Research Digest (DPワンポイント解説)

特許データと意匠データのリンケージ:創作者レベルで見る企業における工業デザイン活動に関する分析

解説者 池内 健太 (研究員)
発行日/NO. Research Digest No.0132
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第4次産業革命の時代において、企業はいかにして競争力を高め、イノベーションを推進していくべきか。従来の技術的優位性(機能的価値)の確立に加えて、デザインによる製品の差別化が重要な課題となりつつあり、意匠権による発明保護が頻繁に行われている。本研究では、これまで注目されてこなかった意匠データを企業のデザインイノベーション分析のための重要な要素ととらえ、新たな手法で発明者・創作者の同一人物の同定を行った。そうして得られた意匠データを特許データと発明者・創作者レベルで接続し、定量的な分析を実施した。これにより発明活動と意匠活動の役割分担が進んでいることが明らかとなり、さらに、この役割分担は大企業の特許出願人で特に進んでいることが確認された。

イノベーション促進の手がかりを求めて

――研究の動機について教えてください。

私は以前から、生産性の分野に関心を持って研究をしているのですが、イノベーション活動を促進させるために、プロセスの解明が必要だと考えていました。測定が難しいとされている「非技術的なイノベーション」について意匠データを利用した定量的な分析を行うことで、新たな発見があることを期待していました。

前職の科学技術・学術政策研究所(NISTEP)で全国イノベーション調査の担当を務めた際に、イノベーションの測定についての国際的な議論やマニュアルに触れる機会がありました。その中でイノベーションを技術的なものと非技術的なもの、すなわちデザインを区別して測定することが重要という考えに触れました。

技術的イノベーションは特許と親和性が高い分野です。研究開発、イノベーション、特許の流れが比較的明確で、状況をとらえやすくなっています。さらに、日本では大企業を中心として、研究開発や特許取得が活発に行われています。しかし、近年はイノベーション活動が停滞しており、明らかに生産性が伸び悩んでいます。その原因を究明したいという思いが、本研究の発端です。デザインに代表される非技術的なイノベーションがカギなのではないかと思い、デザイン活動に密接に関わりのある意匠データに着目した調査を実施しました。

経済産業省・特許庁による報告書「デザイン経営2018」では「発明とイノベーションをつなぐデザイン」というとらえ方が紹介されています。新しい技術が製品化までたどり着くと、企業は意匠登録をして他社との差別化を図ることから、本研究では意匠データを採用しました。

――以前よりこの分野の研究は進んでいたのですか。

イノベーションの指標を測る目的で、特許に関する研究は進んでいました。また、大学における特許に関する分析は比較的新しいのですが、企業を対象とした研究はすでに多くあります。特許権についてはIIP パテントデータベースが整備され、多くの実証研究に活用されています。

その一方で、意匠データは研究対象として、さほど注目されてきませんでした。網羅的な研究者データベースが存在しなかったことが大きな要因と考えられます。ただ、意匠データは企業のデザインイノベーションを分析するために有益な情報となり得るものです。意匠権は工業デザインを保護する知的財産権です。意匠の新規性はあくまで製品の外観や形状にあり、産業技術を保護することを目的とした特許権とは異なるものです。デザインによる製品の差別化を行うことが重要な産業(日用品や家電、エレクトロニクス製品など)においては、意匠権によるデザインの権利保護が頻繁に行われています。また、意匠権の審査は特許権と比べて比較的短期間で行われ、出願や維持に関する料金も安価なため、製品発明に関して、特許権を補完する役割を有していますので、今回私たちは特許データに加えて意匠データも活用したいと考えました。

そこで本研究では、NISTEPから特許庁が公表する意匠権情報を網羅的に取り入れた研究者用意匠データベースとIIP パテントデータベースを意匠創作者・特許発明者レベルで接続し、意匠権データの特性を創作者レベルで分析しました。

個人を識別、追跡して調査する

――なぜ創作者個人に着目したのですか。

あらゆる発明、意匠デザイン、そして創作活動も、出発点は個人の知的活動です。出発点を観測することで得られる情報があると考えました。また、企業レベルで観測しようとすると、特許出願者との照合や、同名の企業を識別することが困難です。個人のデータであれば、扱うことが比較的容易であったことも、今回個人レベルでの分析に至った一因です。今後、研究を発展させていき、個人・企業の両方について調査できれば理想的だと考えています。

また本研究に限らず、個人の特定、またその方法の確立には大きな意義があります。Disambiguation(同姓同名の異なる人物を識別する作業)も1つの研究分野です。研究動機にも関連しますが、私は以前から共著者の元橋一之先生とともに日本の特許発明者のDisambiguationで個人を特定し、アカデミアとのつながりを分析していました。その方法論を意匠データに応用し、特許データと絡めた分析をしたいと考えました。

