Special Report

中国経済の全体像を解説する
-中国を代表する経済学者胡鞍鋼教授に聞く

中国の『第13次5カ年計画』が公表され、世界の注目を集めている。清華大学国情研究院長・教授の胡鞍鋼氏に中国、日本および世界経済に対する見解を伺った。(聞き手:孟 健軍客員研究員)

「全面的な小康社会」や「ともに豊かになる」目標の行方は?

孟:
中国の発展は日本経済にも影響を及ぼしており、RIETIでも中国のマクロ経済は大きな関心テーマです。最近公表された第13期5カ年計画に関心を持つ日本人は、その詳しい内容に多大な興味を持っています。そこでこの分野の専門家である胡教授に、中国経済の全体像についてお話を伺いたいと思います。

まず、最初の質問ですが、現在、世界全体が中国経済を悲観的に見ているように感じられます。たとえば、日本のマスコミはいつも「失速」という言葉を使います。しかし、先生の最近のご著書を拝見すると、特に2020年の「全面的な小康社会の実現」や2030年に「ともに豊かになる」という目標に関しては、比較的楽観視されているようです。先生は中国の現状に基づいて、今後の中国経済をどのように予測していらっしゃいますか?

胡鞍鋼 写真胡:
今の中国を考えるには、歴史の発展プロセスに認識を置くと、よりはっきりと見えてくると思います。中国の発展をいくつかの時代に分けますと、1つ目は絶対的貧困時代で、大まかにいって改革開放以前の時代です。2つ目は「衣食足る」時代。改革開放を始めた1978〜1990年で、この時期には主に衣食の問題は解決しました。現在の米ドル為替レートで計算すれば、1978〜1990年の中国の1人当たり国民総所得(GNI)は200ドル未満から330ドルまで増加し、1992年の共産党第14回大会の報告において「11億の人民の衣食問題をほぼ解決した」と宣言したのです。

同時に、「小康社会へ邁進している」という、もう1つの概念を打ち出しました。私たちはこれを「小康時代」と呼び、1990〜2000年に中国の1人当たりのGNIを930米ドルまで、世界全体の順位を141位(207の国または地域中)に引き上げ、「中の下」の所得レベルに達しました。そして2002年に開催された共産党第16回大会の政治報告では、「人民の生活は全体的に小康レベルに達した」と正式に宣言しながら、「実現したとはいえ、現在の小康社会はまだレベルが低く、不完全で、発展のバランスが取れていない」とも指摘し、そのため新たに2020年に「全面的な小康社会」という目標を打ち出しました。中国は2000年から「小康社会時代」に入りましたが、そのうち2000〜2010年においては、1人当たりのGNIは4300米ドルに増え、世界120位(215の国中)まで引き上げ、「中の上」の所得レベルに達しました。その後2015年には1人当たりのGNIは8000米ドル近くに達し、世界90位まで上がりました。

経済成長と発展段階は密接に関連しています。中国は、改革開放以降の約30年間(1978〜2010年)は、9.9%の経済成長率を維持できていましたが、2010年以降は10%前後から現在の7%前後に下がりました。これは失速ではなく、中国経済の発展段階の性質が、「中の下」の所得から「中の上」の所得に変わったためです。「中の上」の所得段階においては、いかなる国も9%の経済成長率を達成することはできません。日本もそうでした。1973年にオイルショックがありましたが、なかった場合でも、日本はこの発展段階に入った後、きっと減速したでしょう。したがって、今の中国の経済成長率が7%前後に下がったことは、それなりに合理的であり、発展段階に即していると思います。

全面的な小康社会を目指し、すでに20年間取り込んできましたが、2020年以降の中国はどんな社会になっているのかについて、「ともに豊かになる時代」に入っているだろうと思います。この時代の最も重要な象徴としては、「中の上」所得の段階から高所得の段階に入ることです。ただし、その前の中所得の段階で3大格差を是正しなければ問題が起こります。実際過去約10年で、3大格差は大幅に改善されました。まず、1人当たり国民総生産(GDP)の地域間格差は2004年から縮小しました。次に、都市部と農村部の格差は2009年以降、私たちの予想をはるかに上回るスピードで縮小し始めました。最後に、ジニ係数は2008年から徐々に下がっています。2020年以降も引き続き、3つの指標は改善し、「ポスト2020年」に有利な条件をつくり、「ともに豊かになる時代」へ進むことができると思います。

