世界の視点から

新型コロナウイルス耐性のある労働者を迅速に特定することは経済活動再開の最優先事項である

Mathias DEWATRIPONT
Professor of Economics, Université Libre de Bruxelles (ECARES and Solvay Brussels School) and Co-Director, I3h

Michel GOLDMAN
Professor of Medical Immunology and Co-Director, I3h Institute, Université libre de Bruxelles

Eric MURAILLE
FNRS Senior Research Associate, Laboratory of Parasitology, Université libre de Bruxelles

Jean-Philippe PLATTEAU
Active Emeritus Professor of Economics, University of Namur

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックへの経済対策の第1段階(訳注:経済活動の停止)は、膨大な損失は生じるものの実施することは比較的「簡単」であり、すでに実施中である。しかし、第2段階(経済活動の再開)は、職場感染の恐怖の克服という、より困難な作業が伴う。本コラムでは、新型コロナウイルスに免疫があり仕事に戻っても安全な人を、現在利用できる2つの検査によって特定する方法について説明する。対象を絞ってこれら2つの検査を実施し、対象範囲を徐々に広げていけば、重要な社会サービスを維持し、経済の再稼働を加速するとともに、規制解除後のパンデミック再発リスクを最小限に抑えるのに役立つ。

15年足らずのうちに、世界経済は2度目の大きなショックに直面している。現在の新型コロナ危機は、国民の健康を直接的に脅かし、無差別に人の命を奪うものだが、2008年の世界金融危機は、第二次世界大戦以降の最も深刻な景気後退という長期にわたる不況となり、結果として人々の健康に重大な悪影響を及ぼした(Case and Deaton 2020) 。こうした事態を避けるためには、流行が収まった後に経済システムをいかに迅速に再稼働させられるかが重要となる。

世界金融危機では、どの銀行が「安全」なのか誰もわからなかったため、経済活動が急停止した。金融システムの信頼を回復し、パニックを止め、経済活動を再開するため、緊急支援措置としての大規模な公的資金の注入(直接的な資金投入や公的保証など)が最優先事項となった。続いて、銀行が企業と家計にきちんと資金提供できるようにするため、金融システムの徹底的な健全化が必要とされた。最初のフェーズは、コストはかかったが「簡単」で、およそ12カ月以内に経済活動は回復した。しかし、第2フェーズはよりデリケートな問題であり、このためひとたび金融危機が起きると長期にわたって非常に高い経済コストを払うことになるとされている(例:Reinhart and Rogoff 2011)。

現在の新型ウイルス危機では、対策の第一段階はすでに進められており、一時解雇された労働者や生産の混乱の影響を受けた企業のための一時的な収入補填や信用支援措置が実施されている。繰り返しになるが、これらの対策は、財政にはかなりの負担を伴うとはいえ、「簡単」である。これまでのところ、最も少なく見積もっても、感染国の政府によって発表された財政刺激策の規模は、世界のGDPの2%におよんでおり、2007年から2009年の世界金融危機に実施された以上の規模となっている (Economist誌2020a)。世界金融危機においては、政府が危機に真剣に対応するつもりであることを市場と家計に確信させるため、確固とした大規模な公共介入が実施された。そして今回の危機でも、前回の金融危機と同様の政府の対応について、市場は好意的に反応しているようである。

第二段階 − 経済活動をできるだけ早く再開する − は重要だが、最初の段階よりもはるかに困難である。ここでは、取引相手が支払い不能となる恐怖ではなく、同僚が感染しているかもしれないことに対する恐怖を克服しなければならない(注1)。有効な治療やワクチンの開発は、確かにこの問題の唯一かつ最終的な解決策であり、直ちに大規模な投資を行う価値があるものだが、われわれはその成果を待っているわけにはいかない(ワクチンの開発には12〜18カ月かかるとされている)。いくつかの既存の薬剤がこの疾患に対して有効である可能性もある(注2)(クロロキン(訳注:マラリア治療に使われる薬)は有望のようだ)。しかし、そうした対策が使えるようになるまでは、人々の体系的な検査が、補完的な政策として大いに注目に値すると言える。これは、こうした検査手法がすでに科学的に確立しているからである(Vogel 2020)。したがって、問題は「ロジスティクス(訳注:検査体制を構築できるか)」であり、大規模に検査体制を増強する必要があるが、これは戦時下ではよくあるように国によるトップダウンで実施できる。理想的には、世界規模で調整されると良いだろう。

生産活動を再開するためには、これまで新型コロナウイルスの症状があったどうかにかかわらず、ウイルスに感染したり他の人に感染したりしない個人を確実に特定する必要がある。ELISA法(注3)でSARS-Cov-2抗体の有無をテストすれば、ウイルスに感染して回復した個人が検出できる。対照的に、RNA診断に基づくPCR検査(注4)は、ウイルスの存在を検出し、感染前と感染中にのみ有効である。抗体検査で陽性と診断された無症状の個人は、依然としてウイルスを保有し、一定期間他の人に感染する可能性があるため、PCR検査によってウイルスを持っていないことを確認する必要がある。抗体検査で陽性であり、PCR検査で陰性であった人だけが、仕事に戻れるようにすべきだろう。

