第4回アジアダイナミズム研究会 議事録

  • 平成13年10月9日 19:00~21:00

それでは、始めさせていただきます。
きょうは、資金協力課の黒田課長にお話をお願いしております。それでは、早速、お願いいたします。

黒田

黒田でございます。よろしくお願いいたします。
あちこちでこの話をしているものですから、一部の方には耳タコになっているのではないかと思いますが、きょうは、中国とアジア、あるいはアジアの中の中国というところにやや重心を移してお話をしようと思って参りました。
前々回に、関先生が雁行形態は見事に続いているといったプレゼンテーションをされました。私も、雁行形態が完全に崩れたとかなくなったという議論をあえてしたいとは思わないんです。というのは、雁行形態という言葉自身が非常にあいまいな言葉ですから。ただ、従来、我々が前提としていたような分業パターンが変わってきたという中国の議論をした上で、東アジアの分業の議論をして、最後に、中国産業警戒論というものが行き過ぎではないかという議論が最近ありますが、それについてどう思うかということをお話ししたいと思います。
まず、中国そのものをどうとらえるかという部分を10分ぐらいお話をしたいと思います。
これは私は3つの切り口からみるといいと思っています。
1つは、どういう企業が、物づくり大国、世界の工場中国を担っているのかという企業の切り口。2つ目は、どういう地域にそういう企業が集まっているかという、地域なり産業集積の切り口。3つ目は、どうして中国にそういう企業や産業集積ができたのだろうかという、生産要素であるとか、経営環境の切り口であります。
まず、企業の切り口ですが、ASEANなどをイメージするとわかりますが、外資系企業がたくさん集積しているエリアというのは歴史上幾つか出てきたけれども、外資系企業と現地系企業(ローカル企業)がほぼ車の両輪ぐらいのウエイトで、あるいはその中身の濃さ、あるいは将来性を含めて、車の両輪として途上国の地域経済を支えているという状況といえるのは、中国の1つの特徴だと思っています。それが外資系企業と現地系企業で、この2つが車の両輪だと思っています。
外資系企業については、相当の集積をしてきている。例えば、日系企業だけをとらえると、これはASEANの集積の方がまだ大きいですが、特に90年代後半、そして一段落した後、WTO加盟が決まってから99年以降、対中直接投資がふえてきている。
対中直接投資の内訳を見ると、我々は、中南米はアメリカの裏庭で、中東はEUの裏庭で、中国・アジアは日本の裏庭だなんていうイメージをもちがちですが、中国における日系企業のウエイトというのは実はそれほど高くなくて、7%程度で、累積でも8%程度であります(図表1)。そして、圧倒的に多いのは、2000年の金額でいえば、香港、EU、アメリカという順番になっています。
もちろん香港の中には、香港に一たん籍を置いた欧米系企業や日系企業や、あるいは中国自身の企業のUターン投資のようなものがたくさんありますが、少なくともASEANにおける日本企業の存在感に比べると非常に薄いということであって、中国に集中する外資系企業の主な柱はどこかというと、香港あるいはASEANの企業を中心とした、台湾やシンガポールなどの企業を中心としたいわゆる華人系企業、それから欧米系企業が柱であるといえると思います。
それから、ローカル系企業ですが、中国のローカル企業というのはどうなっているかというのをみると(図表2)、これは工業だけを取り出したものですが、国有企業のウエイトというのは今28%ぐらいに落ちていまして、集団というのは、省とか市とか県などの公有の企業が中心になりますが、これが35%、外資系企業が16%、その他の民営企業などが21%というウエイトになっております。むろん、投資額とか税収などではまだまだ国有企業のウエイトは高いわけです。
現地系企業の中でどういう企業が伸びているかについては、中国の家電市場のブランド別シェアをごらんいただく(図表3)と、中国の現地系企業が圧倒的です。例えば、冷蔵庫、エアコン、洗濯機の3つで首位を占めている海爾(ハイアール)、これは青島にある国有企業であります。けれど、社長は若い経営者でありまして、我々の感覚でいえば民営企業的な経営をしている会社です。
冷蔵庫で2位の科龍という会社は広東省の田舎の企業出身でありますし、カラーテレビの長虹というのは四川省にある元軍事レーダーメーカーの企業であります。この長虹のテレビ生産能力は 1,000数百万台ありまして、この1社で日本の市場を全部埋めてしまうぐらいの生産能力はあります。カラーテレビ第2位の康佳(コンカ)は深センの企業ですが、これももともとは国有企業です。
こういうことで、伸びている企業は、国有、あるいは科龍のような郷鎮企業、公有であって、けれど経営は民営化されているというタイプで、国公有民営企業というのが非常に多いということであります。
それから、もちろん純民営企業というのもありまして、ここにはありませんが、例えば、電話交換機などの通信機械をつくっている会社で注目すべき民営企業というのが何社かございます。時間がないのでその詳細は避けますが、そういう形で中国の物づくりを支えているのは、外資系企業と国公有民営型企業などを中心とする現地系企業であるということが第1点の切り口であります。
2つ目は、そういう企業はどこに分布しているかということですが、これは圧倒的に沿海部でありまして、しかも、珠江デルタ、長江デルタ、それぞれ地図をつけてありますが、物づくり関係はこの2カ所に集中をしていると。もちろんこれ以外に、大連とか天津とか青島とか武漢とか重慶といった工業の拠点都市はありますが、その都市のみならず、かなり面的にその工業エリアは広がっていて、日本でいうと京浜工業地帯とか阪神工業地帯といったイメージでとらえるというと、やはり中国の中ではこの2つのエリアが非常に存在感が強いということになります。
例えば、珠江デルタでどういう産業がどのようにして成り立ってきたかというのは、もともとトウ小平の改革開放政策が79年に始まって深センという町ができたわけですが、そこにまず香港の繊維・雑貨から始まって、香港の電子部品、それを追って日本のカメラとか複写機とかプリンターとか、それをさらに追って台湾系のパソコンが来て、アメリカや韓国系のパソコン関係が来て、携帯電話が来て、そして中国系の企業も育っていったと(図表6)。このように時代を追って、その時代ごとにその主役になる、あるいはステージに登場する企業の国籍がまず違っていたと。それから、その企業の中心となる業種が違っていたというのは、非常におもしろい現象であります。
特に、例えば日系企業の複写機・プリンターを例にとっていいますと、80年代の後半、一番初めにコピーの三田工業が生産基地を香港につくって、それで25社ほど下請企業がやってきて、それが深センに工場をつくって、それプラス香港系の部品屋さんを目指してリコーが大きい工場をつくって、リコーの下請さんがまた来て、それをみて今度は東芝が工場をつくってという形で、部品とアッセンブリーの相互連関のような形で企業数がふえていったと。その次に、そういう電子部品に一定の基盤があるところをみて今度は台湾系企業が進出してきた。そして、台湾系のパソコンの部品の生産力は非常に強いですから、それに引きつけられるようにして米関係が来たという流れがあったわけであります。
もう1つは、一番左にある中国系というところの現地系企業が、先ほどごらんいただいたような完成品メーカーのみならず、部品企業--例えば、コンデンサーをつくる会社とか金型をつくる会社などが相当出てきているというのが、ほかの集積にはない1つの特徴であります。こういう1例をとると、珠江デルタでは、このような電子電機系の外資系が核となって、それに中国の現地系が追随するような集積ができております。複写機とかプリンターとかデスクトップパソコンについては、世界の半分ぐらいはこの辺でつくっているという量的なウエイトもあるわけであります。
同様に、図はありませんが、上海周辺の長江デルタについては、珠江デルタからは5年ぐらいおくれて発達が始まりましたが、むしろこちらは内需の中心地であるということと、より高度な人材がたくさん採れるということで、単なる組み立てというよりは、ハイテク生産集積ということで、日本の企業の例でいうと、松下がこの間、プラズマディスプレーパネルの工場をつくったとか、ソニーが携帯電話のリチウム乾電池の工場を無錫につくったとか、NECが半導体の64メガの前工程の工場を浦東につくって、この前、金正日がみにいったとか、あるいは、東芝がノートブックのパソコンの組み立て工場を上海につくったと。そういういわゆるハイテク投資で必ずしも労働集約的ではない資本集約的な投資を含めて投資集積が進んでいるというのが、長江デルタの今の特徴であります。このエリアはもともと珠江デルタとは違って、かなり立派な国有企業とか郷鎮企業もたくさんあったものですから、今後はそういった現地系企業の力も珠江デルタと同様に伸びていくのではないかと思っております。
3つ目の集積は、この2つとはちょっと違って、北京のシリコンバレーといわれている中関村です(図表7)。北京の北西のエリアに集まっているところでありまして、外資系の研究開発センターと中国系のパソコンやIT関係の企業がたくさん集まっております。このエリアの特徴は、大学が70校ぐらいあって、そこが産学連携の会社を 1,000ぐらい起こしていて、これが1つの核になっているところでありまして、私は、日本の産学連携のモデルにも十分なり得るのではないかと思っています。
北京を頭・頭脳として、長江デルタを上半身、珠江デルタを下半身あるいは足腰といった形でとらえて、発展段階のかなり異なる、得意分野の異なる集積が3つこの沿海部にあって、それが従来はばらばらだったのですが、今は交通インフラも多少よくなってきていることもあり、企業自身が、研究所は北京に置いて、部品工場は珠江デルタに置いて、最終組み立てと出荷基地を上海に置くといったような、3つの集積の連携が相当出てきていると。これが中国のこれからの産業・工業の1つの強みでもあり、怖さでもあると思っております。単なる「女工哀史」の労働集約だけではない、単なる頭脳拠点だけでもない、その組み合わせが1つ特徴だと思っております。
