Research Digest (DPワンポイント解説)

輸出展示会は効果的か?

解説者 牧岡 亮 (研究員)
発行日/NO. Research Digest No.0135
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牧岡亮RIETI研究員は本研究において、輸出展示会に参加した企業リストと経済産業省の企業活動基本調査を用いて、輸出展示会に参加することによる企業の輸出パフォーマンスならびに対外直接投資、サービスアウトソーシングに対する影響を分析した。これは国・地域レベルデータではなく、企業レベルデータを分析した点が新しく、マッチングDID法と固定効果推定法を用いて分析を行った結果、輸出展示会への参加は、企業の輸出ステータスに正の影響を及ぼすことが分かった。さらに、欧州や米国などの地理的・文化的に遠い国の展示会に参加する方が、アジア諸国や中国等の近い国の展示会に参加するよりも、輸出効果が大きいことが分かった。また、輸出展示会に参加した企業は、市場調査業務をアウトソースする傾向にあることも明らかになった。

日本初の企業レベルデータを用いた輸出促進機関の効果分析

――本研究を始めた動機を教えてください。

自身の専門分野である国際経済学において、輸出促進機関の効果分析に関する文献では、一昔前までは比較的入手の容易な国・地域レベルデータを用いた研究が主流でした。しかし近年は、特に南米や欧州で企業レベルデータを用いた研究が増えています。国・地域レベルデータの分析では、対象、推定手法などによって結果が異なることが多く、決定的な結果を得ることは困難です。一方、企業レベルデータの分析では、どのようなグループに特に効果があるか等、より具体的な結果が得られます。ところが、日本では企業レベルデータを使った輸出促進機関の分析がまだ存在しませんでした。そこで企業レベルデータを使って、より詳細な分析をしたいと考えたことが、本研究を始めた1つのきっかけです。

もう1つは、輸出の意思決定を阻害する輸出初期費用について関心があるからです。国際経済学の分野では、企業が輸出するためにかかる費用として、関税や輸送費用などの輸出数量ごとにかかる費用の他に、税関の手続きや、相手国の情報調査、輸出相手とのマッチングなどにかかる、輸出数量には依存しない輸出初期費用を考えます。しかしながら、その輸出初期費用はブラックボックスとして扱われることが多く、それが何によって構成されているかなどは、いまだに分かっていないことが多いと思っています。本研究で利用した日本貿易振興会(JETRO)のデータは、バイヤーとのマッチングを促進する展示会へ参加した企業リストということで、輸出初期費用を軽減させる取り組みの1つとして考えることができ、その効果を分析することを通じて、輸出初期費用のブラックボックスの中身に対する含意も導けると思っていました。国内企業と海外企業のマッチング促進や情報障壁の緩和が、企業の輸出パフォーマンスに対して正の効果を持つかどうかは、政策的に関心が高いばかりか、そういった意味で学術的にも面白いトピックだと思います。

――政策の現場からはどのような関心が寄せられましたか。

今回は分析できていないのですが、政策担当者からは、政策の波及効果を分析してほしいとの要望がありました。これは、先行文献や私自身にはない視点でした。支援を受けた企業のみならず、支援を受けていない企業にも波及効果があるのかについては、研究者として大変関心があります。また、政府は現在「新輸出大国コンソーシアム」として、商工会議所、商工会、地方自治体、金融機関、JETROなどの支援機関を幅広く結集し、海外展開を図る中堅・中小企業等に対して、総合的な支援を行っています。この中には、「ハンズオン支援」という、戦略策定から事業計画作成、計画実行まで一貫で支援する取り組みが存在します。こうした支援の効果についても、分析してほしいとの声がありました。学術的文献では、複数支援のコンビネーションによる効果に関する研究は、まだそれほど多くは存在しません。これも政策側ならではの視点だと感じました。今回は輸出展示会に参加した企業リストのみを使用しましたが、その他の輸出支援のデータが入手できれば、複数支援の効果の比較、コンビネーションによる効果も測定できるでしょう。