「ともに豊かになる」ということは、イコール平均的に豊かになることではなく、相対的な概念です。今後も引き続き、3大格差を縮小できるかどうかにかかっています。ですから、私たちの研究は単純に悲観か楽観かではなく、発展段階に基づいて客観的な評価を行っています。世界では絶えず中国をめぐる議論が行われています。崩壊論や失速論などありますが、いずれも中国の実情から乖離しており、専門的ではない議論ということは、証明されています。

私は中国には強力な成長エンジンがあると考えており、とくに第13期5カ年計画を作成した際に、「5大エンジン」を同時に備えていると強調しました。第1は、「新型都市化」です。過去5年間、中国の都市人口は年間およそ2000万人増えましたが、今後は1500万人、あるいはそれ以上の水準を維持できる可能性があります。第2は、「新型工業化」です。中国政府は「中国製造2025」戦略を制定しましたが、重要なのはどのように「インターネット+」やハイテク、新興戦略性産業などと結びつけるかです。第3は、インフラの現代化です。交通、都市、通信、エネルギー、電力の各インフラにおいて、中国の投資とネットワークはいずれも世界最大の規模を誇ります。第4は、ネット化、デジタル革命です。中国のユーザー数、ネットワークの規模や市場規模いずれも、世界最大です。第5は農業の現代化です。

このように、第13期5カ年計画は2020年までの中国の目標を具体化したものだといえます。計画は7大主要目標と25の数値指標から構成され、経済発展の目標と指標、イノベーションによる発展の目標と指標、「グリーン発展」、とくに省エネと排出削減の発展の目標と指標などを含めています。なかでもグリーン発展の指標は大幅に増えました。第12期5カ年計画のグリーン発展の指標は8でしたが、今回は10まで増え、具体的な指標は過去の12から現在の16まで増えました。グリーン発展の目標設定は非常によくできています。このほか「民生問題」解決の目標もあります。最終的には、全面的な小康社会を実現するという全体の目標が達成できるかどうかに帰結します。

供給側の改革である「3つの解消」とはなにか?

孟:
胡教授はトレンドを見ることがお得意なので、やはり、かなり楽観的ですね。ただし最近の状況を見ますと、中国経済は調整局面に入っています。この調整局面こそが、人々の心配しているところです。そして調整にはいくつかの重要な点がありますが、その中で供給側の改革が打ち出されています。つまり「過剰生産能力の解消」「在庫の解消」「レバレッジの解消」です。この問題について、そして今後の改革の方向性について、お考えをお聞かせいただけますか?

胡:
この問題は先ほどお話した論理と同じです。中国の改革開放以降の30年間は基本的にはキャッチアップモデルであり、その後はニューノーマルに入ります。このプロセスにおいて、中国は確かに孟先生がおっしゃる問題にぶつかりました。これはどういう意味かというと、かつて中国は外部からのショックを受けました。たとえば1997年から1999年まで、さらに2001年までのアジア金融危機において取った政策方針は、基本的には内需の拡大でした。これによって、それまでの高度成長によって形成された過剰生産能力を解消しました。ですので、今回の過剰生産能力の解消は初めてのことではありません。そして2008年の世界金融危機の際、中国は再度内需を拡大し、4兆人民元の財政出動などにより、さらに生産能力を拡大しました。

しかし世界経済の低迷は予想外に長引き、中国は外需不振に陥り、さらに巨大な生産能力が形成されました。たとえば鉄鋼やセメントなどの生産量は、いずれも世界の半分に達してしまいました。

日本では『検証 中国爆食経済』という本が出版されています。中国が発展すると、世界の資源とエネルギー源などを大量に消耗してしまうということが書かれています。世界に占める中国の資源とエネルギー源消費量の割合は、世界に占める中国のGDPの割合をはるかに超えており、さらに世界に占める中国の人口の割合も超えています。実際のところ、すでに今から10年前、発展改革委員会の馬凱主任は、鉄鋼、アルミ、セメント、石炭などの生産量は世界一であると指摘していました。しかし当時から現在まで、過剰生産能力を効果的に抑制できず、この問題は解決にいたりませんでした。

