Research Digest (DPワンポイント解説)

炭素排出量の金融市場における評価

解説者 沖本 竜義(リサーチアソシエイト)
発行日/NO. Research Digest No.0142
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世界的な気候変動対策への意識の高まりやESG投資の拡大、そして日本政府のカーボンニュートラル宣言を背景に、炭素排出量は投資家の注目を集め、企業はより一層の炭素排出量削減努力を求められている。こうした動きの中、炭素排出量は将来的に企業の収益を圧迫するカーボンリスクを測る指標とも考えられている。今回は企業の炭素排出量とクレジットデフォルトスワップ(CDS)スプレッドの関係を包括的に分析した、RIETIリサーチアソシエイトの沖本竜義教授(慶應義塾大学経済学部)の研究について、RIETIの平井麻裕子 研究コーディネーターが話を伺った。脱炭素を促進する政策に、企業が今後さらに積極的に従うことのインセンティブが存在し、政策の有効性が高まる可能性が示唆された。

カーボンリスクに注目し、市場を正しく見極める

平井:まず、先生のご専門分野についてご紹介ください。

沖本:専門は計量ファイナンス・マクロ計量経済学、エネルギー経済学です。データを分析して、金融市場やマクロ経済、コモディティ市場などに対してどのようなことが示唆されるのかを明らかにする手法の開発やその応用を研究しています。具体的には、金融市場の相互依存関係を分析して国際分散投資への応用を考えたり、主要国の金融政策が国際金融市場に及ぼす効果を定量的に評価したりしています。また、最近は、拡大が続くESG投資に注目しており、企業のESG評価と市場評価の関係やESG投資のパフォーマンスを調べることを重要な研究テーマとしています。

データに含まれている真実を正しく見極めることは容易ではなく、データ分析の結果は常に不確実性を伴います。このため、より真実に近い結果を得るための手法を検証し、得られた推定結果がどの程度の不確実性を含んでいるのかを正確に評価した上で、得られた知見を現実の問題に応用していくことを心掛けて、研究を進めています。

平井:今回の研究について、問題意識をお聞かせください。

沖本:過去10年間、環境・社会・企業統治への投資、いわゆるESG投資は急速な発展を遂げています。この背景には、国連が中心となり2006年に提唱された責任投資原則(PRI)というイニシアチブがあります。PRIでは投資家が投資を通じてESGについて責任を全うする際に必要な6つの原則が明示されており、PRIに署名した機関数とともにESG投資も増大の一途をたどっています。

ESG投資の発展を受けて、近年、企業の炭素排出量にも注目が集まっています。企業の炭素排出量は気候変動の大きな一因と考えられていますので、ESG投資は炭素排出量が多い企業への投資を避ける傾向があるからです。

また、2015年にパリ協定が採択され、全ての国が温室効果ガスの排出削減目標を5年ごとに提出・更新する義務ができて以降、企業の炭素排出量削減努力の重要性は高くなっています。日本政府は、こうした近年の気候変動への世界的な取り組みの一環として、2020年10月、2050年にカーボンニュートラルを実現する目標を掲げ、2021年4月の気候サミットでは、2030年までに2013年の水準と比較して温室効果ガスの排出を46%削減する目標を公表しました。

これらの目標の到達には、企業のより一層の努力が必要なため、企業の炭素排出量に関する規制の強化や炭素税の導入などに関する議論も活発となっています。このような動きがあるため、企業の炭素排出量は、将来的に企業の収益を圧迫するカーボンリスクを測る指標とも考えられます。

これらを背景に、今回の研究では、カーボンリスクに着目し、企業の炭素排出量が金融市場でどのように評価されているかを定量的に評価しています。具体的には、クレジットデフォルトスワップ(CDS)市場において、炭素排出量が多い企業はカーボンリスクプレミアム(プレミアム=保険料/オプション料)を要求されているのか、ESG投資の拡大がカーボンリスクプレミアムを増大させているのか、カーボンリスクプレミアムは企業のセクターや格付けに依存するのか、カーボンリスクプレミアムがCDSスプレッドカーブに与える影響はどのようなものか、というような問いに、実証分析を通じて一定の回答を与えることを試みています。