――分析の手法について教えてください。また本文中で述べられている「ペア固定効果」とは何でしょうか。

今回の研究では、マッチングDID法と固定効果推定法を使いました。本文中で述べている、「ペア固定効果」とは、単に企業と進出先、企業と年、年と進出先のペアの固定効果を含めることで、それらに固有の効果を制御しているという意味で用いています。今回は使っていませんが、支援を受けた人と受けていない人のウエイトを合成コントロール法によって調整することでDIDの推定量の精度を上げる、「合成DID」のような新しい手法を使うのも面白いかもしれません。

――需要ショックを傾向スコアマッチングの変数として用いていますが、DPのTable4のProbit推定ではその変数が有意な影響を与えていないように見えます。どのように考えれば良いでしょうか。

今回の分析では、企業活動基本調査で使われる日本標準産業分類と、UN comtradeなどで使われる国際標準産業分類(ISIC)を組み合わせて、全世界での産業別輸入額伸び率を各企業の売上げシェアで加重した加重平均値を企業の需要ショックとして用いています。しかしここで、UN comtradeでは貿易財しかカバーしていませんが、企業活動基本調査では非貿易セクターからの売上げも記録しています。従って、全売上げを非貿易産業で得ている企業など、約半数近くの企業に関しては需要ショックがゼロになっています。その他の考えられる要因としては、企業・年観測データを用いた傾向スコアマッチングを使った分析は、輸出展示会の開催地を考慮していません。つまり、海外の輸出展示会だけではなく、日本で開催された輸出展示会のデータも含まれています。実際、処置群の観測値の半数以上が日本で開催された輸出展示会によるものです。もちろん日本の輸出展示会にも海外のバイヤーは来ますが、日本で行われている展示会に出展している場合、日本の取引相手を探しに行っている可能性もあります。その場合には、海外からの輸出需要ショックが展示会への参加にそれほど影響しない、ということも起こり得ると思います。

――本研究と先行研究との違いを教えてください。

違いは3つです。1つは、先述の通り、本研究が日本における輸出促進機関の効果分析で初めて、企業レベルデータを用いた点です。2つ目は、分析手法として、国際事業部門の労働者のシェアを傾向スコアマッチングの説明変数として入れた点です。これは企業の海外進出への意欲を反映している変数と考えられ、輸出変数と輸出展示会に参加するかどうかの変数の両方に影響を与えていると考えられます。従って、分析手法の仮定をより満たしやすくなっていると思います。経済産業省の企業活動基本調査の中に、部門別の従業員数というユニークなデータを見つけたことがきっかけで、この変数を用いました。3つ目は、輸出展示会に参加することによる企業の輸出パフォーマンスに対する影響に加えて、サービスアウトソーシングに対する影響も分析している点です。こちらも企業活動基本調査の中に、市場調査、物流など、生産以外のアウトソーシングを使っているかどうかの変数を見つけたことがきっかけでした。なお、対外直接投資(FDI)に対する影響も分析しましたが、それほど効果が見られませんでした。より長期的に見れば影響があるとも考えられますが、今回は大きな効果は見られませんでした。

輸出展示会参加による3つの効果

――どのような結論が得られましたか。

主に3つの結論が得られました。まずは、輸出展示会に参加することで輸出確率が上昇することが明らかになりました。例えば、展示会に参加した1年後では、11.3ポイントの企業輸出確率の上昇が見られました。第二に、固定効果推定法による進出先ごとの傾向を分析した結果、アジアや中国等の近い国の輸出展示会に参加するよりも、欧州もしくは米国などの地理的・文化的に遠い国の輸出展示会に参加する方が、それらの地域への輸出確率に有意な影響を与えることが分かりました。また第三に、輸出展示会に参加することによって、市場調査業務のアウトソーシングの効果が有意に増えていることが分かりました。ただし、輸出に関する観察されない需要ショックを受けた企業が輸出促進政策を利用し、かつ実際に輸出をするという第三の要因に起因する結果を示している可能性も完全には否定できず、今後の課題として残っています。

