Research Digest (DPワンポイント解説)

中小企業向け設備投資税制の因果効果を測る

解説者 細野 薫(ファカルティフェロー)/布袋 正樹(大東文化大学)
発行日/NO. Research Digest No.0139
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軽減税率、特別な費用控除、税額控除など、多くの国で中小企業向け優遇税制が提供されているが、ここ日本ではどうか。中小企業向け「投資促進税制」は、企業の設備投資を促進し、経済全体の生産性を向上させることに成功しているだろうか?また、こうした税制の効果を確実に発揮させるための日本の中小企業の持つ異質性にはどのようなものがあるだろうか?
RIETIファカルティフェロー細野薫氏(学習院大学経済学部教授)と大東文化大学准教授である布袋正樹氏に、RIETIコンサルティングフェローの関口訓央氏(中小企業庁小規模企業振興課長)が、ミクロ実証分析で中小企業税制に初めて着目した最新の研究について聞いた。

実証ミクロ経済学が照らす日本の税制

関口:初めに、ミクロ実証分析の意義や大変さをどのようにお感じでしょうか。

細野:ミクロ実証分析の研究では、われわれは経済学者として、企業がさまざまな政策に対してどう反応するかということをまず理論的に予想します。その理論と実際の企業行動との整合性のチェックができる点に、政策研究の意義深さを感じています。また、経済主体によって直面する課題や行動が異なってくるので、政策効果を発現させる要因である、異質性を証明することができるという点にも魅力を感じています。一方で、ある政策の効果を測るときに、「各企業の反応はマクロ的にどれほどの影響があるのか」というような観点からは、難しさも感じています。

布袋:データがあれば、税制の影響を分析できますし、細野先生もおっしゃったように企業特性による効果の違いなどの詳細な分析ができるということがミクロ実証分析の面白い点だと思います。

ただ、税制に関わる企業レベルのデータは入手しがたいというのが現状です。今回は法人税制に関する企業活動への影響を見るために、中小企業庁から「中小企業税制に関するアンケート調査(2021年)」の詳しい結果を提供していただけたのですが、通常はなかなかそういう機会がありません。税制に関しては、申告ベースのデータが手に入れば最善なのですが。そういった意味で、分析の難しい分野ではないかと、個人的に感じています。また、ミクロデータを扱うからこそ細かい部分の頑健性(ロバストネス:データの妥当性のこと)の検証ができるし、しなければならないという点には、苦労がありつつも意義も感じています。

関口:国の機関でのご経験が生きてくる研究分野だと思いますが、お二方の官公庁でのご経験と研究の関係性についてコメントをいただけますか。

細野:私は旧経済企画庁(現内閣府)で、主にマクロの視点で予測など含めさまざまな業務をしていました。当時の大蔵省(現財務省)に出向した際には政策金融の関係部署、特に中小企業向けの政策金融の監督業務もしていました。そういう背景もあって、企業向けの政策に関心があります。政策効果を評価することの重要性も感じていました。また、当時必要であったマクロ的な視点、長期的な視点は、現在ミクロ実証分析をする上でも常に意識しながらやりたいと思っているところです。

布袋:私の場合はポストドクター時代、一時的な経験として財務総合政策研究所に所属させていただきました。その中で研究をしながら、実務家の視点を垣間見ることができました。「こうあるべき」という理想を現実の社会に適応させていくところに苦労があるのだろう、ということを現場の空気の中で学ばせていただきました。研究するだけではなく、研究の成果を政策という現実のものとし、社会に貢献していくことも重要だと、そのときに知ることができました。

関口:ミクロとマクロ、また実務と理論をつなぎ合わせる視点の重要さを感じます。次に、先生方が先に書かれた論文「中小企業税制が租税回避行動と企業成長に及ぼす影響」(布袋、細野、宮川, 2020)では、税制にまつわる企業行動を研究していく意義が大変精緻にまとめられていると感じました。この論文から受け継がれた問題意識や今回新たに付加された視点をお聞かせください。

細野:前回の研究では、外形標準課税、赤字法人であっても、資本金等に応じて課税されるという制度の導入によって、この新しい税を回避するために、免除の基準である1億円以下に資本金を減資するという行動がどの程度見られるのか、あるいはそれによって企業の行動や成長がどう影響を受けるのかというところを見ました。制度全体の評価というよりは、一部の企業に対しては副作用的な行動、つまり成長を犠牲にして税を回避するというようなことがあるのではないだろうか、という問題意識で研究したところ、実際にそういう副作用も見られたので、制度設計の際に考慮すべきこととして示すことができました。