と同時に、この3つはやはり相当張り合っておりまして、今は珠江デルタは長江に企業をとられるのではないかと思って必死で投資環境をよくしているし、あるいは北京だけに頭脳を置いておくのは悔しいというので、上海でも深センでも産学連携の誘致を一生懸命やったりして、この競争が中国全体の投資環境の底上げをしている面があるわけでありまして、単に補完だけではなく、競合という面も強いということであります。
3つ目の切り口は、なぜそんなに集積がこういうところに起きたのかということでありますが、いうまでもなく、人的資源の点が真っ先に来るわけですが、よく強調される安いというだけでなく、まず量があるというのは非常に大事なわけですね。もちろんASEANの一部の国では中国よりも人件費が安いところはありますが、企業のインタビューをずっとしていくと、コストよりもアベイラビリティの方が大事だと。自社の要求に合う特定の層の人材をいかにたくさんの中から選択して採るかというのが非常に大事であって、これが今全くできないのが日本であると。ASEANも限界があると。中国はそこが一番いいのだと。しかも安いと、「安い」というのが「しかも」の後に来るんですね。そこが我々の既存の概念とは少し違うのではないかと思います。
そして、そうやって選んだ人たちですから質は高い。加工作業者については手先が器用、あるいはQCサークルを一生懸命やるとか、ソフトウェアエンジニアについては創造的なソフトウェアをつくるとか、研究開発ができるとか、日本の研究員より優秀だとか、そんな話を山ほど聞かされるわけですが、そういう質を備えた人的資源の豊かさというのはナンバーワンに来るわけであります。
と同時に、部品集積の厚みというのはここ3年ぐらいで急速に出てきた中国の強みでありまして、先ほどの珠江デルタの例でごらんいただいたように、例えば、電子関係の組み立てでいえば、IBMの人が言ったのは、東岸と深センを結ぶ高速道路がもし事故で通行どめになったら世界のパソコン供給の6~7割に影響しますと。多分これは部品ベースの話だと思いますが。逆に、例えばパソコンに必要な部品の9割ぐらいまではこのエリアで非常に短時間のうちにフレキシブルに供給可能であるということもあります。
そこを支えているのはどういう企業かというと、先ほどの珠江デルタに戻っていただきますと、台湾系企業であり、香港系企業であり、さらに中国系企業、そうった企業はそこそこの品質のものを非常に安く提供できるということで、世の中の携帯電話にしてもパソコンにしても、求められる部品の品質というのがそこそこで、安くて、しかも急速に大量にとれるもの、あるいは急な仕様変更にたえられるもの、そういう形に変わってきているものですから、スピードなりコストなり、あるいは柔軟性を兼ね備えた部品集積の産業の成長というのは1つのキーになってきたわけであります。
3つ目は、現地系の経営人材に非常にすぐれた人がふえてきていると。中国人というのは、13億人いたら13億人ともが社長になりたい国でありまして、そこが決定的に日本人のマインドとは違うと思いますが、日本的な経営というよりは、むしろアメリカ的な経営ノウハウを身につけた、しかもそれは特に留学しなくても、中国の中でジャック・ウェルチの本を読みながらそういうセンスを身につけたような人材が、企業インタビューなどに行くとぞろぞろ出てくるということもありますし、普通の企業見学だったお兄ちゃんが、翌月に行くともう自分で企業をつくりました、といった話がいっぱいあります。特に華南の方ではそういうういわゆるベンチャースピリットが相当盛り上がっているということです。
他方、いいことを3ついいましたが、最大のハンディはやはり政策要因と制度要因でありまして、これはいつまでたっても残る。もう1つは、中国にいること自体のリスク、そこに集中すること自体のリスク評価というのは相変わらずあるのだと思います。
以上が、中国についてごく簡単に3つの切り口から評価をしたものであります。
次に、東アジアでそれがどうみられているか、あるいは我々はどうそれをみるべきかということであります。
まず、東アジアでは、去年の後半ぐらいから、中国産業警戒論というのが非常に強まってきた気がいたします。私は3カ月に1回ぐらい香港から東南アジアへ行っていたのですが、そのたびに、98年の後半ぐらいから、「中国って大変なことになっていますけれど、どう思いますか」という質問をずっと繰り返していたんです。99年中はそれは非常にあっさりした反応でして、「隣の人が金持ちになることはいいことじゃないでしょうか」なんていう反応が一般的だったのですが、2000年ぐらいになってから急に、逆に向こうから、「中国がどうなっているか知りたいのだけれど、話をしてくれないか」といった話が来るようになったわけです。
どうしてそんなに急に変わったのかなということについては、ここに背景を思いつくまま書いてありますが、1つは、WTO加盟が99年の終わりに米中合意ができて、2000年はちょっともたもたしましたけれど、2000年後半ぐらいからより現実化してきたということ。そして、何よりそれを見込んで外国投資がシフトし始めたということがあると思います。
それから、中国からの輸出、あるいは海外生産の開始というのがありまして、これは最近時々新聞に載っておりますが、例えば、ベトナムで中国のバイクが99年から2000年にかけて20倍にふえて、市場シェアが1割強から8割ぐらいにまでふえたと。日本ブランドの牙城だと思われていた東南アジアでさえ、バイクとかテレビとかエアコンなど、先ほどごらんいただいたようなブランドのものが進出をしてきたわけです。これは相当のショックをもって受けとめられております。もちろんそれらは輸出だけではなく、現地生産も、フィリピンやタイなどでは始まっているわけであります。
それから、3番目に、特にASEAN経済、あるいは韓国経済、そして日本もそうかもしれませんが、自身が自信喪失に陥っていると。そういう意味ではやや感情的に、現状の実態の数字をみるとそれほど中国に既にやられているということではないのだけれど、進出が始まった、あるいはシフトが始まったというところをもって、かなり大きく危機感が盛り上がっているという面もあると思います。
それから、それと共通しますが、ほかのアジアにはない強みなり潜在力があるということであります。ここにコモディティ化の力と書きましたが、例えば、ユニクロ現象とか、デフレの輸出なんていうことが日本の新聞でも書かれていますけれど、これは典型的におもしろいなと思ったのは、先ほどご紹介したベトナムのバイクの例でありまして、ベトナムではバイクというのは「走る貯金箱」といわれていたんです。普通の労働者の3年分ぐらいの年収で買うものであって、換金性が高いものですから、ベトナムドンにかえてもインフレですぐ価値が下がってしまいますから、とりあえず3~4年前はみんなホンダのバイクを買っていたわけです。それで、バイクの代名詞は「ホンダ」だったわけです。それで、ホンダの牙城で、ホンダのシェアが7割ぐらいあったわけですが、それが2000年から中国のバイクの輸出が始まったと。ノックダウン輸出ですけれど。
値段は3分の1から4分の1で、ホンダに非常にデザインが似ていて、しかも、当座そこそこ走ると。高速道路を突っ走ったらそれはガタがくるかもしれないけれど、ベトナムではみんなそんな乗り方はしませんから。それで、何が起こったかというと、みんなホンダを売ってバイクを3台買うと。そうすると、お父さんしか乗れなかったバイクがお母さんも子供も乗れるようになるということで、それでそのバイクは「貯金箱」からコモディティにかわってしまったわけです。そして、もう絶対「貯金箱」には戻らないわけですね。そういうことが起こって、中国の生産力の力というのは何が影響力があるかというと、コモディティ化してしまうという力に非常に影響力がある。それは我々がユニクロ現象で既に体験していることですけれど。
もう1つは、その市場の大きさということです。
こういうものを背景に、警戒感が高まってきたということであります。
それから、現に、アジアを回っていていろいろみたのは、1つは、製品レベルで、これまではまずは日本からシンガポールへ行って、マレーシアへ行って、タイへ行って、ベトナムから中国へ行くといういわゆる雁行型の企業立地が、いきなり中国へ結構なハイテク製品が行ってしまうというのがふえてきて、日々、新聞に出ていますけれど、先ほどご紹介したPDPとか幾つかの例はその代表例だと思いますが、そういうパターンがふえてきているということです。
以前は、中国は繊維をつくって、アジアは家電をつくってそれを中国に売るということであって、そういう意味では一種の垂直分業が成り立っていたのでしょうけれど、それが今は水平分業になってきたと。むろん、半導体とか、化学素材とか、特殊なブラウン管などはASEANでしかつくれない、中国ではまだつくれないということはありますが、だんだんASEANの得意分野の幅が狭くなってきているんですね。ASEANでしかつくれないものが減ってきて、中国でもつくれるというものがふえてきているので、この得意分野が広がっていくという方向性とスピードに警戒感の根源はあるし、それは根拠のないことではないと思います。
それから、見落としがちなのは、例えば、松下やソニーがマレーシアにずっといて、彼らは全然動きがないのですけれど、だから大丈夫だという議論があるのですが、そこはよくみると、彼らが使う部品がだんだん中国製に置きかわってきているというのがありまして、もちろんまだ基礎的な部品なのですが、結局、ASEANで売るテレビはもう中国テレビと競争していかなければいけないものですから、マレーシアのように日系の高い部品を使っているところは、安いものはつくれないわけですね。したがって、深センからもってくるということが現に起こっていて、1~2割はもう中国製の部品に置きかわっているという例をたくさん挙げることができます。そういう部品レベルの浸透もあります。
3つ目は、企業の立地という意味では、1点目と重なりますが、先ほどご紹介したような、単に「女工哀史」の立地だけではなく、ハイテク組み立てや頭脳も売ってしまうと。マレーシアなどは、これからはいかにして日本にあった家電の設計拠点をもってくるか、家電の設計拠点として生きていくということが1つの方向性だと、彼らもいっていますし、私もそう思いますが、そこについても中国と競合が当然起こるわけでありまして、いかにして高級な人材を量産していくかということがポイントになってくるわけであります。
