関税引下げと食料自給率向上を両立させる農政改革

執筆者 山下一仁  (上席研究員) /(吉冨 勝研究所長 責任編集)
発行日/NO. 2005年5月  No.03
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概要

1.改革の必要性

1)WTO・FTA交渉が進められる中、農産物関税引下げ、国内価格引下げが必要。

2)農業の衰退に歯止めがかからない。食料自給率は1960年の79%から2003年には40%まで低下。



2.日本の農業保護の構造と原因

1)国際比較

・日本の農業保護は高くない。農業保護指標であるOECDのPSE(Producer Support Estimate)は、2003年、アメリカ389億ドル(GDP比0.4%)、EU1,214億ドル(同1.2%)、日本447億ドル(同1.0%)。

・しかし、WTO・FTA交渉において(特に関税引下げに抵抗する)農業保護主義的な国という批判があるのは、保護の仕方が間違っているため。それは余りにも高関税に頼りすぎ、直接的に海外からの輸入を防いでいるからだ。しかも、この保護の仕方は二つの面で日本農業の衰退を招くという墓穴を掘っている。一つは、高関税が米など特定の品目に偏っているため農業資源が高関税品目に向かい、需要のある望ましい品目に向かわず自給率が低下すること、二つには、高関税・高価格に依存しているため、農業の生産性や効率が上がらず、競争力の向上を妨げていること。

PSEは高関税・高価格による消費者負担と農業所得を直接補助するなどの納税者負担の二つの部分からなる。PSEに占める消費者負担の部分は、1986/88年から2003年にかけてアメリカ46%→38%、EU85%→57%、ところが日本90%→90%。アメリカ・EUとも価格を下げ財政による農家への直接支払いへ転換。

2)なぜ、関税依存の消費者負担型農政ができ上がったのか。

所得は売上額(価格×生産量)からコストを引いたもの。米のように需要、売上額が伸びない作物でも、農業の規模拡大等の構造改革を行い、コストを減少させれば、農業所得は確保できるはずだった(農業基本法)。

しかし、実際の農政は米価を引き上げ。その結果、

(1)米は過剰となり、30年以上も生産調整を実施。そのため、農業資源は収益の高い米へ向かって他の作物には向かわず、1960年度から2003年度にかけて食料自給率は低下(反対にフランス99%→132%)。

(2)コストの高い農家も高い米を買うより自ら作るほうが安上がりとなるため、零細副業農家が滞留し規模は拡大せず(40年間で0.9ha→1.2ha、フランス17ha→42ha)。国際競争力は低下。



3.改革内容

農業を保護することとどのような手段で保護するかは別の問題。価格支持政策は零細農家を温存する効果を持つ。これに対し、納税者負担による農家所得補助のための直接支払いは、一定の耕作規模以上の農家に対象を限定して行なえば、コストは削減し、国民経済全体の厚生水準を高め、貿易への歪みを少なくし諸外国との貿易摩擦を避ける。

関税引下げ、国内価格引下げによる農家所得の減少に対応するためには、EUのように直接支払いを導入すればよい。しかし、内外価格差のある中で関税割当の拡大は、低関税の輸入を認めるため、国内生産の縮小をもたらす。食料自給率の向上のためには、関税引下げか関税割当拡大のいずれかを求められる場合は、迷わず関税引下げを選び直接支払いを導入すべき。

1)具体案

農業の効率化を促進させる対象者を絞った直接支払いが必要。現在、稲作副業農家の所得801万円>勤労者世帯646万円、うち農業所得はわずか10万円。主業農家所得642万円(うち農業所得は322万円)で、ここへ直接支払いのターゲットを絞る。

2)政策効果のメカニズム

価格維持カルテルである米生産調整や他の農産物の価格支持政策の廃止→価格低下→高コストの零細副業農家は農地を貸出す(米を作るより買ったほうが安い)→農地面積当たり直接支払いを一定規模以上の企業的農家に交付→企業的農家の地代支払能力向上→規模拡大による効率化、コスト・ダウン→価格はさらに低下→国際価格へ接近。

3)期待される効果

(1)全ての農産物関税ゼロ(現在米490%)の場合でも直接支払い所要額約1.7兆円。(農業予算は3兆円)

(2)農業保護の消費者負担部分(PSEでは4.7兆円)は価格低下で消滅。WTO・FTA交渉にも積極的に対応可能。

(3)食料自給率の向上

ア.生産調整廃止による米生産の拡大及び米と他作物の相対収益性の是正を通じた他作物の生産拡大。

イ.大規模層に農地をさらに集積していくと、耕作放棄、不作付け、捨作りが解消され、水田の利用率が向上。

ウ.価格が低下すれば、米粉等輸入調製品や飼料用米の需要も取り込むことが可能。関連産業との連携により、生分解性プラスティックやエタノール原料用の米生産を行うことも可能。

(4)担い手農家の所得も向上。

(5)週末以外も農業に専念できる主業農家は農薬・化学肥料の投入を減らすので環境にやさしい農業が実現。