中国脅威論の虚実を冷静に分析

『日本人のための中国経済再入門』書評

世を挙げての中国ブームが続いている。中国の将来についても楽観論と悲観論が交錯し多様な情報が飛び交っているが、そうした中で著者は昨年7月、勤務先の経済産業省経済産業研究所のホームページに「中国経済新論」コーナーを立ち上げた。以来、そのコラム「実事求是」で日中関係を中心に時論を発表し、第一線級の中国人研究者の提言や分析も紹介してきた。同コーナーは中国経済情勢を論評する最新のサイトとして幅広い読者を集め、今般その要望に応えて主要な論説集を単行本としてまとめたものが本書である。

香港生まれの著者は日本に留学後、香港上海銀行や野村総研にも勤務し、経世済民の学に打ち込む気鋭の学究である、「日本の中国経済論は感情論が目立ち、冷静な分析が欠けているように思われます。実態を冷静に見れば、日本と中国は互いに補い合う経済関係にあり、中国の躍進は日本にとってもプラスになるものです」と冒頭に述べる。日中両国を理解し、その懸け橋になろうと心掛ける著者は、中国を脅威と感じる日本人が急増し、両国間に相互不信が深まることに心を痛める。同サイトを立ち上げた著者の心意気は、まさにそこにある。「実事求是」とは、「事実に即して事物の真相を探求する、_小平の改革開放を象徴するキーワード」である。この一言に、通論に再考を迫り、冷静、客観的にいわば等身大の中国を鏡に映し出そうとする本書のテーマが提示される。

まず、序章の「中国脅威論に異議あり」から始まり、「脅威論を乗り越えるために」、「中国の虚像と実像」と続く3章で一気に持論を展開する。中国は巨大な生産力を持つ経済大国というのは神話であり、地域格差、農業と農民、低賃金、失業などの諸問題を抱え、実質総生産の規模、資金技術から設備、部品まで海外に依存する体質などを見れば、日中の経済発展段階にはまだ大きな格差があると主張する。さらに国有企業、不良債権、人民元・香港ドル、日米中の貿易摩擦からニューエコノミー論など多岐にわたる問題を論じ、日中の経済関係は競合ではなく補完関係にあると繰り返し訴える。

本書のもう1つの特色は、日中関係論で比較優位に立つと自負する著者が随所に日本経済論を展開し提言を試みていることである。日本は産業空洞化の克服とアジアとの共存共栄のために国内産業の高度化と衰退産業の海外移転を同時に進め、中国を含む域内での雁行的経済発展に努めるべきだと主張する。また、諸改革の推進には、旧体制と新体制を両立させる双軌性を採用した中国の経験を生かし漸進主義で進めるべきだと提言する。傾聴すべき意見であろう。

最後に、本書が群書と違う楽しさは、著者のサイトを通して随時続編を閲覧できることである。最新の持論や資料が紹介され、書評子のような実務家にも大変ありがたい。アドレスは次の通り。

http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/index.htm

※『世界週報』2002年12月24日号(時事通信社)に掲載