日本企業の業績低迷が長期化するにともなって、日本企業のあり方についての関心と批判が高まっている。 一方には、グローバル・スタンダードを積極的に取り入れる方向での企業改革を実施すべきだという意見がある。他方には、グローバル・スタンダードは米国基準に他ならず、米国流をサル真似してどうなるといった意見も存在している。しかし、これら世上でみられる意見のいずれにおいても、当の日本企業のあり方についての理解は、本当に正確なものなのだろうか。
日本人だから日本のことはよく分かっているというのは、しばしば思い込みに過ぎない。経験を反省し、対象化する学問的な営為を経なければ、客観的な自己認識は得られるものではない。 本書は、そうした学問的営為をアンケートや聞き取り調査などの実証作業の上に立って着実に進めることで、日本企業の自画像(理念型)の彫琢を目指した研究プロジェクトの成果をまとめたものである。これまで日本企業の理念型を論じるときには、十分に取り上げられてこなかった自律的ガバナンス、戦略的意思決定、イノベーションの源泉といった側面に焦点を当てて、日本企業のあり方についての理解をより豊かにすることが試みられている。
例えば、経営に規律を与える回路としては、企業の内部統治機構と金融資本市場からの圧力以外に、製品市場での競争がある。競争が厳しい状況下では、経営者は怠ってなどいられない。そんなことをすれば、競争に負けて破綻に追い込まれてしまう。
こうした競争の効果が、長期雇用・内部昇進中心の雇用慣行と補完性を持っており、外部からのチェックがなくても経営規律が維持されることを示したのが、「自律的ガバナンス」という考え方である。こうした考え方は、米国流の内部統治機構の導入が日本企業の経営規律を高める唯一の方法ではないことを教えてくれる。 このように本書は、日本企業にとっていかなる変革が必要かを現実的に考えようとする際に、きわめて参考になる示唆を与えるものとなっている。(慶応大学教授)
※2002年11月10日付朝日新聞に掲載
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