第3回アジアダイナミズム研究会 議事録

  • 平成13年10月2日 19:00~21:00

それでは、第3回のアジアダイナミズム研究会を始めたいと思います。
本日は、神戸学院大学の吉見先生にお越しをいただいております。タイでの長年のご経験から、ASEANの人材育成についてお話をいただくことになっております。
それから、研究会の後半では、大野先生に今までご紹介いただいたレジュメをさらにわかりやすく2枚の紙に整理していただいておりますので、それをもう一度全体で議論させていただきたいと思っております。
それでは、吉見先生、よろしくお願いいたします。

吉見

きょうは、タイの日本企業の現状ということでお話をさせていただきたいと思います。お手元に、「タイの日系企業の競争力」という短いペーパーと、もう1つは、99年に私が調査をいたしましたものをまとめた論文がございます。論文の方は、これを書いたときには、まだ中国の問題というのがそれほど日系企業の間で話題になっておりませんでした。その点で大欠陥商品でございますが、タイの日本企業の現状ということであれば、そこそこご理解いただけるかなと思います。きょうは、短いペーパーの方を中心に、論文の方も図表等々を使ってお話をさせていただこうと思います。
最近一番問題になっておりますのは、今申し上げましたように、日系製造業が中国と非常に厳しい競争条件に突入しつつあるという現状認識で、そこでどのように対応していくのかということが、日常的にかなり真剣な話題になりつつあるということであります。これは私見でございますが、我が国とアジアの関係というのは、中国を中心とした北地域における最重要課題というのは、やはり政治的な課題ではなかろうかと思っております。もちろん経済活動で中国と日本がいろいろな意味で補い合い、あるいは競合するということはあろうかと思いますが、まず政治的な成熟安定関係をいかに追求するかということが、日本と中国、韓国、台湾という北アジア地域の課題ではなかろうかと思います。
第2番目に、いわゆる東南アジアの中のミャンマー、ベトナム、タイからマレー、シンガポールという地域は、日本の製造業の定番品の一大生産基地ということであり、そういう経済的な関係が東南アジアのマレー半島以北と日本の関係で最も重要なポイントであろう。ここに日本の製造業が今大展開をしているわけですが、この東南アジアの地域の日本の製造業が、現在の世界マーケットにおける競争力を持ち続けられるかどうかということが、我が日本国あるいは日本の製造業本社にとっての大問題であろうと思います。
フィリピンやインドネシアといった島嶼国家は、確かに日本の経済的な面でも重要な国々でありますが、この国々に関しては、タイやマレーシアや将来のベトナム、ミャンマーとの純経済的な関係プラス、社会政策的な安定性を日本としては考える必要があるのではなかろうかなという気がします。フィリピンやインドネシアといった島国国家を全体としてまとめてうまく経済成長させる、所得の平準化を図るというのはなかなか困難だろうと思います。ああいう国々が大きな貧困差や社会的なアンバランスの中で、政治・社会的に混乱するという事態が起こらないように、日本としては社会政策的な発想で臨むべきであろうという気がします。そういう意味で、私は、アジアについては3つの立場で日本として政策を考えていく必要があるだろうと思うわけです。
きょうは、第2番目の経済的な問題について、経済的な関係で一番深い関係を現在もつくり、将来も維持するであろう、東南アジアの北地域の中のタイという国を例にとってお話をしていきたいと思います。
問題は、中国との競争が今や最大の課題になってきたということであります。これまでタイの日本企業は、ある意味では非常に恵まれた状況にありました。非常に優秀な労働力を使い、部品企業の集積もかなり進んだということで、論文の方をみていただきたいのですが(117ページの第9表)、タイの日本企業、これは大企業でございますが、労務費で企業Mでは、日本を 100としたときに15%。この企業は原材料費は 100ですが、トータルで95%日本より安い。あるいは、これは高い部類でございますが、6~7割の製造コストで物がつくれるということでありました。しかも、品質も、○は優、△は普通ですが、そこそこの水準の製造業製品がつくれるようになっておりますので、これをタイ国内で販売する、あるいは全世界に輸出するということで、かなり成功をおさめてきたといっても過言ではないと思います。
唯一の問題は、例の通貨危機の後、バーツが暴落をいたしまして、そのためにドルの借金で大きな投資をした企業が問題を抱えたと。及び、通貨危機の大不況の中で、国内販売に特化していた代表は自動車メーカーといっていいと思いますが、自動車メーカーが国内販売の激減で一時的に大打撃を受けたと。この2つが日本企業にとっての失敗でありまして、あとは国内販売で企業も96年段階までは我が世の春を過去10年間謳歌しておりましたし、輸出型企業に至っては、通貨危機の後の混乱の中でも輸出をふやしてかなりの利益を上げてきたということで、大きな問題はなかったわけです。タイは比較的社会情勢も安定しておりますし、タイ政府も日本企業にとって不都合な規制をかけまくって企業活動を阻害するといったこともありませんでしたから、本当に皆さんタイに進出してよかったねというのが過去の状況であったかと思います。
そういうところで、現在、中国が世界マーケットに登場してきたと。あるいは、部分的な話でいいますと、中国のコピー製品が、バイクなどがその典型ですけれど、ベトナムやインドネシアに既に大量に流入してきて、そのうちタイにも中国のコピー製品が入ってくるのではないかといった問題に直面しつつあると。しかし、メインはやはり国際マーケットで中国に急速に追い上げられつつある。その代表的な業種が電気・電子であります。
例えば、電子レンジ等々は北米のマーケットで中国製は約3割安く出してきている。今や中国製が市場価格の基準になりつつあるといわれております。そういう通常の電気製品、電子製品が大きな中国との競争に突入しつつあるということをまずご理解いただきたいと思います。
では、一体どのくらい競争力で追い上げられているのかということでありますが、「タイの日系企業の競争力」の第1表をみていただきますと、製品単位当たりの労務費は、タイを 100としたときに、中国は50、60、80とかいろいろ差はありますけれど、よくいわれますのは、3割は安いと。ただし、中国の同業者と比べまして、タイの日系企業の場合は伝統・歴史がありますから、それなりに生産合理化というのは徹底をしております。例えば、ベルトコンベアーでやってきたものをセルに直して、今までは1人の労働者が3~4点しか部品を装着していなかったものを、7~8点つけさせるとかとして、そういう生産方法の改善等々を積極的にやっておりますから、製品単位当たりの労務費ということになりますと、賃金格差がもろに出るわけではなく、それなりに創意工夫で対抗しているケースもあるわけです。
例えば、企業Cの場合は、中国が特区できっちりつくってくれたら、特区内賃金を払ってくれたら、タイ側は生産合理化で 100・ 100で対抗できるといっています。特区に入ってくれますと、中国も正規の賃金を払わなければいけない。ところが、中国系企業、台湾系企業の場合は言葉ができますので、特区に入りながら、生産は田舎の郷鎮企業にやらせる。そして、夜のうちに特区の中に入れて、特区から輸出してしまうと。そうすると、賃金はただみたいになってしまう。しかも、特区に入っていますから、いろいろな輸出の特典はもらえる。これでやられると、向こうが80ぐらいになってしまうので、勝負にならないと。そういう企業もあります。これは大きな電気部品メーカーさんですけれど。そのように企業によってはいろいろ差はありますが、労務費で3割ぐらいは負けているだろうと。幾ら頑張ってもなかなか大変だと。
それから、原材料もやはり中国の方が、中国で調達できるものに関しては安くなりますから、若干安いと。そうすると、品質勝負ということになるわけですね。これに関しては、今、タイの方が品質上は中国に対して勝っているというケースが圧倒的に多うございます。タイの日本企業、特に電気・電子メーカーは今や中国で、つくれていないものもありますけれど、つくっているものに関していえば、もう完全に品質勝負の状況になっているというのが現状であります。
では、品質を上げる、あるいは再度コストダウンに挑戦するということになるわけですが、それをどのような手段・方法でやろうかというのが次の問題であります。
ペーパーの方では、「労務費の削減と品質向上について」ということで書いてございますが、みんないろいろ努力はするわけですけれど、まず1ついえることは、生産方法を徹底的に改善する。例えば、自動化してしまうということに関しては、消極的な企業、電気・電子メーカーが多いということです。これは本社の方針もあろうかなと思いますが、はっきり申し上げまして、電気・電子メーカーの中には、もうタイで勝てなければ中国に全面的に工場移転を考えてもよいというケースもあろうかと思います。それでも、手をこまねいてというわけにはいきませんので、どこでコストダウンなり品質向上をやるかということですが、これを設備の自動化を徹底的にやらないということになれば、人的能力のアップということでやらざるを得ないだろうということになります。
