Research Digest (DPワンポイント解説)

保育所等の整備が出生率に与える影響

解説者 宇南山 卓(RIETIファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0147
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2000年代以降、国は少子化対策として保育所・こども園を急速に整備した。保育所等の利用可能性が高まれば、女性が出産後も仕事を続けやすく、結婚・出産を選択する女性が増加すると考えられる。2023年に著書『現代日本の消費分析:ライフサイクル理論の現在地』で日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞を受賞したRIETI ファカルティフェローの宇南山卓・京都大学経済研究所教授に、保育所整備が出生率に与える影響について研究から分かったことや政策へのインプリケーションについて解説いただいた。

今回の研究の問題意識

福永:宇南山先生といえば、家計行動や消費に関する実証研究のプロという印象があります。先生のこれまでのご経歴や研究分野についてお聞かせいただけますか。

宇南山:私は東京大学の大学院を出て以来、ずっとアカデミックにいるという意味ではピュアな学術研究者です。家計行動を扱うようになったのは、青山学院大学の美添泰人先生の下で家計調査のミクロデータを使う機会があったのがきっかけで、徐々に家計行動全般を分析するようになりました。ですから、普通の研究者と比べてデータ志向である点が特徴だと思っています。

福永:今回の研究の問題意識はどこにあったのでしょうか。

宇南山:私は2009年あたりから、保育所の整備が女性の労働に与える影響について論文を書くようになり、保育所についてずっと研究してきました。当時は女性が就労できないことや少子化の理由はおそらく保育サービスの不足だろうと思っていて、その点ではもっと保育所を作るべきだと考えていました。

その後にアベノミクスが始まって、保育所が一気に整備されました。「待機児童数と保育所整備の問題はいたちごっこだからいつまでたっても解決しない」という状態だったのが、保育所が余るほど整備されたのです。一方で、継続的に費用が多くかかることになっており、この10年の保育所整備の功罪を評価しておかなければならないと思いました。

研究のデザイン

福永:今回の研究では、出生に関する指標として結婚確率を、保育所整備の指標として潜在的定員率を用いて回帰分析をしています。それらの指標を用いた理由をお聞かせください。

宇南山:保育所の指標とした潜在的定員率ですが、これは保育所の定員数を出産期にある女性の人口で割ったものです。この比率が高ければ出産を考える女性にとって「保育所の利用可能性」が高いことを意味します。

図:保育所の整備と結婚
図:保育所の整備と結婚

この指標は私自身が考案したもので、過去の論文でも使っていたものであり、ほとんど議論の余地なく決まりました。

問題となるのは出生の指標です。通常、出生の指標であれば合計特殊出生率(TFR:ある年の年齢別の出生率を単純に合計したもの)を使うことが多いのですが、保育所の整備の効果を測る指標としては望ましくありません。子どもをもうけるかどうかの意思決定は不可逆的で長期の人生設計に関わるもので、状況の変化に合わせてすぐに変化するものではありません。保育所ができたとして、その後に生まれる子どもの一部は以前から予定されており保育所とは無関係かもしれない。逆に、保育所が整備されたから子どもを持つことを決めた人がいたとしても、子どもが実際に生まれる時点とは大きなタイムラグがある。こうした意思決定と出産自体のタイムラグを誤差項として扱ってしまうと検出力の非常に弱い推計になってしまいます。

そこでまずは、人々が子どもをもうけることの意思決定を描写し、ライフコースの選択の代理指標として結婚に注目しました。日本では結婚をしないで子どもを持つ人は非常に少ないし、逆に結婚して子どもを持たない人もそれほど多くありません。結婚したかどうかによって、子どもを持つ気があるかどうかがおおむね分かりますので、子どものいる人生を選択したかを間接的に観察できる結婚を出産の指標としました。

福永:結婚確率に対して保育所整備が与える影響を議論する上で、見せかけの相関のような内生性の問題に対処する必要があります。保育所整備の効果を識別する戦略について教えてください。

宇南山:見せかけの相関とは、本来は存在しない因果関係がデータ上では観察されてしまうという問題です。例えば、結婚したり子どもを生んだりする意思が弱まりつつあるという傾向がある一方で、保育所は政治的な意図で増加傾向にあるとすると、データ上は保育所を作ると子どもが減る(結婚が減る)という関係が存在するように見えてしまいます。

こうした見せかけの相関を避けるために、都道府県別のパネルデータを使いました。地域と時系列の2つの方向でのバリエーションを使えば、保育所と結婚の因果関係をより正確に識別できるようになります。