成長率が10%から7%に下がると、この問題は非常に目立つようになりました。これには2つの側面があります。1つ目は、国内の総需要は明らかに10%成長率の需要から7%成長率の需要へと、大幅に減少したこと、2つ目は、これまで目にしたことも、あるいは予想すらできなかったほどの貿易のマイナス成長も含め、外需の減少が発生しました。そのため、このような背景の下、中国は巨大な過剰生産能力を形成してしまいました。そのため3つの解消を打ち出したのです。

「在庫の解消」の主な原因は住宅の過剰な在庫です。現在、中国の住宅の在庫は約7億平方メートルです。また、米国の住宅の新規増加面積はピーク時でもせいぜい年間3億平方メートルなのに、中国の新規増加面積は約10億平方メートルにのぼっています。たしかに中国の都市化には住宅が必要ですが、それでも過剰な状態です。とくに地方の中小都市では深刻化しており、これについて調整を行っています。一方で、最近、「住宅購入制限」政策が緩和された後、「一線都市」(北京、上海、広州、深圳)の住宅価格は再び高騰しています。どのように在庫を解消するかという問題に直面しています。

最後の「レバレッジの解消」は3種類に分けられます。第1は、主に非金融企業債務のレバレッジ解消であり、これがもっとも大きい部分です。第2は、政府のレバレッジの解消。財政によって一部を引き受けなければなりません。第3は銀行のレバレッジの解消で、中央銀行が一部を引き受けます。私たちはこの3つの「解消」の背景にある本質に気づきました。中国は市場経済の仕組みを取り入れた結果、いわゆる資本主義固有の経済危機、すなわち生産過剰危機が起こりました。今回が初めてではありません。90年代末に1度起こりましたが、今回がもっとも深刻で、2011年以降に危機が起こりました。1998年の危機は、2000〜2003年に主に内需拡大によって解消されました。2008年にも危機が起こりましたが、これも内需拡大によって解消されました。

ご質問と関連しますが、今までの中国のマクロ政策はケインズ主義、すなわち「トロイカ」(輸出、投資、消費)でした。そのため、今回は需要を拡大するほか、供給側の構造改革を通しての問題解決を提唱しています。

もっとも、公表したばかりの第13期5カ年計画では内需拡大の必要性も明確に示しています。これには2つの側面が含まれています。1つ目は、消費の内需拡大は依然として重要です。過去数年間で中国の内需、とくに消費による内需への貢献率は46%から66.4%に上昇しています。これは大変良いことです。私たちは第13期5カ年計画の期間中にさらに70%に達するだろうと予測しています。2つ目は、第13期5カ年計画は非常に効果的な投資の需要に重点をおいています。これにはインフラ投資、研究開発投資、人材資本投資への需要、学校や病院の建設、各種設備の投資などが含まれます。

しかしもっと重要なのはやはり供給側からの解決法です。今回打ち出した供給側に関する基本的な考え方は、どのように新しい経済分野、とくにインターネット経済を発展させ、どのように「ブルー経済」、すなわち海洋経済を発展させるのか。どのように空間経済の視点から従来の4大経済地域である「西部大開発」「中部の台頭」「東北の工業復興」「沿海地区の率先発展」をさらに発展させ、さらに「4+3」と呼ばれていますが、加えて「一帯一路」(シルクロード経済ベルトと21世紀海上シルクロード)、北京・天津・河北省の協調的発展、長江経済ベルトをいかにして発展させるかです。これら約10地域をつなぐと、中国最大の経済圏になり、さらに東中西の統合もできれば、長江南北の統合がより一層進みます。

「一帯一路」とAIIBの意義は?