そこで、ワーカーや職長さんの能力の強化ということになるわけです。特に電気・電子メーカーの場合は自動車メーカーと違いまして、生産方法自体が非常に労働集約的なやり方でタイの低賃金労働力を積極的に使おうということが基本姿勢であったものですから、どうしても欠陥品・不良品がその生産現場でまだまだ出やすい。ですから、現場管理、品質管理という、生産に直結しているような基本的なレベルの段階で、人的能力の再強化を図らなければいけない。自動車メーカーになりますと、中国に対して10年ぐらいは技術が進んでいる、部品の集積も高いということで、彼らの場合は、現在、開発・改良をやるような人的能力のアップということで、具体的には中高級エンジニアの育成というところに自動車メーカーの場合は関心があるのですが、電気・電子の場合はまだまだ生産現場自体で人的能力アップ、欠陥品を出さないといったレベルだと。極端にいえば、そのようにお考えいただいた方がいいと思います。
そこで、どういう問題がいろいろあるかということですが、日系企業のように労務管理を一生懸命やっているケースでも問題はいろいろございます。例えば、ワーカー、職長における問題ということで、日本企業側の3つの思い込みとして、まず出欠勤率主義。途上国のワーカーは能力考課はほとんどできないと。だから、ワーカー、職長レベルは出欠勤率で考課するだけだと。あるいは、単能工で育てればよいと。あるいは、不介入だと。介入して日本人がごちゃごちゃいうと現場が乱れると。そういった今までの基本的な考え方がありまして、いってみればタイ人の年功序列で上がった職長に全部現場を任せ切り、日本人はタイ人のエンジニアを使って、その職長をさらに使って間接統治というやり方でやってきたと。その辺をどうやって改善していくか。士気を高め、やる気を出させる必要性があるわけですが、これは論文の方で私は長い議論を書いておりますので、またご参考までにご検討ください。
問題は、そういう現場レベルの話プラス、エンジニア、技術移転の問題であります。最終的に品質勝負ということになりますと、私は、中国の3年、4年先のものを東南アジアでつくれないと勝負にならないだろうと思います。ところが、残念なことに、3ページに、通常技術、応用技術、開発技術と書いておりますが、この応用技術分野として、日常的生産活動を阻害する事態に対応したり、日常的生産活動を改善するものであって、不良品発生の原因究明や品質改善、部品改良等々、このレベルの技術力がまだまだ弱い。ここを何とかしないと、東南アジアの日系は中国に対抗できないだろうと私は現状をとらえております。
第3表の通常技術の移転というのをみていただきますと、通常技術の移転度は、現場作業や工程管理、品質管理、メンテナンス等々のレベルでは大体タイ人に移転したと。このレベルはいわゆる工専卒業者で十分やれるというのが各社の回答であります。もちろん品質管理に関して電気・電子は弱いとか、作業標準化というレベルでは自動車メーカーに問題があるとかといった個別の問題はあります。それから、工場管理自体はいろいろな技術の集積になりますから、やはり日本人がやらざるを得ないという話もありますが、日常的な生産活動に関する個々の技術に関しては、一応移転したし、工専レベルで十分にやれると。
次の第4表は応用・開発ですが、品質改善とか不良品の原因究明というあたりは、これも企業によりますけれど、半分以上移転したという企業が電気メーカーで約6割。自動車メーカーはそれより技術移転が進んでいますから、自動車や機械・その他というところがそれになりますが、まあいけると。ところが、改良になってくると、予定なしという企業がありますし、ほとんどまだできないというケースが圧倒的です。中にはこの辺に非常に力を入れている企業もありますが、東南アジアの日系メーカーで、「部品改良をうちはここまできっちりやれます」という会社は少ないです。
これをやろうと思うと、例えばタイ製部品は安いですから、それをどんどん使おうと思ったら、質が悪いですから、これをつくり直さなければいけないんです。簡単で故障しにくいものをつくる。日本の場合は、機械にしても部品にしても、日本の設計屋に設計をやらせると、とにかく人を使わないということを第一に設計してくる。ところが、タイでは人は幾ら使ってもいいと。故障しにくいもの、つくりやすいものを設計しろと。こういうことがなかなかできない。ただし、ここに手をつけないとタイ製部品をどんどん採用できませんから、みんな何とかするといって必死になっています。ただし、そこから先の開発になると、もう全然お手上げという会社がほとんどです。新製品開発はほとんどできませんと。ところが、ここまでやれないと、電気・電子業界は欧米のマーケットで中国と対抗できないと思います。ですから、少なくとも改良・応用技術をきっちりできるエンジニアを育てることと、開発技術に取り組み始めなければいけないというのが、現在、一番必要なことかなと考えております。
ただし、人の問題で、応用技術の部品改良や製品改良になると、工専卒でできるのかねという話が出てきますし、開発になるともう絶対に大卒でないとだめだという声も強いと。ただし、ご承知のように、東南アジア世界はジョブホッピングの世界ですから、大卒のエンジニアというのはほとんど定着しない。大体10年たつと残っているのは2割ぐらいになってしまいます。ですから、大卒エンジニアに全面的に依存できないので、工専卒、あるいはもっと幅広く、中学しか出ていないけれどむちゃくちゃ能力のある人を知能テスト等々で選抜をして、日本語で日本の工業高校や工専の教育をするということまで考えて、本格的なエンジニアの育成をしないと難しいなという気もしています。
もう1つの問題は競争力強化ということになると、部品企業の育成です。人材育成、技術力の向上プラス、部品企業の育成。第6表をごらんいただきますと、今どういう状況かといいますと、タイ系企業の部品・材料の質ですが、「良または普通で十分に使える」という会社と、「日系が指導を続ければ使用できるところまで来た」というのと、「問題はまだいろいろあります」というのと、3つに分かれると。特に自動車メーカーが一生懸命になって部品メーカーを育てていますから、彼らが日常取引をしている企業に関しては良または普通、あるいは指導したら十分使えるというところまで来たというケースが多いです。
ただし、これは論文の方にも書いていますが、日本の大手メーカーは、現在取引をしているタイの部品メーカーに関しては大事に大事に育てるといっていますが、大手メーカーの場合は、もっといろいろな部品メーカーを育てようという気持ちは余りありません。もう面倒くさいと。日本の中小企業の場合はとにかく現地調達をもっと高めなければいけないということで、タイの中小企業とどんどん接触をして部品を買いたいといっていますが、彼らにはなかなかタイの中小部品メーカーを育てる力はないというのが現状です。
では、タイ系企業の問題は何かということですが、オーナーが伝統的な華人経営者で、人と設備に投資を行わない--これもよくいわれます。それから、技術者のレベルがとにかく低過ぎてだめだという話もあります。それから、日系側に情報がなさ過ぎると。部品メーカーってどこにいるのと。取引のある企業はわかっているけれど、それ以外はほとんどわからないと。それから、タイ政府がそういう制度的な育成政策をやっていない。そういういろいろな声があります。
そこで、何をしたら一番いいと思うかと聞いてみたのですが、みんなで協力をして、中小企業向けエンジニアの養成機関のようなものをつくるかと(153ページの第18表)。あるいは、そういうところでタイの経営幹部向けの教育もやるかと。こういうことを日本側で具体的に仕掛けるしかないのではないかと。そういう声が高い。うまくいくかどうかわかりませんが、そういう問題意識は日本側も今もっていると。ですから、人材育成なりタイの部品メーカー育成なりに関して、日本企業側で一致協力してそういう必要な事項を実現していくための教育組織なり情報提供組織なりをつくったらどうかという声があると。これは私は積極的に評価していいと思っています。
それから、中国への対策ということですが(第7表、第8表)、電気・電子メーカーさんの半分の4社は、人的能力を強化して技術移転を進めていいものをつくれるようにしたら対抗できるだろうといっていますが、「やってみないとわからない」とか「多分だめだろう」といっている会社が3つある。なかなか悲観的な企業が多いと。もし対抗できなかったらどうするのですかという話ですが、自動化も行ってとことん頑張るという会社もあります。これは先ほど私は彼らは余り自動化をする気がないといいましたが、部分的にはやる気はあるんです。極端にいうと、全面自動化までやる気はないと。自動化も行うというのは、品質の改良をするところは半自動から自動にしたいとか、そういう程度の話だとご理解いただきたいと思います。そして、中国への移転も考えているというわけです。
中国ともう現在既に競争中の電気・電子メーカーさんでは、エンジニアの能力も「普通または問題が多い」といっている会社が多いですし、しかも、今後エンジニアに何を要求しますかと具体的に聞いた場合に、「特に考えていません」というケースが多いです。これも自動車メーカーなどに聞くと、「ここまでのことはやりたい」と。例えば、職長さんクラスでも日本の工業高校の知識はこれからは絶対要求するとか、エンジニアクラスになると日本の工専から大学の数学や物理や電気の工学の知識がないとだめだと、そこまで要求すると、割と明確に出てくるのですが、電気・電子メーカーの多くの企業はどうやったらいいのかもわかっていないというのが現状です。しかし、そういう中で、東南アジアの日系電気・電子メーカーが崩壊する、あるいは繊維メーカーが中国との競争で完全に敗北する、バイクが負ける、そういう状況がいいのかどうか。これは政策的な観点も折り込んでいろいろご検討いただきたいと思います。
以上、雑駁な話になりましたけれど、ご質問がありましたら、何でもお尋ねいただきたいと思います。

