Special Report

世界の食料安全保障への日本の貢献

山下 一仁
上席研究員(特任)

はじめに

ロシアのウクライナ侵攻を大きな原因として穀物価格が高騰し、中東やアフリカなどの途上国が食料危機に苦しんでいる。こうした中で、2023年日本が主催するG7サミットで食料安全保障が大きな議題となる。本稿では、日本が世界の食料安全保障に貢献する道を提案したい。

穀物のうち、生産量・消費量が多いのは、米、小麦、トウモロコシであり、これらは三大穀物といわれる。穀物と大豆は人にとって主要なカロリー源である上、家畜のエサとなって間接的に牛乳や食肉などの畜産物を供給する重要な農産物である。本稿では、“油糧種子”に分類される大豆を含めて「穀物」と呼ぶ。

1.物理的なアクセスが困難となる食料危機

食料危機には2つの場合がある。

1つの食料危機は、物理的に食料にアクセスできない場合である。ロシアに包囲され陥落したマウリポリでは、ウクライナ政府や赤十字からの食料が市民に届かなくて、飢餓が生じた。東日本大震災でも地震発生後しばらくは食料が被災地に届かなかった。途上国では、エチオピア北部の内戦のように紛争が発生して、食料を入手できなくなる事態がしばしば生じる。

米国、オーストラリア、EUなど、輸出国で政情が安定している国では、東日本大震災のように災害などで局所的に輸送網が寸断される場合を除き、このような危機は起きない。これに対して、先進国でも食料の過半を輸入に依存している日本のような国では、台湾有事などでシーレーンが破壊され、輸入が途絶すると、国全体に大変な食料危機が起きる。

日本周辺で軍事的な紛争が起こり、日本自体がこれに巻き込まれる場合には、輸入は完全に途絶する。これに至らない部分的な途絶や途絶する期間の長短などさまざまな状況があるだろうが、近くで軍事的な紛争が起きれば、船会社が日本の港への輸送を拒否するなど、シーレーンに影響が生じる。

シーレーンに大きな影響が生じると、小麦も牛肉もチーズも輸入できない。輸入飼料穀物に依存する日本の畜産はほぼ壊滅する。生き延びるために、最低限のカロリーを摂取できる食生活、つまり米とイモ主体の終戦直後の食生活に戻るしかない。

当時の米の1人1日あたりの配給は2合3勺(345グラム、茶わん5杯分)だった。今は1日にこれだけの米を食べる人はいない。しかし、肉、牛乳、卵などの副食がほとんどなく、米しか食べられなかったので、2合3勺でも当時の国民は飢えに苦しんだ。

現在、1億2,550万人に2合3勺(子供は半分)の米を配給するためには、玄米で年間1,600万トンの供給が必要となる。しかし、農政は、米価維持のため減反で米生産を減少させてきた。米価を高く維持し零細で非効率な兼業農家を滞留させることで、その兼業(サラリーマン)収入を預金として活用したJAバンクは、日本トップ級のメガバンクに発展した。2022年の米生産量は、ピーク時(1967年1,445万トン)の半分以下の670万トンである。今、輸入が途絶すると、半分以上の国民が飢え死にする。

農業界は、食料自給率向上や食料安全保障を叫びながら、それを損なってきた。1960年から比べて、世界の米生産は3.5倍に増加したのに、日本は4割の減少である。しかも、補助金を出して主食の米の生産を減少させている。

図1:各国の米生産量推移(1961年=100)
図1:各国の米生産量推移  (1961年=100)
出所:FAOSTATより筆者作成

米を減産する減反政策の下で、面積あたりの収量(単収)を向上するための品種改良はタブーとなった。1960年には日本の半分しかなかった中国にも抜かれてしまった。逆に言うと、収量の高い品種の米を作付けると、米生産は大幅に増加する。

図2:日本、米国、中国の米単収推移(精米換算)
図1:各国の米生産量推移  (1961年=100)
出典:FAOSTAT, USDA, 農林水産省「作況調査」より筆者作成

