-経済政策レビュー・経済政策分析シリーズ-

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新しい千年紀のはじまりと共に独立行政法人としてその活動を始めた経済産業研究所(以下RIETI)も3年目に入りました。多様性という言葉の定義すら多様性を帯びているかに思われる現代社会にあって、正にそのような社会を対象とする政策の現場においてもこれまでの価値基準だけでは対応できない問題に直面していると言えるでしょう。RIETIでは多様性に配慮し、アカデミアだけでなく各方面の実務経験者を研究員に迎えて各個人の責任のもとに研究を行っています。それらの成果を効果的に公表し広く周知させていくこと、換言すれば政策の多様性を紹介し、ひいては中長期的な視点から日本の構造改革に資する政策代替案を提示していくことが、RIETIの重要な使命であると考えています。例えば「政策決定過程の改革」「規制改革(官の改革)」「経営改革(民の改革)」「国際的視点」「新しい『民』のあり方」などがRIETIの考える構造改革に関わる重要な視点です。そこで出版社の協力を得て、「経済政策レビューシリーズ」と「経済政策分析シリーズ」の二種類のRIETIシリーズを刊行し、前者は主に一般の読者向けで日本が直面する重要な課題について、理論的・実証的分析に裏打ちされた政策提言をタイムリーに行い、また後者はより専門家向けに、専門分野ごとのレフェリー審査を原則としてクリアした、学術的な水準が高くより長期的な視座に立つ政策研究を公表することに努めています。そこで今回は、既刊のシリーズからRIETIがこの2年間に取り組んできた研究プロジェクトについて振り返ってみることにしましょう。

まず、政策形成過程について、「金融ビッグバンの政治経済学」(戸矢哲朗著/分析2)は90年代の金融ビッグバンを、金融と公共政策策定における社会科学的な制度変化という視点で捉えることを試みた労作で、識者の方々からも高い評価をいただきました。「包括的地方自治ガバナンス改革」(村松岐夫他編著/分析5)は、「改革は地方から」と言われる中、ある改革は他の改革へ波及せざるを得ないという関係に着目、地方のガバナンス改革がどのように普及し、また伝播したかについての分析を行っています。「知識国家論序説」(野中郁次郎・泉田裕彦他編著/レビュー7)は、「政策形成過程は知識創造過程である」としてナレッジ・マネジメントの視点から政策形成プロセスを考えたユニークな一冊です。この中で、ITを活用した政策形成の「場」の提供を提案していますが、RIETIでも「ポリシー・プラットフォーム・システム(PPS)」というグループウェアを開発、政策現場で実際に活用しています。

続いて規制改革に関して、4月に刊行された「産学連携」(原山優子編著/レビュー8)は、RIETI主催の政策シンポジウム「産学連携の制度設計:大学改革へのインパクト」(2001年12月開催)での議論が元になっています。「大学と産業界がそれぞれのミッションを明確にして両者をつなぐ仲介者の役割が重要である」という提言から、大学経営のあり方について言及しています。医療もまた、政策議論の重要度が増している領域です。「医療改革」(川渕孝一著/レビュー3)では、工程表を提案、医療の担い手と受け手の情報ギャップの解消、医療保険制度にまつわるモラル・ハザードの阻止、さらに医療をひとつの産業としてとらえる、という三つのプロセスからなる政策を提示しています。

もちろん、低迷する現下の日本経済にあって、企業経営改革のあり方も重要な課題です。「日本企業 変革期の選択」(伊藤秀史編著/分析1)は「日本企業研究プロジェクト」の成果として、英米企業の追従ではない、日本企業自身の戦略、組織、マネジメントに焦点をあて、日本企業が選択すべき方向についての発信を試みています。「モジュール化」を重要なキーワードとして取りあげた「モジュール化」(青木昌彦・安藤晴彦編著/レビュー4)では、IT革命がもたらした重要なインパクトの本質に迫り、今後の国際競争力、産業構造の展望、ベンチャーの活路などのヒントを導き出しています。

さて、ITの発展を通じた経済システムの変革も重要なテーマです。ウェブ上にもRIETIで行うIT関連研究のポータルサイトとして「IT@RIETI」を開設し、研究者自身が運営しています。「ブロードバンド時代の制度設計」(池田信夫他編著/レビュー5)は、2001年10月に開催された政策シンポジウム「ブロードバンド時代の制度設計」の成果をまとめたものです。光ファイバーでテレビの映像が流せるブロードバンド時代には通信と放送を区別する意味はなく、既存業者に独占されているインフラをコンテンツ産業に広く開放しようという「水平分離」案等、ブロードバンド時代にふさわしい規制改革のあり方が述べられています。

グローバリゼーションという言葉が日常的に聞かれる今日、国際的な視点を欠くことはできません。中国経済脅威論も未だ盛んに唱えられる中、中国を正しく理解するために中国経済の手引書として「日本人のための中国経済再入門」(関志雄著/レビュー6)を出しています。これは、ウェブサイトで同研究員が発表している「中国経済新論」のコラムを中心にまとめたものです。また、国際経済社会全体を見た場合には、WTOの今後のあり方も注目されるでしょう。「新時代の通商法研究会」がまとめた「転換期のWTO」(小寺彰編著/分析3)では、WTOについて「貿易機関」にとどまるか「経済機関」に脱皮するか、法学、経済学、政治学それぞれの立場から分析しています。

最後に市民社会についてですが、日本でも参加する主体としての市民が注目されるようになっています。その象徴がNPOやNGOであり、現場における活動だけでなく、発信される政策提言が社会を変える原動力になっているという現実があります。「国境を超える市民ネットワーク」(目加田説子著/分析4)では、対人地雷全面禁止条約や国際刑事裁判所設立規定などでNGOがいかにして国際社会を動かしてきたかという実例に基づいて市民連携の実態を分析・検証しています。また「民意民力」(澤昭裕他編著/レビュー9)では、RIETIの「公を担う主体としての民」研究グループでの議論をもとに、NPO・NGOが国のかたちを変える力になりうるのではないか、と提言しています。

この記事は経済産業ジャーナル7月号「独法だより」より転載されたものです。