研究の結果と政策へのインプリケーション

福永:今回の分析結果とその解釈について教えていただけますか。

宇南山:一番のヘッドラインの結果としては、潜在的定員率を1%上げると生涯未婚率が0.37%程度下がるというものです。潜在的定員率はアベノミクスの時期に約10%上昇していますので、保育所の整備によって生涯未婚率が3〜4%前後低下したと解釈できます。それを出生率に割り戻すと、生まれてくる子どもの数を4%程度、TFRに換算すれば0.06ほど引き上げたことになります。

福永:そう聞くと人数ベースでは大きいような気がします。一方で、保育所の充実のために毎年の社会保障支出が3兆円程度増加しており、政策論としては財政支出と出生率上昇のバランスを考えることが非常に大事になると思います。この点についての見解をお聞かせください。

宇南山:単純に3兆円に対してTFRがたかだか0.1未満しか上がっていないという話になっていますから、年間100万人の子どもが生まれたとして4万人しか子どもを増やすことができていないことになります。毎年3兆円多くかかっていることから、1人の追加的な出産を促進するのに7,500万円かかっていることになります。

本当にこの数字がベストなのか、他に少子化を解決する方法はないのかという疑問はあります。しかも、この3兆円の支出の恩恵を受けている人が、再分配上、本当に正しい対象なのかという疑問もあります。そこは今後の課題ですが、まずは全体のインパクトがその程度であるということを示すのが非常に重要でしょう。

福永:要するに、3兆円の結果、非常に華々しい効果が生まれたというよりも、3兆円をかけたけれどもこの程度だったというインプリケーションになるのでしょうか。

宇南山:決して割が良かった政策とは思っていませんが、少子化が大問題だといわれている中、子どもが生まれる数に明白に寄与したといえる政策は他に思い浮かばないことも確かです。その点では政策介入が一定の少子化解消への圧力になったことは評価しています。

そもそも、TFRが第2次ベビーブーム以降ずっと低下傾向にあったのは、女性の社会進出が大きな要因であり、子育てと仕事の両立支援策が大規模に行われていなかったことが非常に大きな問題だと思っていました。実際に2005年に1.26まで下がったTFRが、2015年には1.45まで上がったのは、保育所が大きな課題だと指摘した私の分析と整合的でした。

しかし、現在では保育所もひととおり使えるようになったにもかかわらず、子どもが再び減ってきています。これは今までのような女性の社会進出とは違う要因があるのだと思います。それが何なのかは分かっていません。出生率のピークを迎えたのは2020年よりも前ですし、コロナ禍とは別の何らかの特殊要因があるのだと思います。

福永:日本の出生率の低下は、子どもを産む女性が減少すること(エクステンシブ・マージン)で発生しており、子どもを持つことを選択した女性が産む子どもの数(インテンシブ・マージン)は比較的安定していると言われてきました。この構造が2015年以降変化した可能性も指摘されていますが、その影響でしょうか。

宇南山:これまで安定していると言われてきた「結婚した女性が産む子どもの数」が下がってきていることは事実です。これは逆説的なことですが、保育所の整備が結婚を促進したことの証拠と言えます。保育所が不足している状況では、子どもを持てばキャリアを断念する必要があるため、2人ぐらい子どもを産むつもりでなければ子どもを産むライフコースを選ぶ決断ができなかったと考えられます。それに対し、保育所が整備された今では、子ども1人ならキャリアの継続も可能で、結婚に踏み切りやすくなったように見えます。私の論文ではこの事情は想定していなかったので、TFRへのインパクトは過大になっているのかもしれません。

福永:結婚はするが、子どもは持たなくてもいいと考える人々は増加しているのでしょうか。

宇南山:統計だけを見ると、結婚して20年ほどたった人のうち、子どもがいない人の割合はかつて4%程度でしたが、今は10%程度に増えています。結婚しても子どもを持たない生き方が一般化してきたという人もいるのですが、それはおそらく間違っています。

なぜなら、世の中には一定数の「子どもをもうけるつもりはないけれども結婚はしたい」という人たちがいます。その人たちは保育所の有無にかかわらずそういう人生を送るのですが、子どもを持つつもりの女性は保育所が整備されていなければ結婚をためらうことになります。そうなれば、相対的には子どもを持つ気のない人たちの割合が上がります。子どものいないカップルの割合の増加の大部分はこの効果で説明できると考えています。

