夏休み特別企画:番外編 スタッフが薦めるこの一冊'02

「中国底層訪談録」

李 琳(広報担当)

「中国底層訪談録」老威著

さまざまなサイトで転載されている「中国底層訪談録」を検索して読みました(編集部注:「中国底層訪談録」は現在中国で発禁書となっています)。それは私の知っている中国であり、知らない中国でもあります。著者との対談の形で目の前に迫ってくる中国の下層社会にある人々の運命は、なかなか頭から離れることができず、ここ数年来、一番衝撃を受けた書籍かもしれない。本書は主人公が60人登場する、老威が10年もかけて書き上げた力作です。

出稼ぎ者、趙二。国営の鉱山から石炭を盗むことにより食べている村民ですが、命をかけて長時間働いても、一日数元(数十円)しか稼ぎがない。その石炭を安く買った郷政府は大儲けし、新築まで建てた。趙二はその仕事さえできなくなり、都市に出てマンションの敷地を掘る作業に就き、一年あまりでこつこつ200元(3000円)をためて人力車を買った。免許を取らずに闇商売を始めたが、不注意で警察に発見され、人力車が没収された。ちょうど人力車代分を儲けたばかりで、これからだとかすかな希望が見える時期で、趙二は大泣きし、人力車を全力で抱いて手離そうとしなかった。それから二年間で、すでに三台も没収された。「見た通り俺はいま野宿さ。家族には半年以上も送金していない。きっと女房は子供連れで乞食をやっているんじゃないか? 収入は俺よりいいかもしれない。うちの子は元気でさ、ほっといてもすくすく成長するよ。都市の子は甘えんぼだ」

89歳の地主、周樹徳。若い頃、勤勉で朝から晩まで血を吐くほど働いた末、念願の土地を入手しました。49年に新中国が成立され、資産を持つ人が労働者を搾取する悪い人と定義されたため、「地主」という災厄な身分にされ、土地が没収され、残酷な虐待をうけました。しかし皮肉にも、怠け者で阿片に溺れる周の弟は「貧しい農民」に属し、社会に暖かく受け入れられた。「最近、家や土地を買ってもいいと聞いたが、そうすると地主が増えるね。地主とは、土地の主人にすぎないなのに」

売春婦の女。「この仕事が好きですよ。収入にもなるし、男性の世界を深く知ることもできる。辛い時もあるけど、数年間我慢してお金を貯めたら、過去を隠し、人工処女膜をつけ、いい男と結婚する。身につけたワザで彼を楽しませる。外国では結婚前の試し(婚前交渉)があるでしょう。私の仕事もその試しだよ」

これらを読むうちに、宮本常一の「忘れられた日本人」をいくども思い出しました。老威は宮本常一と同じように、「取材相手から気持ちよく糸をはき出させるがごとき卓抜した聞き取りの技術」により、生まれては死んでいく無告の民の生活を記録しました。より真実に近い内容を話させるため、テープレコーダー等を使わず、記憶力により取材ノートを整理するところも似ています。内容的に「忘れられた日本人」は、地理的に辺境の地で暮らす日本人を対象としていました。「中国底層訪談録」は主流から外れた、一見すると社会的なはみ出し者の集まりのようですが、GDPの成長と無関係な人々が10億人も居るという面から見れば、彼らは「沈黙の大多数」であり、彼らこそが普通の中国人です。しかし、彼らはマスコミや公衆の視野にも入らない存在であり、「帝王、将軍、丞相の家族史」といえる中国の歴史では、彼らの影すら見えない。「声を出したこともない人の声」として、彼らのその凛々しい真実とその中に潜んでいる悲しい人生は人々の心を打ちます。

宮本常一と比べると老威は遙かに不幸です。読者の好意的な反響が潮のごとく戻ってきたり、各新聞に転載されていたにもかかわらず「中国底層訪談録」は出版禁止の宿命になりました。幸いインターネットがあるので、探せばある程度入手できます。老威は友人に「おまえはこれから10年間沈黙しなくちゃ」といわれました。世界にはいくつの10年があるでしょうか。海の向こうで黙々と生きている人々、頑張っても成功への道が見えない人々、コツコツ努力して手に入れたものをいつ失うか分からない人々、真実の世界を追究するだけで乱暴に扱われた人々のことを思うと、心がとても痛いです。中国の経済発展、エリートの輩出を議論するときに、彼らのような中国人の事を忘れないでほしいです。

李 琳(広報担当)
※必ずしもこの服装で執務しているわけではありません
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