孟健軍 写真孟:
胡教授はブルー経済に触れましたが、昨年、中国の一帯一路とAIIB(アジアインフラ投資銀行)は非常にホットな話題になっていました。しかし多くの日本人は、非常に雄大な構想ではあるが、机上の空論ではないかと思っています。まず一帯一路沿線にある多くの国はとても不安定であり、経済問題だけでなく、宗教、文化、政治、軍事などさまざまな問題を抱えています。中国はどのようにこれらの問題を解決するのでしょうか? もう1つ重要なことは、日本は一帯一路に位置しませんが、AIIBには参加できます。しかし日本は既存の国際体制の一員として、AIIBの透明性の問題などを疑問視しています。これらの疑問について、先ほど触れたブルー経済の問題に関連づけ、一帯一路とAIIBにおいて日本とも協力できるような、なにか新しい考えをお持ちですか?

胡:
私は今日の一帯一路計画を歴史的な視点から見るべきだと考えます。歴史的に見れば、第二次世界大戦の後にはマーシャルプランがありましたが、当時のマーシャルプランの対象は十数カ国に過ぎず、人口も数億人程度でした。実施期間も4年間で、米国の大統領が変わると廃止されました。一方、中国の一帯一路は60カ国以上にまたがり、人口も多く、始まったばかりですが、現政権の4年間だけでなく、今後30年40年と続くかもしれません。理由はなんでしょうか? それは中国がすでにグローバル経済に深く関与しており、世界の経済舞台の真ん中に立つようになったからです。中国が打ち出している「外に出る」とは、全世界に向かって進むことです。そのため、一帯一路があれば、非常にはっきりしたロードマップが描けます。

昨年の1月ごろ、世界の貿易は下降気味で、中国の国際貿易も下降気味でした。それにもかかわらず、一帯一路沿線の貿易は右肩上がりに上昇していました。また、建設業において、外国からの請負契約も大幅に増えました。さらに、中国からこの地域に対する投資も急速に拡大しています。したがって、今の中国にとっては、一帯一路は第13期5カ年計画にとどまらず、さらに長い将来を見据えたものです。

では、どうやって一帯一路を推進するのでしょうか? 中国は「シルクロード経済ベルトおよび21世紀海上シルクロードをともに建設するビジョンと行動」を打ち出した最初の時から、インフラの「互連互通」を一帯一路の優先事項としています。良港に恵まれず、鉄道や高速道路さえないような国が多いです。そのため、中国はインフラという「互連互通」をもって、世界銀行が提唱する「世界経済の地理の再編」(世界銀行開発レポート2009)を促進し、インフラをもって各地域をつなごうとしているのです。とすれば、それは1本のシルクロード、1本の経済ベルトに限らず、数本にもなるし、しかも最も重要なのはその開放性、言い換えれば包容性です。

AIIBは中国によって出された提案です。これをどう見ればいいでのしょうか? 国際開発を支援する世界銀行を含めた既存の国際組織は、巨額のインフラ需要を負担できる能力がありません。したがって、今回のAIIBの位置づけは非常に明確です。貧困救済に従事する組織ではなく、ほかの事業にも手を伸ばさず、インフラ投資だけを専門に行います。融資や借款の好循環をつくります。だからこそ、世界銀行の総裁も、アジア開発銀行の総裁も積極的に支持を表明しています。なぜでしょうか? AIIBとの間に補完性があり、競争的あるいは排他的ではないからです。

日本と中国は今後望ましくない競争関係を避けられるか?

孟:
補完性といえば、ご存じの通り、現在、日中間のムードはあまりよくありません。昔は蜜月期が長く続いた時代もありました。全体的にいえば、今は日中間の経済や技術など各方面において、競争関係の領域が拡大しはじめましたが、双方とも利益になる補完性ある分野はまだ多く残っています。しかし将来にわたって、競争の拡大と補完性の減少からもたらされる望ましくない局面はどうすれば避けられますか? 私だけでなく、中国でも日本でも多くの人がこうした考えを持っていると思います。とりわけインドネシアの高速鉄道をめぐる競争は大きなショックを引き起こし、高速鉄道が望ましくない競争の関係をもたらしました。胡教授は、どうすればこのような状況を避けられるか、そして比較的良好な補完性を形成させることができるかについて、なにか提案はありますか?