今後、識別の精度を上げていくことで、スターサイエンティストやエースデザイナーなどと呼ばれる、大きな影響力を持つ人物がどのように組織を渡り歩きイノベーションを起こしているのか、追跡していくことも可能です。また、こうした人物だけでなく、共同発明者、デザインチームの構成員やその推移も追跡して分析を発展させることも可能だと考えています。

――同一人物性の識別とその結果について教えてください。

IIP パテントデータベースには、各特許のそれぞれの発明者の氏名と住所が収録されていますが、別々の特許に共通の、例えばマイナンバーのような発明者の識別子は存在しません。同姓同名を区別しながら、氏名と住所のみを用いて同一人物性を特定することには転居、転職といった、いくつかの問題点があります。

そこで、本研究では機械学習手法に基づく発明者の同一人物性の判定という方法を採りました。機械学習手法は、信頼に足る教師データに基づいてモデルのパラメータのチューニングとモデル選択(学習)を行い、得られた学習済みモデルを用いて、全体のデータのパターンを統計学的に推測するものです。

電話帳から抽出した、同姓同名の人物が存在しないレアネームの情報に基づいて教師データを構築し、発明者の同一人物性の識別モデルを同定します。レアネームに含まれる同一の氏名を持つ発明者のグループを同一人物の発明者のグループとする教師データを構築し、さらに共同発明者に重複がないか、出願者が同一かなど背景となるデータも比較しました。

教師データから同一のレアネームを持つレコードのペアと異なるレアネームを持つレコードのペアをそれぞれ無作為に200 万件抽出し、合計400 万件のレコードペアを元に分類器(classier)をあてはめました。次に、学習済みの分類器を用いてクラスタリングを行います。全てのデータに学習済みの分類器およびクラスタリング手法を適用した結果、2,577,432人の発明者が識別され、発明者1人あたりの平均特許数は約9件であるという結果が導き出されました。

続いてIIP パテントデータベースとNISTEP 意匠データベースの発明者・創作者の接続を行いました。ここでもレアネームの情報を用いながら、姓名と所属機関の他、出願された特許、意匠の内容も参照して発明者・創作者が同一の人物か否かを識別しました。その結果、約38万件の意匠のうち、約6割の約22万件の意匠について、特許発明者が創作者としても参画していることが分かりました。

意匠法の在り方とは

――模倣品対策を目的とした意匠取得も多いのではないでしょうか。

意匠法の在り方、デザインのとらえ方についても課題があるように思います。企業におけるデザインイノベーションを分析するための情報として、意匠権データに対する期待が高まっているように感じます。ただ、意匠権をデザインイノベーションの代理変数として用いるためには注意が必要であることが分かりました。まず、これまで登録された意匠権の半数以上は、特許発明者によって創作されたものであり、製品の技術的特性を相当程度含んだ指標であることを認識すべきです。意匠法上の意匠とは、「視覚を通じて美観を起こさせる物」と定義されていますが、現状は知財ミックス、模倣対策を目的とした意匠取得も相当数含まれていると思われます。特許庁の意匠の活用を促すパンフレットでも、知的財産を複合的に権利化することによって、多層的な保護を推奨している面があります。つまり現在の意匠権は、あくまで工業デザインを保護するための知的財産権であり、外見的な優位性といったデザインとしての特性に焦点を当てたものとは言い切れません。

意匠にもさまざまな種類があります。本来、意匠権が独立した製品の外観(特徴的なペットボトルの形状など)を対象とするものですが、少なくとも、部分意匠のように製品全体としての外形を保護するものではない場合、デザイン活動のアウトプットの指標、または美観の指標からは外すべきであると考えられます。このことも、本研究で得た新たな発見でした。今後の分析においては、別のデータ、例えばデザインそのものを評価するグッドデザイン賞を取ったデザイナーや企業の意匠データを追跡するなどの工夫の余地があると考えられます。

――発明者と創作者が同じ場合の人物像はどのようなものでしょうか。

現時点で、人物像の識別まではできていませんが、多様な人物像が想定できます。技術を起点としてデザインを考えられる人物や、技術と意匠を同じレベルで扱える人物などがいると予想しています。また、発明者と創作者が一致する場合は特許の経済的な価値が高いというデータもあることから、製品を模倣品から守る目的で意匠登録を行っているケースも多々あるかと考えられます。個人の特定はできるので、政策立案も見据えた情報収集も目的として、今後そうした人物のタイプ分けやアンケート調査をすると、より深い洞察が得られると考えています。

存在感を増す、デザイン力

――技術で勝る日本企業が、なぜビジネスでは勝てないのでしょうか。

アップル、ダイソンの成功からも分かる通り、デザイン活動は企業競争力における重要な要素であることは多くの実証研究でも証明されています。新興国の技術的キャッチアップが進む中、日本企業においてもデザイン力による製品競争力に興味が高まっています。しかし、経済産業省の調査によるとデザイン力を企業競争力の源泉と考えている企業は10%以下とまだ少ない状況です。また、日本企業のデザイン活動は自前のデザイナーで行われることが中心であり、デザイン専門企業が育つ環境にありません。このような状況において、2018 年5月に経済産業省・特許庁より公表された「デザイン経営」宣言では、企業のデザイン活動への取り組みを後押しする政策として、高度デザイン人材の育成や海外からの人材獲得などが挙げられています。