どうもありがとうございました。大変興味深いお話を伺わせていただきました。コメントやご質問等がありましたら、お願いします。

(論文の153ページの表で、)中小企業向けエンジニア養成機関とか、幹部向け教育機関、こういうものはアイデアとしては出てくるのは非常に自然かなと思いますが、例えばODAベースのサポートなども含めて、本当に民間企業に役に立つようなものというのは、どのくらいできる可能性があるのか。どんなことを考えていらっしゃるでしょうか。

吉見

私が何をやってもいいならこういうものは幾らでもつくるのですけれど、何もできないから困ってしまうのですが、みんな必要だと思っていまして、できるだけお金をかけずにこういうことをやろうかと思うと、例えば、今、バンコクの中心部で工場をもっていた人たちがみんな郊外に出ていっていますから、その中心部の工場を借りて、そこへJODCスキームなどで人を派遣して教育するといったことも考えられるかなと思いますし、あるいは、既に通産省時代から日タイ技術交流協会というのがありまして、ソーソートウと向こうではいっていますが、ここが一種のタイ人向けの教育機能を担っていますから、そこに例えば日本企業サイドの声を入れて、こういう内容のことをきっちり教えてくれというプログラムづくりまで、日本企業と例えばソーソートウの人が相談をして教育していく。そして、日本企業はそこに自分のところの人材を派遣すると。そういうことも考えられるかもしれない。
ですから、既にあるものを使ったり、あるいは新しく日系企業もある程度資金負担をしてそういう組織をつくればいいだけの話だと思います。しかし、だれもそれをやらないから、ないということです。

でも、相当やっていますよね、JODCの派遣を。

吉見

やっていますけれど、あれは個別企業派遣ですから。例えば、タイ系企業にJODCが派遣をして、そのエンジニアがタイの人を育てるということはやっていますけれど。

既存のスキームでもまだやり方を工夫すればいろいろやれると。

吉見

それもありますし、既存のスキームでやれていないところ、例えばエンジニアの本格的な育成をやろうという場合に、今、座学、理論なんてだれも教えていません。でも、そこからやらないと、実践中心だけでやっていたら部品の改良なんてできないわけですね。ですから、メーカーの人たちは、日本の工専から大学レベルの教育を受けてくれないと使い物にならないねといっているわけです。そういうところもやらなければいけない。

よく工場を回っていて、「学校で勉強したようなことでは役に立たないんですよ」という話も一方でよく聞きますけれど。

吉見

両方要るんですね。今まで東南アジアの日系はほとんどの場合が、理論なしで生産から入っているわけです。ですから、ああしろ、こうしろというのはみんなできるのだけれど、いざ、この機械はどういう内容のものかというのは全然わかっていない。

中国に4月までいて戻ってきたばかりなのですが、特に珠江デルタのあたりをみてみると、あそこら辺のもっている工場では、ワーカーは山奥から3~4年でローテーションで来ますから、とても価格では勝てないと思うし、珠江デルタの日本の企業の方々に聞くと、ここには品質面ではまだまだ中国に勝てると書いてあるようですけれど、「ASEANには負けませんよ」という感じの答えが返ってきて、通常技術のレベルではもう勝てなくて、エンジニアリングのところに着目するというのはそのとおりだと思います。そのときに、これもよくいわれる話ですが、日本企業の雇用慣行が年功序列のようになっていますから、しかも、プロモーションができないということで、外からいい人材を採ってこれないと。そこの制約をとっぱらっても、企業はエンジニアリングのたけた方々を雇用するのは難しいのでしょうか。

吉見

確かに日系企業の昇進・昇格システムも問題かもしれないけれども、それを変えたからといって、まず絶対数が非常に不足していますから、いわゆる大卒のエンジニアが定着をして技術移転が進むということはやはりないと思います。そういう意味では、工専卒を徹底的に鍛えるとか、あるいはもう1つ下の低学歴層レベルの中で優秀な人を、こういう教育研修機関の中で徹底的に教えると。そして、優秀な人たちには大卒と同じような地位も与える。あるいは、日本に連れてきて本格的なエンジニアにしてしまうとか。そういうように人材育成の幅を広げるということしかないというのが、今の私の結論です。

そこまでしてタイ人を一生懸命育ててコストをかけるだけの価値がどこにあるのか、よくわからないんです。それなら中国へ行った方がいいと思いますけれど。

吉見

そういう意見もあるでしょうが、ただ、中国の場合は、今後、日本にとって最大のライバルになるでしょう。タイは永遠に日本の最大のライバルにはならない。その違いは決定的なんです。

逆に、タイ政府はそれをどのように認識しているのでしょうか。APECの中小企業大臣会合のことなどを思い起こすと、あれもアジア危機のあたりで、その前は中国の元の切り下げがあったけれどぐっと伸びてきて、こちらにはアジアの危機があってということで、タイの政府も人材育成には危機感をもって、今のままだったら中国に負けてしまうと。だから、その次のステージに行くのだということを一生懸命語っていたような記憶はあるのですけれど。

吉見

例えば、発電所をつくりましょう、道路をつくりましょう、お金を出してあげますと。これは実際つくらなければいけないですから。ところが、人材育成なんて、内容はわからないじゃないですか。そういうソフトの話になってくると、言葉はいかに軽いかということを私たちはもう何十回と体験しているわけですよ。ですから、こんな話は全部向こうの仕事じゃないですかと。それはそうですよ。人の育成をしろ、部品メーカーを育てろ、中小企業を育てろと。でも、それはほっておけない。

アジアダイナミズムということからいうと、93年の世銀の報告が出たときに、「東アジアの奇跡」ですけれど、そのときは一生懸命技術を国内に蓄えているのではなくて、全部投資で来てもらって東南アジア資金にするしかないということが書いてあったのですが、その後にアジア危機があって、結局、そういうことを通じて私が思ったのは、ある程度まではFDIを受け入れるところまではできるけれど、そこから上の工業化ができない国というのは本当にあるのだなと。それが今お話を伺った感じでは、タイなのかなと。
国民性の中にもしそういうものがあるのだったら、なぜタイで技術者を育てなければいけないかということになって、そういうのは例えば日本とか韓国とかの、釜山製鉄所がどれだけ早く自分たちでやり出したかという話もあるし、明治や戦後の日本からみると、それはできるところでやっていけばいいし、できる民族をタイに連れていってやるとか、アジア全体からみると、無理してできないことをやる必要はないので、一番比較優位のあるところでやればいいんですから。

吉見

タイも、日本留学生の人とかで真剣に事態の深刻性を理解している人もいます。そういう僕らと本当に話ができる人を積極的に育てていくという、そういう人脈の強化ということは当然やらなければいけないですね。
これも一言いっておきたいのですが、我々はまず議論でやれるわけですね。例えば、今、私が人材育成という話を持ち出したと。この内容について議論しましょうと、これはできるわけですが、彼らは、まず最初にそういう議論・対象があってということよりも、まずその人間が自分の友人であるか、信頼できるか、人間対人間の関係というものを非常に重視しますから、本当にざっくばらんな話でとことんこうですよと、この問題を考えましょうと、こちらが迫って迫って向こうを説得しようと思ったら、それなりの人間関係ができていないとなかなかうまくいかない。ですから、あいつとおれは本当の友だちだということになっていればこちらのいうことは真剣に聞いてくれるけれど、そうでなければ、ポンと仕事の話だけ持ち出しても、そこで腹を割った 100%の議論をしようと思っても難しい。

タイ人の若い人、例えば大学生などにとっての製造業というのはどんなものなのでしょう。大学への進学率そのものは、20年前はタイは東南アジアでも特におくれている国だったと思いますけれど、20年間でとにかく進学率はかなり高くなったと思います。けれど、製造業のエンジニアというのが彼らにとっていい商売なのか、それとも違うところに優秀な人たちは行くのか。タイの工業省などをみると、とてもここにエリートが集まっているとは思えないですよね。

吉見

確かに一般論でいうと、技術屋さんというのはそんなに高い評価を受けるビジネスではなかったですね。タイのエリートの条件というのは、カッコいいということですよね。それはアメリカの大学に留学をして、博士号をとって帰ってきて、英語がむちゃくちゃベラベラにうまいと。これがエリートの条件です。
そういう意味では、工場に入って汚い油や機械をいじっていることは全然評価が高くなかったのは、そのとおりなんです。ただし、最近はやはり高級エンジニアというのは給料もそこそこ高いし、大卒でも事務系と技術系では技術系の方が初任給が高いですから、そういう意味では社会的ニーズがエンジニアに対しては非常に高いと。ですから、そういう意味では今は評価は上がってきているんです。そのうち、チュラロンコーン大学の法学部に行くのが一番優秀なやつだということになるかもしれないですね。今まではそういうことよりも、アメリカに行って、英語がしゃべれる、そして博士号をとって帰ってくる。これがエリートの最大の条件なわけです。かつては、日本やドイツよりも、フィリピンに留学する方が給料が高かったんです。英語圏ですから。

