| 解説者 | 細野 薫(ファカルティフェロー)/布袋 正樹(大東文化大学) |
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| 発行日/NO. | Research Digest No.0154 |
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法人税は利益に課税するため、重い税負担は成長企業の活動を妨げる可能性がある。一方で、減税は税収ロスを生み、政府活動を制限する。そのため、多くの先進国の法人税改革は、税率の引き下げと課税ベースの拡大によって行われてきた。細野薫RIETIファカルティフェロー、布袋正樹大東文化大学教授らは、2015~2018年度に段階的に実施された日本の法人税改革(法人所得税率引き下げや繰越欠損金控除の縮小、付加価値・資本への課税拡大など)に着目し、この改革が平均的な法人税負担にどのような影響を及ぼしたのか、成長企業のためとなる改革だったのかを検証した。今回は両氏から、本研究における分析のポイントと企業税制政策への示唆についてお話を伺った。
企業税制研究の特徴
佐藤:先生方は企業税制に関わる研究に多く取り組まれていると思いますが、研究対象として企業税制を考えたときに、どのような特徴があるのでしょうか。
布袋:税制を実証分析する上でどんなデータが必要かというと、例えば法人税を分析する際、制度変更があったときにそれが全ての企業に該当しない場合もありますので、制度変更が該当する企業を特定できるデータが必要になります。また、企業内で働く人たちを対象とした税金もあるので、そうした人たちを特定できるデータがなければ分析できないという特徴があると思います。
さらに法人税等を分析するときには、個々の企業の税額を把握する必要があります。ですから、税額が分からない場合には、利用できるあらゆる情報を使って税負担を推計することも時には必要になります。
佐藤:企業税制に係る研究の足元のトレンドや新たなデータの活用方法について教えてください。
細野:実証研究としては、かなり詳細なミクロデータを使っています。分析手法については、中小企業税制などがそうですけれども、回帰不連続デザインのような因果分析を意識して行うものが一つのトレンドになっています。実証分析の背景となる理論としては、経済学ですから合理的な企業を念頭に制度への反応を考えるのですが、実際は優遇措置を使わない企業も一定数存在していたりするので、理論通りの“きれいな世界”からは少し離れた、いろいろな摩擦がある現実の中で、企業がどう行動するかということも含めて分析しています。
本研究の問題意識
佐藤:本研究はどういった問題意識を基に実施されたのでしょうか。
細野:2015~2016年度にいわゆる「成長志向の法人税改革」が行われました。その目的は、産業の空洞化も背景にあったとは思うのですが、日本国内での立地競争力を高め、企業自体の競争力を強化し、あるいは利益を上げている企業の再投資能力を増大させ、新陳代謝を促すことで、産業の生産性を高めることだったと思います。ただ一方で、法人税率は下げたけれども国内投資にあまり回らなかったのではないかという議論もあるわけです。われわれとしては、改革の効果まで一足飛びに行くのは難しいにしても、改革自体がどのような改革だったのかという全体像を知りたい、そもそも成長している企業の税負担を減らすものだったのかどうかをまずは見たいという問題意識がありました。
分析結果と活用データについて
佐藤:どのような分析結果が得られたのですか。
布袋:本研究では主に大企業と中小企業に分けて分析しています。大企業では売上高成長率が高い企業ほど実効税率(ETR: Effective Tax Rate)が低下していましたが、それは一時的なものであり、2018年度以降は有意ではなくなっています。それから、研究開発(R&D)集約的な企業(売上高に対するR&D比率が高い企業)ほどETRが低い傾向にあるのですが、この改革によってETRの下げ幅が小さくなっていました。そして繰越欠損金の売上比率が高い企業ほどETRは低い傾向にあるのですが、この改革によって低下幅が急激に縮小していました。この結果は、黒字企業の中でも収益性が低い企業の負担が高くなったことを示していると考えられます。
中小企業も同様に成長性が高い企業ほどETRが下がっているのですが、大企業と比べると下げ幅は非常に小さくなっています。また中小企業でも、R&D集約的な企業はETRが低下していました。ただ、大企業と同様、一時的な結果でした。このように、部分的には成長企業に対してETRを下げる結果が出たのですが、それは一時的なものであって、長期的に続くものではなかったというのがわれわれの結論です。