ということで、以上のような現象がアジアの中の中国産業については起こっているわけでありまして、中国は何が大事かといいますと、余りいい表現が思い浮かばなくて、こう書いたのですが、「尻に火をつける」存在ということで、中国があるからおれたちはつらいけれど改革をし、AFTAのような経済統合をしなければいけないのだという、いい言葉でいえば励み、悪い言葉でいえば「尻に火をつけられる」というか押されるというか、そういう存在として中国産業というのはアジアにおいて急速に存在の意味を強めているということがいえるわけでありまして、その意味において、私は、日本の構造改革も中国産業をベースにして考えるべきだと思うわけであります。
現状評価をすれば、日本で中国からの安物輸入が多少ふえているけれども、別に中国の産業に日本の立派な企業がやられてしまうわけでは当然ないわけですが、そういう思考停止に陥らずに、中国産業の今のスピードと方向性をみながら、みずから改革をしていかなければいけないというところに、この警戒感と対応というところのポイントがあるのだと思います。
図をまた幾つかごらんいただきますと、図表8はJETROのいつもある調査です。深センの賃金が横浜の30分の1とかそういう数字であります。ごらんいただきますと、必ずしも中国の賃金だけがべらぼうに安いわけではないということがわかると思います。
それから、図9はこの間の日経に載っていた図ですが、いろいろな品目でのアジア全体のシェアと、その中における中国のシェアということであります。
表10ですが、これは中国の輸出品目の金額でいってベスト30を選んで、それを増加率順に置きかえたものであります。一番右の欄には輸出額の順位が1位から30位まで書いてあります。昔ゼロだったものが急にふえたというオートバイのような例は除いて書いたものですが、やはりボリュームとしては繊維類が多いけれども、増加率としては、機械類、IT類が多いということもあります。それから、輸出額自身でいっても、今、コンピュータ・部品等、事務機器部品(複写機など)が輸出額の第1位と2位をもう既に占めているというのは、普通はなかなかイメージされにくいことだと思いますが、こういう状態であります。
それから、図表11は、ASEANとの投資額の比較です。これも統計ベースが違うので正確な比較ができなくて、ややイメージ的になりますけれど、中国はそれほどふえているわけではなくて、むしろ99年までは契約額ベースでは減ってきていたわけです。そして、2000年のWTO以降、ボーンとまたふえている。それに対して、ASEANはずっと減ってきているという状況であります。
もっと露骨に出てくるのは、その下2つの図表ですが、図表12は日系の法人数、図表14は電子電機の生産額の国別比較です。例えば、図表14では、96年から99年までのたった3年間で、中国の生産額というのは韓国とシンガポールと台湾を追い抜いてしまったわけです。この電子電機の世界ではむしろASEANをというよりは、NIESを追い抜く状況にあるということです。
それから、図表13は、言葉で申し上げましたけれど、これはASEANのある人が書いたものをそのまま転用してきたのですが、ASEANにいて、中国も比較的よく知っている人で、それぞれの投資環境をどうみているかということで、通知表みたいなものですが、これでいえることは、人材面で中国の方がいいということと、特にワーカー人材よりもエンジニアの人材の方が差が大きくて、ASEANの技術人材の質と量が不足というのはもう致命的であると多くの企業がいっております。それから、インフラは円借款のおかげもあって、かなり良好になってきたと。もちろんこれは中国でいえば沿海部のごく一部のところでありますし、ASEANについてもそれは同じでありますが、日本企業が関連するような場所においてはこうだと。
一番下の部品の部分については、ここ3年ぐらい急速に伸びてきたポイントでありまして、最終的には政府・政策というところは×がついている。ただ、総合点では中国の方がいいのではないかと。これが今の日本企業の見方を代表しているのだと思います。
図表15ですが、そうはいっても、例えば現状において中国とASEANの貿易環境をみますと、これは中国側の統計でみたものですが、中国からASEANに輸出しているものは、コンピュータ部品ですとか、オートバイ、ICなど、15品目中11品目が電子電機・機械関係であるということで、かなり電子電機に偏っているのですが、ただ、金額でいうと、例えばASEANから中国に行くICの輸出の方が、中国からASEANに行くコンピュータ部品・複写機部品の金額の 2.6倍あるわけです。そして、伸び率も高いわけです。ですから、これをみると、今のところ、中国のIT市場が伸びて中国のIT生産拠点が伸びると、ASEANの部品産業がもうかると。それから、ASEANからの石油輸出とかプラスチック原料の輸出などは伸びると。こういう水平分業の絵になっているのだと思います。  図表16は、また別のメーカーがアジアのIPOに部品調達市場の評価を聞いたものですが、これをざっとみておわかりのように、それぞれのエリアでそれぞれの特徴ある部品調達ができる状況になりつつあるわけであります。
図表16は、また別のメーカーがアジアのIPOに部品調達市場の評価を聞いたものですが、これをざっとみておわかりのように、それぞれのエリアでそれぞれの特徴ある部品調達ができる状況になりつつあるわけであります。
ということで、とりあえず今は水平分業といえるよねという話だと思うのですが、問題は、ASEANの人に聞くと、5年前には、中国から電子部品がASEANに来るなんて考えられなかったと。ましてや、コンピュータのデスクトップの完成品が来るなんて思ってもみなかったということでありまして、中国の怖いのは、そういうことが5年間でパッと起こってしまうということでありまして、そういう意味では、水平分業だと安心していられないと。ICも中国からASEANへの輸出も始まっていますから、同じICだったらいかにして高集積度のICをつくるかとか、単なる後工程ではなく、前工程もつくるかとか、コンピュータも中国ではまだつくれないものをどうつくっていくか。そういうことをASEANも一生懸命やらないと、この水平分業を維持していくことは到底できないと。同じことは、韓国にも日本にもいえるということだと思います。
レジュメの最後のページに戻りまして、この中国産業の話をずっとしてきて、講演などでお話をすると必ず出る2つの反論があります。
1つは、中国経済全体として非常に非効率だし、ボトルネックはいろいろあると。例えば、国有企業の問題、財政・金融問題、政治と経済の乖離、あるいは水の問題とかエネルギーの問題とか食糧の問題とか、こんな大変な中国経済の中で中国産業はうまくいくわけないんじゃないかと。余りに楽観的過ぎないかと。こういう議論であります。私もそれぞれの問題について一定程度勉強しましたけれど、日本でジャ-ナリスティックな人が書く中国警戒論、中国悲観論のようなことはさすがにないと思います。あれはちょっと極端ですが、かといって、国有企業改革はうまくいくし、財政問題も解決するしとまで楽観視もできない。多分その間ぐらいにあると思います。ただ、問題は、うまくいってしまう可能性だって大きいと思います。例えば、共産党の支配の問題についても、彼らは相当統治能力にたけていますから、今に共産党が崩壊して混乱が起こって中国産業はだめになる、なんて思って準備を怠っていると大体失敗するわけであります。そういう意味では、うまくいってしまうことを前提に備えた方がいいのではないかというのが、私の最終的な結論であります。
それから、2つ目の論点は、中国産業の競争力をどう評価するか。1と似たところもありますが、国有企業なども含めて考えれば、中国産業全体の競争力はそう高くないのではないかという議論であります。それはそうなのですが、下をみればきりがないのであって、どこが我々にとって競争相手か、あるいは、だれと連携をすると我々は中国を活用できるのかということを考えると、当然、ご紹介したような沿海部の集積なのでありまして、私の議論は、国としてもつことを前提ではありますが、内陸部の国有企業などには余り関心をもたないという議論をあえてしたいと思っています。
結局、中国産業のキーワードは何かというと、多様性と競争とスピードだという気がします。多様性というのは、今申し上げたようないろいろなタイプの企業があり、いろいろな発展段階の企業なりエリアがあって、いろいろなものを包摂している。けれど、頭の飛び出た部分をつなげてみると、やはり結構すごいんだということだと思います。
2つ目は競争でありまして、これが私は一番大事だと思うのですが、中国は社会主義で競争がないと思っている人がまだいると思いますが、これは大間違いでありまして、中国ほど競争の激しい国は今ないわけであります。例えば、中国の深センの工場の女工さんと女工さんの競争とか、工場同士の競争とか、あるいは深センと上海の競争とか、珠江デルタと長江デルタの競争とか、ものすごいハングリーな競争があるわけでありまして、その競争の速さ、そこから出てくる物事の変化の速さをいかに見極めてついていくか、あるいはそれをうまく使うかということが非常に大事だと思います。
そういう意味で、今、この現状で数字はどうですかという統計や数値よりも、今起こっている変化の方向とスピードに着目すべきだと思うわけであります。
まとめのところは今まで幾つか申し上げたところと重複しますが、まず、産業実態をよくみようじゃないかということと、どうしてもセーフガードの議論になってしまうわけですが、いかにして彼らをうまく使うかということを考えた方がずっと効率はいいということと、それから、結局は、日本がどう変わるかというところに行き着くわけでありまして、いたずらに脅威感を抱かずに、日本企業の、あるいは日本経済の再生に中国の活力をどう結びつけていくかということが一番大事だと思っているわけであります。
少し長くなりましたが、以上であります。