近年、カーボンリスクプレミアムを評価した文献は増えてきていますが、ESG投資の進展につれて、カーボンリスクプレミアムが変化している可能性を検証している文献は少なく、本研究はこの点で新規性が高いと考えています。

新たな評価指標、CDSとは

平井:分析にCDSを用いている理由は何でしょうか。

沖本:CDSとは、ある企業の社債を保有する投資家が、CDSの売り手にプレミアムを支払う代わりに、その企業が倒産したり不払いに陥ったりするなどのクレジットイベントが発生し損失が生じた場合、CDSの売り手から損失の補償を受けることができるというクレジット・デリバティブ契約の一種となります。本研究で用いたCDSスプレッドは、このCDS契約のプレミアムのことで、一般的に、信用リスクが高いとされる企業ほどCDSスプレッドは大きくなります。

CDS契約は企業の社債に基づいた契約ですが、社債はまとまった形で発行されることが多く、限られた残存年限のものしか存在しないことが多いです。それに対して、CDSの場合は、社債の残存年限以下の満期であれば発行可能なため、残存期間が多岐にわたることから、各企業に対してCDSスプレッドの期間構造(CDSスプレッドカーブ)を考えることができます。

本研究では、カーボンリスクをCDSスプレッドカーブからも分析しており、このような分析ができるのは、CDSを利用した利点の1つです。また、カーボンリスクプレミアムや気候変動リスクプレミアムを株式市場や金融ローン市場、オプション市場で分析した先行研究はありますが、CDS市場で分析したものはほとんどなく、本研究の特色とも言えるでしょう。

3つの仮説とその検証結果とは

平井:先生が立てた仮説について教えてください。また、検証の結果、どのようなことが分かりましたか。

沖本:本研究で検証した仮説は大別して3つあります。まず、企業の炭素排出量は企業活動が盛んであり高い収益が期待できることの証拠であるためCDSスプレッドを低下させるという収益仮説。次に、企業の炭素排出量は将来的な規制強化や炭素税の導入などにより収益を圧迫しCDSスプレッドを上昇させるというカーボンリスク仮説。それに加えて、カーボンリスクプレミアムは投資家が企業の脱炭素への取り組みを重要視するほど高くなる可能性を考慮し、ESG投資が進展するにつれて、カーボンリスクプレミアムが高くなる投資家意識仮説も検証しました。これらの3つの仮説を検証した結果を集約したものが図1です。

図1は、企業の各Scope炭素排出量の順位が1増えたときの、平均的なCDSスプレッドの変化が年代別に示されています(注1)。2005年の時点では、炭素排出量は企業のCDSスプレッドを有意に低下させ、収益仮説と整合的な結果となっています。しかし2006年に責任投資原則が発足したのを契機にESG投資が進展し、投資家意識の高まりに合わせて炭素排出量がCDSスプレッドを上昇させるカーボンリスクプレミアムが生じていることも見て取れ、カーボンリスク仮説と投資家意識仮説と整合的となっています。また、その結果、近年では、Scope 2と3の炭素排出量がCDSスプレッドを上昇させる傾向にあることも明らかとなりました。

図1:炭素排出量順位がCDSスプレッドに与える効果
図1:炭素排出量順位がCDSスプレッドに与える効果

平井:Scope2とScope3の炭素排出量の方がScope1よりもCDSスプレッドに与える影響が大きいのはなぜでしょうか。

沖本:Scope1は企業自らによる温室効果ガスの直接排出によるものであり、企業活動とより密接に関連しているため、収益仮説をより反映しやすい結果になっていると考えられます。実際、図1から、Scope1に関しては、2005年における炭素排出量とCDSスプレッドの間の負の関係がScope2とScope3と比較して大きくなっているのが見て取れます。それに対し、Scope2とScope3は企業の間接排出に関連するものであり、企業活動をそこまで損なわずに、企業努力により炭素排出量を削減できる部分が多いと思われます。その結果、Scope2とScope3においては、投資家が要求するカーボンリスクプレミアムの影響が相対的に大きくなっているため、カーボンリスクプレミアムが大きくなっていると考えられます。