タイの労働力、人材について、中国との比較という視点が今ありましたけれど、ASEANの中でどのように評価されているかということですが、例えば、昔、香港などで、政治・経済のリスク研究者みたいなところが、例えば単純労働者とか職長クラスにおいて、コストとか品質とかアベイラビリティとか、そういう幾つかのスペックに従って比較したりしていましたけれど。

吉見

一言でいうと、ワーカーに関しては、ある日系の電気メーカーのテレビの専門家で、世界60カ国の自社のテレビ工場を回ったという人がいっていましたけれど、ワーカーは世界一水準だといっていました。とにかく手先は起用、目はいい、頑張ると。もういうことないと。中国はどうか知りませんよ。そのときはまだ中国はこんな大電気生産国になっていないから。とにかくものすごく優秀だと。ところが、職長のところになると弱いと。もっと上のエンジニアクラスになると、これは厳しい。だんだん上に行くほど評価が低いというのが現状です。エンジニアが一番悪いと。
 ですから、私たちが日系企業に行って「会社はどうですか」という話をして、この会社はうまいこといっているか、いっていないかというのは、ワーカーがだめだといっている会社はもう会社全体がだめだと思ったら大体当たっていますね。うまくいっていない。ワーカーはいいけれども中間層がな、というのが普通です。ですから、中間管理職も含めて、エンジニアもうちはまあまあうまくいっているという会社、これは会社全体が非常にうまくいっていると。ワーカーがだめだというところは、もう会社自体が非常に経営がまずいといって間違いないという気がします。ワーカーは非常に能力がある。

私は昔フィリピンに行ったときに、よくタイの労働者とどう違うのだといった話を企業の人に聞いたところ、ワーカーが比較的能力が高くて、職長クラスになるとみずからマネージできないというところは共通点としてあったのですが、もう1つ、日系企業の経営者にとって重要な要素としてあったのは、英語が本当に話せるかどうかという話で、それはどういったところに一番きいてくるかというと、工場の中でTQCの活動などをやったりするときに、末端まですぐ指示が行き渡るのは、英語が話せれば話せるほど速く行き渡りやすいと。実際に現地で聞いたところ、例えば、ホンダとか、ハードディスクをつくっているような富士通などに行っても、フィリピンの労働者というのはそういう意味では品質管理などにおいて扱いやすいといった話をしていましたが、英語ができないというのはかなり大きなハンディになることはないのでしょうか。

吉見

それは論文の方に書いておきましたけれど、こういうことだと思います。本当にうまくいっている会社、技術移転ということをとことんやろうと思ったら、共通語がないとだめなんです。これは英語でもいい、タイ語でもいい、日本語でもいいんです。1960年代からタイに行って、例えば、いすゞなんていうのは世界でタイが唯一ナンバーワンになっている国なんです。いすゞのトラックというのはタイで非常に評判がいいんです。いすゞさんなどは60年代から行っていて、マネージャークラスで日本語が話せる人がいっぱいいるわけです。ですから、完全に日本語の世界でやれるわけですね。技術移転も何もかも非常にうまくいっていると。それは何でもいいから共通語をつくらなければいけないと。
通常は、英語で片言やりながら、必要があれば通訳を入れるというケースが多いのですが、この段階で通常の生産レベルのものは全部やれるのですが、ちょっと難しいことをやろうということになって、微妙な話になってくると、通訳が下手くそだったらできない、お互いに英語力が弱ければできないということになってきて、難しい話になると、このレベルではだめなんです。ですから、私がフィリピンの方がタイよりもいいというのは、この通常レベルのところで、日本人も英語力は大したことないし、フィリピン人はうまいと。でも、一応英語で片言の通常の会話は全然問題なくやれますね、という次元の話だったと思います。
ところが、ここから先、フィリピンで開発をやりましょうというときには、私は同じだと思います。日本人が徹底的に英語をやるかしないと。そういう意味では、タイとフィリピンが極端に現在のレベルとしては言葉のハンディキャップをタイが負っているとは思わない。通常の話であれば、マネージャーと日本人の間は英語で、間接統治でワーカーや職長に対しては現地人のマネージャーが現地語で指示すると。そういうレベルでやれるんです。ですから、言葉の問題はそれほど大したことはない。
中小企業の場合は、最近は経営者みずからがタイ語をマスターするというケースが多いんです。私の友だちなどもタイ語がペラペラになっています。それだったら言葉はワーカーレベルまでは全く問題ない。

素朴な疑問ですが、先ほど、タイ人の高級エンジニアが非常にジョブホッピングが激しいですとか給料が非常に高いというお話を聞いていて思ったのが、タイ人の高級エンジニアというのは完全に売り手市場なのだなと。ならば、普通はプレーンに考えたときに、ハイスキルドレーバーとアンスキルドレーバーがいるときに、ハイスキルドレーバがものすごいレントを享受しているときに、それをみたアンスキルドレーバーが少し教育投資をしてハイスキルドレーバーになろうという、裁定圧力というものが働くのだろうなと思うのですが、なぜそれがタイで働かないのかしらという疑問がありまして。
多分、所得格差などのせいで十分大学に行けないのでそういう差が埋まらないのかなと思ったのですが、もし所得格差によるハイスキルドレーバーの不足というものがあるのだとしたら、タイの大学とかで高級エンジニアになろうとするアンスキルドレーバーに対して一種の奨学金制度を設けてやることが、最もストレート・フォーワードな解決策なのかなという気がしたのですが。
企業レベルで労働者を育成する人材育成センターというものが非常に重要だなと思うのですが、ハイスキルドレーバーの売り手市場という状況が改善しないそもそもの原因というのが何にあるのか。そのそもそもの原因を解消するためには何をするべきなのかなと思いました。

吉見

優秀な人たちに、「あなたはむちゃくちゃ優秀だよ。だから、重要な勉強を例えば日本企業が中心になった人材センターでやりなさい。これは会社の方針ですよ」ということで、そういう人たちを拾い上げていくということはしなければいけない。ほっておけば、「希望者があったら奨学金を与えますよ」式ではなかなか手を挙げる人は少ないです。

タイのエンジニアのクオリティの話ですけれど、私も昔、家電会社から今日おっしゃっていただいたような話を聞いたのですけれど、その後、世銀でエネルギー企業への融資をずっとやっていまして、タイの発電公社EGAT、首都圏配電会社MEA、地方電化庁EPAというところとずっとつき合っていたのですが、チュラロンコーンとかタマサートのエレクトロニック・エンジニア科とかメカニカル・エンジニア科はクオリティが非常に高くて、そういうところを出てEGATなどにいる人はレベルが高いのですよね。