ありがとうございました。ご質問、コメントがありましたら、お願いいたします。

質問はいっぱいありますが、最後に思ったことから聞きますと、最後のいたずらに脅威感を抱かず日系の活力に取り込んでいくということですが、原則としてはそれでいいのですけれど、例えば、どういう具体的なことになるのかなというと、まだよく構図がみえないのですが、先週のタイのお話だと、日本というのはもうASEANに生産基地をいっぱいつくってしまって、そう簡単に出られない状況があると。中国へのコミットメントはあるけれども、小さくて、やられているのは中国か中華系の資本でどんどんASEANの領域を侵しているというイメージで。
それで、今のお話を聞いても、日本自体でつくっているものと中国はまだぶつかっていないという感じですね。そうすると、1つのパターンとしては、日系のASEANの生産ネットワークをどうやって再生するか、それとも中国と対決させるのか、中国とASEANを対決させないで分業させるのか。そういうことが1つです。

黒田

円借款の議論などにも結びつくと思いますが、アジアの産業構造を日本の目からみたときにはある一定のバランスが必要で、安いからといって全部中国に集中すると、まずはリスクヘッジの観点からも問題ですし、それから、既に投資した産業コストの問題もありますから、そこはASEANの拠点をある程度は支えて、それを柱にしていくべきだと思います。ですから、必要なインフラ投資などについては円借款も引き続きやるべきだと思いますし、技術協力でやっているような産業育成とか人材育成というのは引き続き相当やって、投資効率は悪いですけれど、ASEANの産業基盤育成というものは引き続きやるべきだと。そして、それに乗っかる日本企業も中国の柱、ASEANの柱はつくるべきだと思いますが、他方、マクロとしてはそういう議論なのですけれど、個別の企業の選択をみると、日本の企業というのは腰が重いんですね。一たんそこを出たら、なかなか移転は考えない、あるいはリシャッフルさえ余り考えたくないというところがある。
したがって、マクロとしては、日本全体としてASEANに産業支援をし、日系の産業基盤をASEANにもつことは重要で、それによって中国とバランスをとるべきだと思いますが、ただ、今いる企業はみんなそのままいてくださいとか、個別企業の観点からいうと、それはもう少しダイナミックに考えた方がいいのではないかという気がします。つまり、ASEANにいづらくなったものは早く中国に行って、日本から移すとか、そして日本はかわりの新しい産業で埋めるとか。そういう中のダイナミズムは考えるべきだと思いますけれど、マクロとしてはバランシングは必要だという気がします。

結局、今までほとんど生産基地として、NIESも含めてですが、ASEANを考えていたのに、中国が非常にできるようになったから、今度はASEAN、NIES、プラス中国でもう一度一番いいのをつくっていこうと。ひょっとしたら、ASEANでもこれ以上もう何にしようかなと。電子レンジなんかつくっても仕方ないから、それは全部中国に集めようと。今までASEANの中で分業といっていたのが、AFTAがどうというのは、もう中国も含めて考え直すということですね。そうすると、電子産業からまた新しい産業がドッと出ればですが、産業がそんなにふえないとすると、ASEANからみるとやはり減るという感じになるんですよね。

黒田

そうですね。日系企業の話などを聞いていると、新規はもうないといいますよね。日本からもってくるというか、玉突きぐらいだという感じですよね。

減らすとしたら、人を減らすのと同じように、実際になくなっていく産業はもうそのままにしておいて、新しいのは中国に主に出ていくと。ただ、全部そこに行くと危ないから、我が国にもと。そうすると、それはASEANが一番恐れていたことが起こるんじゃないでしょうか。

黒田

それは日本の空洞化の議論と同じで、それにたえられるような産業の高度化をしていくわけですよね。もう電子レンジをつくろうなんて思わないで、半導体をつくるとか。

ただ、テレビとか自動車とか、昔はみんなが買いたいと思っていたものを日本がどんどん出していけるものがあったけれど、今は時々しか出ないじゃないですか。プラズマディスプレーとか。そして、出た途端に中国に行くのだったら、日本とASEANに残すものはない。つまり、新製品がどんどん出る時代だったらいいんですけれど、今、何かの波に乗って出るものが少ないとすると、それを最初から中国にとられたのでは、結局、もう電子産業はやめようと。

黒田

電子産業の組み立てだけ考えると何となくそういうイメージがしますが、逆に、中国の弱点は何かというと、ブラウン管などは余りないわけです。それから、半導体も高集積のものは余りないし。何より、鉄とかプラスチックといった素材は、リバースエンジニアリングがしにくいですから、比較的弱いんです。ですから、電子産業の部品という意味でも、そういうのは日本にとってもASEANにとってもまだねらい目だという気はします。素材系と高級デバイスみたいなものは。もちろんソフトと新製品開発なども。そういったより高度な部分にシフトしていかざるを得ないですよね。ただ、シフトする中で、今度はさらにASEANとNIESと日本のすみ分けはと考えていくと、なかなかきれいな絵はかけないのかもしれませんけれど。例えば、半導体などでいうと。

東南アジアの生産拠点の立地という意味で、もっと競争力をつける方法というのはないでしょうか。1つは人材の話ですが、それは時間がかかるし、どうせやらなければいけないと思いますけれど、もう少し広い意味でのインフラで。物的なインフラもあるかもしれないし、いろいろな制度的なものもあると思いますが、そういうことをASEANはやらなければいけないと彼らも思うだろうし、日本もそれには関与できる面もあるのではないかなと直観的には思うのですが、その辺はいかがですか。

黒田

ASEANでいっているのは、1つは、5億人の市場を1つにすれば13億の半分にはなりますよね、という市場統合ですね。もう1つは、シンガポールを頭にして、マレーシアを上半身にして、インドネシアなどを足腰と考えると、中国沿海部と似たような物づくりの組み合わせができるじゃないですかと。ですから、物づくりの場として一体化するのを阻んでいるような関税制度とか通関システムとか、あるいは道路とかパイプラインとか、そういうものをハードとソフトの両面でどんどん整備していくと--発展段階の違う国がこれだけ近接につながっているわけですから、しかも、AFTAみたいなものがあるわけで、EUはそれができているわけですよね。それに近いものができないかという議論は1つあると思います。

15年後とか20年後のピクチャーを考えたときに、中国の中では、日系企業のウエイトって小さいんですよね。そして、これからこれ以上大きくなるとはとても思えない。むしろ地場系企業がもっと大きくなってきて、台湾系とか香港系とかのコネクションは相変わらずずっと強いだろうし、中国の中では日系企業進出というのは、もうこれ以上そんなに大きくならないだろう。
東南アジアには中国の企業がある程度出てくるでしょうね。まだ量的には大したことはないかもしれないけれど、家電とかオートバイなどは当然入ってくるだろうし、だんだん大きくなってくる。でも、それは出てきてもらうことによって、もちろん中国とのコネクションが深くなってきていいわけですけれど、東南アジアはまだ日系のウエイトが相当重いわけですね。ですから、そこで勝負できないと、東アジア全体の中で、日本も製造業であとどのくらい食べられるかよくかわりませんけれど、日系企業そのもののウエイトというのはなかなか下げどまらなくて、どんどん下がっていってしまうんじゃないかなという気がします。
ですから、東南アジアの生産拠点としてのクオリティを上げるられるようなことがあれば、大いにやっていくべきで。中国に進出することはもちろん重要なのだけれど、だから、東南アジアの方は民間だけではなくて、政府でもやれることは何でもやって、とにかくよくしていくということにしないと、ソフトランディングできないんじゃないかと思ったりします。

2つ質問があります。1つは、今のお話の中で、中国の強みというのは、ASEANなどと違って、ローカルな部品産業が集積しているということがあって、その背景には、優秀でアバンダントな人材がいっぱいいますということがあるのかなと思ったのですが、その人材育成というところで、中国というのはASEANと比べて何か違うやり方があるのか。中国で人材育成というのは、産業の技術者育成とか、工場で働くワーカーの育成というのは、どのように行われているのでしょうか。私は、この間の吉見先生の会合には出られなかったのですけれど、資料を拝見して、タイの場合ですと、企業内での知識の移転みたいなことがうまくいかないのだというお話もあったのですが、中国の場合はどうなのでしょうか。
2点目は、日本の東南アジアでのプレゼンスはすごく高いということに関連して、私自身が3年前にアメリカのビジネススクールにいたときに、アメリカのビジネススクールのケースというのは、もう中国に進出していくアメリカの企業のケース一色といっても過言ではないぐらいそういうケースが多かったのですが、そのときに私が思ったのは、日本ではまだそんなではなかったなという気がしまして、中国をみたときには、日本はもう相当欧米におくれてしまっているのかなという気がしたのですが、そのときに、日本企業がアメリカの企業と戦っていこうと思ったときに、日本とASEANというのが1つのパッケージとしてあって、そういう企業群と中国を基盤とするアメリカ企業と戦っていくという構図というのはあるのでしょうか。