要するに、2つの検査を組み合わせれば、流行の「第二波」のリスク、つまりウイルスが数週間のうちに再び感染拡大するリスクを最小限に抑えつつ、経済を再稼働できる。規制を緩めることができるのである。過激な封じ込め戦略 − 現在多くのヨーロッパ諸国が採用しており、感染率を低く保つものの、一方で多くの人々がウイルスに感染しやすくなっている – を多くの疫学者は懸念しており、われわれが提案する二刀流検査は魅力的だろう(注5)。この手法のもう1つの利点は、PCR検査での「偽陰性」(ウイルスに感染しているのに陰性となること)のリスクが排除されることである。つまり、今日陰性であると診断された人が、数日後には陰性にならないリスクである。感染直後にPCR検査をすると、ウイルスが検査で見つからない可能性がある。われわれの手法なら、実際にウイルスに感染し、回復した人だけがPCR検査を受けることになる。

現在、こうした大規模検査の実施は、さまざまな技術的および物流上の制約によって妨げられている。したがって、検査能力を拡大しつつ、明確な優先順位に基づき段階的に検査を導入することが必要になる。まず医療関係者と「重要な職務」の担当者(公共交通機関、重要な物品の輸送と流通、ガソリンスタンドなど)を優先的に検査し、次に在宅勤務ができない人を検査対象にする必要がある。そして、指刺サンプル(Biomerica Inc.など)で抗体検査ができるようになったら、FDA承認のポイントオブケアウイルスRNA(Xpert®Xpress SARS-CoV-2、Cepheid Inc.)と組み合わせ、2段階のスクリーニングを大規模に社会実装する。これがうまくいけば、ヨーロッパ、米国、およびその他の地域で、現在の都市封鎖等を継続するかどうかの決定に間に合うだろう。

われわれが推奨する戦略にはもう一つポイントがあり、集団のランダムな検査をすぐに実施すべきだということである。これにより、無症状感染者の割合、すなわち、新型ウイルスに感染していて耐性がある人(症状が出ない人)の割合を把握することができ、このウイルスの真の致死率が推測できる。実際、ウイルスの致死率を計算する分子(死者数)はわかっているが、分母(真の感染者数)はわかっていない。こうした統計があれば、社会が集団免疫(人口の特定の割合がウイルスに対して免疫を持った状態:感染拡大が収まる)にどれだけ近づいているかを保健当局が知ることができる。

科学は急速に進歩しており、前述のロジスティックな制約の一部を緩和すれば、新しい技術はすぐに利用できるようになるだろう。そのいい例が、最近認定された新型コロナウイルス抗体検査キットである。この新しいキットにより、コロナウイルスの抗体の早期検出が可能になり、通常の採血をせず(指先穿刺法で血液を採取)、感染後3〜7日であれば10分で抗体の有無を識別できる。

現在の議論では、感染者のいる世帯を2週間にわたって隔離する「緩和戦略(mitigation strategy)」と、社会全体(保健セクターや社会生活維持に必要な労働者を除き)を封鎖する「抑制戦略(suppression strategy)」との間のトレードオフに焦点が当てられている。重要なのは、緩和戦略は人命の損失というコストがかかるが、抑制策は経済的および心理的に持続不可能だということだ。前者は検査で陽性か、感染しやすい特性を持っている人のごく一部の人(最近感染者と濃厚接触した人か、ホットスポットから戻った人)のみが対象であるのに対し、後者は経済が大きく混乱して政府のコストが莫大となり、かつ限られた期間しか維持できない。さらに、社会的隔離に慣れていない人々の「封鎖疲労」は過小評価されるべきではないだろう。

われわれの提案は、生命の損失リスクと、社会的緊張を伴う深刻な経済危機・金融危機のリスクの両方を最小限に抑えるアプローチであり、このトレードオフを回避できるものである。

著者より:非常に有益なコメントをくれたFrançoisBourguignon、Pierre Courtoy、Jim Goldman、Michel Kazatchkine、Nicole Moguilevsky、AndréSapirに感謝する。

本稿は、2020年3月23日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。

脚注
  1. ^ 市場における恐怖の役割については、Lo(2019)を参照。
  2. ^ 薬物では免疫はできないが、重症患者を効果的に治療できれば、人々がより自由に行動できるようになり、恐怖が減る。
  3. ^ ELISA法(イライザ法)とは、生体サンプル中の抗体、抗原、タンパク質、糖タンパク質を測定するために一般的に使用される免疫学的測定法のこと。
  4. ^ 逆転写ポリメラーゼ連鎖反応のこと。
  5. ^ ドイツ政府の保健機関であるロベルト・コッホ研究所によれば、ワクチンが作成され、テストされ、使用されるまで、厳しい制限が必要である。この期間は最大2年間と予測されている(Economist誌2020b)。
参考文献
  • 事例:ディートン(2020)、絶望の死と資本主義の未来、プリンストン大学出版。
  • エコノミスト(2020a)、「The Emergency:Experimental Treatment」、3月21日。
  • エコノミスト(2020b)、「The Lockdown and the Long Haul」、3月21日。
  • ロー、A(2019)、Adaptive Markets:Financial Evolution at the Speed of Thought 、プリンストン大学出版局。
  • Reinhart、C and K Rogoff(2011)、This Time Is Different – Eight Centuryes of Financial Folly 、Princeton University Press。
  • Vogel、G(2020)、「抗体の新しい血液検査はコロナウイルスのパンデミックの真の数字を示す可能性がある」、Science誌、3月19日。

2020年3月30日掲載