吉見

EGATは高い。

本当のトップマネジメントはだめなんです。また、EGATのワーカーもだめなんですけれど、エンジニアは非常にクオリティは高いんです。なぜ高いとわかるかというと、システムマネジメントの結果、例えばシステムロスがどのくらいかとか停電平均時間がどのくらいかとか、そういうインディケーターで調べても、ほかのASEANの国に比べてEGATはむちゃくちゃに成績がいいんです。恐らく中国のプロビンシャル・エレクトリック・カンパニーと比べても、EGATの方がいいんです。
なぜそれが製造業の日系企業の方に行かないのかなといつも思っているのですが、考えてみると、やはり母数が少なくて、供給源が限られているので、その下の部分で日系企業が取り合いになっている、あるいはまだ十分技術移転が進んでいないと。進んでいない原因は今おっしゃったような文化的背景とか、タイ人の民族性とかがあるのかもしれませんけれど。それから、ジョブホッピングもないんです。タイ人はEGATに勤めている人は非常にエリート意識が強くて。ですから、立派な企業になって、恐らく日本の9電力とそれほど遜色のない程度までロスも少ない、クオリティの高いサービス産業になっているんですね。
けれど、1ついえることは、タイが内需型産業から本当に輸出型産業に脱皮するという場合、AFTAをにらんで域内全体に売っていく、あるいは北米に売っていくというように変換し始めた、インポート・サブスティテューションではなく、エクスポーティング・インダストリーにしようとしてから、そんなに時間はたっていないはずなんです。ナショナルの電気がまの工場へ行ったら、日本の電気がまとえらい違って、横に絵がかいてあるんですね。昔は日本の電気がまにも花の絵とかがかいてあったらしいんですけれど、今はほとんど真っ白ですね。タイは、お寺の絵とか仏画みたいなものがかいてあったりして、結構それがいい。でも、それはマレーシアでは絶対売れないはずですよね。インドネシアでも売れない。それは宗教が違うのですから。
ところが、AFTAになったらそんなことはいっていられないから、恐らく真っ白になるのだろうと思います。ナショナルのタイ工場は恐らくマレーシアにもインドネシアにもフィリピンにも売るだろうと。そうしたときに、ASEAN全体の中でどこか1カ所を選ぶとしたら、タイを選ぶとそのときはいっていましたね。ですから、ASEANの中では明らかにタイは非常にいいポジションにいろいろな意味であったと。適当に広いマーケットもあるし、インカム・パー・キャピタルもそれなりに高い。
そういう意味で、労賃が高過ぎてどうにもならないシンガポールやマレーシアとも違うし、どうしようもなくロークオリティでインフラもだめなベトナムその他とも違うという意味において、タイはASEANの中のむしろ一人勝ちをしかかっていたし、97年より前は50万台の乗用車が売れるのだとかいってトヨタとかがやっていたわけですよね。それがガクンとはきたけれど、やっぱり自動車の投資はこれからまたASEANの中ではタイに向かう可能性が強い。ですから、中国との関係では悲観論、慎重論が強いのですが、分をわきまえて、ある程度のところまではいくという意味においては、ASEANの中ではまだ一番いいんじゃないか。
しかも、そういうシナリオを前提にしたときの日本の企業の技術移転にかける熱意というのは、もうちょっと強まってもいいかなと。そんなことにエネルギーを使うのかという話もありましたけれど、職長に対する訓練の度合いとか、マネージャーへの取り立てとか、そういうことに日本の企業はまだエネルギーを十分使っていないと。全部教えてあげないとどうせできないだろうとか、そういう感じで扱っていて、ある意味ではタイ人を本当の意味で引き立ててやるというふうにはやっていないので、彼らもやる気が起きないとか。そういう感じがあるように思うので、タイはAFTAの統合の中でもう一皮むけないかなと楽観論で思っているのですが、違いますか。

吉見

今、政策的にそれこそ説得と誘導でやらないと、自然発生的に今おっしゃったような方向に日本の企業なりタイの企業やタイの政府が行くのだろうとは、私は今思っていないんです。日本の企業の中には、こういう言い方をする人がいます。やっぱりこの国は我々が一番仕事がしやすいと。先進国のバンコク、中進国はコラートというバンコクから車で4時間ぐらいのところですが、後進国の東北地方、これが全部あって、そこがいい道路で結ばれて、後進国から先進国のバンコクまで6時間で来れると。そうすると、どんな商品だってつくれるし、労働集約でとことんやりたかったら後進国へ行けばいい。優秀なエンジニアが必要だったら、部品がいっぱい要るのだったら先進国のバンコクでやればいいと。インドネシアだったら、先進国のジャカルタから中進国へ行こうと思ったらジャングルの上を飛行機で飛んでいかなければいけないと。そういう意味ではタイが製造拠点としては東南アジアでは抜群の条件を抱えていると。
 日系企業は、今おっしゃったように、タイの次はやっぱりタイだといっていたんです。「ここでつくって、その次にどこへ行くの?」という言い方をしたら、「それはタイの次はタイだ。もう1つ地方に拠点をつくるのだ」という言い方をしていたんです。ところが、それだけタイを評価し、強気であったメーカーが、主に電気・電子の白物と部品の人たちが、富士通のハードディスクなどは中国にそういう工場は全然ないからいいんですけれど、あれはフィリピンとタイでやっていますね。中国がつくり出しているものに関しては、去年あたりから非常に状況認識が変わってきた。
ですから、私はこの論文を書いたときは、これは99年の調査ですから、そんな話はほとんど聞いていないので、中国のことなんて何も書いていませんよ。人材の問題とか部品の問題とか、タイでの問題点はこうだという話だけですよ。ところが、去年あたりから、やっぱり中国の珠江デルタであるとか、あるいは上海の方面であるとか、あの辺に日系、台湾系がわんさか行って、部品もむちゃくちゃな勢いで集積していると。タイで部品調達するよりも、珠江デルタでやる方がよっぽどいいという状況になってきた。しかも、先ほどおっしゃったように、品質もかなり上がってきていると。
そうすると、それこそ北米市場で電子レンジが3割安で、まだ品質的にこっちの方がいいというようにアメリカ人が思っているから、タイ製の電子レンジをみんな買っているけれど、これはいつどうなるかわからないと。もう値段は3割向こうが安いと。それをバラして、なぜ3割安くなるかというのを一生懸命研究しているというのが現在なんです。
ですから、確かにタイは生産拠点としては非常に恵まれた場所だと思います。今、最低賃金で日給 450円ぐらいでしょう。そして、日本と違って若い女の子を何千人と雇っていますから、 450円の世界で日本のように40幾つの女の人を常勤で抱えているわけではないですから、最低賃金のランクでやれると。そうすると、日給 450円。8時間むちゃくちゃみっちり働いて、4時間残業といったらみんな喜んで手を挙げると。もうあと4時間残業したいと。残業手当ては普通の賃金より高いですからね。それだけ労働力で恵まれていると。
その日系が、今申し上げたように、北米市場で中国にいつやられるかわからない。ですから、この1年でガラッと変わった。自動車はまだそんなことは全然いっていません。ただ、バイクはいっている。もうコピーがベトナムまでどんどん入ってきている。私も東南アジア対中国の問題というのを考え出したのは、わずかこの半年、1年の話です。

逆に、業種によって違いがあって、自動車などはまだ中国などに比べて比較優位にある理由というのは、例えば、タイで日系の自動車企業があれだけ集積して一種の産業クラスターみたいなものをつくっていって、中国はまだそういう条件にないということでしょうか。

吉見

部品産業の集積が全然違うということと、自動車産業の場合は人を徹底的に養成しているんです。電気と違って、自動車の場合はワーカーといえども、工業高校卒ぐらいのワーカーでないと、自動車産業の生産ラインでうまくやれないらしいんです。入れている設備の値段も全然違うし、労働能力・質の問題だって、自動車産業の労働者の質というのは、エンジニアの質も含めて、電気よりワンランク高いんです。そこまでのことをタイの日系はもうみんなやっていると。これだけの人を育てるのは、中国でもやはり10年はかかると。だから、10年間はこっちの方が先に行くというのがタイの自動車メーカーの見解です。部品ももちろんいっぱいあると。
でも、私はそれは甘いんじゃないですかといっているのは、確かに生産技術面ではそうかもわからないけれど、タイは今年やっと回復して50万台です。そのうち30万台を国内販売して、20万台が輸出なんです。かつては輸出はほとんど0ですから、20万台輸出というのも立派なものだなと思いますけれど、それにしても30万台は国内で売らなければいけない。そうすると、繊維や電気などの他産業がみんな中国系企業に国際マーケットで完全に敗北したということになったら、自動車産業はタイ国内で30万台売れるんですかというのが、私が今いっていることなんです。ですから、トータルとして、東南アジアの日系製造業の実力対中国の製造業の実力というように物を考えておかないと、中国とは対抗できませんよと。それだったら、中国にみんな行ってもいいんじゃないですかと。そういう意見は1つの考え方としてありうると思いますよ。
でも、せっかくあれだけの投資をして人を育てて今まで頑張ってきた東南アジアの生産拠点を、主力はみんな中国へ移して、ローカルの小さい小さい工場にしてしまうというのは、私は非常に惜しいと思うし、何とかここでひとつテコ入れと、私個人はそう思っています。

今、日本対中国の戦いなのでしょうか。つまり、中国というのは、もちろん日系も入っていますけれど、台湾・香港と中国本土の技術と資金とですよね。

吉見

将来は、完全に日本対中国が経済的な最大のライバルになると思います。今は東南アジア対中国の対決ということだと思いますけれど。中国は東南アジアよりもはるかに大きなマーケット、技術者、これをどんどん育てられるだけの力がありますよね。そういう意味では、日本経済がガタガタになるとすれば、中国との競争で日本の主力製品が、例えば自動車が国際マーケットで負けたと。アメリカのマーケットで中国の自動車の方が日本の車より売れるようになったときに、日本経済は本当につぶれるのだろうと思いますね。
アメリカやヨーロッパは例えば金融や情報やナノテクなどで頑張っても、それはまだ日本が製造業であれば頑張り返せばいいだけの話ですよ。金融や情報は無理です。これはこっちは後からついていくしかないですけれど、製造業の最先端分野でアメリカに負けたと、それは頑張ればいいと。同じ賃金でやっているのですから、同じような社会体制なのですから、日本が頑張っていけばいいだけの話で。頑張れなければ負けるだけのことで。
ところが、中国の場合は、日本よりはるかに安い賃金で、日本よりはるかに大きな国内マーケットをもっていて、優秀なエンジニアがどんどん出てくると。しかも、一番重要な分野に集中的にそういうエンジニアが投入されると。そういうことになってきたら、今から15年先あたりでは日本も危ないんじゃないかなと私個人は思っています。そのときは、日本対中国の製造業のぶつかり合いということでしょうね。

