Research Digest (DPワンポイント解説)

土地利用規制が地価に与える影響についての実証研究:福岡市の事例より

解説者 中島 賢太郎 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0138
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なぜ大都市は栄えるのか? 都市の発展と政府の規制はどのような関係にあるのだろうか?
ポール・クルーグマン(2008年ノーベル経済学賞受賞)や藤田昌久(元RIETI所長)に始まる空間経済学は、経済活動を国でなく「地域」「都市」といったより小さな単位でとらえてその地理的関係を分析し「集積の経済」を理論化する、経済学のフロンティアである。
RIETIファカルティフェローで一橋大学イノベーション研究センター准教授である中島賢太郎氏に、RIETIコンサルティングフェローであり国土交通省総合政策局政策課政策企画官である三善由幸氏が、最新研究について聞いた。

空間経済学との出会い

三善:まず、中島先生のご経歴やこれまで取り組んでこられた研究テーマについてお伺いできますでしょうか。

中島:私は東京大学の大学院生の時から、都市経済学・空間経済学、その中でも特に空間経済学の実証研究をやってきています。いわゆる誘導系と呼ばれる、自然実験などを利用するタイプの空間経済学の実証研究です。

空間経済学は、地域の間で栄えている地域や栄えていない地域、いわゆる都市と地方ができるメカニズムについて説明しようとする学問です。自分自身が地方出身なので、都市に対する強い憧れみたいなものがありました。なぜ東京はこんなに大きくて何でもあるのだろうみたいな、そういうことに関心があるタイプだったと思います。それが、学部のゼミのときに、空間経済学の創始者の1人である、ポール・クルーグマンの本を輪読する機会があって、自分のそういうぼんやりとした問題意識に合致する学問があるんだなということを知って、空間経済学に関心を持ちました。

一方で、僕が大学院生だった頃の空間経済学は、ほとんどが理論研究だったのです。元RIETI所長の藤田昌久先生や、僕の指導教員で、RIETIのファカルティフェロー(FF)でもある田渕隆俊先生など、とても素晴らしい理論家の先生方がたくさん日本にはいらっしゃったのですが、一方で、実証研究をやっている人はほとんどいなかったので、そちらなら自分にも何かできるかもしれないと思ってやってみたというわけです。

三善:日本の中では未開拓だった分野をやられるということで、ご苦労だったり、覚悟だったりはあったのでしょうか。

中島:スティーブン・レディングという研究者の存在が大きかったです。彼は空間経済の実証研究の創始者の1人ですが、モデルと自然実験を組み合わせたとても斬新な実証研究を次々と発表していました。僕がちょうど大学院生の頃活躍し始めていて、僕の大学院時代の研究のほとんどは、彼がやってきたことを日本の事例でやってみるというような研究でした。素晴らしいお手本がいたという意味で、とてもタイミングがよかったと思います。

また、当時大学院生はそもそもほとんどミクロデータにアクセスできなかったので、アイデアで勝負することが重要だったのですが、日本は利用可能な集計データがたくさんありました。特に歴史的なデータはたくさん残っていて、歴史的なイベントを使った自然実験による研究など、政策とは直結しづらいところもありましたが、空間経済学の研究は割としやすい環境だったかなと思います

三善:歴史というと、かなり昔のデータなのですか。

中島:RIETIのFFでもある東京大学の岡崎哲二先生たちとの共同研究で、明治時代の製糸工場のミクロデータを電子化し、当時の産業集積が生産性に与えた影響について分析を行ったりしました。他にも、日本が敗戦によって植民地市場へのアクセスを失ったことが、日本の経済活動の地理的分布をどう動かしたのかといった研究を行いました。市場に近いこと(市場アクセス)の便益という、空間経済学の根本的なところを示す研究でした。