図1:マッチングDID推定法の結果
図1:マッチングDID推定法の結果

――どのような政策的インプリケーションがありますか。

輸出展示会に参加することの正の効果について、数量的に示したこと自体に意味があると考えています。根拠をもって、輸出展示会参加を促進することができます。また、展示会の参加先で迷っている企業には、より効果の高い欧州や米国を勧めることもできます。ただしこの結果に関しては、先述の通り自己選択の問題を含んでいる可能性があります。例えば、あえて遠距離である欧州や米国に進出しようとする企業は、そもそもその期のそれらの地域への輸出意欲が高いだけかもしれません。また、欧州や米国はアジアに比べ、古くから輸出展示会産業が発展していたため、より効率的で買い手とマッチングする効果が高いとも考えられます。実務家の方から聞いた話では、欧州や米国での輸出展示会は「その場で商談を成立させよう」という熱量が大きいのに対して、日本を含むアジアの輸出展示会は参加することに重きを置いていて、その場で商談を成立させようという意欲がそもそもない場合が多いとのことです。その他の説明として、距離が離れるほど輸出初期費用が大きくなるため、輸出展示会によってその初期費用がより低下することで、輸出確率に対する効果が特に欧米で高まっているとも考えられます。理論的には、展示会への参加により輸出初期費用が軽減されたというメカニズムが考えられますが、今回は輸出展示会に参加することでどれだけ輸出初期費用が下がるかという分析はしていません。今後は輸出初期費用を算出し、それが輸出展示会の参加によりどれだけ低下するかについて分析できると面白いと思います。

他にも、サービスアウトソーシングに対する影響が見られたことから、輸出展示会後の市場調査に需要があることが示されました。先述の通り、新輸出大国コンソーシアムでは、海外進出したい企業に対してハンズオン支援を進めています。すでに実施している政策に対して、一定の需要が存在し得ることが示されたと考えることができると思います。その考えられるメカニズムとしては、企業は元来複数のサービスタスクを行う必要があり、その中の1つの「輸出業務」というタスクに時間等の資源が使われることで、他のタスクに時間を使えなくなります。従って、それらの他のサービスを自社で行うのではなく、サービスアウトソーシングを行うのではないかと推察されます。今回は市場調査の需要が高まることが示されましたが、物流業務などの他のサービスアウトソーシングにも効果があることが予想されます。今後、さらに分析を進めていくつもりです。

効果的な分析に必要なデータと環境整備

――行政データと公的統計を組み合わせて分析をする上で、困難だったことは何ですか。

行政データに限った話ではありませんが、実際にデータを使えるまでに時間がかかりました。許諾に時間がかかるだけではなく、複数部署に散らばったデータをかき集める必要があったからです。今回のプロジェクトでは、のべ7000観測値程度のデータの提供を受けました。実際の分析では、企業活動基本調査の対象である産業や従業員数50人以上の企業に絞り、企業名と住所などでマッチングをして分析サンプルを作りました。従って、実際に分析に使用できた処置群のサンプルは500個弱となっています。また、50人未満の企業を対象外としているため、中堅・大企業が主な分析対象となります。ちなみに先行文献では、輸出展示会の効果は小規模企業の方が大きい傾向にあるため、それを日本のケースで確かめるためにも、今後は小規模企業の輸出データがもしあれば、それらを用いて分析できたらと考えています。

――今後、必要とされる環境整備はありますか。

本研究は、EBPMプロジェクトの一環でもあります。最近は研究者がすぐに分析できるよう、データの整備が徐々に進んでいるようです。今回のJETROのデータも、法人番号が付いているなど、比較的整っていました。ただし、2012年からの食品加工・ものづくり部門の企業のデータしかなかったため、さらに過去までさかのぼれて、他産業の企業のデータがあると助かります。また輸出展示会に参加する企業は、輸出セミナー、情報サービスなど、他のサービスも受けている可能性が高いため、他にどのようなサービスを利用しているのかが分かるデータも頂きたいです。そのような輸出展示会以外のデータもあれば、複数の支援のコンビネーションの効果も測れます。また、データによっては欠損値が多いものもあるので、さらに整備を進めていただけるとありがたいです。