――技術とデザインの分業の実情はどのようになっていますか。

本研究に使用したデータは2013年までのものですので、現在はさらに進んでいると予想していますが、景気・企業業績の影響も受けながら、2009年以降は大企業を中心に、技術とデザインの分業は若干進んでいる傾向が見られます。また、個人レベルの役割分担も、大手の特許出願人で特に進んでいることが確認できています。

ただ、リーマン・ショック以降、特許については、研究開発の規模、出願数が縮小しているものの登録率は伸びています。数をこなすような方法ではなく、見込みのありそうな案件に注力していくという方法に移行する動きがありました。合わせて、意匠も同様に変化してきています。このように的を絞った研究開発や出願の様子により、一見、分業が進んでいるように見えていた可能性もあります。2013年以降の景気回復に伴い、分業の実状はどのようになっているのかは、現段階で評価することは難しい状況です。

また、こうした分業が進む一方で、デザインシンキングの名の下に技術開発と同時進行的にデザイナーも開発に参加したり、主導することで試行錯誤の研究開発サイクルが加速していく傾向も観測されているので、特許や意匠のデータにどのように影響してくるのかは別途検討課題だと思います。個人、チーム、そして企業ごとに丹念に観測すると、こうした開発プロセスの変化の潮流が読み取れるのではないでしょうか。

図:特許発明者を創作者として含む意匠と含まない意匠件数(出願年別)
図:特許発明者を創作者として含む意匠と含まない意匠件数(出願年別)

――この研究の成果の政策的インプリケーションと今後の展望をご説明ください。

具体的な政策提言に進むためにはまだ調査・分析を要するところですが、まずは関心を集め、派生研究のきっかけになることを願っています。

本研究では、発明者・創作者の同一人物の同定(Disambiguation)を行いました。さらに、それぞれのデータベースにおける発明者IDと創作者IDを相互に接続することで、特許発明と意匠創作の両者を行っているデザイナーの特定を行いました。次にこの情報を用いて特許発明に対する意匠創作者(および意匠創作に対する特許発明者)の参画状況を時系列、意匠種類別に整理しました。そこから、半数以上の意匠権の創作者は特許発明者でもあるという結果が得られました。

ただし、大企業を中心にデザイナーとエンジニアの役割分担を進めている動きが見られることには注目すべきです。製品開発において企業内のエンジニアが意匠創作も行うエンジニアリング型工業デザインから、独立のデザイナーを抱えて製品開発において、機能だけでなくデザイン性(意味的価値)を重視する動きを反映したものと思われます。この点については、出願人(企業)ごとの特性に着目して、より詳細な分析を行うことが重要でしょう。美観については、グッドデザイン賞などのデザイン性に関する客観的な指標を用いることが有効です。

また、本研究においては発明者が関与する意匠権に着目しましたが、逆に、意匠創作者が関与する特許発明についての分析も今後考えられます。画期的な技術イノベーションにおいては、デザイナーが重要な役割を果たします。意匠創作者の詳細な特性を明らかにすることで、優れた製品デザインの創作者が関与する発明特許について定量的な分析が可能となるのではないでしょうか。

意匠権データを用いた分析は欧米においてもまだ進んでいません。2016年にNISTEPから公開された、特許庁が公表する意匠権情報を網羅的に取り入れた研究者用データベースを誰もが利用できるので、本研究をきっかけとして、日本のデータから世界をリードする新たな研究成果が生まれる可能性に期待しています。そして、日本企業のデザイン競争力を強めてイノベーションの促進につながることを願っています。意匠法の改正にも寄与し得る視点を提供できるかと思います。

今後、個人の識別によって研究を深め、良いデザイナーを輩出できるチームの特徴や、イノベーション促進のカギを握る人材流動性を高める要素も調査していきたいと思います。また企業レベルの識別を行うことにより、パフォーマンス指標との関連性も観測できると考えています。デザインの介在が経済成長によい結果をもたらす、という因果関係をデータとして示すことができればと考えています。

解説者紹介

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池内 健太

2015年一橋大学経済学博士。2011年文部科学省科学技術・学術政策研究所研究員、2014年日本大学経済学部非常勤講師、2014年政策研究大学院大学客員研究官等を経て、2016年よりRIETI研究員。
【最近の主な著作物】"Why Was Japan Left Behind in the ICT Revolution?" (with Kyoji Fukao,YoungGak Kim and HyeogUg Kwon) Telecommunications Policy, 40(5),432-449, 2016.
"International Competitiveness: A Comparison of the Manufacturing Sectors in Korea and Japan," (with Kyoji Fukao, YoungGak Kim and Hyeog Ug Kwon and Tatsuji Makino) Seoul Journal of Economics, 29(1), 43–68, 2016.