黒田

1点目は、まず、素材の違いというのはあるわけですね。ASEANと中国でずっと品質管理指導をしていた専門家の話を聞いたのですが、JETROのSI事業の方ですけれど、非常に印象的だったのは、ASEANに行くと、前の年の復習から入らないと始まらないわけですね。けれど、中国はもう予習までやってきていると。要するに、一を教えると十を自習してきてしまうという感じなので、教えることがだんだんなくなって、普通は1つのところに定点的に何回か行くらしいのですが、「もう来なくていい」といわれてしまうんですって。「あなたはナッシング・ニューだから」といわれて(笑声)。ああいうのは大体は引退した人がやっているでしょう。だから、ナッシング・ニューなわけですよね。ですから、素材というのは言い過ぎで、貧しい国だからハングリー精神ですよね。深センあたりで働いている人はみんな内陸部の貧しい中から選ばれて出てきた人だから、ここにいる何年間の間にできるだけ蓄財しようというものすごい意識があって、それはASEANの自宅通勤の人とは、取得条件もチャンスに対するハングリーさも圧倒的に違いますから。
そういう人がまずベースになっているということと、それから、中国は教育システムはものすごくしっかりしていますね。中国には大学が 1,050か 1,070かあるんです。もちろん数が多いのは当たり前なのですが。その大学にも行きましたし、全寮制の中学校とか職業訓練校とか、一通り行ってみたんですけれど、ものすごく熱心ですよね。夜、8時ごろでも、こうこうと明かりの中で中学生がみんな補習しているんです。それは1つみた例にすぎませんけれど。

それは国営の職業訓練校なのですか。

黒田

国営がベースとしてあって、かつ、お金を出す人は、全寮制の帰属学校なんていうのがあって。ですから、我々がASEANに対して人材育成教育をするという概念とは全然違う感じですね。もともとあるし、素材はいいし、システムもあって。機材などはそろっていないとしても。そういうように、大分イメージが違うという感じはします。
それから、中国にいるアメリカ企業というのはすごく多くて、しかも、コネクションが非常に強いですね。日系企業というのはむしろ阻害されていじめられているようなイメージがあって。それに対してアメリカは、中国の人はアメリカ人が好きですから、もちろんいろいろな思惑もあって、アメリカ企業には割とプレファレンシャル・ステータスを与えているようなケースがたくさんあるんです。ではありますけれど、中国にいるアメリカ企業とASEANにいる日本企業で戦えといったら、それは圧倒的に不利ですから、そういう固定的な組み合わせは余り考えない方がいいんじゃないかというのが私の感じで、やはり中国にも日本企業はどんどん進出していってくさびを打ち込むべきだし、ASEANもすべきだしと、両面でいくべきじゃないでしょうか。

何が中国は強いのかというは、詰まるところ人であるとも聞こえなくもないんですが。だからこそ、部品集積の厚みは一朝一夕にできたのではなくて、そういうものをあてにしてバーッと進出をして、それによって、あなたが今いわれたように、リバースエンジニアリングも相まってそういうものが集積をして、今度はそれがまた強みになっているけれど、もとはといえば、人件費が安いし、かつ、優秀というか、確かに教育レベルは国の体制からして、ほかのローレベルの所得国に比べてしっかりしていたでしょう。
ただ、これは時間の問題ではないかと思うのですが。中国が発展すればするほど所得が上がる。幾ら13億人いても平均レベルは上がっていくわけだし、ある程度地方にもそういうものを分け与えないと国内では不満がたまるから、それはある程度やっていくでしょう。そんな2年で深センに出て、「おまえ、帰れ」といって強制的に帰らせているという政策がどこまでもつのだろうかということを考えると、ある程度融和していかないとあの政権も長持ちしないから、やっていくだろうと。そうすると、視力 3.0で2年間残業を喜んでやって働いてという、その状態が何年続くのだろうかというのは、私は時間の問題ではないかと思います。ただ、それがだめだといっているわけではないのですけれど。
では、その頭脳の分野というのは、そういう部分の方が今度は重みをだんだん増してきて、果たしてどれぐらいその強みが維持できるのかということになってくると、もともとそうだと思うのですけれど、中国人は日本人に比べると集団行動が下手で、逆にいうと、ベンチャービジネスは得意だと思うので、そういう分野は日本よりひょっとすると伸びていくかもしれないけれど、集団主義的なところがどうしても必要な部分はだめなのだろうなという気もするので、その辺は一辺倒で中国はそうはならないだろうしとは思います。
それから、鉄や化学や素材系というのがだめな理由というのは、リバースエンジニアリングしにくいという以外に何があるのでしょうか。宝山なんてあんなに早くからやっていて、新日鉄の技術も入っているのに、どうしてほかの産業に比べて余り伸びないのでしょうか、競争力がつかないのでしょうかということを少し分析すると、ASEANに対する何かアドバイスというのも出てくるかもしれないという気もすると思いますが、その辺はいかがでしょうか。
最後に、感想ですけれど、まさにおっしゃったように、産業によって競争力が違うので、じゃあ、ASEANにどういう産業が育ったらいいかというのは見極めるのはなかなか難しいですが、リスクの分散とか、今までの厚みとか、投資のコストの問題とかを考えると、企業もそう一遍にあしたパッと全部捨てて右から左へ行くというわけにはいかないですから、徐々に変わっていきながら、そして中国もASEANも徐々に競争力の条件が変わっていくということですから、我々は経済協力でどうすればいいかという話になっていくわけですが、私の仮説は、どこが特に弱いから特にどこに入れ込んでとか、そういうことは、少なくとも東アジアを考えている限りはそれほど強く意識しないで、現状の日本の経済的利益の大きさをよくはかりながら協力をしていくということになるのかなと。それにしてはちょっと中国に偏り過ぎという面はあるかもしれませんけれど。そんな感想についてはどうでしょうか。

黒田

1点目の、低賃金がいつまで続くかということですが、例えば、広東省を例にとると、広東省というのは人口が 6,000万人いて、出稼ぎが 2,000万人いるんです。その 2,000万人というのは、おっしゃるように、3年交代で内陸部から来ていると。広東省が人材を受け取っているところの人口というのは大体4億人ぐらいいまして、4億人がとっかえひっかえ来るわけです。それで、これがいつまで続くかというのは大分向こうでも議論したのですが、少なくとも10年か15年は続くでしょうねというのが彼らの感じで、共産党政権がもって、戸籍規制がある限りですが。そうでなかったらワーッと来てしまいますから。
問題は、15年たったときに、この東アジアの産業構造はどうなっているでしょうかということでして、逆にいうと、中国の政治でも経済でも産業でもそうなのですが、15年以上先の中国を見通すことはほぼ意味がないという気がしていまして。少なくとも今のシステムが15年続けば、相当な蓄積ができてしまうし、生産シフトも起こるだろうなと。逆にいうと、それまで我々はどうしのぐかということを考えるようにしようという感じがするわけです。そして、それから先のことはよくわかりませんと。多分、徐々に賃金は上がっていくと思いますけれど。
それから、鉄の話は、宝山は確かにいいんです。ただ、中国の鉄鋼メーカーは宝山を頂点にしてピラミッド型になっていて、底辺は日本の戦前の施設をまだ使っているところがたくさんありまして、その格差が非常にあるということです。ですから、高級なものがボリュームで出てくるという感じではないんですね。宝山が唯一、最もまとも。それで、宝山の技術はどうかというと、自動車用電磁鋼板はまだできませんと。それから、日本の家電製品の表に使えるものはまだできませんと。裏は使えますと。中国メーカーは表に使っていますと。みると、冷蔵庫も、さわると何となくペコッとしているんです。横からみると光の反射などでわかるじゃないですか。あれをみると、ちょっとペコッとしていたりするのですが、気にするのは日本人だけかもしれないということでありまして。なぜかというと、やはり素材産業というのは長年のノウハウの固まりなんですよね。そこをキャッチアップはそう簡単にはできないということなのですが、他方、この前、新聞には、新日鉄が自動車用鋼板の技術供与を宝山にすると出ていましたね。ああういうことでポンポンと技術が移転していってしまうということなのではないかと思います。
最後の点は、私は、個人的には、中国には、もちろん隣人との関係とか、日本の顔のみえる何とかというのは全く別にしまして、産業競争力を補正する政策としての中国への経済協力というのはもう要らないのではないかなという気がしています。ASEANへの協力の投資効果は悪いですけれど、ASEANにやるべきでないかなという気がしております。

感想ですが、素材産業の点については、需要が官需なのかどうなのかということと、供給サイドの方が国営の独占になっているかどうかということが随分影響しているのではないかと思います。鉄の分野などは、大躍進のころから、1つの村に1つの電炉という感じでやっていて、1つの村なり、もう少し大きい行政単位でもいいのですが、そういうところが丸抱えをしているわけですよね。一方、雇用も、生産分野だけではなくて、学校やら病院やらを全部抱え込んでいると。したがって、マーケットも全部分離されているわけですね。
自動車もそれに近いところがあって、石化もそうですよね。石化も今再編成していますけれど、基本的には独占体で、石化というと昔だとシノペックですが、これが大体独占していると。結局、そういう独占の国営企業があって、需要の方も競争にさらされない公共事業であると。こういうところなのでなかなか発展していないということがあるんじゃないかと思いますが。