2.経済的なアクセスが困難となる食料危機

途上国で問題となるのは、現在アフリカなどで起きているように、穀物価格が高騰し食料を買えなくて飢餓が生じるという場合である。

実は、物価変動を除いた穀物の実質価格は、過去1世紀ずっと低下傾向にある。人口増加を穀物生産の増加が大幅に上回ったからである(1961年比では、2020年人口2.5倍に対し、米3.5倍、小麦3.4倍)。次の図は、1960年を100とした場合の(物価変動を除いた)実質価格の推移である。名目価格では史上最高値といわれる現在の穀物価格も、実質価格では1973年よりもかなり低い水準にある。

図3:物価修正した穀物価格の推移(1960年=100)
図3:物価修正した穀物価格の推移(1960年=100)
出所:世界銀行商品価格データより筆者作成

今後も従来の作物改良に加え、ゲノム編集、培養肉などの画期的な技術による増産が期待される。将来、人口が100億人になるからといっても、恒常的に穀物価格が高止まりして買えなくなるという心配はしなくてよい。

しかし、1973年、2008年や今回の2022年のように、突発的な理由で需給のバランスが崩れ、価格が急騰するときがある。やりのように突出するのでパイク“pike”といわれる。

1973年の危機は、ソ連が大量の穀物買い付けを行ったことにより発生した。2008年はトウモロコシのエタノール生産向けの増加という米国の農業・エネルギーの政策転換が引き起こした。2022年はロシアのプーチンによるウクライナ侵攻である。これらの事件は、誰も予想できない。しかし、結果として生じるパイクに、国際社会は対処しなければならない。

日本では、この種の危機は起きない。2008年、穀物価格が騰貴し、食料危機は北海道洞爺湖サミットの議題となったが、日本で食料を買えないと感じた人はいなかったはずだ。このとき、日本の食料品消費者物価指数は2.6%しか上がっていない。日本の消費者が飲食料品に払っている金のうち87%が加工・流通・外食への支出である。輸入農水産物に払っているお金は、2%にすぎない。その一部の輸入穀物価格が3倍になっても、全体の支出にはほとんど影響しない。このような食料支出の構造は、欧米などの先進諸国に共通している。

図4:穀物国際価格指数と国内CPI(消費者物価指数)の推移
図4:穀物国際価格指数と国内CPI(消費者物価指数)の推移
注:穀物国際価格指数は2015/2016を、国内CPIは2015年をそれぞれ100とした数値
出所:穀物の国際価格についてはFAOのFood Outlook、国内CPIについては総務省統計局より筆者作成
図5:飲食料の最終消費額に占める農水産物の割合(2015)
図5:飲食料の最終消費額に占める農水産物の割合(2015)
出所:農林水産省公表資料

穀物価格が上昇すると、日本が中国人に買い負けるなど、食料危機をあおる人たちが出てくる。これらの人の中には、世界の食料危機を国内の農業保護の拡大につなげたいという意図を持っている人が少なくない。しかし、中国人に高級マグロを買い負けても、小麦輸入の上位3カ国、インドネシア、トルコ、エジプトに、日本が小麦を買い負けることはない。

これに対して、途上国の人たちは、支出額の半分程度またはそれ以上を、食料費、特に穀物などの農産物に充てている場合が多い。消費支出に占める食料の割合は、ナイジェリア59%、ミャンマー57%、ケニア56%、バングラデシュ53%(2021年、Our World in Dataより)となっている。平均値なので、これらの国には、この割合がもっと高い人もいるということである。

この人たちにとって、穀物価格が倍以上になると、パンや米を買うことができなくなって飢餓が生じる。今小麦価格が高騰し、中東やサブサハラ諸国で起きているのは、この種の危機である。

3.食料援助の問題

これには、2つの対策がある。需要面の対策としては、途上国の経済発展を支援して、かれらの所得を向上させることである。供給面の対策としては、途上国における食料・農産物の供給を増やして価格を下げることである。しかし、これらは長期的な課題や対策であって、目前の食料危機を解決するものではない。

このため、短期的な解決策として、直接穀物などを届けるという食料援助が行われてきた。国際穀物協定による食糧援助規約によるものや、2020年のノーベル平和賞を受けた国連世界食糧計画(WFP)を通じて行われるものに加え、各国が独自に行うものがある。

ただし、援助に向けられるのは、輸出国で過剰となった農産物の処分としての性格が強い(現在日本では過剰となった脱脂粉乳を食料援助または輸出補助金をつけて処分することが検討されている)。供給が過剰なときは国際価格が低位にあるときであり、不足しているときは価格が高騰しているときである。このため、国際価格が低く途上国が十分に買うことができるときに、食料援助は増加し、本当に危機が生じたときに援助量が減少するという問題がある。