佐藤:今回の研究は、国税庁が保有するデータを活用した税務大学校との共同研究がベースであり、法人税申告書のミクロデータを活用されていると思います。経済産業省としても、このような政府が保有するデータを活用した取り組みを進めていくべきと考えているのですが、今回活用したデータにはどんな特徴があり、どのような新しい視点を与えてくれたのでしょうか。
細野:国税庁が初めての試みとして研究者連携を認め、われわれもそれに参加したわけですけれども、今回使用した「法人税申告書(別表1)」は、課税所得や特別控除の総額、支払税額など、通常の税務データにはないものが記載されているので、非常に有益なものでした。一方で、別表1だけでは税引前利益やその他の税務情報がなく、地方税である外形標準課税は税額に含まれていないので、われわれは別表1と東京商工リサーチの財務情報データベースをマッチングすることで補いながら使用しました。
佐藤:ETRを構成要素に分けてそれぞれの構成要素が企業の成長にどのような影響を与えているのかを分析している点が今回の研究の特徴だと思います。このアイデアによって新たに得られた知見があれば教えてください。
布袋:今回、申告データを使ったことでETRの分解が可能となり、分解要素と企業属性の関係を分析できるようになったことが本研究のポイントです。ETRを加重平均法定税率、特別控除率、所得税引前利益率、外形標準課税負担率の4つに分け、これらの要素と企業属性との間にどんな関係があるのかを見ることによって、4要素のうちどれがETRに影響を及ぼしているのかを明確に分析できたことが成果だと思っています。
まず大企業に関しては、高成長の企業ほどETRが一時的に低下したのは外形標準課税負担率が一時的に低下したためであることが分かりました。
それからR&D集約的な企業のETRの低下幅が縮小したのは、1つは特別控除が使いにくくなったことと、もう1つは外形標準課税を拡大したことが背景にあると考えています。要するにR&D集約的な企業は、外形標準課税の中でも資本割の負担率が上昇傾向にあるのです。これはR&D投資をする企業はかなりのリスク投資になるため、自己資本への依存が大きいことから資本割の負担が増えてしまい、それによってETRが下がりにくくなったと考えられます。
また繰越欠損金比率の高い企業のETR低下幅が縮小したのは、所得税引前利益率の低下幅が縮小したことが大きな要因だと思います。特に大企業では繰越欠損金の控除率を引き下げる形で改革が進められたので、その結果ETRが下がりにくくなってしまったのです。それから繰越欠損金比率が高い企業は、今回の改革によって事業税の資本割の負担がかなり増えてしまったことも分かっています。そうした影響があってETRが下がりにくくなったと考えられます。
佐藤:課税ベースを広げつつ税率を引き下げる取り組みは当時の諸外国においても行われていたと思いますが、今回の結果は日本特有のものなのでしょうか。
細野:例えば外形標準課税には資本割や付加価値割があって、それは利益が出ていなくても課税しようということだったと思うのです。そういう意味では相対的に利益が出ているところの負担を小さくする効果があったと思うのですが、それが一時的だったということは、成長企業は最終的には利益だけでなく資本も付加価値も増えていくので、諸外国でも同じようなことは見られるのだろうと思います。
一方で、日本固有の特性もあって、投資減税については2017年に生産性向上設備投資促進税制が廃止されており、必ずしも成長率の高いところが特別控除をたくさん利用できたわけではなかったと思うので、その辺は日本の改革の内容が影響したのではないかと思っています。
布袋:他の国でも外形標準課税が導入されている例はありますので日本に特有の結果ではないと思うのですが、今回の改革では事業税の中で所得から付加価値、資本に課税ベースをシフトさせており、そういう改革をETRの中で捉えたケースは先行研究でも見たことがありません。ですので、今回の分析は新しい試みであったのではないかと自分では思っています。もしかすると諸外国でも日本と同じような課税ベースのシフトをしていたかもしれないのですが、それを今後しっかり研究しなければいけない場合には、今回の分析手法は役に立つかもしれません。
佐藤:われわれも外形標準課税が企業行動に与える影響を小さく見積もってはいけないと認識しており、法人税改革にそれらがパッケージとして含まれていた中、それが企業行動にどのような影響を与えたのかを分析していただいたのは新しい視点だと思います。
政策担当者としては、今回の法人税改革を「パッチワーク」と表現されている部分があった点が印象的でした。法人税改革自体がさまざまな取り組みの集合として行われたのは事実だと思うのですが、今回のような結論になった理由として、税率の引き下げ幅がその他の課税ベースの拡大に見合っていなかったからと理解するべきなのか、それとも税率を引き下げながら課税ベースを拡大するという手法自体に内在する結果なのか。どのようにお考えでしょうか。