ただ、中国も日本並みにいい車をつくれるときになれば、中国の賃金は今の水準のままのはずはないですね。

吉見

上げるでしょうね。

絶対あり得ないことはないけれど、自動車に関しては15年と考えるとまだ無理ですよね。今はむしろWTOが入って一番大変なのは何かというと、農業と自動車ですよといわれるくらいですね。まさに競争力がないと。

吉見

ないでしょうね。そのためには、外資をいかにうまく導入して活用するかということを、それは中国政府としても当然考えるだろうし、優遇措置をどんどんつけて育てるでしょう。

もう1つ、中国とASEANと対比させるときに、中国のマーケットが大きいとみんなよくいいますが、もう一方では、APECの2020年もあるし、WTOのいろいろな交渉もあるので、国内市場が大きいということが、競争力を議論するときになぜこんなに強調されなければならないのかなというところがちょっと不思議なんです。中国の強みは大きな国内市場をもっていることだと。関税がどんどん下がっていけば、中国のマーケットも外国企業がどんどん入っていいし、中国の製品もどんどん外に流れていくので、国内市場がそんなに大事なのかなと。それはみんな国内マーケットを守っているときに、幼稚産業を育成するためにはある程度必要かもしれませんけれど、だんだん薄くなってくるのではないかなと。

吉見

国内マーケットというのは経済発展のための1つの手段なのであって、本当はもしWTOで自由貿易でとことんやれるというなら、技術と低賃金をいかにミックスするかなんですね。例えば、タイでいえば、タイで本当に強い企業をつくろうと思ったら、タイの低賃金に日本の一番いい技術をもっていくことなんです。これをやってしまうと一番強い企業ができるんです。要するに、技術力があるかないか、それと低賃金があるかないか、これは製造業にとっては一番大きな生命線ですよ。中国はそれがあるから、日本にとっての最大のライバルになると思います。日本はもうこの賃金ですから、この国の中ではもう普通の物はつくれないですよ。じゃあ、どこでつくるんですかということですね。

技術協力のあり方について、通産省初めいろいろなことをやっているわけですが、それが必ずしも十分でないのかなということで最初伺っていたのですが、既存のスキームのどこが問題と思われますか。

吉見

吉見  何でもそうですけれど、状況変化に応じた見直しというのを、政策なり1つつくってしまったシステムなりはやらなければいけないと思います。どの仕事を今見直さなければいけないかというのはもちろん役所の皆さんのご判断だと思いますけれど、すべての面で状況の変化に関してシステムを見直すと。例えば、JETROというのは、輸出振興・市場調査というときにものすごく立派な仕事をしたと。では、現在の状況の中でJETROの仕事は何かなと。JODCも、タイの企業やマレーの企業がポツポツと育ってくるときに、日本のエンジニアさんが行って手取り足取り教えたと。それはそれでいい仕事をしたのだろうなと思います。
1例を挙げると、今、タイの企業が中国の企業と国際マーケットで争って、負けるかもしれない。そのときに、JODCは今までと同じやり方で、例えば日本の中小企業の定年退職者の人をタイの企業に出して、彼がやってきた長い経験の生産技術を教えるということでJODCはいいのですかと。中国に対抗するためには、全然違う製品をつくらなければいけない。そのためにどういう人を出したらいいかということを見直した方がいいのではないかとか。そういうように、政策というのは状況の変化の中で最低限していく必要があるだろうということだけは、私は東南アジアに長いこといて思うようになりました。
ですから、通産省がやってきた経済協力の諸政策も、そういうように再検討してもらうということは必要だろうという気がします。

今まで個別企業にやってきたというのは、JODCのスキームは基本的に企業が負担をしますので、そうすると、まず企業にとってお金を出す側がそれだけの技術移転を受けられるとか、メリットがあると思うからこそ、お金を出してタイ人なりを教育する、あるいは日本から専門家を受け入れてタイ人に技術を移転するということはありました。そうすると、すぐにメリットがみえないような分野に対してはお金を払ってまで日本人を呼ぼうとか、お金を払ってまでタイ人を教育しようとかという気持ちにはなかなかなれなかった。そうすると、どうしても目先の生産技術の移転というところになりがちだったのかもしれないということはあります。
JODCの制度も見直しをいろいろとやっているところはありまして、アジア危機の後には、必ずしも企業が負担をしなくても、より公共的な基礎的なことなどを教えられるような形で専門家を送る、あるいは研修生が自己負担をしなくても研修を受けることがきるというようなスキームをつくりました。そして、実際にタイの中小企業につきましては、1999年に、水谷提言といって、包括的なタイにおける中小企業振興策--これは必ずしも日系とはかかわりのないローカルの企業を育てるということを多く考えていたのですが、そのための包括的な政策提言を出しまして、これはかなりタイ政府も頑張って、例えば、中小企業向けの信用保証制度を自分たちのお金を使ってつくるとか、あるいは、中小企業診断士のような人を自分たちで一生懸命育成しようとするとか、そういうことに取り組んでいます。
ただ、人材育成というのはなかなかすぐ結果が出ないことでして、始まってまだ2年ぐらいなので、これからこちらで結果が出てくればと思っていますが、JODCのスキームで今新しく始めていることを紹介させていただきますと、業界ごとに、例えば自動車産業をタイで育成しようと、それは必ずしも日系の部品メーカーでもないのですが、タイのローカルの部品メーカーなどを育てるということで、日本から専門家がチームで行きまして、向こうの工業会のような中立的組織に入って、そして、企業を回って指導をするということをやっております。その中で、今まで日系企業とは余りつき合いのなかったような新しいいい企業を発掘しようとか、あるいは、自分では専門家を呼ぶほど困っていないと思っていた企業が、日本人の目からみると、「もう少しこの辺を改善するとよかったのだ」といった指導を受けるということをやっています。
これは自動車産業は非常に熱心でうまくいき始めているのですが、電気・電子産業で似たようなことを当初考えていたのですけれど、こっちがなかなかうまくいかないと。これは必ずしも中国に負けているからだけというのではなくて、電気・電子産業にはASEANワイドでそういうことをやろうという意識が余りないようなのです。ここは私も先ほど先生のお話を伺いながら悩んでいたのですが、業種によって、ASEANの中でも、タイであれば自動車であり、電気・電子だったらもしかしたらマレーシアなのかもしれませんが、そういう国と業種とが異なる場合、この国ではこういうものをつくろうという選択を日本の企業はする場合があるのかもしれませんし、逆に、そもそも業界によっては余り関心がないのかもしれないということを思ったりしておりました。

吉見

電気・電子は、一朝一夕にはなかなかいかないのですが、当面、大問題になっている業種・業界なので、日本政府サイドとしてもいろいろご支援いただけたらなと、私は別に電気・電子産業の回し者ではないですけれど、お願いします。

中国は脅威かというのが、私と吉見さんと基本的にそこだけ違うのですけれど、脅威とか何とかというのは主観論ですから。

吉見

私は、中国は危ないといっているわけではないんです。

一般的に、最近、中国が脅威かどうかという議論が出ているのでいっておくのですが、脅威かどうかというのはあくまでも個人の主観であって、相対的な経済関係というのはそのときの市場競争力などで決まってくるので、問題は、日本の中で雇用がどこまでちゃんと維持できるのかと。国民経済が存在する限りは。これがなくなってしまって、日本というこの領土の中で職がないというのでどんどん出ていくということになればまた別ですけれど、民族というのは一応この領土に張りつくと考えたときには、国際的には流動性のないところには人間の移動だと。そこだけどうしても残るので、そこをどうやって雇用を確保するかというのはあるわけですが、それがちゃんとできれば、むしろ新しい形の水平分業というものがアジアでも起きてくるのではないかと思っているわけです。私はこの前、中国のセミナーに出たのですが、若い中国人がいっぱいいて、「日本人の若いのはたるんでるぞ」ということで。

吉見

それはそうですよ。

そこにむしろ問題があって。要は、新しい水平分業を安心してつくるためには、日本も頑張らなければいけないということを私はいいたいんです。

吉見

私もそう思っています。

さっきから混乱しているんですけれど、個別国としてタイがどうやったら頑張れるかという話だけしているように思えるのですが、それでいいのかと。確かにタイを研究していてタイの人をよく知っていたら、頑張ってほしいのはわかるけれど、日本政府として、あるいは日本人として考えるときに……。

日本にとっては、恐らく中国だけに集中しないための保険だと思うのです。

状況が変わって中国がよくなったら、中国で自動車をつくればいいだけじゃないですか。

それはつくればいいんです。でも、それがまたどうなるかわからない。ある種の保険ですよね。それと、恐らくこの地域全体が経済水準が上がるということは、回り回って日本経済の相互依存を考えると、日本経済も本当はよくなる。近隣が窮乏のままで本当にいいのかと。これは経済的にみたときにもマーケットは広がるし。そういうことが本来あってしかるべき発想なのだと私は思うのですが。

