Research Digest (DPワンポイント解説)

DXは生産性と企業内の資源再配分に影響を与えるか?

解説者 権 赫旭(ファカルティフェロー)/金 榮愨(専修大学)
発行日/NO. Research Digest No.0145
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IT化の進展が企業の成長性に貢献することは先行研究でも確認されている。しかし、日本企業はICT革命の波にうまく乗れず、近年のデジタルトランスフォーメーション(DX)の進展にも後れを取っているとされる。RIETIの「東アジア産業生産性」プロジェクトでは、DXが生産性と企業内の資源再配分に与える影響について分析を進めてきた。今回は、同プロジェクトのメンバーである日本大学経済学部教授の権赫旭ファカルティフェローと専修大学経済学部教授の金榮愨氏が、分析結果を基にIT投資と企業の成長の相関性について論じ、日本企業にはチャレンジを促す文化が必要であることを指摘した。

本研究に至った経緯

苦瀬:これまでにどのような研究をされてきたのか、簡単にご紹介ください。

権:私はRIETIで金先生らと共に日本産業生産性(JIP)のプロジェクトに参加しているのですが、産業レベルの生産性を測定して日本の経済状況がどうなっているかを見ると、日本の「失われた30年」と呼ばれる時期に生産性が急速に下落していることが確認されました。

その要因を経済産業省の企業活動基本調査や工業統計調査などを使って探ったところ、もちろん研究開発がスピルオーバーしたことも、日本への外資系企業の進出が少ないことも要因なのですが、最も大きいのはITの活用が不十分だったことではないかと考えました。ICTで後れた日本がDXにも後れを取ったら日本経済の将来はないと思い、分析を始めました。

金:日本の「失われた30年」が起こったのは、企業内部で成長する力が失われたからだと思うのです。私は日本企業に対して、成長の面でも生産性の面でも世界のトップレベルで、限りなく伸びるというイメージを持っていたのですが、日本に留学した2002年ごろはすでにバブルがはじけた後で、その後もあまり回復せず、企業の構造が決定的に変わってしまいました。

それで私は、よりミクロで実感が湧くようなデータによる分析をしたいと思い、権先生の誘いもあって研究に参加しました。そして日本企業が内部で成長する力がかなり弱まってしまったことと、日本は内部からの成長よりもリアロケーション(資産再配分)によって支えられてきたということが分かりました。

米国の場合は汎用技術(GPT:General Purpose Technology)が企業の成長を根本的に変えたのですが、日本ではそうした話はあまり聞かれません。本当にそうかという興味がDX関連を研究するモチベーションでした。

この論文では、さまざまなITのデータを基にいろいろな側面から、ITが日本企業にどのような貢献をしているのかを明らかにしています。

企業間の再配分効果とは

苦瀬:企業間の再配分効果の重要性が増している背景には何があるのでしょうか。

権:今回の研究では生産性上昇を事業所の内部効果(注1)と事業所間の再配分効果(注2)に分け、さらには単独事業所の企業の内部効果と再配分効果、複数事業所を持つ企業の内部効果と再配分効果に分けて見ていきました。

すると、内部効果自体は下がっているけれども、企業内での再配分効果や、単独事業所の場合は企業間の再配分効果は上がり、生産性の下落を止める役割をしていました。つまり、企業の内部でより生産性が高い工場へ資源を配分しているわけです。しかし、配分されている事業所が伸びていないのは、おそらくIT化やDXが十分に効果を発揮していない可能性があります。

図:企業内事業所間の資源再配分を考慮した生産性動学分析の結果(年率・%)
図:企業内事業所間の資源再配分を考慮した生産性動学分析の結果(年率・%)

金:内部効果が伸びなくなって再配分がより大きくなったことは必ずしも良いニュースというわけではありません。日本経済全体が伸びている間は内部効果が非常に重要で、リアロケーションはそこまで重要ではありませんでした。でも、日本経済の需要があまり伸びなくなると、内部効果の伸びはどうしても制限されます。日本では、伸びない事業所や企業の整理やリストラクチャリングが進んだのです。

その後、1980年代ごろから日本企業の国際化が進み、海外と国内での生産システムの入れ替わりが激しくなり、需要が伸びなくなって、リストラクチャリングが重要になりました。

権:新規のスタートアップ企業が参入し、その企業が急成長すれば生産性の伸びが内部効果でとらえられると思うのですが、日本にはそうした企業があまり存在しません。歴史的に見ても、新技術が導入される時期には新しい企業が多く参入して競争が激しくなりますが、日本はICT革命と呼ばれる時期でもそれほど企業の参入はなかったし、今のDXの時代にもそうした企業が見当たらないのは問題だと思います。

