Research Digest (DPワンポイント解説)

米国金利上昇とグローバルリスクが新興市場国の日次資本フローに及ぼす影響

解説者 小川 英治 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0131
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さまざまな問題を抱えているグローバル経済において、危機を未然に防ぐことは非常に重要である。それには金融経済情勢のサーベイランスが欠かせない。米中の貿易摩擦をはじめとする通商問題や英国のEU離脱といったグローバルな将来の不確実性によって、金利・為替相場および資本フローにどのような反応が表れるかを考察した研究は多く存在する。だが、資本フローに関しては、それらはどれも月次データを使用したものであり、即時的な反応を正確に把握するという意味では十分とはいえなかった。小川英治RIETIファカルティフェローは、より高頻度の日次データを用い、資本フローの決定要因や資本フローの伝染効果に関してVAR分析を行うことで質の高い分析を実施。その結果を基に、国際金融アーキテクチャーを考える上での政策的含意を論じた。

きっかけはG20大阪サミット

――研究の動機について教えてください。

2019年、日本が議長国を務めるG20大阪サミットが開催されましたが、G20大阪サミットに向けて政策提言を行うことを目的としてT20(Think20)と呼ばれるフォーラムが並行して開催されました。G20諸国の有識者・シンクタンクで構成され、G20の「アイデア・バンク」と位置付けられています。このT20サミットの議長国も日本がG20と同様に務めました。

T20には10個のタスクフォースがあります。私はその中の「安定と発展のための国際金融アーキテクチャー、暗号資産とフィンテック」についての政策提言を担当していたのですが、それが今回の研究の動機といえます。国際金融アーキテクチャーを考える上で注目すべきは国際資本フローです。この国際資本フローに焦点を当て、国際資本フローに関連するさまざまな問題を実証的に分析し、それらの実証分析の結果を踏まえて、それらに対してエビデンスに基づく政策提言をまとめました。その意味で、RIETIのディスカッション・ペーパーとして公表した本論文は、G20大阪サミットに向けた政策提言のバックグラウンド・ペーパーとして位置付けられます。

現在、米国の連邦準備制度理事会(FRB)は、リーマンショック後から続けてきた量的金融緩和政策を終了して元の正常時の状態に戻すべく、金融政策の正常化を進め、実際に政策金利を引き上げてきました。しかし、ここにきて、米中貿易戦争といったグローバルリスクが米国経済自体に悪影響を及ぼし始めていることから、政策金利を引き下げることとなりました。一方、米国の金利引上げ、あるいは金利引下げは米国経済のみならず、日本を含む主要先進諸国だけでなく新興市場経済諸国など、グローバル経済における資本フローに大きな影響を及ぼしています。その意味で、現在行われている米国の金利政策は、グローバルな問題の1つであるといえます。

米国の金利の変動は多くの国に少なからぬ影響を及ぼします。私は、米国の金利政策が、とりわけ新興市場経済諸国における資本フローにどのような影響を及ぼしているのか分析したいと考えました。また、ブレグジット(英国のEU離脱)ショック、チャイナショック、米中貿易戦争などのグローバルリスクも同様です。このようなグローバルでの将来の政治・政策に関する不確実性が、資本フローにどのような影響を及ぼすかを確認したかったのです。

さらに、資本流出の伝染効果についても関心がありました。かつてアジア通貨危機が発生した際に、タイで発生した通貨危機が他の東アジア諸国に伝染したことに関心が持たれました。それらについては、為替相場や株価の日次データを利用して、実証的に分析が行われました。このたびは、資本フローの日次データを入手することができましたので、為替相場や株価に影響を及ぼすであろう資本フローそのものの伝染効果について実証分析を行うこととしました。

画期的な日次データの使用

――先行研究との違い、主要な研究結果についてご紹介ください。

資本フローの決定要因や通貨危機の伝染効果に関する研究は古くから数多くの研究者によって行われてきました。ある種、普遍的なテーマといえます。しかし、資本フローのデータの収集頻度の制約上、資本フローのデータを利用したそれらの研究の多くは資本フローの月次データを使用したものでした。しかし、この分析方法では、事象がどのように影響し波及したかを事細かに見ることができないという難点がありました。そこで、本研究では日次データの使用を試み、資本フローの決定要因や伝染効果に関する実証研究を行ったのです。これが先行研究との大きな違いです。この日次データでの分析により、あるショックや経済変数の変化が何日以内にどのような影響を及ぼすかといった精緻な反応を見ることに成功しました。

今回の研究を行うにあたり、最大の関心事は、新興市場経済諸国が米国金利の変化によってどのような影響を受けるかでした。米国金利の上昇に伴い、新興市場経済諸国から資金が流出するという通説がありますが、米国の政策金利(FFレート)を使用したところ、そのような結果は得られませんでした。FRBは事前に市場参加者に向けて政策金利引き上げの可能性を伝え、市場参加者はそれを予想して織り込んでいたことから、政策金利が実際に引き上げられた時には、市場参加者は織り込み済みとして反応していなかった可能性があります。ですから、われわれは、FFレートの予想値の代理変数としてFFレートのフューチャーズ(先物)(近い将来のFFレートの先物取引)のデータを使用してみたのです。それにより、いくつかの国で資本流出の結果が得られました。このことから、実際に政策金利が引き上げられた時点ではなく、「政策金利が上がるだろう」という情報が流れたとき、または市場参加者がそのような予想を持ったときに資本が流出するということが分かりました。