平井:炭素排出量そのものではなく排出量順位を用いて分析しているのは、どのような理由からですか。

沖本:技術の進歩を念頭に置きました。同じ製品を同じ量だけ製造したとしても、例えば2005年と2015年の炭素排出量は異なるでしょうから、炭素排出量を同等のものとして扱うのは難しいということです。そのため、炭素排出量は絶対的な水準よりも相対的な水準で計測する方が、企業の炭素排出量削減への取り組みをより正確に反映できると思われます。また、排出量データは外れ値が多く、排出量そのものを使用するのは難しいということもあり、排出量を排出量順位に変換して分析を行っています。

高まる投資家の意識

平井:業種による違いはありましたか。

沖本:ヘルスケア、通信、テクノロジーのセクターではカーボンリスクが大きく、エネルギー、素材、公共事業のセクターではカーボンリスクが小さい傾向にあることが示唆されました。この結果は、脱炭素が比較的容易で費用が小さいと考えられるセクターにおいては、企業の脱炭素への努力がより重要視される傾向にあり、投資家がより大きなカーボンリスクプレミアムを要求していることを反映しているのではないかと考えられます。

また投資家は、炭素排出量が企業活動を活発化させるポジティブな効果と、カーボンリスクを上昇させるネガティブな効果を公平に評価した結果、多排出産業では前者の効果が大きくなり、カーボンリスクプレミアムが小さくなっていることが考えられます。

平井:投資適格企業と投機的格付け企業との間では、投資家からのプレッシャーの影響について違いがありましたか。

沖本:カーボンリスクプレミアムの存在という意味では、投資適格企業と投機的格付け企業の間に大きな違いはなく、両企業群において、近年、カーボンリスクプレミアムが顕著になっています。カーボンリスクプレミアムの大きさに関しては、投機的格付け企業の方が大きい傾向にありました。この理由としては、カーボンリスクに関する情報が、投機的格付け企業の方がより重要な情報となることが考えられます。財務指標から信用リスクが高い企業と判断された企業に対しては、投資家は信用リスクに対してよりセンシティブになっており、信用リスクに関連する追加的な情報は、より大きな意味合いを持つため、カーボンリスクプレミアムが高くなっているのではないかと思われます。

平井:ESG投資の主体が機関投資家から金融機関や企業、個人投資家にも広がることで、カーボンリスクプレミアムの上昇トレンドが変化する可能性はあるとお考えでしょうか。

沖本:本研究から明らかとなったことは、まず、投資家は企業の炭素排出量のポジティブな部分とネガティブな部分の両方をきちんと評価していることです。この部分に関しては、機関投資家と企業や個人投資家の間で大きな違いはないと思います。もう1つ明らかになったことは、ESG投資の発展につれて、投資家が炭素排出量のネガティブな部分をより重要視するようになってきているということです。この点に関しては、機関投資家の方が先行していると考えられますが、企業や個人投資家の間にも、SDGsやESG投資の概念が急速に浸透してきておりますので、企業や個人投資家にESG投資が広がったとしても、カーボンリスクプレミアムの上昇トレンドに大きな変化が生じることはないと考えています。

ESG投資発展に伴い、カーボンリスクプレミアムも大きく

平井:カーボンリスクが短期的・長期的にどのように企業に影響していくのかという分析も興味深いですね。

沖本:炭素排出量がCDSスプレッドカーブに与える影響を調べたところ、まず、短期・長期にかかわらず、ESG投資の発展につれて、カーボンリスクプレミアムが大きくなる傾向にあることが明らかとなりました。それに加えて、炭素排出量が、近年、CDSスプレッドカーブの傾きをより大きくする傾向にあることが明らかとなりました。この結果は、カーボンリスクが信用リスクに対して長期的により大きな影響を持つことを示しており、これは近年、脱炭素社会への動きが活発化し、カーボンリスクが高まっていることと整合的です。

企業には炭素排出量を削減するインセンティブがある

平井:政策的インプリケーションをお聞かせください。

沖本:炭素排出量は2000年代においては、企業活動が盛んであることの証拠としてポジティブに評価されてきましたが、ESG投資の進展につれ投資家の意識が高まることにより、炭素排出量が多い企業は、カーボンリスクが高いとみなされ、CDSスプレッドが大きくなる傾向にあることが確認されました。