今回は研究対象とする制度を変えました。中小企業向け設備投資促進税制によって実際にどの程度設備投資が増えたのか、長期のパフォーマンスにも影響したのかという、「もう少し制度の効果全体を見よう」という意識で、同じ中小企業向けの制度ではありますが、前回よりも視野を広げたという違いがあると思います。

布袋:前回の研究で扱った外形標準課税は地方税です。法人税にもさまざまな制度改正があり、中小企業向けの軽減税率の引き下げがあり、また欠損金の繰越控除の限度額についても、大企業については限度額が所得の50%まで下がりましたが、中小企業は100%控除可能だという特例が残っていますので、それらの制度改正の影響についても見てきました。このように比較的認知度もあり、利用企業数の多い制度を対象としていました。

それに対して今回は、設備投資税制、特に中小企業の経営強化税制(当初は中小企業投資促進税制の上乗せ措置として導入される)に着目したのですが、こちらは利用した企業の少ない制度でした。ただ、その特定の事業者に対して効果を確実に発揮させようとする意図があるものです。結果を見ても、相対的に規模の小さい、社齢の若い企業の設備投資比率が大きく上昇しています。そういった税制に注目したという点も、前回の研究との違いです。

関口:中小企業向け優遇税制の正当性についてお伺いします。市場の失敗、あるいは税制に起因するような構造的な不利 益(規模が小さい企業ほど納税手続きの負担が重くなるなど)がある場合に優遇税制の正当性が出てくるというご指摘をこの論文中でもいただいておりますが、こうした理論面からもお伺いできればと思います。

細野:前回と今回の共通する点としては、優遇税制の背景にある「市場の失敗」の中でも、特に中小企業における外部資金の調達に制約が出てくるという視点がありました。ただ、前回は減資をすることによってむしろ資金制約が強くなり、それが企業の成長を阻害するという面もあるのではないかという問題意識を抱いていたのですが、今回の場合は設備投資優遇税制があることにより資金制約を緩和し、ひいては企業の成長につながるのではないか、というように考えたのです。そういう意味では前回とベクトルが違うのですが、問題意識としては資金制約というものが、特に中小企業にとって重要な制約の1つであるととらえている点では共通していると思います。

生産性という視点から見えてきたもの

関口:資金制約が中小企業に与える影響は、半世紀以上続く根深い課題ですが、前向きに論じていただいていると思いました。今回の研究では、設備投資への効果に加えて、生産性への効果にも着目されていますが、その背景をお聞かせください。

細野:理由の1つは、投資優遇税制が単に税制措置を使ったときの投資を増やしたというだけではなくて、それによって企業が長期的にパフォーマンスを上げているかどうかということに関心があったためです。そのパフォーマンスを表す妥当な指標として、生産性を選びました。

布袋:先行研究の中には、設備投資を促進するような税制変更により生産性も上昇したことを示しているものもあるのです。ただしそれは、中国の付加価値税改革を対象とした生産性を TFP(全要素生産性)として見ているもので、中小企業税制に着目した研究ではありませんでした。また、大企業も含んでいるようなサンプルで分析をしていました。そういう意味では先行研究では中小企業税制について生産性への影響まで見ているものがあまりないという認識です。今回の研究で中小企業税制と生産性の関係を示せたことは、貢献の1つだと考えています。

関口:論文の草稿段階では、中小企業の資金制約以外の異質性、特に無形資産としての人的資本に着目した分析もされていたとお伺いしました。

細野:生産性の向上や経営改善につなげるために、企業は比較的新しく高度な設備を購入するのではという予想がありました。そして、その高度な設備を使いこなすためには、無形資産としての人的資本の充実が欠かせない要素ではないかと考えたのです。つまり、最新の設備と人的資本には、ある意味で補完性があるのではないかという問題意識です。しかし、人的資本を測る指標が非正規雇用比率しかなかったという、データ面での限界から、今回、最終的にこの論文への掲載は見送りました。もし良いデータがあれば、再チャレンジしたいとは思っています。