次にブレグジットリスク、チャイナリスク、トランプ大統領の当選等、政治的な事柄も含めたグローバルリスクを、VIX(米国の株価のボラティリティを表す指数)を代理変数として分析しました。その結果、VIXに反応して資本が動いていくことも明らかになりました。この分析でもマーケットの不安に資本フローが呼応することが確認できました。

このように、本研究は世界金融危機やアジア通貨危機等、危機的状況を取り上げた分析ではありません。小さなグローバルリスクを内包する平常時が研究対象です。危機的状況下の考察も大切ですが、この研究における最も重要な成果は、平常時においてもチャイナリスクのようなイベントが起こって、グローバルリスクが高まると、資本フローに変化が起きるということです。また、平常時においても資本フローの伝染効果が起こり得るということです。

――チャイナショックにおいて、中国から国外への資金の流出はどうだったのでしょうか。

中国政府は資本規制を敷いています。そのため、中国の銀行に預金している中国の居住者が、資産を外国に移すにはさまざまな制限があります。中国の企業が直接投資の形で外国に資金を移動するということも耳にしますが、中国当局の監視の目は厳しく、多くの資金が流出することはなかったという印象を持っています。

――伝染効果の国ごとの違いはどのような理由によって現れるのでしょうか。

国の規模、資本市場の規模が要因の1つだと考えています。中国の巨大な資本市場による影響が顕著でないことへの疑問を持つ方もいると思いますが、それは中国の資本規制によるものです。中国から外国へ資金を出す証券会社には資格が必要ですし、外国から中国へ資金を入れる場合でも取扱金融機関は非常に限られています。このような資本規制があるために、外への影響が現れにくいと推察されます。従って、もう1つの要因は、当該国において資本規制や外国為替管理などの資本フローに関する規制・管理を実施しているか否かです。

――日本経済への影響はどのようなものでしょうか。

日本企業の株価総額や経済活動に影響を及ぼす問題だと理解しています。日本企業の相当数が直接投資を行い、アジア、欧州、米国等に生産拠点を持って活動しています。仮に新興市場経済諸国が危機的な状況に直面して資金が流出し、その国の経済が悪化し、あるいは為替相場が変化し、もしくは金利が跳ね上がるとします。その結果、日本企業の新興市場経済諸国への投資が問題となった場合、外国からの配当であり経常収支の半分以上を占める第一次所得収支に大きな影響を受けます。また、それらの国々の通貨が減価すると、当該国に直接投資を行った生産拠点等の資産の円建てで評価した価値が減損することとなります。それらにより日本企業の株価および経済活動が影響を受けるという構図です。

――今回使用された日次データについて詳しく伺えますか。

図1:新興市場経済諸国の日次資本フロー
図1:新興市場経済諸国の日次資本フロー
注:この図は、非居住者による株式と債券の日次正味売買額を日次資本フローとして表している。またその累積値は日次資本フローを累積したものである。
データ:IIF Daily Portfolio Flows data、著者による計算。

分析に使用した日次データはIIF(Institute of International Finance)のものです(図1)。残念ながら、このデータが対象としている新興市場経済諸国の数は10カ国だけで、わずかな国のデータしか存在しません。また、非居住者の株式および債券の売買に関する日次データですので、国際収支表でいうところの直接投資、その他投資(銀行融資等)の部分は含まれません。そして、居住者による取引も含まれません。ですから、居住者が資本逃避を理由に、海外へ資金を移動する場合もこのデータには含まれないということです。データに含まれない居住者の取引は、平時においてはさほどのインパクトはないように思います。ただ、アジア通貨危機に際し、インドネシアから大量に流出した資金のほとんどがインドネシア居住者の資本逃避によるものであったことからも分かるとおり、危機的な状況では大きなインパクトとなるでしょう。

端的にいえば、非居住者がどのようにグローバルで資金を動かしているかのみを表したデータです。この研究では、もともと米国の金利上昇に伴い、国際投資家の資金がアジアの新興市場経済諸国においてどのような動きをするかをターゲットにしていたため、有用なデータだと考えて使用しました。結果としてこのような限定されたデータで行った分析ではありましたが、非常にさまざまな有益な発見がありました。

――今回使用されたVAR分析とはどのようなものでしょうか。

VAR分析とは過去からの影響を複数の変数間で見るもので、米国の金利やVIXが中国などの新興市場経済諸国の資本フローに及ぼした影響を確認することができます。また、伝染効果についても、新興市場経済諸国の間で、ある国の資本フローが他の国の資本フローに影響を及ぼすか否かを見ることができます。