同様の例として、穀物の国際価格が上昇した1995年から97年にかけて、EUは、域内の消費者、加工業者に国際価格よりも安価に穀物を供給するため、輸出税(高い国際価格と低い域内価格の差)を課した。ウルグアイ・ラウンド交渉では輸出補助金により途上国に安価な食料を供給しているというのがEUの主張だったが、国際価格が上昇し、途上国にとって食料入手が困難となる局面では、輸出税により域内市場への供給を優先したのである。

4.輸出国の輸出制限に対する規制は有効か

貿易面で考えられるのが、各国が行う輸出制限に対する規制である。ガット・ウルグアイ・ラウンド交渉で、輸入国である日本は、食料安全保障のためには、輸出国が行う輸出制限を規制すべきだと提案し、これをWTO農業協定第12条として実現させた。交渉に当たった私も、このような規定は輸入国の食料安全保障に有効だと考えていた。また2022年のWTO閣僚会議でも、WTOルールにのっとらない輸出規制を行わない旨の声明が出された。

しかし、私自身、世界の農産物貿易や輸出制限を行う国の実情についての理解が進むと、WTO農業協定第12条はほとんど役に立たない規定だと分かるようになった。その理由について簡単に説明したい。

小麦、トウモロコシ、大豆の主要輸出国である、米国、カナダ、オーストラリア、ブラジル、アルゼンチンなどが輸出制限を行うことはない。日本が、輸出国が行う輸出制限を規制すべきだと提案したとき、規制される側の米国はまったく反対しなかった。「問題ない。自由貿易こそが食料安全保障の途だ。米国は輸出を制限しない。」と言ったのだ。

これらの国の所得は高い上、食料支出の9割は加工・流通・外食に対するものなので、穀物価格が上昇しても食料支出全体への影響は軽微なものにとどまり、消費者は影響を受けない。逆に、生産者は価格上昇の利益を受ける。

また、これらの国の輸出は、小麦を例にとると生産量の6~8割を占める。輸出しなければ、国内に穀物があふれ価格は暴落する。他方、国際市場では供給が少なくなった分、価格が上昇するので、他の輸出国は利益を得る。輸出制限はそれを実施する輸出国の利益を害する。

図6:小麦輸出量・生産量(2021)
図6:小麦輸出量・生産量(2021)
出所:FAOSTATより筆者作成
図7:大豆輸出量・生産量(2021)
図7:大豆輸出量・生産量(2021)
出所:FAOSTATより筆者作成

他方で、2022年輸出制限を行った20カ国以上の国の中で、(米についてのインドやベトナムを除いて)国際貿易に影響を及ぼすような国はない。

世界第2位の小麦生産国インドが小麦の輸出制限を行ったことが、世界の食料危機を招くとして報道された。確かに、インドの小麦生産量は1億トンを超える。しかし、輸出量は2020年93万トン、2021年には増加したが、それでも609万トンにすぎない。人口が多く国内消費が大きいため輸出仕向けは少ない。また、生産量の水準が大きいため、少しでも豊作になると輸出が大きく増加し、不作になると大きく減少する。不安定な輸出国である。

これに対して、世界全体の貿易量は約2億トン、米国やカナダ、オーストラリアの輸出量は、2,000~3,000万トン規模である。インドが輸出を禁止しても、世界の小麦需給に大きな影響はない。ちなみに、生産量第1位は中国の1億4,000万トンであるが、輸出量はわずか4,000トンにすぎない(2021年)。

次に、これらの国のほとんどは途上国である。自由な貿易に任せると、穀物は価格が低い国内から高い価格の国際市場に輸出される。そうなれば、国内の供給が減って、国内の価格も国際価格と同じ水準まで上昇してしまう(いわゆる価格裁定である)。

従来は穀物の輸入国だった場合でも、国内生産があれば輸出される。このため、輸入国でも輸出制限を行う可能性がある。次の図では、国際価格が上昇するまで、この国は200万トン輸入して国内生産の1,000万トンと合わせて1,200万トンを消費していた。ところが国際価格が上昇すると400万トンが輸出され、600万トンしか消費できなくなっている。この国の消費者は、価格上昇と供給量の減少の二重の苦しみを強いられる。