福永:今回の論文は、少子化の原因と必要な対応策が新たなフェーズに入っていることを示唆しています。今後取るべき少子化施策としてはどういったものがあり得ますか。

宇南山:私は、保育所は極めてゆがんだ再分配政策だと思っています。共働き家庭、特に妻側のキャリアが高い人たちに保育所のニーズがあるわけで、少子化解決・女性活躍を両立させるためには保育所の供給は望ましい政策なのですが、再分配上は高所得者に集中的に、児童手当では考えられない金額が投入されることになりました。

そう考えると、日本の保育政策は2010年ごろまで非常にひずみがあって、この負担構造下では規模を拡大するのは無理だろうと思っていたのですが、アベノミクスが実際にやってしまったわけです。成果として出ているのだからそれでよしというのはあるのですが、次のステージに進む前にいったん、保育所施策に毎年3兆円かかる状況が続いたときにどんなインパクトがあって、どんな再分配上のインプリケーションがあるかを見極めた上で、ゆがみを取り除かないといけないと思います。

そうしないと次のステージに進んだときに、財政的な余力が非常に厳しくなり、政策がかなり限られてしまうと思うので、保育所の総量としての供給が足りた今の時点で、一刻も早く再分配上のゆがみを正していくことが必要だと思います。

福永:それは低所得世帯に対する恩典を増やしていくというイメージですか。

宇南山:保育所の利用料の上限を上げていくことも必要だろうし、夫と妻の所得の合算で考えていかなければならないでしょう。そういう意味では、子育ての費用を負担させると子どもを産まないという方向で議論されがちなのですが、全体として子どもを持っている人がどういう負担をしなければならないかということと、子どもを持っている人の中で誰が負担するのかということは分けて考えないといけません。今はまだ子育て世代の中で損している人はあまりいないので不満の声は出ませんが、20年たってみると、「なぜ私たちがあの人たちの子どもの世話のために何兆円ものお金を払わなければならないのか」という声は必ず出てくると思います。そこは今ならまだ手が付けられると思うので、まず第一に取り組まなければならないでしょう。

福永:少子化対策としてよく検討される給付施策は、その帰着先を考慮するのが重要です。例えば、給付金の大部分が、教育サービスや不動産市場での価格上昇に消えてしまうと、家計の実質的な経済的余裕は増加せず、結果として出生率の向上につながらないと思うのですが、いかがですか。

宇南山:実は韓国に面白い研究があります。これまでの研究で、親が「より賢い」子どもを持つために教育投資をする、その教育費が大きな負担にならないように産む人数を減らす、という「子どもの質と量のトレードオフ」構造が存在することが指摘されてきました。このトレードオフを前提にすれば、子どもの数を増やすためには教育投資の支援が必要と考えられてきました。それに対し、韓国のデータを用いて、子どもの質を決めるのは「絶対的な賢さ」ではなく、集団内での「相対的な賢さ」であることが示されました。そうした状況では、教育投資の支援を増やしても、全員が「相対的に」賢くなることはできないので、他を出し抜こうとして教育費が際限なく増えてしまい、少子化解消にはつながらないのです。

こうした問題は日本にも存在するように感じています。個人的な経験からすれば、特に東京でこうした傾向が強く、教育に対する過剰投資がありそうです。もしかすると、東京一極集中の解消は、住宅問題の解決だけでなく、教育投資の過熱を抑える効果があるかもしれず、少子化対策として意味があるのではないかと考えています。

今後の研究について

福永:今後の研究の展望について教えてください。

宇南山:保育所整備が一段落した中で、そのインプリケーションをもっと明らかにしたいと考えています。保育所が充実したことで子どもを産むようになった人はどんな人なのか、誰が働き続けられるようになって、どんな仕事に就いていて、それがマクロの資源配分にどんなインパクトを与えたのかをマクロモデルで明らかにできたらいいと思います。

高所得のハイキャリアな職を持った人だけが子どもを持てる世の中になっているとしたら非常によくない状況だと思うので、そこを解決できる分析をしたいと思っています。

解説者紹介

宇南山卓顔写真

宇南山 卓(RIETIファカルティフェロー / 京都大学経済研究所 教授)

2004年 東京大学大学院経済学研究科博士課程修了(博士・経済学)、2006年 神戸大学大学院経済学研究科 准教授、2012年 一橋大学経済研究所 准教授、2013年 財務総合政策研究所 総括主任研究官、2015年4月 - 2019年11月 一橋大学経済研究所 准教授、2019年12月 - 2020年8月 一橋大学経済研究所 教授を経て2020年9月より京都大学経済研究所 教授。

インタビュアー紹介

福永開顔写真

福永 開(RIETIコンサルティングフェロー / 経済産業省大臣官房調査統計グループ参事官補佐)