『知識国家論序説――新たな政策過程のパラダイム』書評

日本の政治は、なぜ知的にならないのか。こんな刺激的な一文で本書は始まる。価値観が対立し、利害関係が複雑に入り組んだ現代社会において、日本の政治にしばしば見られる「妥協」は消極的な合意形成であり、対立の表面的解決にすぎない。こうした政治状況を打破するために喚起されるのが、「知識国家」の構想である。

知識国家は、理想に向かって対立する概念や命題を「弁証法的に総合」し、より次元の高い知識を生み出していく政策過程を実現する国家と定義される。その重要なポイントは、まず理想に向けたビジョンの提示とこれを断行するリーダーシップであり、次いで共有された「場」における創造的な対話だ。これにより、ダイナミックな弁証法的プロセスの継続が可能となるという。

では、知識国家の概念をどう実体化していくのか。「理想主義的プラグマティズム」の立場を標榜する編著者が注目したのが、企業が取り組んだ知識経営(ナレッジ・マネジメント)である。

知識経営は、「知」が重要な経営資源であるとの認識に基づく。競争力を高めるのは独自性であり、その根元は「知」だとする知識経営は、企画、販売、技術開発などの各部門に及ぶ。

例えば、「クルマ進化論」や「オプトエレクトロニクス」などの目標を掲げて成果を上げた企業に知識経営の実践を見ることができる。

翻って国の政策形成はどうか。ここで「知識経営」を行ってきたのは霞が関の各官庁だが、近年、政策形成(知識創造)力が低下したとの見方にはうなずけるものがある。本書が指摘するように、規制緩和の進行や国家公務員と産業界との接触が減ったことなどが原因がどうかは奥としても。

政策形成過程における的確な知識経営のためには、IT(情報技術)などを活用し、組織を超えた「場」を整備すること。これが本書の結論であり、その知恵を民間企業から学ぼうというわけだ。

企業の異業種連合プロジェクト「WiLL」に見られる工夫、トヨタやノースロップ・グラマン、バックマン研究所など革新を続ける日米の企業・組織......。確かに、これらの先進事例が示唆するものは多いだろう。ただ、「知識革命」を起こすためには、パブリックセクターのリーダーたちの意識変革とともに、国民一人ひとりの参加が欠かせない。

この難題に取り組む手がかりとなるのが、特定非営利活動促進法(NPO法)だ。必要性が認識されながら長い間、日の目を見なかったNPO法は「なぜ」、「どのように」立法化されたのか。成立過程の実証分析に一章を割き、政治家や官僚、市民団体などの関わりを時系列で追ったのは大変興味深い。

編著者は、大学や研究機関、企業の研究者ら。知識国家という、日本の政治を変革する壮大なビジョン達成に向けた継続的な研究や発表を期待したい。

※『世界週報』2003年7月22日号(時事通信社)に掲載