CDSスプレッドは、企業の信用リスクの基準の1つであり、ひいては資金調達コストに影響するものです。言い換えれば、企業は炭素排出量削減に取り組み、カーボンリスクへの対策を講じることにより、CDSスプレッドを低下させ、資金調達コストを軽減できる可能性が示唆されたのです。そのため、企業は炭素排出量により一層の注意を払う必要があるとともに、企業には進んで炭素排出量を削減するインセンティブが存在することになります。

2020年にカーボンニュートラル宣言を行った日本政府には、脱炭素を促進する政策が継続的に施行されていくことが期待されます。本研究の結果は、企業がそのような政策に積極的に従うインセンティブが存在することも意味し、政策の有効性が高まる可能性を示すこともできたと考えています。

平井:今後もこのトレンドは続くのでしょうか。

沖本:続くと考えています。政府のカーボンニュートラル宣言は、気候変動対策への機運の高まりやESG投資の発展を受けた流れの1つの帰結だったのかもしれません。宣言それ自体が企業や投資家の行動を大きく変えたことはないかもしれませんが、ESGへの意識や取り組みを加速させた側面はあると思います。

平井:最後に、今後の研究の展望についてお聞かせください。

沖本:本研究では、炭素排出量を順位に変換し、カーボンリスクプレミアムの評価を試みましたが、改善の余地はあると考えています。具体的には、炭素排出量を売り上げで割ったカーボンインテンシティなども排出量の指標として使用されることも多く、代替的な指標との比較や、企業の炭素排出の効率性を測るより良い指標を考えることも面白いトピックだと考えています。

また、本研究では、ESG投資の進展やESGへの投資家意識の変化の代理変数としてPRIの署名数を利用し、PRIの署名数に応じてカーボンリスクプレミアムが変化するという形で、カーボンリスクプレミアムの時間的変動をとらえています。しかしながら、投資家意識の変化などは、PRIの署名数だけではとらえられない部分もあると思います。例えば、2022年2月のロシアのウクライナ侵攻により、エネルギー消費においてESGへの配慮が難しくなったこともあり、エネルギー消費に関してはESGに対する投資家意識が下がった可能性も考えられます。そういった変化を捉えるためには、より柔軟な形で分析する必要があり、今後の重要な課題だと感じています。

ESG投資に関連する研究は近年急速に増えてきておりますが、まだまだ研究すべき項目はたくさん残っていると感じています。例えば、女性の活躍や人的資本に関する項目が日本においては重要視されるようになっており、こうした項目への企業の取り組みが企業価値や株式のパフォーマンスにどのような影響を及ぼすかは、企業経営者、投資家、政策当局者など多くの人にとって、興味深いものとなっていると思います。このような日本社会における大きな課題に対して、示唆に富んだ結果を提供し、社会に貢献できることを目指して、今後も研究活動を進めていきたいと思います。

解説者紹介

沖本竜義顔写真

沖本 竜義(RIETIリサーチアソシエイト / 慶應義塾大学経済学部 教授)

1999年東京大学学士(経済学)。2001年東京大学修士(経済学)。2005年 カリフォルニア大学サンディエゴ校博士(経済学)。横浜国立大学大学院国際社会科学研究科准教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院准教授を経て現職に至る。研究分野は、計量ファイナンス、マクロ計量経済学、エネルギー経済学。
主な著作物:Aono, Kohei and Tatsuyoshi Okimoto (2023), “When Does the Japan Empowering Women Index Outperform its Parent and the ESG Select Leaders Indexes?” International Review of Financial Analysis 85,102428., Okimoto, Tatsuyoshi and Sumiko Takaoka (2022), "The Credit Spread Curve Distribution and Economic Fluctuations in Japan," Journal of International Money and Finance 122, 102582., Inoue, Tomoo, and Tatsuyoshi Okimoto (2022), "How Does Unconventional Monetary Policy Affect the Global Financial Markets?" Empirical Economics 62, 1013-1036.

インタビュアー紹介

平井麻裕子顔写真

平井 麻裕子(RIETI研究コーディネーター(EBPM担当))

脚注
  1. ^ Scope 1は、事業者自らによる温室効果ガスの直接排出(燃料の燃焼、工業プロセス)、Scope 2は、他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出、Scope 3は、Scope 1・Scope 2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)、Totalは、Scope 1・Scope 2・Scope 3の合計を表す。