胡:
私はやはり歴史唯物論的に両国関係を見るべきだと思います。日本は中国の改革開放の初期に重要な役割を果たしました。鄧小平は米国から帰国する途中の日本訪問を含め、日本を1回ではなく、2回も率先して訪問しました。これによって、日本から2つの重要な支援を得ました。1つ目は円借款です。私たちは10年前に本格的な評価を行いました。中国に与えた円借款の影響は非常に大きかったことがわかりました。たとえば上海の浦東空港、その第1期は円借款によるものです。2つ目は政府開発援助(ODA)です。これらの成果はみな両国の蜜月期を反映しています。もちろん政治的な要素やその他の要素によって、現在の日中関係は比較的困難な状態を見せていますが、悪化とまではいえません。しかし、日中間の貿易額が伸び悩んでいることに着目しています。過去数年間、両国の貿易額は3000億ドル程度にとどまっているだけでなく、さらに減少する傾向がみられます。これには中国と日本双方でFTAの締結が遅々として進まないという要因があります。

私たちは10年前に2つの提案を当時の朱鎔基総理に提出しました。1つ目は「3+1」、すなわち中国、日本、韓国プラス香港のFTA、2つ目は「10+1」、すなわちASEANプラス中国のFTAです。朱総理は先に1つ目の提案を承諾し、その後2つ目も承諾しました。しかしご存知のとおり、十数年経っても日中間、中韓間、日韓間の水掛け論が延々と続きました。最近になって中韓はやっとFTAを締結しましたが、日中のFTAは未だ締結されていません。実は私たちは日中間のFTAを切望しています。国レベルで数えると、現在、中国にとって日本は名目上、第2位の貿易相手国です。しかし実質レベルでみると、1位EU、2位米国、3位ASEANであり、日本は4位です。しかし十数年前は、日本は中国にとっての最大の貿易相手国で、ASEANと中国の貿易量は非常に小さかったです。ここにこそFTAを締結しているかどうかの違いがあります。ASEANと中国の貿易額は日中間の貿易額を超えました。2000年には日本の輸出額は中国の1.92倍でしたが、2014年には中国の輸出額は日本の4.43倍になりました。輸出を増やしたいなら、日中のFTAの推進を加速すべきです。

もちろん日本側から見ると、日本は米国とTPPを交渉している最中です。TPPには中国が推進するFTAよりはるかに高いハードルがあります。中国側から見ると、中国は、第11期5カ年計画と第12期5カ年計画ですでにFTAを核心的戦略としていました。そして今回の第13期5カ年計画ではさらに重視しています。FTAの包容性も強調しており、排他性ではなく、多様性を求めています。中国はASEANとFTAのバージョンアップも行いましたし、韓国やオーストラリアともFTAを締結しました。そして今は米国、EUとの締結や日本とのFTAも視野にいれています。FTAの形式や基準が異なるだけです。以上の理由から、互いに両国の発展段階の違いや双方の資源環境の違いを素直に認めるべきだと思います。具体的には両国の人的資源、技術的資源、知識資源、天然資源などいずれも異なります。違いがあるからこそ補完性が存在します。中国がさらにFTAを推進したい理由もここにあるのです。

日本経済へのアドバイス

孟:
昨年、中韓貿易のFTAが締結されたことで、今年はFTAのない日中間の貿易額を中韓の貿易額が超える可能性が出てきました。これには日本の学者を含む多くの人はまだこのことについて意識していないようです。最後の質問になりますが、日本経済に関しての胡教授の考えを伺いたいです。現在のアベノミクスの最大の特徴は量的緩和をどんどん進めていることです。「異次元量的緩和」の次にさらに「マイナス金利」というふうに続けてきました。しかし全体的にいえば、希望どおりの成果は得られていません。日本経済に何かアドバイスはありますか?