経済産業省で提供している、複数の行政サービスを1つのアカウントで紐づけられる「GビズID」などは良い例で、一元管理されたデータがあれば、どの補助金により効果があるかなどが分析できます。研究者にとっては朗報です。

さらに研究を深めるために

――今後の展望をお聞かせください。

今回はマッチングDID法と固定効果推定法を用いて分析をしましたが、自己選択の問題を完全には排除し切れていないという課題が残っています。つまり、輸出展示会への参加が輸出に効果があるのか、輸出を行うような意欲のある企業が輸出展示会を利用しやすいだけなのかは、ある程度の考慮をしているものの完全には制御できていません。従って、今回とは手法を変えて、外生的なショックを用いた自然実験法や、自己選択問題を許した部分識別法により、効果の範囲を測定してみても面白いでしょう。部分識別は、モデルの仮定ではなくデータからスタートして、緩い仮定を置いたときにどれだけ効果があるのかを推定する手法で、点ではなく範囲で推定値が識別できる方法です。従来の仮定からスタートする推計では、仮定が全て正しかった場合に明らかになる数値を点で推定します。部分識別はデータから緩い仮定を置いていくので、自己選択(内生性)の問題を気にする必要がありません。その他にも、自己選択の問題が排除できるような、展示会の参加に外生的に影響を与える操作変数を使うのも1つの手です。例えば、先行研究で行われているように輸出促進機関の側からアプローチした企業のリストを用いて、それを操作変数として使うことにより、自己選択の問題を解決できる可能性があります。さまざまな手法を試して、さらに精緻な分析結果を得たいと考えています。

また分析の精緻化とは別に、輸出展示会以外の輸出促進サービスのデータを用いて、それらのコンビネーションでの効果や、他サービスと展示会参加支援との比較も分析するつもりです。他にも、輸出展示会によって実際に輸出初期費用がどれだけ下がるのかを数量的に示したり、政策担当者から要望のあった展示会参加支援の取引先他企業への波及効果についても分析したいと思います。RIETIが保有している東京商工リサーチ(TSR)のデータ等を活用すれば、さらに研究を深められるでしょう。

――政策現場との連携について、その意義と改善点をお聞かせください。

研究者にとって、通常はアクセスできないデータを分析できることは非常に魅力的です。政策担当者にとっても政策の効果の有無や、特にどのような企業に効果があるのかを知ることができるため、双方にメリットがあります。目的をすり合わせることで協力できればと感じています。今後の課題としては、政策担当者とのコミュニケーションをさらに円滑にしていく必要があります。密に連携することで、分析のアイデアが生まれるからです。政策のニーズに合った分析をするためにも、まだまだ改善の余地があります。

今回は予想通り、輸出展示会に参加することによる企業の輸出パフォーマンスに対する影響には、正の効果があることが結論付けられました。一方で、予想に反して好ましくない結果が出たときには、それをどうとらえていくのかが重要になります。一般に、研究成果には多くの課題があります。従って、研究成果だけに立脚して、機械的に政策判断することは困難です。研究結果があくまで参考情報であることを位置付けることが大切でしょう。または、私の研究で言えば「アジアでは効果が少ないが欧州や北米では効果がある」といったように、手段を切り替えれば効果が出る場合には問題視されにくいでしょう。Win-Winの関係ができれば、研究者と政策担当者の連携も円滑になると考えています。

解説者紹介

牧岡亮顔写真

牧岡 亮

2011年一橋大学研究補助、2016年ペンシルバニア州立大学研究補助等を経て、2018年よりRIETI研究員。
【最近の主な著作物】"Decomposing the Effect of SNAP," 2018, Working Paper, "The Impact of Anti-Sweatshop Activisms on Employment," 2018, Working Paper.等