向こうは、カラーテレビや冷蔵庫の海爾というのも、もとはといえば国有企業だったと思いますが……。

それは官需じゃないですよね。

需要側が違うということですか。

ええ、需要が違うと思いますね。今、中国の鉄というのは基本的にはまだ棒鋼とかですね。まだ板とかは余りない。これが民需の方に変わってくると随分変わってくるかもしれないなという気はします。
3年間中国にいて、やっぱりハングリー精神とかが違いますよね。それは、だからだめだと言い切ってしまうとそこで話はおしまいで思考停止になってしまうけれど、やはりある程度そういうことを前提にしたことを考えていかなければいけないんじゃないかなとは思います。
その上で、中国をどのようにみるかというのは、安全保障を別にすると、経済・社会面でいうと3つの視点で考えたらいいと思っています。
1つは、産業がキャッチアップしてきて日本を抜いていってしまうのではないかというところ。
2つ目は、これは経済というより社会の問題なのかもしれませんが、沿岸部と内陸部、都市と農村でもいいですが、コントラストがものすごく激しくなってしまうと、それを社会としてマネージできないと、その社会は崩れるんじゃないかと。13億が全部日本に難民に来るとは思いませんけれど、それが崩れたときというのは相当恐ろしいんじゃないかなという気がするということです。
3つ目は、その巨大性ゆえにもっている脅威。これはエネルギー問題、食糧問題、あるいは環境問題。それはリスクといってもいいのですが、日本にとって中国という存在は、まずおのおの違うということを確認しながら議論していかなければいけないなと思います。きょうの議論でいえば、私も基本的には日本が変わっていくということがまず大事なのだろうなと思います。そのときに、セクターというものがある程度変わるときの考え方で影響するのではないかなと思います。製造業的なセクターというのは、基本的にきょうよりはあした、あしたよりはあさってという、インプルーブメントのところがあって、それの技術の移転とか技術の改良というのも、どちらかというと暗黙の組織の中で徐々にというところがあると。一方、情報とか金融とかというセクターは、どちらかというと一種のひらめきみたいなもので、これをどう商品につなげていくか。こういうところは基本的にピラミッド型の、あるいはきょうよりはあした、あしたよりはあさってというよりは、不連続的な発展がある。
今後、日本がやっていくというのは、むしろ後者の方をどう考えていくかということではないかと思います。そのときに、1つは日本の国内、現地の経営もそうですが、もっと開放していかないといけないと思います。例えば、中国の企業と日本の企業と欧米の企業で違うのは、プロモーションであり、あるいは最初のときの賃金のシステムであり、そういうところをもっと開放していく。あるいは、日本国内においてももっと開放していく。そういうことをしていかないと、昔型の製造業、ピラミッド型のセクターではなく、ひらめきを物にかえていくというセクターには対応ができていかないのではないかなという感じがします。
それから、中国に対していうと、もちろんWTOに入っていくとかということも大事なのですが、それにあわせて、日本の今もっている強みのところをどう生かしていくのかという視点から考えてみると、私は中国などにいてみて、1つの例でいうと、環境分野とか、そういうところは日本は結構強いんじゃないかなと思うわけです。けれど、それをやっていくためには、各ローカルにおける法の特に執行面--法制度自身は割としっかりしていますから、その制度の執行面のところをもう少しきちんとやるというところが圧倒的に足りなくて、そういうところにもっとつけ足しをするのか、あるいはバイだけで考える必要はなくて、欧米勢と手を組んでもいいのだけれど、中国に物を売っている、そういう今の日本の強いところを中国にどう生かしていくか。そういう角度からの中国へのつけ足しというものがちょっと足りないのではないかなという感じがします。

私は、議論のために逆に振りたいと思います。うまくいってしまうことを前提に備えよう、それが先行きをみたときに大事だと思います。それと、伸びゆく生産力、成長力をうまく活用すると。この2つのことから考えれば、先ほど新日鉄の話もありましたけれど、幾ら守っていても、企業が寝返りを打ったときに守るべきものは一瞬にしてなくなって、「これは日本が強くて、ここではつくれません」という世界が一瞬にして多分なくなって、それを日本企業のそういう判断を産業政策なりでとめられますかというと、多分とめられないと。
ということであれば、一方で、先ほど、中国の中で日本企業は今後どれだけ入っていけるのかというのはなかなか難しいとおっしゃったわけですが、それは出し惜しみをしている中での話であって、先ほどいったところを前もって逆に積極的に、おいしいものを与えないと向こうも市場を開かないと仮定すれば、そういうところをシミュレーションとして目いっぱい出したときに、本当に今後5~10年で日本が中国の中にどんなステータスをもっていけるのか、一度分析をしておけば、ほっておいても中国は今の前提の中でASEANに展開するとすれば、その中に日本があるポーションをもつということになるので、ASEANと中国をうまくけんかさせる、バランスさせる中で、日本はどう生きていくのかと。
答えとして、仕上がりは、仕送りで生きていく日本の姿しかみえないかもしれませんが、その辺のシミュレーションというのは、ちょっと不愉快でも、一度やっておくという視点が要るのではないか。脅威は脅威であっても、台風の目の中は風は吹きませんと。そういう視点も要るのではないか。みんな余りそういう視点で議論しないで、まず守るべきものありきみたいなことなので、そこは1回、白地でやってみると、どれだけ全力で出したときに、何がどう失うものと得るものがあるのかと。そういう見方をすると、少しアジアのマーケット全体の見方が変わるのではないか。中に入ってみれば、中国を盾にしてアメリカとのバランスというものもあるわけですね。中国はまだある意味でアメリカに負けていないとすればですよ。いろいろな意味で。そういう観点も少しあっていいのではないかなと思います。

少しコメントさせてください。非常に説得的な中国製造業の最近のダイナミックな変貌について、前から非常に感銘を受けているところです。これも1つの真理であることは間違いないと思いますが、これは楽観論と悲観論の間だとおっしゃっていますが、基本的にこれは楽観論で、かつ、今、中国が一番いい方向に変わりつつある沿海部の組み立て加工型産業のダイナミズムに注目すると、恐らくこういう結論になると思います。
ご承知のように、中国経済に対するパーセプションというのはアップ・アンド・ダウンを繰り返してきて、一時期は元の切り下げを皆恐れていたのがわずか3年前ですよね。それで、あのころは大変悲観論が蔓延していて、アジアの通貨危機が中国経済に及ぼす悪い影響ということを盛んにいって、そのときは中国のネガティブな面だけを取り出して議論されていたのに対して、その後、通貨危機をインシベートすることに成功したという客観条件のもとで、製造業が飛躍的に発展したために、今度は話が全部楽観論のほうに振れてしまったというように、議論が非常にブレやすいのが中国経済論ではないかなと思います。
うまくいってしまったときに日本はどうするのだという意味での脅威論を吹くというのは、確かにいいのですが、今、明らかにマスコミの論調、あるいは日本財界人全体をみて、はっきりいって、中国に対してパニックになっていると思うのです。パニックになったら、非常に構造改革に相努めて、技術開発その他、次の段階にステップアップするための努力に移行するかというと、それはまた閉塞状態なものだからやらないということで、余計に保護主義的なリアクションが起こってしまって、セーフガードの問題などが頭を冷やした議論ができなくなっている。
そういう意味で、こういう正しい姿で新しい中国をみていく、沿岸部の非常にダイナミックな中国の一面をみるというのも非常に大事なことではあるとは思いますが、中国経済全体を議論する際には、マクロに13億の中国というのをみることもまた必要だと。日本企業にとってそれがレレバントかどうかという以前に、まず中国を正しくとらえるという意味で、97年のときに何が指摘されていたかというのをご参考までにもう1度整理してみますと、3つあったんです。
1つ目は、WTO--当時からWTOという話はあって、WTOに加盟したら中国の産業は、農業がつぶれます、素材産業その他国営企業は皆つぶれますと。それから、組み立て加工型などでも、自動車は恐らく淘汰が進むでしょうと。今は会社の数が多過ぎますと。こういうことがいわれた。今、そういう議論をする人は少なくなってきているのだけれど、WTOに加盟したら、国営企業であれ地元の民間企業であれ、ひょっとしたら外資系企業であれ、どうやってみても競争が激しくなりますから輸入圧力は高まるので、もちろん自由な輸入というのはメリットももたらしますが、今、もう既に競争は激しいとおっしゃって、それはある意味では正しいかもしれないけれども、淘汰のプロセスというのは絶対進むだろうと。そして、かなりの部分のダウンサイジングも不可避であると。
そして、それがまた新たな外資によるリプレースを生めばいいのですが、輸入圧力というものがかなりの失業圧力になっていく可能性は、企業の淘汰の過程でかなり出てくるのではないか。ですから、これは産業ごとにみていかなければいけないその話をもう1回よく整理してみて、どういうインパクトがあるのかということですね。
そして、淘汰された後にまた新たな外資が入ってきて、それで非効率な国営企業をテークオーバーして、新しい経営資源なり技術なりでつぶれてしまう非効率な産業がリーバイテライズされればいいけれど、セクターによっては恐らくそういうことができない。投資が明らかにアンダーインベストメントのような素材産業は、もう撤退していかざるを得ないわけでしょうから、そういうものがどうなるか。
2番目には、当時からいわれていて、今もそれは恐らく変わらないと思うけれど、外部不経済性が全く内部化されていない典型の経済が中国経済で、環境汚染であれ何であれというのは、素材産業をいうに及ばず、資本コストが異常に安くなっている。だから、一見、資本が非常に効率的に投下できるような経済にみえているけれども、これから趨勢的に明らかに資本効率というのは悪くなっていくので、そういう意味では投資は、もちろん産業構造の変化がどうなっていくかということにもよるわけだけれど、明らかにエクスターナリティをインターナライズする段階で資本の流入というのはスローダウンせざるを得ない。
だから、どこまでも外資が来てくれるというのもまたおかしな話で、どこかでそのボトルネックというのは生じるはずなわけですね。それが環境である場合もあれば、インフラその他のところもあって、インフラの話は私はいつもいっているので繰り返しませんが、明らかにあの大きな中国をフィードするだけのインフラサービスというのは、これをまた維持するだけの投資必要額というのはすさまじく巨額ですよね。これを本当にフィードし続けられるだけの貯蓄、あるいは外資流入が続くのかどうか。マクロ的なバランスでいえば、これはかなり難しいんのではないかなという感じがいたします。
それは結局、最近よくいわれている、この高成長を続けていけば輸入がどんどんふえる、それに対して輸出というのは外部の市場の拡大のスピード以上にはなかなかいかないわけですから、そういう意味では、明らかに経常バランスというのは悪化していく、あるいはエネルギー産業なり、今、輸出できているところが全部輸入に転化していけば、これは赤字化は必至でありますから、そういう意味で、元の調整でそれができればいいのですが、元を固定していれば、これはかなり厳しい状況になるかもしれません。
そして、最後が、いろいろなところで議論が出ている地域格差の問題ですね。沿岸部でうまくいった規制緩和が内部にトリクルダウンしていけばいいのだけれど、なかなかそれが進まないで格差が広がる。そうしたときに政治的な安定へのインプリケーションがどうなるか。その問題は、10年、15年ひょっとしたら流入が続いて、それが政治的な安定には問題ないのかもしれませんが、今の状態でずっと続けるというのは非常に難しい。こういう問題はNIESにはなかったし、日本も人口の都会への流入というのは続いたけれど、所得の格差で今の中国の広東地方や上海と内陸部というほどの格差は日本の場合は幸いにして生じていないから、そういう意味で、都市化問題というのは上がるにしても、それほど深刻ではないのに対して、中国はそれだけ深刻だと。そこへ加えて、農業が崩壊するということで、農村人口が都市にどんどん流入したときに、都市でそれを何とか保っていくためには都市問題のインフラ整備というのがあって、これは残念ながら外資にお願いするということがなかなかしにくい分野ですから、そういうインフラ部分というのはどうしてもボトルネックになるだろうと。
こういう幾つかの問題点が指摘されてきたし、その問題は恐らく基本的にまだ余り解決できていないと思います。ですから、組み立て加工型産業が非常にうまくいくというのは全くそのとおりだし、それは日本の雇用機会を奪うという意味において脅威であることは事実ですが、逆に、うまくいき続けると7%成長がどんどん続くというのも、これまた非常にバラ色のシナリオ過ぎて、本当にそれがサステイナブルかどうかというのはやや疑問があるということです。皆さん方の考えを整理する上で、そういうことを指摘しておきたいと思います。