また、VAR分析で導かれた資本流出のインパクトを確認するため、1標準偏差のショックに対して、どのような反応があるかを20日間の累積値でデータ化しました。韓国が韓国自身に与える影響は297、それに対して韓国が中国や台湾に与える影響は、43や81という値です。また、中国が中国に与える影響は290、台湾に対して与える影響は70でした。このように影響を及ぼす国に対して、自国に与える影響の少なくとも10分の1程度の影響が見られたことから、伝染効果は相対的に見て、それなりのインパクトがあるということがいえると思います。余談になりますが、このディスカッション・ペーパーを3月に韓国の中央銀行の研究所で発表したのですが、彼ら自身、自分たちがこのような大きな影響を及ぼすということに非常に関心を持っていました。

研究結果と政策へのインプリケーション

――政策的インプリケーションについて教えてください。

まず新興市場経済諸国については、市場参加者が米国の金利をどのように評価・予想しているかを注視する必要があります。次に、グローバルリスクによっても資本流出が起こります。グローバルリスクの高まりはVIXなどの指標の上昇に現れます。その理由は、グローバルに活動している投資家たちのリスクへの態度が回避的になり、新興市場経済諸国に投資している資金を引き揚げることにあります。これらの投資家のリスク回避度も資本流出を見る上では重要な要素になります。ですから、表面的な金利や為替相場だけではなく、マーケットによる評価・予想の内容を確認する必要があります。そのためにフューチャーズ(先物)やVIXの指標を注意深く観察していくことが重要です。これが政策的インプリケーションの1つです。

伝染効果とは、自国では問題なくとも他国の資本流出により影響を受けることを意味します。この伝染効果があることを意識して、アジア諸国間で協調を図る、お互いにモニタリング等を行う必要があるというのが2つめの政策的インプリケーションです。

また、一度、資本流出が起こるとその状態が継続するという結果も出ていることから、初動の対応は非常に重要であるといえます。

今回の研究に使用した日次データは10カ国に満たないものです。これがより多くの国々で整備され、公表されることで、広範により深い分析が実施できます。さらに、分析に基づいて政策当局者たちが政策的な協調や対応を議論できるようになります。よって、このデータ整備の推進も政策的インプリケーションといえます。

研究の深化の方向性

――今後の展望はどのようなものでしょうか。

まずは通貨当局や各国政府にデータの整備を推し進めてもらい、分析の範囲を拡大することです。また、資本流出の動きについて、今回は米国の金利を軸に見てきたわけですが、それを欧州中央銀行(ECB)や日本銀行(日銀)など、他の中央銀行の金融政策の影響も併せて考えていく必要があると思っています。さらに、米国、日本、ユーロ圏の間で金融政策の方向が必ずしも同一ではありません。FRBは金融政策の正常化のために金利を上げてきましたが、日銀とECBはマイナス金利に舵を切りました。これにより米国と日本およびユーロ圏の金利差は拡大しました。この金利差の拡大が新興市場経済諸国にどのような影響を及ぼすかということも考える必要があります。また、直近においては、FRBの金利引き下げと日銀の金利維持による日米間の金利差が縮小することが円ドル為替相場のみならず、東アジアの新興市場経済諸国の資本フローや為替相場にどのように作用するかは関心をもっております。

これらは非常に重要な問題ととらえています。まず金利差の拡大により、キャリートレードの動きが活発になります。キャリートレードとは、金利の低い通貨で資金調達を行い、金利の高い通貨で運用して利ザヤを稼ぐ投機的な国際金融取引です。表面的な金利差の拡大が、このキャリートレードにおける利益獲得の可能性を拡げ、この動きを促進します。

一方、新興市場経済諸国は対ドルで為替相場を安定させようとすると、金利を米国に合わせて引き上げる必要があります。これを「国際金融のトリレンマ」と関係します。一国が対外的な通貨政策を取る時に、①為替相場の安定、②金融政策の自律性、③自由な資本移動の3つのうち、必ずどれか1つを諦めなければならないというものです。この場合は、③自由な資本移動の下で①為替相場の安定を求めるために②金融政策の自律性を諦めて、米国の金利に追随するということです。当然、このような状況にある新興市場経済諸国と日本との金利差は日米金利差と同様に開いていきます。その結果、キャリートレードによって、米国とその国の間だけではなく、日本とそれらアジアの新興市場経済諸国間で資金が投機的に動き出すのです。この現象は非常に興味深く、さらに研究を深化させて理解したいと思っています。

解説者紹介

小川英治顔写真

小川 英治

1992年カリフォルニア大学バークレイ校経済学部客員研究員、1999年一橋大学大学院商学研究科教授等を経て、2018年より一橋大学大学院経営管理研究科教授。2000年に国際通貨基金調査局客員研究員。2011年よりRIETIファカルティフェロー。
【最近の主な著作物】『グローバリゼーションと基軸通貨:ドルへの挑戦』(編著)(東京大学出版会・2019年)、『世界金融危機後の金融リスクと危機管理』(編著)(東京大学出版会・2017年)等