諮問会議の特色は、(1) 首相がほとんど欠かさず出席すること、(2) 成果重視型の議会運営、(3) 特定の閣僚・民間議員・日銀総裁などメンバーが限定されている、という3点である。

これらの特色はさまざまな効果を生み出した。本書においては、次の4つの効果を挙げている。(1) 諮問会議は国民から見えるようになっているため、プロセスが透明になり、経済・財政政策について内閣の方針が明確になった。(2) 省庁の手がほとんど加わっていない未完成文章が公式の会議の場に提出される。(3) トップダウンで決定がなされるために関係省庁の折衝がスピードアップした。(4) 成果がその場で確認され・数値目標や工程表が作られるようになった。

事例による政策議論の攻防

本書では、年金制度改革、税制改革、三位一体化改革、歳入一体改革の4つの事例が登場する。

(1) 年金制度改革のポイントは、1) 基礎年金の国庫負担割合の引き上げ、2) 給付と負担のバランスの見直しであった。諮問会議メンバーでは意見が一致し、厚生労働省や与党の関係議員と対立があったケースについて取り上げている。

(2) 税制改革のポイントは、「活力」重視の税制改革であった。税制改革の3つの対立軸について整理している。

第1の対立は諮問会議VS税調の役割分担である。旧来は自民党の税制調査会が強い力を持ち、税調の決定が実質的な決定であり閉鎖的で分かりにくい政策形成であった。ところが諮問会議が税制の大枠のみならず、個別の税制にまで口を出すようになり、対立色が深まった。

第2に諮問会議VS財務省の間で、歳出削減の成果の享受主体をどちらが受けるかという対立である。

歳出削減の成果を減税に回すべきという諮問会議側と、国債発行の減額に充てるべきという財務省側の対立について取り上げてい。

第3に諮問会議VS政府税調・財務省の減税の中身・規模の対立である。法人税を減税するべきという諮問会議と、新たな減税の創設・拡充を主張した政府税調・財務省との対立があった。

(3) 著者は三位一体改革は三すくみであると主張している。三すくみの中身は、補助金を管轄する「省庁」、国が財源を保障するのは当然だという「自治体の首長」、補助金には「関係団体」と、政治的利害に直結しているという3者を挙げている。

そして地方交付税改革が、地方分権という観点から取り残されたことが課題でありつつも、三位一体改革が超一級のむずかしさを持っている背景として3点挙げている。

第1に目指すべき地方分権の姿が明確ではないということである。目指すべきゴールが共有されておらず、解が見えにくくなっている。第2に三すくみに象徴されるように、改革を推進するエネルギーが強そうでいて、実は弱い。中央官庁も、地方自治体も、関係団体も分権をしようとする意識が薄い。

第3に役所にとっては大問題でも、住民の関心はいたって薄い、ということである。

(4) 歳出予算を削減することの難しさに関する事例として、骨太2003の潜在的国民負担率の議論において与党との調整が難航した事例を挙げている。潜在的国民負担率とは税と社会保険料の財政赤字の合計であり、いわば政府の規模を示す指標であるのだが、この数値目標の設定をめぐって諮問会議は与党と対峙した。

また「プライマリー・バランスを黒字化するために、歳出削減と増税をどう組み合わせるか、国民にその選択肢を提示して道筋を描くこと」を最優先課題として歳出・歳入一体改革を進めるために1) 小さな政府原則 2) 活力原則 3) 透明性原則の3原則を設けた。

この小さな政府という表現には政府の無駄や非効率をそぎ落とすというメッセージと、将来の政治規模を負担可能なレベルに抑制する、という意図が含まれている。これを実現するに当たっては、歳出の中身を徹底的に見直し、真に必要なところに歳出がなされるようにするという方針と、世代間の不公平を拡大させないことが重要であるとしている。

「民間人」が政策に関与すること

経済財政諮問会議の民間議員は4名連名で資料を出している。民間議員は会議での原案を提出することができるので、政治・官僚ではなしえない高い要求水準を提示し、議論をリードできる。

著者は、「民間人を役所に登用することは基本的によいことであり、政策形成の現場を体験したことは有益だった」と話している。しかし民間登用が進まず登用が減り、役所で仕事をしたいという希望者も減っているのは、油断も隙もない役所文書を理解しなければ役人と渡り合うことはできないという「言葉の壁」や、役職が上になるほど政治とのかかわりが多くなる政治と行政の関係。さらに情報が入る場に身を置けないなどを原因に挙げている。

そこで、公務員人事制度としてFA制の導入を主張している。このプランは内閣府や内閣官房で、民間出身にこだわる必要はなく、優れた人材が集まれば、登用の対象として霞が関の他省からでも、人事発令による異動ではなく、FA制のようなものが導入されるべきということである。公募をする際に年次にこだわらず能力本位で選抜し、その後出身省庁に戻らなくてもすむ処遇の仕組みがあれば応募があるはずだとしている。

経済財政諮問会議のこれから

改革の仕掛けとして重要な構成要素としては、第1に首相のリーダーシップ、第2に民間議員ペーパーによる難易度が高い改革案を提示し、数値目標や工程表を組み合わせることで議論を牽引すること、第3に毎回の会議で得られた成果を確認する会議運営を挙げている。ただしこれらの要素は、どの首相でも実行できるが形骸化もできるとしている。

諮問会議のこれからの課題としては、次の3点である。第1に経済と財政の連携である。マクロ経済動向と翌年度予算とを連携させる仕組みを構築すべきであるがいまだに実現していない。第2に対外経済戦略についてさらに取り組むべきである。具体的にはFTA、アジア通貨問題、政府の対外資産のポートフォリオ、地球温暖化など挙げて、これらの取り組みが遅れている。第3に与党との関係である。与党と調整せずに案を作成し、その後調整プロセスに入っていったという慣行打破することである。

これまでの諮問会議は与党との対立軸を鮮明にすることで経済財政政策を牽引してきたが、本来の官邸主導もしくは内閣主導に至る過渡期のものである。政策形成のあるべき姿は「与党の代表である首相が内閣を組織し、官僚の代弁者ではない閣僚が政策をリードする」というものであるとしている。そして次のステージに進むためには「マニフェスト」がカギであるとし、「政策を競うこと」の流れを定着させるべきであるとしている。

コメント

著者は、「政策は妥協の産物である」と強く述べている。本書では政策形成における協議の過程が生々しく書かれており、さまざまな利害対立を調整している苦労の様子が分かる。個別の政策を引き合いに出し、どのようなアクターがどう主張したのかを盛り込んでおり臨場感がある。

しかし本書は、諮問会議の光の部分、特に骨太方針の宣伝本になっており、諮問会議の影の部分については分析がなされていない

諮問会議の影の部分とは、たとえば、次の点が挙げられる。

・骨太方針が望ましい改革であり、骨太以外はすべて抵抗勢力と言い切って良いのか。
・諮問会議という限られた有識者での話し合いだけで決めているということは、委員の主張に引っ張られやすく日本を誤った方向に導いている可能性がある。
・民間議員が、大企業のためではなく、公益のために議論ができていたのか
・「諮問」機関なのにもかかわらず、実質的な意思決定機関になっていることにもんだいはないのか、といったことである。

著者は大学教授から内閣府に転じ、経済財政諮問会議を事務局の立場で支えた経験を記述している。ただし、著者は、その後、経済財政諮問会議の担当大臣になったことから、首相が変化すると、どのように経済財政諮問会議の機能は、変化したのかなど、続編を期待したい。