金:米国の場合は古くて生産性の低い企業が退出することが経済に重要な役割を果たしているのですが、日本は参入率も退出率も基本的に低いのです。それを補う形で大企業の事業所が拡大したり縮小したりしているのですが、新しい企業を立てることはなかなかありません。

そうした既存企業内でのダイナミズムが日本の労働市場においては重要だとよくいわれます。新しい企業の参入・退出が経済全体をダイナミックにするといいのですが、日本経済はシステムが違っていて、企業内でのダイナミズムが大きいのです。

苦瀬:そうすると、新しい企業の参入・退出が少ないこと自体が問題だととらえた方がいいのでしょうか。

権:新しい技術が出てきて、それによってイノベーションが起きている時期に参入率が低いままなのは非常に問題だと思います。OECDのデータを見ても、日本は新規参入企業の平均規模が最も小さいのですが、小さく参入した割に意外と長く存続するのです。それが結果的に全体の内部効果を引き下げる要因になっています。

金:新技術を導入するには、既存の企業組織を変えながら導入するよりも、新規企業に導入する方が圧倒的に有利だと思います。例えばCIO(最高情報責任者)を導入したことで生産性がぐんと伸びるかというと、日本企業におけるITの導入は部局単位なので、企業全体で生産性上昇につながることはあまりなく、全社を変えるほどの改革にはつながらない可能性が高いのです。

苦瀬:既存の企業にただIT投資をするのではなく、新しい企業参入や新しい組織・働き方が伴う形でITを導入することが大事なのですね。

権:そうです。IT投資にはお金がかかりますから、投資したらITに適合した組織づくりや働き方をしなければなりません。でも、日本の既存企業はそれをせずにITだけ導入するから、十分に活用されないわけです。

IT化が進む中、「はんこ」をどうするかという議論がありますが、メールを使えば連絡できるはずなのに、いまだに「はんこ」の文化がそのまま残っているので、ITの効果が出る可能性は極めて低いです。そうしたことも含めて取り組まないとIT技術の活用は十分にできないでしょう。その点、新しい企業の場合は技術に合った組織づくりが十分可能です。日本ではそうした企業が出てこないのが不思議であり、要因をもっと研究すべきだと思います。

金:1990年代から2000年代前半まではハードウェアのITが生産性に貢献し、それ以降はソフトウェアの世界になりました。例えばカスタマーデータの管理を外部委託して生産性が伸びるかというと、私たちの研究ではあまり伸びないことが分かっています。それに対しソフトウェアを活用するときには、経営者がどのような経営戦略を立てるかという知恵や使い方が求められます。その点では、何を持っているかではなく、どう使うかが重要だと思います。

しかし残念なことに、企業の経営手法がITとあまりつながっていなくて、従来のものを使っているだけではないかと思うのです。私たちが企業のリアロケーションの効果を企業ごとに検証したところ、ITは複数事業所を持っている企業の経営戦略にはあまり貢献していないことが示唆されました。残念ながらITが十分に活用されているとは言えません。

IT投資をどのように導入すればよいか

苦瀬:企業は今後、IT投資をどのように導入していけばよいのでしょうか。そうした企業の行動を促すためにどのような方向性の政策を打てばよいのでしょうか。

金:まずは全社的なデータ共有も全社的なCIOも、残念ながら役に立っていないというのがこの論文の結論です。一部の部署にITを導入する効果はありますが、CIOがいることによって効率的な経営をもたらし、新しい商品・サービスの開発まで至ることはないでしょう。

なぜならITに関連する人たちは経営には関わりがないし、経営者はITを戦略的に使うことに関してそれほど明るくはなく、ITは付随的なものであって決して経営の中核的なものには入らないからです。日本経済においてITは効率化したりコストを削減したりする目的でしか使われてこなかったので、企業全体を設計できるITの責任者が育たないのは当然だと思います。

従って、そうしたIT戦略に関わる人たちを海外から連れてくることが一番手っ取り早い方法でしょう。長期的には、ITを経営にどのように取り込むかという企業全体の計画の中でそうした人材を育てなければなりません。

今の日本におけるITの主役は、大企業の下請けのIT関係子会社です。でも、これから最先端の技術を使って多くの企業を相手にするIT企業が生まれれば、そうした人材が育ち、企業の活動も変わっていくと思います。

権:日本の場合、ITがコスト削減に寄与したのは事実だと思いますが、企業から一番見えづらいのは需要なのです。最近はビッグデータやAIの技術が出てきて、需要がある程度把握できるようになりました。需要が分かると、それに見合った製品を適切な価格で供給すれば確実に売れます。日本企業はまだそういうところまで達していないのだと思います。

日本企業は需要のことをあまり考えず、技術があればよいという風潮だったのですが、望まれない技術だったら意味がありません。エビデンスに基づいた経営で、需要に見合った生産計画や製品開発をしていくべきだと思います。それをサポートするのがDXなどの新しい技術だと思いますので、政策的にもそうした支援をもっと行う方向に切り替えた方がよいと思います。