細野:どちらかということではないと思います。税率引き下げと課税ベースの拡大のミックスが良くないというのではなく、個別の施策の中に良かったものもあれば悪かったものもあるので、もう少し議論を個別に丁寧にしていった方がいいでしょう。まさに繰越欠損金控除率の引き下げは稼げる企業に対しては恩恵があったわけですから、ポジティブな面もあると思いますし、税率を下げて課税ベースを引き上げる方向性が良くないとは考えていません。
布袋:税率を引き下げる改革が進められた要因としては、国際的な租税競争(税率の引き下げ競争)が考えられます。例えば、企業はできるだけ税率が低い国に立地する傾向がありますから、日本も税率を引き下げなければならないという考え方が当時あったと思うのです。ただ、税収中立という制約があったため、税率を下げる分、他の課税ベースを広げなければ政府も苦しいというのが改革の背景にあったと思っています。ただ、実際これで立地が進んだわけではないので、税率を引き下げるだけでは立地促進効果はあまりなかったと考えられます。
海外でも少し前までは、租税競争をやめるために税率をそろえるBEPS(税源浸食と利益移転)への取り組みがあったと思うのですが、それがうまくいけば税率を引き下げるインセンティブがなくなりますので、今後は税率を引き下げる方向性がなくなっていくでしょう。もしそうなったときに重要なのは租税特別措置による投資減税だと思いますので、そうしたものを成長企業にうまく利用してもらえるように設計することが求められると思います。
研究成果の政策への活用等について
佐藤:企業の投資拡大や賃上げの促進という政策目的に対して、今後の法人税制を含む企業税制政策に対するインプリケーションを教えてください。
細野:私も布袋先生の先ほどの議論に賛成なのですが、とにかく投資を増やせばいいわけではなく、投資の質も含めて考える必要があります。例えば研究開発投資であれば、スピルオーバー効果がどれだけあるかというのも重要ですし、本当に成長しているところ、内部資金が少なくて投資したくてもなかなかできないところにキャッシュが配られる仕組みをうまく設計しなければならないと思います。今後の研究ではそういうところを見ていきたいですし、そうした細かな政策が重要になると考えています。
布袋:われわれの分析結果では、特に大企業については成長とは無関係に特別控除を利用することを示唆しているため、必ずしも成長率が高い企業に特別控除が割り当てられているわけではありません。裏を返せば成長していない企業も利用できているわけです。あまり良くないシナリオとしては、成長していない企業は必ずしも株主の利益最大化のために行動していないので、株主の利益を最大化しない投資を促進している可能性もあります。従って、例えば投資減税が将来的に多くのキャッシュフローを生み出すような設備投資につながっているかどうかを分析して、過去の制度を検証した方がいいと思います。
佐藤:今後、日本の企業税制を研究していくに当たっての期待などがあればお聞かせください。
細野:今回法人税申告書を初めて使用して、できることはある程度あったのですが、例えば特別控除に関しては、成長していない企業が成長企業と同じように使っている状況かまでは分からないわけです。ですので、そのあたりの情報をわれわれが使うことができるようになれば、もう少し的確に制度改正の提言ができると思いますので、今後検討していただければと思います。
布袋:「法人税申告書(別表1)」は財務情報がほとんどないので、外部データを統合して分析しなければならないのですが、外部から接続できるデータは企業の範囲が非常に狭いので、そこに制約ができてしまって法人税データの大規模性がまったく生かせないという残念な結果になってしまいます。できれば申告書を提出したときにひも付けられている財務情報も一緒に利用できるようにデータを整理していただきたいと思います。それは分析する側だけでなく、これから政策を考える人たちにとっても重要なことだと思います。
解説者紹介

細野 薫(RIETIファカルティフェロー(学習院大学経済学部 教授))
1984年3月京都大学経済学部卒業。1990年6月米国ノースウエスタン大学大学院経済学部卒業、経済学修士(MA)。2009年12月一橋大学博士(経済学)。1984年4月経済企画庁、1999年4月名古屋市立大学経済学部助教授、2003年4月学習院大学経済学部助教授、2004年4月より現職。

布袋 正樹(大東文化大学経済学部 教授)
2010年3月一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了、2010年4月財務省財務総合政策研究所研究官、2013年4月関西国際大学人間科学部准教授、2016年4月大東文化大学経済学部准教授、2025年4月より現職。
インタビュアー紹介

佐藤 滉介(経済産業省経済産業政策局 企業行動課 課長補佐)