Research Digest (DPワンポイント解説)

高速鉄道による経済効果と地域格差

解説者 馬奈木 俊介(ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0140
ダウンロード/関連リンク

交通インフラの整備は、経済発展をもたらす一方で地域格差を助長する「諸刃の剣」となる――本研究では、1983年から2020年までの日本の新幹線に焦点を当て、高速鉄道の拡張と経済発展との因果関係を明らかにした。マーケットアクセスの1%の増加は、日本全国の地価の0.176%、所得の0.425%、1人あたりの所得の0.023%の増加をもたらすという効果が明らかになった。ただし、その経済効果のほとんどは大都市圏によりもたらされていた。RIETIファカルティフェロー馬奈木 俊介教授(九州大学大学院工学研究院 都市システム工学講座 主幹教授・都市研究センター長)に、RIETIの近藤恵介上席研究員(神戸大学経済経営研究所 准教授)が、その研究について話を伺い、経済効果のみならず包括的な豊かさにつながる可能性に触れた。

包括的な豊かさの研究の第一歩として

近藤:まずは先生のご専門分野についてご紹介いただけますか。

馬奈木:都市計画、環境、資源、エネルギーといったさまざまな分野を単体ではなくリンクさせながら、経済学の枠組みでとらえるということをしています。環境問題でも大気汚染を削減することは健康の分野にも関係しますね。また、私は所属している大学の土木工学科の都市計画の担当なのですが、土木系都市計画の分野と経済学、2つの領域をつなぎ、発展する手助けもできているのではないかと感じています。

近藤:今回、高速鉄道に焦点を当てた理由は何でしょうか。

馬奈木:まず、経済効果を測り切れていない分野として、インフラに関心がありました。今回の研究では、政策的にみて日本全国に大きなインパクトのあるものを取り上げたい考えもあり、日本の高速鉄道(HSR: High-Speed Rail)である新幹線整備を対象としました。現在も西九州新幹線の開業間近であったり、北陸新幹線が福井にまで延びてくるなど、大きな話題にもなっています。世界的にも今後も発展するインフラとして興味深いテーマだととらえています。

国土交通省は公共事業について、事前に費用便益分析(事業に必要な費用に対する便益等の効果を、社会経済的効率性という観点から分析するもの)を行っていますが、事後評価は不十分で、過去の事後評価結果が、後の政策に生かされているとは言い難い状況です。インフラを作った後のメンテナンスの費用や程度なども地理特性を踏まえて精査していくことは非常に有意義なことだと考えています。産業の面でも、インフラによって工場や事業所などの立地が変われば、環境、エネルギーにも影響があるはずです。例えば、単純に考えれば、都心部ほどエネルギーを使いますが、1人あたりのエネルギー効率は良くなります。ただし交通渋滞もあり、光化学スモッグや大気汚染のリスクが高い。となれば健康被害も懸念事項です。それらを避けた快適さは地方での暮らしで得られますが、地方のインフラが弱ければ別の不便が出てきます。それを補い、支えるのは車か新幹線でしょう。

少し大きな話ですが、国連事務総長のアントニオ・グテーレス氏が、これから世の中・社会の価値を測るのに、GDPだけではなく、自然の価値とか人の幸せを含めたさまざまな要素を取り入れようというメッセージを出しています。これを実際の意思決定の場で実践していくには、詳細なデータまで評価し、何がプラスか、マイナスかを知っていることが大事です。新幹線でも、ウェルビーイングや大気汚染への効果の分析まで広げていきたいところですが、まずは足元で、新幹線のそのものの経済効果を検証するべきだと思います。最初のステップとして経済面を取り上げた、というのが今回の趣旨です。

包括的な豊かさの研究の第一歩として

近藤:本研究で重要な要素になっているマーケットアクセスとはどのような概念なのか教えてください。

馬奈木:「マーケットアクセス」は、米国の鉄道の実証研究で用いられた指標で、本研究でも採用しています。新しいインフラで 2つの地域をつなぐと、どれほど移動時間が短縮できて、どれぐらいの人口が市場にアクセスできるのかという市場の潜在力を推計する考え方です。つなぐ2つの地域の人口が多いほど時間短縮によりマーケットアクセスが大きくなります。駅が存在しない地域においても、近隣地域での新幹線開業による間接的なアクセス向上の効果を評価することができます(図1)。この指標で、日本のインフラの効果の因果性を評価しました。また、地域ごとに分割して検証し、地域差まで考えていくことで広域のまちづくりにも生かすことができます。

図1:全国のマーケットアクセス上昇率
図1:全国のマーケットアクセス上昇率
出所:DP22-E-060 Fig.3

今回は「東京」、東京、大阪、名古屋の「三大都市圏」、札幌、仙台、広島、福岡の「地方中堅都市圏」、そして「その他の地域」の4つのグループに分けて新幹線の経済効果の推定をしました(図2)。