苦瀬:その場合、対象の企業をどのように判断していくのかが大事だと思うのですが、政策としてはどこに着目するとよいでしょうか。

権:企業が新しい技術を導入しようとするとかなりの費用がかかるので、そこを支援すれば、成長可能性は高まると思います。そのときに、勘に頼って経営しているような企業を支援しても無駄なので、企業が新技術を使って何をしようとしているのかを把握することが大切です。

金:日米の企業の大きな違いは、M&Aに関する態度だと思うのです。GoogleやAppleは1年に何十社も買収しますが、その目的は新しい技術やアイデアを取り入れて実施することにあります。そのほとんどはお金を捨てているようなものなのですが、彼らにとっては大金をかけてでも技術やアイデアを導入することは重要なのです。そうして失敗を前提にした上で新しいことを実施するのは大切だと思います。ですから、失敗を許す文化、チャレンジを促す文化が必要です。

人への投資とデータの活用

苦瀬:今後の研究課題として、どんなことを深掘りしていきたいですか。

権:やはり人的資本が重要だと思うので、その必要性についてもっと研究したいと思っています。特に最近はChatGPTなどの新技術で学習効果が上がる可能性がありますが、米国や韓国の大学でChatGPTのアカウントを学生に無料で配ったりしているのに対し、日本の大学は逆に制限したりして、せっかくの新技術をほとんど使わないのです。もっと学生たちが新しい技術を活用して自由に発想すれば、さらに新たな技術が生まれると思うので、そうした研究をもっとやっていきたいです。

金:1つ気になるのは、労働移動です。日本の経済が伸びない理由の1つに労働の硬直性がありますが、労働がもう少し自由に動けば新しいこともできると思うのです。シリコンバレーの場合は企業間の労働移動がものすごく自由ですが、日本は1つの企業に入ったらずっとそこで働かなければなりません。そうすると、ITが導入されてもダイナミズムはあまり伸びないと思います。ですから、労働移動に関してもう少し研究してみたいですね。

また、優秀な技術を持った企業が大企業に吸収合併されて、その企業が伸びたのならば、日本経済にとって非常にプラスであって、決してマイナスの意味での退出としてとらえませんよね。でも一方で、後継者がいないから取引先の大企業がその会社を買い取るという救済型の合併もあります。日本のダイナミズムがその中でどうなるかという明確な研究はいまだにないので、そこを明らかにしたいと思っています。

権:データで確認したいことはたくさんあるのですが、企業が持っているデータはなかなかアクセスできないし、個人のデータも個人情報保護法の観点からなかなかアクセスできないので、分析にも限界があるのは事実です。

日本の場合、昔は統計学者たちが品質を向上させるために工場の生産ラインなどで活躍していたと思いますが、それと同じように、日本企業はもっと経済学者を活用して、自分たちが持っているデータを分析させた方がいいと思います。そうすると、エビデンスがはっきり見えてきます。

人事に関しても、例えばサムソンでは適性検査を行って、どんな人たちが昇進すべきか、どんなときに活躍するのかを明らかにし、それに基づいて人事を行うので、経営にも良い効果をもたらしています。しかし、日本企業では何もしない人たちが上に上がる傾向があるため、経営も今まで通りになる可能性が高くなります。

そういう意味でも企業は経済学者とタイアップして、いろいろなデータを公開・分析した方がよいのではないでしょうか。日本政府が経済学者を使うように、日本企業も経済学をきちんと学んだ人たちを活用すれば、経営的にも政策的にも良いシナジー効果が出ると思います。

解説者紹介

権赫旭顔写真

権 赫旭(RIETIファカルティフェロー / 日本大学経済学部 教授)

2004年一橋大学経済学研究科経済学博士号取得。2005年一橋大学経済研究所専任講師、2006年日本大学経済学部専任講師、2008年日本大学経済学部准教授を経て2013年4月より日本大学経済学部教授。

解説者紹介

金榮愨顔写真

金 榮愨(専修大学経済学部 教授)

2008年一橋大学経済学研究科経済学博士号取得。2012年専修大学経済学部准教授、2018年4月より現職。

インタビュアー紹介

苦瀬瑞生顔写真

苦瀬 瑞生(経済産業省経済産業政策局調査課 課長補佐(計量・分析担当))

脚注
  1. ^ 存続企業や事業所内での生産性の上昇によって産業の生産性が上昇する効果
  2. ^ 複数の事業所を傘下にもつ企業内で、生産性が相対的に高い事業所や生産性が伸びる事業所のシェアが拡大したり、生産性が相対的に低い事業所や生産性が低下する事業所のシェアが縮小することによって産業の生産性が上昇する効果