自動車などはある程度集積があるし、参加コストがありますから、タイにつくった日系の集積を、もし中国に負けたら惜しいというのは何となくわかるのですが、電子産業などはほとんどコストは要らないですね。どこへ行ってもいいのだったら、別にタイでやらなくても、中国でもベトナムでもいいし。

ああいう産業というのは、世界のどこが一番かというのは、あまり関係ないですよね。どこでもつくれるんですよ。

ですから、なぜタイの電子産業なのか。何か理由があればいいんですけれど、じゃあ、なぜベトナムでなくて、なぜフィリピンでもないのか。

吉見

ベトナムも大事だと思いますね(笑声)。

その理由があればいいんですけれど、ただ一旦進出してしまった自分の愛する国だからとかというのでは……。途上国が上がってきても、日本とか中国とは関係ないマージンなところで頑張っているのだったら、頑張ってくださいといえるけれど、今ぐらいになってくると、中国で日本が電子部品をつくろうとして、同時にタイでも政府が日系に頑張れといって、それは超過供給になりますし、競争になって、それで切磋琢磨すればいいというのも1つの考え方ですけれど、全体をみてどちらかに特化したっていいんじゃないかと、そういう発想もあると思います。

吉見

個別企業の判断としては、例えば、今は中国の方で電子レンジをつくるということに関して有利であれば、みんな行くと思いますよ。これは我々は資本主義の原理に忠実ですから、もうかるところに行くわけですね。でも、それで例えばみんな行ってしまったときに、極端なことをいえば、インドネシアには製造業はもう何もありませんと。インドネシアは石油とパーム油だけですと。そういうのはやはりアジア全体のバランスを考えた場合に具合が悪いんじゃないかなと私は思うのですが。ベトナムも、あれだけ優秀な民族ですから、中進国の仲間入りをするだけの力はあると思いますので、ベトナムもどんどん発展してくれたらいいと。
そういうふうにみんなが発展する中でのアジアの水平分業というのが、日本国にとって一番望ましいと。ところが、企業単位では、短期的に考えて、例えばみんな中国へ行ってしまうという可能性が高いですよね。これはちょっとまずいだろうと。政府にはやはり中長期的なアジア全体の絵を描くように。それは全然不可能な話だったらそんなことをいっても仕方ないですけれど、応用開発のエンジニアを育てたら、タイでは中国と違うものはつくれるようになると。それでタイ経済はきっちり御飯を食べられますねと。そういうことであれば、応用開発型のエンジニアを育てられるようなシステムを日系企業や日本政府が一緒になってつくったらいいんじゃないですかと。インドネシアでこういうことをやったらインドネシアはうまくいくんじゃないかなということがあれば、それは日本政府が企業と手を組んでやってあげたらいいんじゃないかと思うわけです。

議論は尽きないと思いますが、予定の時間も大分過ぎましたので、これで終わりにしたいと思います。どうもありがとうございました。
それから、きょうは、大野先生に2枚のペーパーを用意していただいていますので。中身は我々は何回もお伺いしていますので、もしこの場でどうしてもコメントがある方がいらっしゃったら、お伺いしたいと思います。

大野

このペーパーは、外務省の第2次ODA改革懇談会に呼ばれたので、今ずっと言っていることを話そうと用意したものです。ここに書いたとおりで、私は何度も同じことをたくさんつくりましたけれど、結局、ODAについては、2つの原理でやったらいいのではないかと。
1つは、タイというのはどのように日本の生産ネットワークの中で位置づければいいのか、中国とどうするのがいいのか、それを考えて実施するときの1つの道具として、ほかに通商政策とか留学生の交流とか中小企業支援とかいろいろあると思いますが、ODAで使えるところはODAを使うと。それがさっきいったように、アジアが上がる、中国が上がることによって日本も活性化するようなアジアのリージョナルなシステムをつくっていかなければ、一方が上がって一方が倒れるというのではだめなので。そういう発想のところと、もう一つは、グローバルな課題の貧困、環境、紛争、テロ対策、そういうところにもODAは当然使えますから、それを使おうと。
よく考えてみると、実際にもう日本はそういうふうにやってきたと思うのですが、ただ、自信をもってやってきたというわけにはいかなくて、お金を出すときでも、世銀と闘いながら、あるいは、早く出さないと怒られるんじゃないかとか、アフリカの救済でも、かなり不本意ながら、納得してやったわけではないとか、そういうことがあって、我々がやっていくことに筋を立てるためには、この2本柱を立てて、なぜ我々はこういうふうにするのかということをはっきり打ち出せばいいと思うのです。
そして、都合が悪ければこっちの方に重視して移すとか、そういうことをすれば、押し切られたという感じではなくて、自分たちで決めたということで、精神的にも非常に安定するのではないかと。

具体的な分類学といいますか、環境とかというのが第2分類だと言うことでしょうか……。

大野

いえ、オーバーラップすると思います。中国の環境というのは、グローバルな問題かアジアの問題かというのは、それは両方ですから、例えば、アジアの金融危機を起こさないようなシステムをつくるというのはどちらかといわれたら、両方だと思います。それは両方に資するから、同じ方にベクトルは向かっているからいいのだと。ですから、どちらかに完全に分けることはできないでしょうね。けれど、きょうのような話というのは明らかに第1原理であって、貧困とかCDFとかという話とは全然違う話ですよね。でも、それでいいのであって、別にそういうのはおかしいことではなくて、世銀がしないからおかしいとか、産業的なことだからおかしいとか、そんなことは全然ないので。
中国の環境問題を解決するというのはどちらに当たるかというと、それは両方に当たるので、だから日本は2倍頑張ってやるのだと。それでいいじゃないですか。

相手国別に分けてはいけないのですか。

大野

アジアと私がいうときは、日本、NIES、中国、ASEAN、特に日本とASEANとかという関係の強い弱いはあるけれど、そこにアジアに実際の生産の工場になっているところがあるわけですね。それに参加している、あるいは参加しようとしている国を私はアジアと呼ぶので。

プログラムを最初からそういう国とそうでない国で分けてはいけないのですか。

大野

そのつもりでした。ただ、例えば、アフリカにおいても世界の工場に組み込まれたい国という希望をもっている国でIMF型ではなくて日本から学びたいという国がいっぱいあるなら、その国がアジアの原理の方に関心をもってくれたということで、それはやってもいいんじゃないですか。
例えば、ミャンマーなどになると、実際にアジアのネットワークに入るか入らないかという現実的な話でしょう。ガーナがやりたいとかいったら、それはアジアに組み込まれるというよりも、日本的な発想で、アジアダイナミズムの発想で国づくりをしたいと。そういうものが提供されてもいいんじゃないでしょうか。

でも、インドが入って、次はメキシコも入りたいとか、ペルーもとか、ボリビアもとかやっていると、APECのようになってしまうので(笑声)。

大野

でも、APECではなくて、考え方ですから。一緒に自由貿易協定をやるという話ではなくて。

自由貿易協定をやるという話をした方がいいんじゃないかというのが私の議論なんです。そういう何か形をつくらないと、ODAの活動のフレームワークからはがせないんじゃないかと思うのですが。

大野

じゃあ、日本式にやると、日本と自由貿易協定が結べるということですか。

ええ。15年後にね。2020年にやろうよというとか。例えばですよ。でも、何かそこで線を引かないと、ODAのところから、アジアダイナミズムと呼んでもいいですけれど、その部分をはがしてこれないんじゃないかなと。ヴィジブルな形にはがせない。今はODAのプログラムが全部入っているわけですね。それで東アジアの国に対しても環境が大事だとか貧困が問題だとかといっているわけでしょう。そうではない東アジアの国はこれから2020年には我々と自由貿易協定をやるのだと。その先は、2030年にはカレンシーユニオンもやるのだから、もう我々はヨーロッパになるのだと。そして、その国はもうODAとは呼ばないで、我々は2040年にEUを目指すのだと。そういってはがしていく。そうしないと、はがれないんじゃないでしょうか。

大野

そんなのについてくる国はいっぱいいるでしょうか。30年先に通貨を一緒にするからって。

そんなのはすぐにはもちろんできないけれど、東アジア全体をどのようにしたいかという話がないと……。

大野

システムの長期的構想みたいなことですか。

自由貿易協定だけやるというよりは、いいんじゃないですか。協力もセットですよと。でも、すぐじゃないよと。

私も昔そういう2元論を考えたことがあったのですが、机上の空論ではあるのですけれど、アジアの中である一定の経済レベルに達したところだけでまず自由貿易協定を結ぼうと。それに達していないところは、点数をつけて、「あなたはまだだめ」と。それに達するまで、この地域である種の基金をつくって、そこに流し込むと。これは日本だけではないですよ。ある一定のレベルの人は自由貿易協定に入って、それに入った国がそういうまだそこに達していない地域に対して資金的な手当てをする、あるいは技術協力をすると。それで宿題がこなせれば、あなたは次に自由貿易協定に入れますと。そういうことを考えたことがあるのですが、一番の問題は政治的な国境の壁ですね。
それよりも、実際は自由貿易協定の方が、ODAと離れて先にできてしまうという気がしますね。ミャンマーなどは入れるかどうかは別にしまして。