三善:なるほど。そういうことを定量的に示せる素材が埋もれていたので、それを計量分析に当てはめたと。

中島:そういうことです。

4mの高さ規制緩和で土地価格が12%アップ

三善:今回の研究は、都市経済学の中でもさまざまなテーマがある中で、高さ規制という土地利用に関する規制のコストが地価にどれくらいの影響を及ぼしているかの研究ですね。そもそも研究を始める問題意識みたいなものを、まずお伺いできればと思います。

中島:これは非常に思い入れが強いというか、僕は福岡県出身で、福岡市は大変思い入れのある街なんです。また、実際に、福岡市の空港が中心市街地に近すぎることでいろいろ問題が起こっているというような話はよく聞いていました。その中でも、僕が大学院生の頃に、先輩の研究者の報告で、博多駅前のビルの写真を出して、空港が近いことによってビルの高さが規制されていて、集積の経済が十分に生かされないから、空港は移転した方が望ましいのではないかという議論をしているのを聞いて、なるほど、そういうことがあるのだなと。それ以来、いつかこういうテーマを研究できればいいなと思っていました。ただ、力量とテクニックがなかったので、テーマとしては頭の中にありながら、長く放置していたという状況でした。

一方で、最近は自然実験を用いた実証研究のテクニックがいろいろと広がってきている状況があって、それらを学ぶ中で、この規制を利用することによって、土地利用規制の効果が測れるのではないかと気付いて、研究に至ったというわけです。また、僕に不足していた地理情報システム(GIS)の知識と技術を補完してくれた、共同研究者の高野さんに出会ったことも大きかったと思います。

三善:まず、空港という特殊な施設と都市の経済活動のコンフリクトを根本的な問題意識としてずっと持たれていて、その後、具体的な計量分析手法が使えそうだと気付かれたのですね。

中島:そうですね。以前は、例えばこの規制のせいで福岡市がどれくらいコンパクトではなくなっているのだろうかなどとぼんやりと考えていたんです。もちろんそれも重要な論点ですが、あらためて規制の詳細を調べてみたときに、規制が急に緩むというポイントの存在と、これまでに学んできた計量手法とをリンクすることができました。

三善:土地利用規制の経済的なコストや影響は、それなりに先行研究の蓄積があるのではないかと思います。その蓄積に対して、今回の研究のどこが新しい貢献なのかをお聞かせいただけますか。

中島:土地利用規制のコストを知りたいという問題意識は世界中で広く共有されていると思います。例えばUC(カリフォルニア大学)アーバイン校にジャン・ブルックナーという研究者がいるのですが、彼は長くそういう研究を続けています。ただ、一方で土地利用規制のコストを正確に測定することは難しいです。例えば、都心の一等地は需要が大きいので地価が高いわけですが、一方で、需要が大きいことは、土地利用規制の緩和につながります。ですので、規制による地価の下落は需要による地価上昇によって相殺されている可能性があり、規制による地価の下落幅を正しく推定できないわけです。その中でわれわれの研究は、空港の場所から4000メートル圏内という、航空機の運航の安全のために、土地の需要とは独立に設定された建物の高さ規制に注目することで、土地利用規制のコストを測れるというのが新しい点だと思います。先行研究の中には、われわれの研究と近い考え方で、RDD(Regression Discontinuity Design:回帰不連続デザイン)によって、市区町村境界で土地利用規制についての制度が変わる点を使って規制のコストを測るという研究があります。ただ、例えば市区町村が変わると土地利用規制以外の制度も変わる可能性がありますし、また、市町村境界はあまり都心ではないことが多いと思います。一方でわれわれの研究は、福岡市と航空法の特徴を生かしたユニークなセッティングによって、都心部の規制のコストが測れるという点を、今回の研究の特徴として強調できると思います。