胡:
私たちは、ある政府の目標について、その目標が達成できるかどうかで評価します。当然のことながら、設定した目標が実情に合っているかに関わっています。安倍政権が設定した最も重要な目標は、1)2%のインフレを達成し、長期デフレから脱却、2) 経済成長を刺激し、ゼロ成長から脱却、3) 輸出増加の促進、の3つですが、そのために「3本の矢」、すなわち大胆な金融政策、機動的な財政政策、成長戦略を打ち出しました。それには輸出の拡大がとりわけ重要です。だとすると、日本にとって最大の輸出市場は米国でなく中国だということは明らかです。アベノミクスはこの3つの目標を達成できるかという問題に直面しています。

韓国の最大貿易相手国も中国です。韓国がゼロ成長から脱却して、2〜3%の経済成長を維持できるようになったのは、中国との経済貿易一体化の進展によるところが大きいです。韓国の中国への輸出、つまり中国の韓国からの輸入は韓国の経済成長を推進する強力なエンジンになっています。このように、アベノミクスは経済だけでなく、政治経済にも関っています。つまり両国の政治関係は、少なくとも双方の経済関係に影響を及ぼすようなことがあってはいけません。私はこれを日中関係の最低ラインと呼びます。

それから輸出には、モノの貿易だけでなく、サービス貿易の輸出も含まれます。現在、海外を旅行する中国人観光客は急速に増えていますが、韓国に行く700万〜800万人の観光客と比べると、日本に行く観光客の数は400万〜500万人と、少ないです。数々の政治的要因が直接的、間接的に経済に影響を及ぼしており、ひいては日本の経済成長の目標にも直接的な影響を及ぼしてしまいます。たしかに、長引くデフレ問題も経済に影響を与えていると思います。

繰り返しになりますが、アベノミクスの場合、肝心なのは目標を達成できるかどうかです。もし達成できないようなら、若干の調整や修正が必要でしょう。私は中国の学者ですので、ほかの国の経済政策や方針を気軽に評価できる立場ではないですし、正直言って、あらゆる難病を治す万能薬などありません。しかし、自分の経験からいえば、一般的に中国では、3本の銃、あるいは5 本の銃を使って1羽の鳥を撃ちます。これはどういう意味かというと、私たちは1つの目標を決めたら、1本の銃のみで撃つようなことはしません。命中率が低いからです。もし3本の銃、つまり3つの政策手段を使えば命中率は高くなります。もし5本の銃、すなわち5つの政策手段を使うと、目標を実現する可能性はさらに高くなります。

孟:
アベノミクスは3本の矢ですが。

胡:
アベノミクスの3本の矢は3つの目標です。私のアドバイスとしては、3つの目標を狙うには3本の矢だと足りないと思います。3×5、少なくとも15本の矢が必要です。つまり3つの目標のために15本の矢を用意することです。1つの目標を1本の矢に賭けてはならないことを肝に銘じるべきです。それは国内外からさまざまな妨害が必ず現われるからです。神様でない限り、100%の命中率はありません。ですから1つの目標に3本の矢もしくは5本の矢を使わなければなりません。そうやってはじめて1羽の鳥に命中することができます。

孟:
胡教授ありがとうございます。鳥と銃のたとえ話をまとめると、たとえば日本はTPPだけにこだわらずに中国とのFTAも推進すべきです。その前提として経済外交を展開し、政治問題が経済に影響を与えないように相互信頼関係を深めていく、という意味ですね。

最後にもう一度厚くお礼申し上げます。

胡・孟2ショット写真

(このインタビューは2016年3月18日に行われました)。

文/RIETIウェブ編集担当 劉琦

胡 鞍鋼氏

1953年遼寧省生まれ、本籍は浙江省。1988年中国科学院から工学博士号取得、1991-1992年米イエール大学経済学部ポスドク、現在は清華大学国情研究院長、同大学公共管理学院教授。

中国共産党第18回党大会代表、中国の第11次(2006-2010年)、第12次(2011-2015年)、および第13次(2016-2020年) 5カ年計画を立案する専門家委員会委員、中国経済50人フォーラムメンバー、中国国情研究の第一人者として中国政府の経済政策立案に国情報告書を定期的に提出。

80冊以上の著書を出版。最近の著書は『「第13次5カ年計画」の大戦略』、『スーパー中国』、『2020年の中国:小康社会を全面的に建設する』、『2030年の中国:共同裕福へ邁進する』、『中国:イノベーションとグリーン開発』など。

孫冶方経済学賞、復旦大学管理学傑出貢献賞、国家科技進歩三等賞、中国科学院科技進歩一等賞などを受賞。

2016年5月25日掲載