黒田

冒頭におっしゃられた中国経済の見方が振れてきたというのは、私は98年に香港に行って思ったのは、マクロ経済は確かに上がったり下がったりしていますが、98年に行ったときは非常に経済は悪かったので、その年の私のレポートは、マクロはすごく悪いと。けれど、沿海部の企業をみていると全然そんな悪い感じはしないと。これはどうしてだろうかというのがテーマだったのですが、中国産業の製造業の流れというのは振れずにずっと一貫して伸びてきて、それを日本のマスコミが間違ってとらえていたということが大きいと思います。日本の論調は確かに中国産業について振れていましたけれど、実態というのは、特に沿海部の製造業については割と一貫して98年ぐらいからはずっとしり上がりに伸びてきたという感じがしていますので、ちょっと感じが違うかなと思いました。
それから、4つの点ですけれど、WTOの問題というのは、製造業に関していえば、これは50年代の日本のGATT加盟と同じですよね。それに農業とサービス業が乗っかっているというので、中国はそこが非常につらいと思いますが、農業とサービスはつらいけれど、ほかは、ごくざっくりいうと、製造業について起こるWTO加盟効果というのは、もちろん国際環境も輸出環境も違いますけれど、日本の製造業に起こったようなことが起こると思っておいた方がいいんじゃないかという気がいたします。
自動車産業は確かに 130社、 140社あるのが10社ぐらいになるでしょうけれど、それは外資系の強い企業が残るし、多分これからみんな輸出協定になっていって、家電もそうですし、ITも多分そうですし。ですから、外資とピュア中国資本ということを中国自身もだんだん気にしなくなってきますから、そういう意味では、生産拠点としての中国というのは、ひょっとしたら、日本がGATT加盟の後、輸入は受けるけれど投資は受けなかったわけで、そこも取り払ってしまう分だけより早く筋肉質になるんじゃないかなという気もしています。
私は、WTOについては、製造業についてはむしろポジティブに考えています。農業についてはおっしゃるとおり非常に不安要因ですが、農業合意は端的にいって中国は守らないと思いますね。守ったら農村部は崩壊しますから、権益だ何だといって守らないんじゃないかという予測をしております。
それから、外部不経済が内部化されていないという問題、インフラのボトルネックの問題、地域格差の問題はおっしゃるとおりで、3つとも、企業ベースでみても企業の資本コストなり投資コストにはね返ってきますから。どういうことかといいますと、これから公害規制がだんだん厳しくなってきますから、必要な公害防止機器に対する投資も必要になってくるし、今、中国は関税とか外資系企業への税金で財政収入を得ていますけれど、それをどんどん消費税なり法人税なり個人税に転化していかなければいけないと。その分だけ企業の実質的な税負担というのはふえますから、そういう意味では、エネルギーコスト、環境コスト、そしてある程度の地域格差是正のためのコストというのはふえてくるのだろうなと思っています。ただ、産業・経済でみて、今の中国のコスト競争力の強さをどの程度アンダーマインするほどのものになるかというのは、よくよくみていかないといけないと思います。

98年から私自身もずっと上海にいて、日本から来た方は皆さん、「中国の経済が非常に悪いですね。今後どうなりますか」といわれたときに、私自身は楽観論で、上海などの沿岸部だけをみているとそういうことはないし、今後、伸びるんじゃないですかということをいっていました。
それから、地域格差というのが非常に大きな問題になるというのは、私自身もそう思いますが、その中でのとらえ方が、地域格差というのが、マスコミもそうですが、従来、沿岸部と内陸部というとらえ方をしますが、私自身は、沿岸部と内陸部というよりも、農村部と都市部の地域格差というのが正しい認識だと思います。
と申しますのは、実際に内陸に行きまして、例えば、上海と一番よく比べられる貴州省ですが、貴州の省都に行っても台湾系の企業とか外資系のホテル等がありまして、上海近郊にある町とほとんど変わらないんですね。内陸のどの地域に行っても、省都とかある程度の町というのは非常に華やかですし、かつ、そこにいる方の給与を聞いても、国有企業の工場労働者等であれば所得というのはほとんど変わらないんですね。何が違うかというと、その地域における農業人口が非常に多いということと、農業所得なので統計にあらわれてこないということで、平均してしまうと非常に低いので、実態をあらわしていないような数字をよく新聞の方が貴州と上海のパーキャピターのGDPという形でやっているのですが、そういうとらえ方でいうと、沿海部と内陸部というのではなくて、こういう問題はやはり都市部と農村部というとらえ方でやっていかないと、見方を間違ってしまうのかなという気がします。

例えば、日本の企業群がもっている何か特殊な技術があって、成り立つ条件はすごく限られていると思うのですが、だれかが裏切り者になって中国に技術をもっていったら、そこで例えば5年か10年はつくって、あるいは技術を売ってもうけられると。けれど、それをしないで、日本勢で例えば何か談合するなりしてやってそれを確保していた方がいいと、そういうことが成り立つ産業というのはどのくらいあるのだろうかと。それはまず技術がかなり安定的でないといけないですね。アメリカ勢とかヨーロッパ勢などがもっていない技術でないといけないし、中国にもっていったらもうかる技術でないといけないしということですね。そんなのはたくさんあるのでしょうか。

これは1つの例ですが、ある産業の日中間の交流会議ということで、10年前ぐらいからやり始めたものがあります。当初は、「中国は膨大な資源を有しており、これを加工するところが日本の強みだから、技術移転や合弁については絶対にいわないでほしい」と。そこまでいわれて、私たちはものすごく気を使ってやったわけです。
そして、今何が起こっているかというと、そういっていた日本企業が中国で合弁をやっているのです。中国との間でこのような関係を持つことによって、アメリカ系の企業と世界市場において何とか競争力のバランスをとっているということがあるんです。
こういうことを念頭に、シミュレーションしてみると案外いろいろな示唆が得らるのではないか。中国への対抗バランス上日本はASEANに肩入れするという発想の対極として、13億人いる中国市場に積極的に肩入れしていった場合に何が起こるのかということを、シミュレーションしてみることも重要ではないかと思うわけです。

経済学の寡占市場の実証研究などでも、3社とか4社で70%ぐらいシェアをもっていないと、マーケットではとても高い価格は維持できないんですね。

このまま行ってややこしくなってWTOになっても、強いやつは残ると。残ったときに、我が社の資本が入っている企業が残るとハッピーですよね。そこで入っていなかったら、もうナッシングですよね。それをどのようにとらえるのですかというのが私の問題意識なんです。