三善:これまでは十分に測れていなかった部分、特に都市中心部の規制の変分を使って分析したところが、非常に新しいということですね。

中島:そうですね。規制のコストを定量化した結果としては、高さ規制を4メートル緩和できると12%土地の価値が上がるという結果になりました。4メートルというのは、だいたいオフィスビルにおける1フロアの高さになります。われわれが分析の対象とした地域では、ビルの高さ規制が45メートルとなっていて、これはオフィスビルだと大体11階建てになります。これに1フロア追加するのは大体9%ぐらい床面積を増やすことになります。その分の賃料が土地の価値として加わると考えると、9%分ぐらい土地の価格が上がると予想されるわけです。しかし、われわれの推定結果は、もう少しだけ大きい12%ぐらいという値を示しました。このことは、土地利用規制の緩和は、単に床面積が増える以上の効果があることを示すものであると考えられます。その理由として、1つは、高層階は賃料が高くなる傾向がありますので、高層階の賃料にプレミアムがついたからであるというもの。もう1つは、もうちょっと経済学的に面白いチャンネルだと思うのですが、そのビルの中での集積の経済が働くというもの。そのどちらなのかというのは、現時点では分からないのですが。

三善:私もその点が非常に面白いなと思って読ませていただきました。集積の経済になじみのない読者向けに、簡単にそのメカニズムをご説明いただけますか。

中島:集積の経済は、空間経済学や都市経済学の中で非常に重要な概念で、都市ができる根本的なメカニズムの1つといえます。要は、人や企業が近くにいることによる便益といえるのですが、例えば、さまざまな知識やアイデアを持った人々や企業が都市に集中していることで、知識や情報が伝わりやすく、それが生産性の上昇につながるという知識波及という経路は集積の経済の代表的なものです。また、企業はいろいろな企業と取引しなければいけないわけですが、取引先が近くにあると、取引コストが下がります。あるいは都市単位で考えると、労働市場が厚い方が、専門技能を持つ労働者とそれを必要とする企業との適切なマッチングができます。そのような形で、人や企業が集まることによる経済的便益を「集積の経済」といいます。最近は、この集積の経済の中でも非常にマイクロスケールの集積の経済を測ろうという試みが進んでいます。今回のわれわれの研究結果は、このようなビルの中においても集積の経済が働くという研究結果と整合的なものであるとも解釈できると思います。

三善:私たちも都市政策などを考えていく中で、こういうしっかりとした実証結果があることを踏まえて、今後議論していかないといけないと思っています。

中島:それは若干荷が重いですね(笑)。

規制には集積の経済効果の評価も必要

三善:本研究の政策的なインプリケーションについて、お伺いできますか。

中島:経済学者は全般に土地利用規制に関して批判的な人が多い印象です。特に米国では、エドワード・グレイザ-などに代表される研究者たちが、特に住宅供給や価格に与える影響についての多くの研究を行っています。また、日本において土地利用規制が批判される場合の多くは、その根拠に集積の経済があることが多いと思います。特に都心部の強い容積率規制は、以前から批判されていると思いますが、集積の経済が働く場所である都心に十分な床面積が供給されないことで、都市の生産性を損なっているというのが根拠になっていると思います。その通りだと思いますが、どの程度の規制が望ましいのかについての議論を行うためには、規制の費用と便益をできるだけ正確に測定することが必要だと思います。

三善:そうですよね。

中島:こういうミクロレベルでの規制の費用についての数量的証拠があまりなかったことに対して、今回1つ数量化できたのは重要なポイントだと思っています。さらに、われわれの結果は、ミクロレベルにおいてもやはり集積の経済があるかもしれないと示唆するものになっている。都心部における土地利用規制が、もしかしたら集積の経済を通じて、想定しているよりも大きめのコストになっている可能性がある。ここは重要な政策的インプリケーションだと思っています。

ただ一方で、DP検討会の時に三善さんからもコメントをいただきましたが、やはり規制による便益の観点も重要だと思うのですよね。やはりそういう意味では、混雑のコストなど、規制の便益も同様に測っていく必要があり、それらの兼ね合いによって最適な政策は決まるのだと思います。