布袋:非正規雇用比率だけでは測れませんし、代わりとなる指標があればよいのですが。これは実証する側のわれわれの事情ですが、非正規雇用比率のデータが十分に利用できず分析サンプルが小さくなってしまいました。冒頭でもデータ入手の難しさについて触れましたが、ここでもやはり、個々の中小企業の状況を把握するのは困難でした。そういう面でも頑健な影響が観測できなかったと思っています。

研究が明らかにした4つの鍵

関口:続きまして、本論となる研究の結果に移りたいと思います。今回の論文の分析結果、主な成果につきまして、ご紹介をいただければと思います。

細野:1点目は、2014年度に導入された中小企業投資促進税制の上乗せ措置の効果についてです。制度を利用した企業のうち、租税誘因が導入された2014年度に利用を開始した企業が最も多く、またその一方で制度を遅れて利用した企業や、利用しなかった企業がかなりの数、存在しました。「中小企業であればどの企業でも利用できる」という制度ではあったものの、実際に利用可能な中小企業全体の設備投資比率が増えたかというと、そうではなかったということが分かったのです。利用した中小企業数から見ても自然な結果かと思います。そもそも2014年度の時点で投資機会がある企業というのも限られますし、あるいは制度自体を知らないという企業もあったでしょう。いくつかの理由で、制度を利用した企業が限られたのだと見ています。

2点目は、実際に制度を利用した企業を、似たような特性を持つ企業と比較してみた結果です。「設備投資優遇措置を利用した企業は、設備投資を増やした」という結果となりました。さらにこの設備投資への効果は、いくつかの指標から資金制約が強い企業において、より大きな投資促進効果につながったということが分かりました。

3点目に、生産性についてです。研究では1人あたりの売上高と定義しましたが、税制優遇措置の利用によって、制度導入年を中心に生産性が長期的に改善しているということも分かりました。従って、制度を利用した企業は設備投資を増やし、生産性を上げていったということを確認できたのが、今回の大きな成果です。

4点目に、その設備投資によって資本ストックの量が増えているかというと、必ずしもそうではなかったことが分かりました。ということは、制度利用によってより高機能な設備に置き換わったことを示唆していると思うのです。設備のアップグレード、アップデートが、企業における生産性の改善に役立っているのだろうと解釈しています。

布袋:設備を新しくするということが、生産性向上の大きな要因になっているかもしれないという示唆があったということですが、まさにこの経営強化税制では「生産性向上設備」という言葉が使われていました。旧設備と比較して生産性が上がる、時間あたりの生産量が多くなる、新しい効率的な設備を購入したときに減税するというような種類のものでしたので、制度の狙いどおりの効果が出たという解釈ができると思います。

関口:データ収集や制度利用の決定要因のコントロールなどにあたってのご苦労は、どのようなものがありましたか。

細野:一部の企業が利用する制度の効果を測るデータへのアクセスというのは非常に困難だった、というのが正直な感想です。税務情報にアクセスできれば、優遇税制を利用した企業のことも利用していない企業のことも全数で分かるわけですから、対照群の設定も容易ですし、データについての苦労はなくて済むのですが、現状では、このような情報はアンケート調査でしか得られないものです。ただ一方で、ランダムにアンケートを行っても、利用企業の数が限られると、実際に制度を利用したサンプル数は非常に小さくなってしまいます。2021年度は中小企業庁のご協力を得て、過去のアンケート調査の結果や、その措置を実際に申請して認定された企業のリストを活用させていただくことができたので、統計的分析に耐え得る量の利用企業のサンプルを確保し、ようやく分析することができました。

布袋:制度利用の決定要因をコントロールするという点も、税制の効果をより正確にとらえるために重要なものとして考えました。現時点ではそれが十分にできているかというと、まだ努力の余地があるとは思うのですが。先行研究の中にも、設備投資税制の利用率の低さを指摘して課題視するものがあります。例えばその要因としてよく挙がってきているのが、「黒字企業でなくてはならない」ということです。もともと、納税をしていない企業は利用できない制度だからです。

さらに先ほど細野先生も言及していらしたように、認知度の課題があります。やはり制度を認識していない企業も少なくありません。海外でも、発展途上国では特に制度の存在を認識していない企業が多く、利用に至らないケースが多々ありますので、制度の認知度を高めることが重要だとよく指摘されています。