図2:地域別カテゴリー
図2:地域別カテゴリー
出所:DP22-E-060 Fig.4

結果として、マーケットアクセスの1%の増加は全国的に 0.176%の地価の上昇をもたらすことが分かりました。地域別にみると、地価の上昇効果は「東京」、「三大都市圏」、「地方中堅都市圏」にのみ発生し、「その他の地域」ではプラスの効果が生じませんでした。つまり、新幹線整備による経済効果には、地域格差が存在していることが明らかになったのです。また、予想外の発見で、東京都心部よりも地方中堅都市圏の方がプラスの効果が大きく出ましたが、こうして明確な数値で地域ごとの特性を示してこそ、建設的な議論が進められるのだと思います。

近藤:データ分析で苦労された部分はありましたか。

馬奈木:今回1983年から2020年までの日本の全市区町村を対象とした長期データを取りましたので扱うデータが膨大でしたが、そこを7人の著者で仕事を分担して乗り切りました。 データに関しては、もっと昔のデータがあったらよかったと感じました。新幹線を作り始めた最初期からのデータがあれば理想的でした。

とはいえ長期データが国内でしっかり整備されて利用できる点は、日本の政府統計の長所です。今後は予算削減などもあって、統計などデータは減少するかもしれませんが、衛星画像などは、人工知能の発展により精度が上がっていますので、活用できるデータが豊富になることを期待したいです。また、事後評価をし、今後の目標を設定するにはデータがあることが重要だという証明をしておくことが必要だなと思っています。

近藤:先行研究と異なる点について教えてください。

馬奈木:米国鉄道の経済効果や地域の経済発展について、広大な土地をつなぐ物流といった観点で調べた研究が昔からありま した。そういった昔からのトピックをマーケットアクセスを用いて因果性を持たせて可視化した先行研究が米国ではあります。日本の新幹線の研究では、処置群と対照群による差の差分 析などの準実験的手法による研究が行われています。ただし、駅が整備された地域以外にも効果が期待されるため、各地域でどのように異なった効果があるのかを推定するには向いていません。これに対処するため、今回の研究ではマーケットアクセスを指標としました。日本の新幹線について、マーケットアクセスを使って数値で見せるという研究はこれまでなかったので、初の試みです。

日本では費用便益分析にマーケットアクセスを用いていませんが、いずれこのアプローチが費用便益のとらえ方のスタンダードになればいいと思います。

高速鉄道整備は諸刃の剣

近藤:研究成果として、高速鉄道整備が「諸刃の剣であった」という点についてどのような見方をされていますか?

馬奈木:地域格差があるとはいえ、新幹線による経済効果は、中堅都市圏まで含めて見れば、プラスの効果の方が大きいです。論文には載せていないのですが、年度ごとの効果を追うと、比較的中堅といえる街では、開通当初はほとんど経済効果がないものの、次第に広がるネットワークの効果で増えていきます。また、三大都市圏の効果がそれより低い理由は、それぞれの都市がすでに核となる場所として確立しているので、周辺地域には貢献できるものの都市自身に新たなプラスの効果はあまり出ないということにあります。より大きな効果を期待するなら、都市のバランスを見ながら、ある程度の密度を持って全体としてのネットワークをつなげないといけません。また、つないだ2カ所だけ発展して、周辺に発展が及ばないと経済効果は小さいのです。

そういうことを数値として示すことができるので、正負の両面を理解しながら、現状で計画されている新幹線の地方沿線や今後のリニアのシミュレーションをするにも役立つでしょう。もし政策的な需要があれば、分析の結果を反映した内部の議論につなげたいと考えています。現在はリニア中央新幹線が開通した次の段階の計画があまりありません。料金設定をどうするか、どれだけの人数乗せることを想定するかが、周辺地域の街の発展度合いに大きく影響します。そういうことも踏まえ、列車の時間配分や停車駅などを考えていかないといけない。EBPM、 DX、GX、またデジタル田園都市国家構想でも、データを活用すること、分析の意義を理解してもらえたらなと思います。

近藤:新幹線の経済効果を測る従属変数として地価と所得に着目されているのはなぜでしょうか。

馬奈木:地価ならば、日本全国にわたって一番細分化したデータがあるというのが理由です。地価の変化は新幹線の経済効果を反映しているといえます。その他にも、例えば産業への影響も細かく検証したいと思ってはいるのですが、詳細な産業データはないので、今回はあくまで地価を変数として地域にどういう効果があったかを測ることに注力しました。

また、地方では新幹線の経済効果として1人あたり所得が下がったということが分かりましたが、それは地方小都市が終着点のような位置付けになることが多く、スポンジ化(空地や空き家が発生し、スポンジのような多孔質な構造になる)が起きて、人が流出しやすくなるからでしょう。「発展するきっかけに」と新幹線を整備したとしても、実は効果はマイナスだったりします。簡易な分析では「プラスマイナスゼロ」と判断されることも少なくありませんが、そうではなく、日本全国では新幹線の効果はプラスでも、その効果は都市圏に集中し、地方の田舎だけに限るとやはりスポンジ化が進んでマイナスだったという結果が明確に出ているのだと思います。