三善:確かに政策側にいる人間からすると、やはり、どこかで折り合いをつけるのかが重要です。そもそも規制というのは基本的に人の権利を侵害する話なので、立証責任は行政の側にあるのですが、そのコストと便益を比較するためにも、一般論としての容積率の規制のコストの相場感が実証研究の結果として出てくると、私たちとしてはありがたいと思います。集積の効果についても、もっと都市全体にスケールを広げてみるとより大きいプラスの効果があるかもしれないということなのでしょうか。

中島:それは多分否定できないと思います。例えば労働市場が厚いみたいなものは、都市全体の話になってくると思いますので。もうちょっと広いスケールでの集積の経済、例えば、都市全体で利用可能な床面積を増やすようなことが起こると、今回分かった以上の集積の経済が働く可能性は十分にあると思います。

図1:規制概要
図1:規制概要
Note: OpenStreetMaps より著者によって作成。高さ規制は標高ベースで表記されている。空港代表点の標高が9.1m であるため、4000m 圏内の建物高さは代表点標高から45m の標高54.1m に規制されている。

三善:そうですよね。だとすると、中島先生が出された結果よりも、もっと規制緩和のメリットはあるかもしれないと。高さ規制など土地利用規制をするのであれば、より慎重に考えないといけないですね。

中島:数字がないのであまり無責任に言えないですが、確かにそれはあるかなという気はします。

今後の研究の方向性について

三善:最後に、今後取り組まれたい研究についてお話を伺えればと思いますが、いかがでしょうか。

中島:これからも今回のような面白いセットアップから何か政策につながるような研究をやったり、あるいはこれまで使われてこなかったデータやアクセスが難しかったデータを使って、都市や空間に関する面白い研究、さらにそれが政策インプリケーションにつながるような研究ができればと考えています。例えば、今進めているものでいえば、スマートフォンの位置情報データを使った研究や、歴史データを活用して、高層ビルの中で集積の経済があるのかを検証する研究など、面白いデータやセットアップを使って政策インプリケーションがある研究をしていきたいと思っています。

三善:楽しみですね。一方で、日本の行政はなかなか個票データなどミクロ分析に使えるデータを出してくれないといわれていますが、そのあたりはいかがでしょうか。

中島:最近は非常に協力的だと思いますよ。例えば、この研究をやる上でも、三善さんにご協力いただき、国土交通省さんから土地取引データや不動産取引情報の個票情報へのアクセスをいただきました。日本の行政も理解があるような状況になってきていると思います。もちろんこれまでにもRIETIさんには数多く政府統計の個票データにアクセスさせていただき大変感謝しています。

三善:だいぶ状況が良くなってきたのですね。

中島:そうですね。あと、あわよくばですが、僕のような研究者は、歴史データや、できれば過去のデータも使ってみたいタイプなので、政府統計の個票などの古いものが残っているととてもうれしいです。なかなか残っていないそうなのですが。

三善:今後はそういうものもきちんとデジタルで保存していくことが重要ですね。

中島:はい。今想定してないようなデータの使い道はたくさんあると思うのです。150年前に江戸の地図を作った人は、僕らが150年後にその地図で土地の価値について研究するなんて思っていなかったと思います。データをきちんと保存しておくことは重要だと思います。

三善:本日は貴重なお話をありがとうございました。

解説者紹介

中島賢太郎顔写真

中島 賢太郎

2008年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了(博士(経済学))。2008年東北大学大学院経済学研究科地域経済金融論寄附講座(七十七)准教授等を経て、2017年より一橋大学イノベーション研究センター准教授。2020年よりRIETIファカルティフェロー。
【最近の主な著作物】Agglomeration Economies in Vietnam: A Firm-Level Analysis (with Toshitaka Gokan, Ikuo Kuroiwa), Journal of Asian Economics 62, pp. 52-64, June 2019. Localization of Collaborations in Knowledge Creation (with Hiroyasu Inoue and Yukiko Umeno Saito), The Annals of Regional Science 62(1), 119-140, February 2019.等