夏休み特別企画:フェローが薦めるこの1冊'01

銀河英雄伝説

北野 充顔写真

北野 充(上席客員研究員)

田中芳樹著
徳間書店

『米中奔流』表紙 宇宙暦8世紀、人類は銀河において「銀河帝国」、これに反旗を翻した「自由惑星同盟」、そして貿易国家「フェザーン」の3つの勢力に分かれていた。三者の均衡は、限りない野心を秘めた軍略家ラインハルトが銀河帝国に出現することによって崩れていく。対する自由惑星同盟では、歴史家になる夢を果たせなかった、およそ軍人らしからぬヤン・ウェンリーが用兵の才を発揮してしまったために、自らの人生設計に反して、同盟軍の要職につく羽目に陥っていた。二人は戦場で相まみえる。そして、帝国も同盟もフェザーンも、歴史の変動の渦に巻き込まれて行く。そこには老帝国の衰亡があり、新しい王朝の誕生と勃興があり、民主主義に寄りかかっている国の滅びがある。人間の野望、忠誠、高潔、勇気、使命感、友情があり、戦争、陰謀、謀略、闘争、駆け引き、狡猾、卑劣、臆病、冷酷、邪心がある。この物語は、「スペース・オペラ」という形式で綴られた宇宙の「三国志」であり、「戦争と平和」である。そして、何度読み返してみても、最上の歴史書を読んでいるかのような悦楽を覚えさせるものがある。

私がこの全10巻の物語(現在刊行中の「徳間デュアル文庫」での新装版では20巻)を初めて読んだのは、ソ連が崩壊して冷戦が終結し、湾岸戦争が戦われた頃だった。当時、私は湾岸での事態に対応するために外務省内に設けられたタスクフォースの一員として、日本の「貢献策」のスキーム造りの仕事をしていた。歴史が動いている、ということが実感として感じられる時代であった。この頃の私は時間があれば歴史書ばかり読んでいた。「史記」、「プルターク英雄伝」、「ローマ帝国衰亡史」、そして塩野七生の諸著作。そのためかもしれない。私はSFのジャンルに属するこの本を歴史書として読んでいたのだ。自分の目の前で、息づき、動こうとしている歴史の変動と重ね合わせ、あるいは対比させながら...。

あれから10年ほど時がたった。その間、何回この本を読み返しただろうか。異なった方向から光を当てると違った光芒を発する宝石のように、この本も読む度にいろいろなメッセージを送ってきた。ラインハルトも、ヤン・ウェンリーも、実在の人物ではない。しかし、夏の夜空を見上げながら、彼らの銀河でのドラマに思いを馳せるとき、歴史に実在した人物のように彼らを考えている自分に気がつくことが、私にはある。

北野 充(上席研究員)