若干違う視点の質問なのですが、そもそも中国政府の経済運営というものに興味がございまして、共産主義から市場経済に移行しようとした国としては、中国もロシアもスターティングポイントはそんなに変わらなかったのかなと。変わったのかもしれませんが。でも、その後のロシアと中国との格差というのは何なのだろうと。とかくこれまでの議論というのは中国企業のコストパフォーマンスに非常に焦点を当てていますが、中国政府の例えば経済特区のような非常にすぐれた経済政策というのが、逆にいえば、中国企業の発展を可能にしたのではないのかなと思うと、今後、むしろ政策関係者として考えるべきは、経済政策でどのように中国とコンピートしていくのかしらと。具体的には、日本と中国でどのような貿易投資環境をつくることに中国の政策当局者と日本の政策当局者は競争していかなければいけないのかなという問題意識があるのですが。
黒田課長がおっしゃっていた、日本経済と日本企業の再生発展のために中国の活力を結びつけていくということは、政策サイドにいる人間としては、企業が中国の活力を活用できるような環境というのを政策サイドが考えていくということなのかなとさっきから思っていたのですが、向こうにいらっしゃったご経験から、中国政府の今後の経済運営のスタンスというのはどのようなものなのでしょうか。

黒田

3つぐらいある思います。
1点目は、ロシアとの比較というか、社会主義経済体制の移行システムの問題ですね。一番よくいわれるのは、ロシアは政治家が入って、政治をまず壊して、経済に行こうと思ったら、社会は混乱して経済はガクガクになってしまったと。中国は、政治には一切さわらずに経済を先に変えようとしたと。これが第1点の違いですね。
2点目は、ロシアも経済改革をしたわけですが、中国の経済改革の仕方は非常に漸進的で、例えば、まず価格体系は先に徐々に自由化したのですが、例えば、国有企業をつぶしたりしなかったわけですね。国有企業は置いておいたままで、その外側に郷鎮企業とか民営企業というものをつくって、彼らの表現でいうと、郷鎮企業によって国有企業を囲い込む、市場経済で国有経済を囲い込むというダブルトラックでやって、だんだんその囲い込まれた国有経済の元気がなくなって、そしてウエイトを移していくのだと。こういう制度設計なんですね。ですから、経済から入ったということと漸進性ということが多分ポイントだと思います。
それで、外資誘致とか経済特区の政策は、いろいろなことをやっているのですが、結局、どちらかというとレッセフェールに近いのではないかと私は思っています。いろいろ規制していた国が規制をしなくなるということが最大の政策で、例えば、税金はとらないとか、いろいろな許認可を極力不要にするとか、中で何をしても気にしないとか。ワイロを払っていても気にしないというのを含めて。そういう規制をしない、何もしないというのが多分企業にとっては一番楽で、例えば深センの日系企業なんて全く税金を払っていないんです。そういうやり方を税金面も含めて許容するというのが、最大の特区政策、外資政策だったと思います。ですから、規制をしない、余計なものをとらない。そのかわり、そこでせいぜい稼いでもらうということですね。
例えば、産学連携がどうして進んだかというと、大学の先生の給料を半分にしたんです。そして、そこは何をしてもいいよとしたわけです。そうすると、5年で全国に 2,000とか 3,000ぐらいの産学連携企業ができてしまったと。そういうタイプの政策の仕方を中国政府はよくやる。そして、失敗することも多くて、失敗するとすぐやめるわけですが、失敗しても余り責任を問われない。そういう割と大胆な政策をとるというのが彼らの特徴であると思います。
振り返って、日本で何をすべきかというのはいろいろあって、結局、経済構造改革などに尽きると思いますが、私は、中国をみて一番わかりやすい例として、アジアの活力を取り入れるのに日本がやっていない政策は何かというと、外国人労働者と技術者の受け入れだと思います。外国人労働者と技術者の受け入れをもっと自由化する。少なくともビザの柔軟化をもっとすべきだと。そういうことが比較的簡単にできて、アジアの活力を取り入れるいい方法だと思います。それはもちろんアジアの企業に来てもらうということも含めて。

中国の中で3つの地域が相互補完していると。それが競争力になっているのだというお話があったと思いますが、それはすごくおもしろいなと思って、それをアジア全体に拡大解釈することはできないかなというのが1つです。
それから、相互補完ができる体制になったのはなぜかなというのは、少し説明いただいたと思いますが、まだよくわからないということで、それが市場経済化に伴って、国有企業の周りを囲む形で郷鎮企業を設定するという、そういう市場経済化に伴って産業集積をつくり上げていったという可能性があるのかどうか、教えていただきたいと思います。

黒田

後の方からいいますと、割と偶然じゃないかという気がするんです。結果的にみると、長江デルタと珠江デルタというのはものすごく補完的な性格をもった集積なのですが、わざわざそうしようと思ってつくったかというと、そうではなくて、まずとにかく外国企業に来てほしいと。そして、深センという風穴をあけて、輸出するのだったら中国国民に害を及ぼさないので、「輸出企業だけおいで」とやったわけですね。そのかわり賃金は30分の1だよと。それでワッと来て、税金はとらないよと。それで集積ができて、集積が集積を生む大輸出拠点ができましたと。
そこで成功したから、次はやはり上海あたりでやりたいなとトウ小平は思ったわけです。そして、今度は内需向けをつくってもらっても構わないから、そのかわり合弁にしてねとかいったわけですね。そうすると、そこに大合弁内需向け拠点ができたと。
ですから、その政策意図がなかったというのはちょっと言い過ぎですけれど、初めのそういう政策誘導はある程度の意図をもってやったけれど、結果的に企業が来たかどうかというのは結果にすぎないと。偶然そういうのが来て、かつ、企業はそれらをみて、「あっ、北京とここに拠点をもつといいよね」と思ってすみ分けを始めた。そこは全く企業のボランタリーな世界で、特に政策誘導していったわけではないと思います。そういうある程度の政策意図と企業が結果的に来たという結果論との合成なのではないでしょうか。
 アジア大の相互補完ということは、おっしゃるとおりで、まさにこれが東アジア自由貿易圏構想とか、これからシンガポールを機軸にもしこれがASEANワイドに広がり、それに日中韓がもし入れば、そういう話になりますよね。ただ、これは現実は非常に難しい。政治がありますから。体制がありますから。けれど、理想論としてはそうだと思います。EUやNAFTAに対抗する経済圏をつくるとすれば、やはり中国を入れれば非常に厚みが出ますよね。でも、そのかわり、自由貿易経済構想というのは、中では不平不満をいわないようにしましょうねという世界ですから、すごく繁栄するところとすごく繁栄しないところが国境を越えてできてしまいますね。そこの調整ができるかどうかということと、世の中、経済だけではないですから、そんなことはなかなかできないということだと思います。

ITソフトウェア産業に特化した質問をさせていただければと思います。課長のご説明の中で、北京の中関村に立派なITソフトウェア関係の集積があるというお話でしたが、ITソフトウェア関係の人材というと、途上国のという限定つきですけれど、例えば、インドやフィリピンなどがITソフトウェアの人材の産地として有名だと思いますが、インド、フィリピンに共通した特徴として、低賃金であるということと、能力が優秀であるということと、英語をネイティブ・ランゲージとして話すという、その3点があるのかなと思いますが、北京の中関村にいるソフトウェア系の人材の方の競争力の強みというのがどういったところにあるのでしょうか。
それから、北京にソフトウェア産業が集積したという理由として何があるのか。思うに、英語をネイティブ・ランゲージとしないということもありますし、国内市場向けのソフトウェアなどをここで半ば独占的につくっているのかなという気がするのですが。その辺の事実関係を教えていただければと思います。

黒田

おっしゃるとおりで、インドの集積とはちょっと違うんですね。中関村に集積している企業は、ITの研究開発をやっている人たちとソフトウェアをガンガンつくっている人たちとの2種類に分かれるわけです。前者は欧米系の企業がリードしていて、後者は日本の企業の出先とローカル企業というイメージが私はあるのですが。前者の方は、トップの20~30人はシリコンバレーから帰ってきた中国人です。ですから、英語も中国語も話せると。その人たちが北京大学のピチピチの人材を雇って、何をやっているかというと、音声認識とか次世代携帯電話とか何とかインターフェースとかという世界をやっている。ですから、シリコンバレーでやっていることと余り変わりはない、あるいはそれのちょっと落ちるようなことをやっているという人たちがいるわけです。ですから、ソフトウェアというよりは、そういう世界です。
後者の、中国のたくさんあるソフトウェア企業とか、日系企業のソフト拠点というのは、大体が漢字系ソフトの開発をガンガンやっている。それは中国の巨大市場と日本持ち帰りのソフトをやっていて、これはそれなりに大きい市場があるわけです。大体その2種類に分かれていて、それが共存している感じがします。後者はインドのバンガロールなどと好対照で、英語圏と中国圏ということで。
なぜ北京にそんなにいっぱいあるかというと、大学がたくさんあって、そこからの産学連携の企業がたくさんあったということと、その大学や、国立研究機関のようなものがそのエリアに 200~ 300あって、そこの人材をあてにした外資系企業がたくさん来たということ。要因はこの2つだと思います。

黒田課長、きょうはどうもありがとうございました。それでは、これで終わりにしたいと思います。

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