図8:輸入国も輸出制限を行う
図8:輸入国も輸出制限を行う
出所:筆者作成

収入のほとんどを食費に支出している貧しい人は、食料価格が2倍、3倍になると、食料を買えなくなり、飢餓が発生する。輸出制限を行う国はこれを防ごうとしたのである。つまり、輸出制限は自国民の飢餓防止のために防衛的に行っているにすぎない。このような国に対して、国際社会が「自国に飢餓が生じてまでも輸出をすべきだ」などとは、とても主張できない。

米国のような大輸出国が輸出制限をすることはないし、インドのような途上国が輸出制限をしても、国内に飢餓が生じてまで輸出しろとは言えない。輸出制限や禁止についての国際規律(WTO農業協定第12条)は、このような限界を持っている。世界の食料安全保障の解決のためには、途上国における貧困の解決、食料生産の拡大がより重要である。

5.世界の食料安全保障への日本の貢献

しかし、穀物の中で米だけは例外である。米の三大輸出国は、インド、ベトナム、タイである。先進国ではない。所得の比較的高いタイを除いて、2008年穀物価格が高騰したとき、インド、ベトナムは輸出制限を行った。小麦などと異なり、主要な輸出国が輸出を制限するのである。

しかも、小麦などと異なり、米の場合は、生産に占める輸出の割合が極めて低い。小麦26%、大豆43%に対し、米は6%にすぎない薄い市場“a thin market”である。輸出量としても、小麦2億トンに対し5,000万トンと4分の1にすぎない。そこで三大輸出国のうち、1人あたりの所得が低いインド(2,000万トン輸出)やベトナム(500万トン輸出)が輸出を制限すると、世界の貿易量が半減し、価格が大幅に上昇する(数値は2021年)。2008年の食料危機では、これら2国の輸出制限で、米価格は他の穀物よりも大きく上昇した。

図9:米・小麦・大豆の全世界生産量に占める輸出量の割合の推移
図9:米・小麦・大豆の全世界生産量に占める輸出量の割合の推移
出所:FAOSTATより筆者作成

これらの国では生産に占める輸出の割合が極めて低いので、輸出制限をしなくても、生産が少し減少しただけで輸出は大きく減少する。インドの場合、消費量が変わらないとすれば、生産が10.7%減少しただけで、輸出量は100%減少する。米の価格は騰貴しやすい。このように、他の穀物に比べ、米の貿易は極めて不安定である。

図10:米輸出量・生産量(2021)
図10:米輸出量・生産量(2021)
出所:FAOSTATより筆者作成

さらに、米の場合、輸入国も途上国が多い。2008年インド、ベトナムの輸出制限により、米の輸入国であるフィリピンなどは大きな被害を受けた。しかし、所得水準が低いため自己防衛的に輸出制限を行っているインドなどに、輸出制限を止めろとは言えない。しかも、このときの価格上昇の責任は、トウモロコシをエタノール生産に仕向けた米国にあってインドにはない。

つまり、穀物の中で、アジアの国が主食とする米の貿易は、食料安全保障の観点から大きな問題を抱えているのである。しかし、G7の中で、この問題の解決に貢献できる唯一の国がある。それはわが日本である。

価格支持で生じた過剰農産物を、EUは減産ではなく国際市場で処理してきた。これに対し、国内市場しか見てこなかった日本は、50年以上も減反政策で米の生産を減少させてきた。今の国内生産は670万トンを下回るまで抑制されている。しかし、潜在的な生産力は1,700万トンある。減反を止め、700万トンを国内で消費し、1,000万トンを輸出してはどうだろうか。

政府は農産物の輸出振興を行っているが、最も有望な輸出品目は日本のおいしい米である。大量の米を輸出できれば、貿易赤字減少に貢献できる。

これによって、世界の米の貿易量は2割上昇して6,000万トンになる。タイやベトナムも500~600万トン程度の輸出しか行っていない。日本はインドに次ぐ世界第2位の米輸出国になる。しかも、生産量の6割を輸出していれば、生産が多少減少したとしても、輸出量はインドのように減少しない。10%の生産減少でも17%の輸出減少である。日本は国際米市場でも例外的な安定的輸出国となる。これは、穀物貿易の中で、食料安全保障の観点からは最も弱い“vulnerable”部分である米貿易に対して、瑞穂の国、日本が行う重要な貢献ではないだろうか。