これについては日本にも当てはまる部分が大いにあると思いますので、黒字であるということの代理変数として利益率や制度の認知度をコントロールする必要があるかもしれません。制度の認知度については、個別企業レベルで状況を把握することはなかなか難しいのですが、先行研究等から学ぶと、企業規模である程度コントロールできるのではないかと考えているところです。

規模が大きな企業は負担能力があるので、例えば税理士を雇う、高額のアウトソーシングをするなどが可能でしょう。制度に精通し、情報を集めることのできる人材を抱えているといえますので、その代理変数として、企業規模というのをコントロールしているということになります。このようなところは苦労しつつ考えた点です。

確かな効果を発現できる制度設計を

関口:政策を設計する側に対し、ミクロ実証分析の視点からのコメントをお願いします。

細野:今回の研究から、設備投資の優遇税制が発現する1つの要因として、資金制約を緩和するというポイントが改めて確認できました。とはいえ中小企業といっても千差万別ですから、ターゲットとなる企業群に政策を確実に効かせていくための工夫が必要です。例えば、資金制約が強い企業、つまり成長段階で資金需要が強い企業を優遇の対象とする方法も考えられるでしょう。また、マクロ的な金融環境の変化によって資金制約も変わると思いますので、それに応じて政策の程度に強弱をつけるということも可能かもしれません。制度設計には資金制約が重要だということを意識することで、制度設計もおのずと変わりゆくのかなと感じます。

布袋:資金制約の緩和がどのような経路で行われるか(例えば、銀行借入によるか、購入先への分割払いによるか)によって効果の解釈も変わってくるかと思いますので、これも今後の研究課題の1つととらえています。優遇税制を利用しやすくするための補助的な動きと並行して、今確実に重要だといえるのは、先ほどもお話した税制の認知度だと考えています。

「税制が利用できる」ということが対象企業や取引先(金融機関や購入先)にとって何らかのシグナルになれば、必要な資金調達をして設備投資ができる流れが生まれるのではないかと期待しています。

関口:最後に、政府の政策形成プロセスでEBPMの重要性がさらに認識されるための方策についてコメントをお願いします。

細野:EBPMを実効性あるものにしていくには、われわれ研究者も信頼のおける結果を地道に提示し続けることが非常に重要だと思っています。また、定期的に政策を見直すための時限措置も有用ではないかとも考えています。例えば3年やってみて、その段階で評価して有効であると認められたら、継続し改善する。特に短期間で政策効果を求められがちな特別措置的な制度こそ、時限を定めて見直し、次に生かすということが必要なのではないでしょうか。

布袋:前回の研究にも関連してくる話ですが、中小企業全体に適用される優遇税制、中小企業税制を与える根拠を経済学的に見ると、市場の失敗や税制に起因する構造的な不利益を挙げることができます。とはいえ企業全体の99%以上を占める中小企業に対して広く該当するわけではありません。特に資金制約を受けやすい傾向にある企業として、今、われわれが意識しているのは、比較的キャッシュフローの弱い、スタートアップなどの若い企業です。

また、制度の提供自体は重要なことだと思いますが、やはり時限を設けて提供していくことも必要だと思います。そのためにもこういった実証分析を行って、本当に効果が出たかどうかを検証する。その上で、制度を継続していくべきなのかどうかチェックしていく。これが特に中小企業政策に関しては重要なことではないかと思います。

関口:研究の背景や意図についても大変勉強させていただきました。政策設計をする側には信頼性の高い研究結果を、そして研究側には十分なデータ提供や研究環境を、相互に連携しながら整備していくということが、重要なことではないかと感じました。お時間をいただきましてありがとうございました。

解説者紹介

細野薫顔写真

細野 薫(RIETIファカルティフェロー / 学習院大学経済学部 教授)

1984年4月 経済企画庁、1999年4月 名古屋市立大学経済学部助教授、2003年4月 学習院大学経済学部助教授、2004年4月より現職

解説者紹介

布袋正樹顔写真

布袋 正樹(大東文化大学 准教授)

2010年3月 一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了、2010年4月 財務省財務総合政策研究所研究官、2013年4月 関西国際大学人間科学部准教授、2016年4月より現職

インタビュアー紹介

関口訓央顔写真

関口 訓央(RIETIコンサルティングフェロー / 中小企業庁小規模企業振興課長)