余りODAとかにこだわらないで、EUがだんだんできていく過程で、例えば石炭鉄鋼共同体のような。

自由貿易協定をつくった地域の中で比較的劣位にある産業群、農業を含めてもいいと思いますけれど、それに対して域内で補助金を出し合うということはあると思います。その場合にはそれはもうODAとはいわないと思いますけれど。そういう格好ならあり得ると思います。

大野

じゃあ、アジア向けのODAはもうODAではなくて、名前を変えて、何とか支援基金とか、アジア開発基金とか。

そういうのは机上の空論といわれるだろうけれど、何かそのくらい思い切ったことをしないと、上がらないんじゃないでしょうか。

それは1つの提言としてはおもしろいと思いますよ。そのときはもうODAといわなくていいと思います。

実際にEUがやっていることはそういうことだと思います。

実際はね。EUの中の後進地域にブリュッセルからお金を流している。

それもあるし、パートナーシップとかという形で地中海側にやっているのはそういうことですね。あそこのやっていることはODAだけじゃないですね。

違いますね。一定の水準のレベルに達していますので、ODAでは流せませんから。

東アジアもそうだと思うのです。マレーシアとかタイにどうやったらお金を流せるかと。

それは例えば金融制度も含めて、もうちょっと広い枠組みで考えてみないといけないかもしれない。

大野

私は通貨統合とかそこまでは考えていません。

そこでこの話をされると混乱すると思うので、これはこれでよろしいんじゃないでしょうか。

大野

それは保留にしていただけますか。

もちろん。ですから、第1原理のところは、経済協力と併用と書いてあるので、ODAでなくてもいいので。

大野

そうなんですけれど、ODAの話をするところだから(笑声)……。ですから、ODAで使えるところはやればいいけれど、それは人材でもいいし、OOFとか、コマーシャルベースで企業が少しその枠組みをつくってあげればできるようなことだったら、企業ベースでやっていただければいいし。

OOFかどうかというのはむしろこちらで議論をして、もう少しこちらでこなしてからでないと、混乱してしまう。ですから、ここでもう少しその辺を整理していただいて。

今の吉見先生の話とも関連しますけれど、政治的な関係をよくするとかというODAの目的の部分はちょっと置いておいて、日本は経済中心の国なので、アジア全体とか日本の生産ネットワークを地域全体で考えていくというときに、ここに「地域大の視野で将来の新産業・生産分業を展望し」と書いてありますが、よくいわれる議論は、中国に対して、例えばタオル産業はもとよりですけれど、繊維全般とか、場合によっは電気・電子産業ももうライバルなのだから、そんなところに塩を贈るような援助をするんじゃないといった議論というのは、多いわけですね。
では、我々がその生産分業を考えたときに、中国はこの産業とこの産業はまだまだおくれているから援助しましょう、この産業はもう十分進んだからもう普通の大人として扱いましょうとか、そういうことを中国はこう、タイはまだここは助けなければいけないとか、そういうことを産業別に、ODAですからどうしても政府が中心になってやるわけですが、どれぐらい見分けがついて、この産業は対象ではないという、そういうことがどこまでできるか。
民間活動の役割と、それをやや後押しするようなODAの公的な役割分担--どこまでが役所なり政府でやるべきなのか。あるいは、ある部分は民間ベースで中身はある程度自由にやらせて、政府は余り口を出さずにやった方がいい部分もあるとか。そういう感じが私はしているのですが。

大野

政府の役割というのは非常に難しいのですが、ここに書いていますように、政策を決めるのだったら霞が関で決めるのであって、私はベトナムしか回っていないし、きょうはタイのお話を伺いましたけれど、アジア全体、日本のメーカーの話も全部ボトムアップで、電子産業で一体どうなっているかということを把握した上で、ただ、民間だけに任せると超過投資したり、ブームバス等のサイクルが大きくなったり、あるいは何かボトルネックがあってどこかに負けてしまうといったことが往々にしてありますので、そこがわかるまでボトムアップで情報を集めるという情報機能、それは政府だと思いますので、それは民間企業ではできない。特にアジア大の議論になると、あちこち走り回って、中国ともASEANともそういう情報を交換し合いながらやらなければいけないということで、大変な作業になると思いますので。
ただ、そういう作業をしないで全く自由にするとどうなるかというと、必ずしも私は最善のことにはならないのではないかと思います。ですから、政府の役割ですね。その話は開発経済学でずっとやっていますけれど、一体何を政府がやらなければいけないのか。産業部門については、国際統合とか、自由に投資を各国でやらせると、何か問題が起こるということがある。電気・電子のブームバスは、今回は需要が落ち込みましたけれど、そうではなくて、需要が一定でもつくり過ぎるということは往々にしてあることで、それはゼロにはできないけれど、例えば、明らかに全く情報のない投資をやっているという国もありますから。ですから、その辺は新しい時代のリージョナルな政府の役割というのはあると思います。この政府といった場合は、当然、日本だけではなくて、ASEANと中国と一緒にやりますから、今までやっていたように非常に複雑なことになると思うのですけれど。

FTAとか通貨統合とか、そういうのが好きな人もいるし、好きでない人もいると思うけれど、いずれにしても、そんなに短期的にできるものではないですよね。ですから、そういうふうにいってもいわなくてもいいと思いますけれど、でも、相手国の方は、ASEAN10があって、中国と韓国があって、ASEANプラス3というのは日本にとってそれなりに意味をもつ地域で、それに対してのプログラムは別にしましょうよというのは、そんなに突飛な議論ではないのではないかと。それは目的も明らかに違うわけですね。日本企業のプレゼンスがすごく大きいわけですし、貿易量も大きいし、今までも我々はものすごくODAに投資しているわけですし。

大野

もう現在点はASEANプラス3も全部入ってしまっていて。

だから、ASEANプラス3プログラムだけほかのところと分けてしまう。そして、目的も違うということでやってしまうぐらいの方がいいんじゃないかなと思ったりするのですが。

大野

そこに例えばモーリタニアが入りたいといった場合には……。

ASEANに入ったら入れてあげると。

大野

そういうときに、例えばラテンアメリカでも、そういう政策をうちの国はとりたいという国がもしあれば、それは政策支援していいと思うのです。

それは、例えば、枠組みとして自由貿易連合をつくるともう先に決めてしまうんですよ。そして、その場合にはODAではなくて。ODAというとまた世界的に混乱しますから。

大野

じゃあ、何か名前を変えて、それは別枠でやって。

別枠で、かつ、それはこの地位で国際機関をつくるんです。そこに流し込んで、金の使い方はそこのみんなで検討するというぐらいの鷹揚さでやらないとだめだと思います。もし本気でやるなら。

東アジアはどうせ10年や15年でそんなFTAなんかできないと思うので、そうこうしている間に日本の相対的な比重も下がってくる。

大野

ある程度お金をプールして、日本が最初は8割ぐらい出して。

むしろ日本が今そういう国にもっている日系企業のブランドとかいろいろな経済的なメリットを外でも生かすような形の発展をしてもらうというのは、日本にとってもメリットになるでしょうし。

大野

中国とかASEANとかの政府レべルでも学者レベルでも、とことん話したらいいんですよ。

FTAだけ話したり、通貨統合とかといっても、それは短期的にはなかなか乗ってこないですよね。

大野

第1原理の中身を私はまだよく考えていないんです。私のイメージは一応ありますけれど、違うイメージもあるようですし、むしろそれこそ議論していきたいと思います。

短期的には、日本とシンガポールが今どうなっているのか最近話を聞いていませんけれど、仮に日本とシンガポールのFTAができると、インドネシアとかマレーシアとかタイとか、日本としても何かやっておかないといけないと思うのです。やはりASEANを1つのグループにして日本は考えていますよというポーズをきちんととることが必要だと思うし。そうしないと、ASEANそのものがばらばらになる可能性もあるので。それは日本の国益にすごくかかわってくると思いますので。経済協力はそこはもう特別よといってあげるというのは、結構いいアイデアじゃないかと思います。

大野

その辺もまだよくわからない。ASEANがばらばらになっても、もう共産主義もないのだから、何のためにASEANがあるのかといったら……。

議論は尽きないと思いますけれど、時間がオーバーしていますので、きょうはここで打ち切らせていただきたいと思います。このテーマにつきましては、引き続き議論をしたいと思います。本日はどうもありがとうございました。

--了--