日本にとってシーレーンが破壊されるという物理的なアクセスが困難となる事態には、輸出もできない。このとき平時に輸出していた1,000万トンを国内に回せば、1億2,000万人の同胞の飢餓を回避できる。これは財政負担のかからない無償の備蓄の役割を果たす。

世界の食料安全保障への貢献が、日本の食料安全保障につながる。「情けは人のためならず」ではないだろうか。

生産を拡大すべきは、米であって麦・大豆ではない。農政は、水田を畑地に転換して米生産を減らし、無駄に財政負担がかかる生産を振興しようとしている。現在、国産の麦・大豆について、消費者は国際価格よりも高い価格を払っているうえ、現在2,300億円の財政負担をして生産を振興しているが、130万トンの麦・大豆しか生産できていない。2,300億円で小麦の年間消費量を上回る700万トンほどの小麦を輸入・備蓄できる。危機が起きたときに、130万トンしかないのと700万トンあるのとでは、大きな差である。費用便益分析を行うまでもない。

減反は、国民にとって、納税者として補助金を負担しながら米価を上げて消費者としても負担も高めるという異常な政策である。減反廃止で3,500億円の補助金がなくなり、消費者は米価低下の恩恵を受ける。価格低下の影響を受ける主業農家に補償するとしても1,500億円で済む。危機のときには1,000万トンの米備蓄がある。逆に、水田をなくせば、水資源の涵養や洪水防止などの多面的機能も損なう。

しかし、危機が長引くと、翌年の供給を考えなければならない。シーレーンが破壊されると、石油も輸入できない。石油がなければ、肥料、農薬も供給できず、農業機械も動かせないので、単収は大幅に低下する。戦前は、化学肥料はある程度普及していたが、農薬や農業機械はなかった。この状態に戻る。

終戦時、人口は7,200万人、農地は600万ヘクタールあった。仮に、このときと同じ生産方法を用いた場合、人口が1億2,550万人に増加しているので、農地面積は、1,050万ヘクタール必要となる。しかし、農地は宅地への転用などで440万ヘクタールしか残っていない。

ゴルフ場、公園や小学校の運動場などを農地に転換しなければならないが、九州と四国を合わせた面積に相当する600万ヘクタールの農地を追加することは不可能だ。真に国民への食料供給を考えるなら、大量の穀物を輸入・備蓄して危機に備える必要がある。このためには、減反廃止で余った金を活用すればよい。

ロシア軍がキーウを陥落できなかったのは、食料や武器などを輸送する兵たんに問題があったからだ。食料がないと軍を動かすことはできない。戦前、農林省の減反提案をつぶしたのは陸軍省だった。減反は安全保障に反する。

日本の食料安全保障は軍事的な安全保障と一体的に考えなければならない。エネルギーも同じである。軍事的な安全保障は、防衛省だけで対処できるものではない。日本の問題は、政府部内にこれらを総合的に分析・判断・処理する組織がないことである。縦割りの組織では有事に備えられない。

農業界に食料政策を任せてしまった結果、日本の食料安全保障は危機的な状況になっている。有事になると、日本は戦闘行為をする前に食料から崩壊する。国民は食料政策を自らの手に取り戻すべきだ。

6.日本が作ったAPTERRの普及

食料危機に対処する方法は、備蓄と食料増産である。

日本は、2002年ラオスで開催されたASEAN諸国と日中韓3カ国の農相会議で、東アジア地域における自然災害等の緊急事態に対処するための米備蓄制度を提案した。以降試行期間を経て、ASEAN諸国と日中韓3カ国による米備蓄制度(APTERR:アプター)が2012年から実施され、これまでも危機時にはフィリピンやカンボジアなどに米を支援している。

これは日本のイニシアチブによって実現した、地域の国家間の食料安全保障システムである。このアイデアと仕組みを、食料安全保障が問題となる地域に提案できないだろうか。例えば、アフリカには、英国とEU(旧宗主国)に米国を加えた小麦の備蓄制度を作るなどである。

これも、世界の食料安全保障に対する日本の大きな貢献となる。また、わが国がアジア太平洋地域の安定に地道な努力を行ってきたことを、G7サミットの場でアピールできる良い機会ではないだろうか。

2023年2月22日掲載

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