国際政治のプレーヤーとしてのNGOとは

『国境を超える市民ネットワーク』書評

主権国家が主たるプレーヤーだった国際政治の場にNGO(非政府組織)ネットワークが加わり、冷戦終結後の国際政治が大きく変わったと言われて久しい。でが、一体、NGOネットワークは実際にどのような場面でいかにして国際政治を動かしてきたのか――。本書はこの問いに答えるべく、1990年代に相次いで誕生した地球温暖化防止のための気候変動枠組み条約、対人地雷全面禁止条約(オタワ条約)、戦争犯罪人を裁く国際刑事裁判所(ICC)設立規定という3つの多国間条約設立の交渉過程を検証し、国際政治におけるNGOネットワークの功績を具体的に示している。

3つの事例ではいずれも、NGOネットワークがオブザーバーや政府代表団の一員として交渉に同席し、時には代案を提示し、条約制定に積極的な国々と協力しながら不熱心な大国を説き伏せ、条約成立に導いた。

この際、例えばICC設立規定の交渉で地雷廃絶を軍縮から人道問題に位置づけ直すといった具合に、NGOネットワークは環境保護や人権に代表される地球規模の普遍的価値観に基づいて国際社会に条約の必要性を訴えながら交渉かかわり、多国間条約成立の過程に大きな変化をもたらしたと著者は指摘する。

本書を読むと、こうした戦略性を備えたNGOネットワークが大国主導の交渉過程を軌道修正し、国際政治に新たなダイナミズムをもたらした様子を垣間見ることができる。

著者は地雷禁止国際キャンペーン(ICBL)の運営委員として、NGOネットワークが対人地雷全面禁止条約交渉の場で影響力を発揮する様子を目の当たりにした当事者のひとりだ。活動の正当性確保や説明責任など、NGO自身の課題を指摘しつつも、国際政治におけるNGOへのパワーシフトは環境や人権にとどまらず様々な分野で進むとしており、NGOの将来性に対する期待感がうかがえる。

ただ、昨今の世界情勢を見るにつけ、こうした前途がいかに多難であるかという点も考えずにはいられない。 ブッシュ米大統領の就任、京都議定書やICC設立規定などの国際的枠組みからの離脱、一昨年の同時テロ、それに続くアフガニスタンやイラク攻撃――。一国至上主義的思考を一層強める米国とその同盟国にとって、大国主導のパワーポリティクス(力の政治)はいまだに有効な概念だ。著者も指摘するように、国際政治の本丸といってもいい核軍縮の分野では、核保有国側の抑止力信仰に阻まれ、NGOネットワークもまだ目立った成果を上げられずにいる。NGOネットワークが国際政治で真の主体となるには、国家対国家の伝統的な安全保障パラダイムへの代行案を示すという重い役割も避けては通れないだろう。

90年代に培われたNGOネットワークの実力は今、本当の意味で試されている。

※『世界週報』2003年6月3日号(時事通信社)に掲載