夏休み特別企画:フェローが薦めるこの1冊'02

『ダーウィン以来』

横山 禎徳顔写真

横山 禎徳(上席研究員)

『未完の経済外交』 佐古丞(さこすすむ)著 PHP新書 (2002年3月)

『未完の経済外交』表紙 この本は1977年にアメリカで出版されており、日本語訳もハヤカワ文庫で1995年に出ているから結構古い本であるが、その内容は時代と関係ない新鮮さがある。
残念なことに、著者は最近60歳で亡くなったが、天才的古生物学者で進化学者であった。内容は彼のエッセイのアンソロジーである。前書きによると1970年代にアメリカの自然史博物館の出している「ナチュラル・ヒストリーマガジン」のコラムとして毎月連載されていたものである。
あまり日本語訳がこなれていないため少々読みにくいのが難点であるが、どのエッセイも生命の持っている驚異に満ち溢れている。それと同時に、グールド自身の進化論の考え方や思想が極めて明快に出ている。
たとえば、いくつかの題を拾ってみると、「ヒトの真の父親としての子ども」、「生物の知恵―なぜキノコバエは母親を食べるのか」、「竹とセミとアダム・スミスの経済学」、「大陸移動説の妥当性」、「人間性の非科学性」、「人種差別論と知能指数」等、テーマは多岐にわたっている。

「竹とセミとアダム・スミスの経済学」の内容を紹介すると、竹は120年ごとに花を咲かせ、大量の種子を放出する。セミは13年か17年ごとに大量発生する。これらの生物は「捕食者飽食戦略」をとっている。竹の種子やセミが大好きな捕食者が食べきれないほど発生するのである。

それと、竹の種子が好きな脊椎動物の寿命は15年から20年。セミの好きな動物の寿命は2年から5年。1世代に2回の飽食の機会は与えられない。従って、捕食者が増えすぎるということがない。また、セミの捕食者が5年ごとに大量発生するとしても、セミの大量発生は13年と17年という素数なので、両方が同時に大量発生するのは早くても最小公倍数の85年ということになる。

このような事象をグールドはいまだに語られる「獲得形質の遺伝」という考え方を否定し、ダーウィニズムの基本である、適者生存と突然変異の二つで説明している。ハヤカワ文庫では続編として、「パンダの親指」と「ニワトリの歯」を出している。これも大変興味深いエッセイにあふれている。そして、何度読み返しても面白い。

横山 禎徳(上席研究員)