未来をつなぐまちづくりを

近藤:政策担当者に向けてご助言等ありましたらお聞かせください。

馬奈木:新幹線敷設は、現実には政治の影響が大きいです。「新幹線を通します」と公約して、十分とはいえない数値を並べてプラスの効果をうたって、無理にでも推進させようとするのが現状ではないでしょうか。作る際には膨大なコストもかかりますが、そのぶん利益につながる企業も多いということも、政策的に制度ができる1つの理由ですね。新幹線事業を囲んで、短期的に経済が盛り上がるのです。

しかし長期な効果としては一体どうなのだろうと疑問を持ち、調査をすると、実際のところ地方はそう良い効果ばかりではなかったということが分かりました。

ではどうすればいいか、これから新幹線を通そうとしている地域に対して提言できることがあるとすれば、当たり前のようではありますが、既存の駅と新幹線の駅は近ければ近いほどよい、ということです。近ければ商業施設や街の発展も予想しやすいです。しかし現実は土地が余っていないなど、さまざまな理由で諦めて少し離れた場所に作る場合が多い。そうすると長期的には発展ができず、分離して使いづらい駅になって、良い効果は望めずスポンジ化など、悪い面だけが現れます。

従って、地方だけでなく、大都市にもいえることですが、便が良いところをうまく使わないとプラスの効果が出にくい面があります。大阪と新大阪も距離がありますので、そこが課題ですが、どう次につなげるかの議論をもっと精緻に行って、未来をつなぐ構造をまちづくり単位で考えるべきですね。これは今からでもできると思います。

行政が目標設定できるとやりやすいと思います。各方面が動き出す理由にもなるし、説明もできます。地域の議会は通さなければなりませんが、そういったときは、分析で得た数値がバックアップとなります。地域が疲弊しないために、いかに2つの拠点を簡易につなぐ方法を見つけるか。そういう次の検討にもつながると思います。

産業界とも連携し、確度の高いデータで考える

近藤:社会資本整備に関しての所見をお話しいただけますか。

馬奈木:地方銀行などを含めて産業界では、広域のインフラづくりを熱心に検討されています。彼らからすれば、自分の生存する場所なので発展を望むのは当然のことですが、その支援もあって、結果的に地域は発展するものです。ですから、地方では、政治のみが次の方向を決めているというわけではありません。協力関係があるので、精度の高いデータをもとに、より良いまちづくり、広域的に発展できるプランづくりができるでしょう。今回、われわれは公的に入手できるデータのみで研究をしましたが、携帯電話や運送業界など、産業界が保有するデータとも連携して研究できればよいと思います。

今回は日本全国での新幹線でしたが、地域内の交通インフラ整備もすべて同じロジックで分析することができます。まさに今、デジタル田園都市国家構想、DX、GXが推進されている最中ですが、データ活用まで含めて考えることが重要だと考えています。

まちづくりでは、データを活用した事前評価、事後評価をすることがかなりコスト削減の役に立つでしょうし、民間の利益にもつながるはずです。

近藤:最後に今後の研究の展望についてお聞かせください。

馬奈木:今回の論文では、インフラに関して、オープンなデータからでも多くの情報を読み取れるということを示してみたかったのです。また、大気汚染、住民の移動のしやすさ、渋滞の少なさというような、ウェルビーイングに関する度合いも調査していきたいです。そのような、GDPには表れてこない価値観を測るのには、最初にお話した国連のInclusive Wealthという指標が役立ちます。ハードなインフラに限定せず、自然、健康のようなソフト的な要素も考慮しながら、どういうインフラを作れば人が幸せになれるかというのをデータ分析しながら示していて、国の新しいインフラ提案にもつながるし、地方にも波及しやすいでしょう。それをうまく活用できる企業が利益を出すような構造になるにはどうしたらいいのかという研究をしていく予定です。

近藤:確かに費用便益分析ではGDPや経済効果を測ることばかりになってしまいますが、それだと地方の意義は過少評価されてしまいますね。その先にある、人の幸せやウェルビーイングまで見据えて国と地方でどのようなインフラ整備を進めていくべきかを考えていくことが重要ですね。ありがとうございました。

解説者紹介

馬奈木俊介顔写真

馬奈木 俊介(RIETIファカルティフェロー / 九州大学大学院工学研究院 都市システム工学講座 主幹教授・都市研究センター長)

2002年 サウスカロライナ大学ビジネススクール 講師、2003年 東京農工大学大学院 助教授、2005年 横浜国立大学経営学部 助教授、2007年 横浜国立大学大学院国際社会科学研究科 准教授、2010年 東北大学環境科学研究科 環境・エネルギー経済部門 准教授、2010年 - 東京大学公共政策大学院 特任准教授、2011年 - IPCC Lead Author、2015年 - IPBES Coordinating Lead Author、2015年4月 - 九州大学大学院工学研究院 都市システム工学講座 教授

インタビュアー紹介

近藤恵介顔写真

近藤 恵介(RIETI上席研究員 / 神戸大学経済経営研究所 准教授)