Research Digest (DPワンポイント解説)

家計所得とOECDの四分類の下でのソーシャルキャピタル

解説者 要藤 正任 (京都大学)/矢野 誠 (所長,CRO)
発行日/NO. Research Digest No.0121
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ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)は、近年幅広い分野で認知されるようになってきた概念である。マクロな視点でのソーシャル・キャピタルと経済的側面に関する先行研究が数多くある中、要藤正任准教授(京都大学経済研究所)と矢野誠RIETI所長は、世帯所得とソーシャル・キャピタルの関係性を分析した。各変数の内生性に着目し、操作変数法を用いた検証を実施することで、ソーシャル・キャピタルを高めることが所得増大にポジティブな効果を持つことを示した。前近代的な社会と比べて人々の結び付きの重要性が比較的低い現代においても、個人がソーシャル・キャピタル形成に対して経済的なインセンティブを持ち得るとした。

ソーシャル・キャピタルと所得との関係性

――本研究の概要を説明してください。

要藤:個人のソーシャル・キャピタルと経済的アウトカムとしての所得との関係を定量的に分析したのが今回の研究です。特に今回は、ソーシャル・キャピタルと世帯所得との関係について分析しています。ソーシャル・キャピタルとは、人と人との信頼や、人に何かをしてあげたら自分に返ってくるという互酬性の規範、さらに個人同士のネットワークといった関係に着目した、目には見えない資本のことを指します。ソーシャル・キャピタルが本当に資本かどうかは議論がありますが、近年では政治学・経済学・社会学・教育学といった幅広い分野で使われるようになってきている概念です。

アメリカの政治家であるロバート・パットナム(Robert David Putnam)が1993年に著した『Making Democracy Work:Civic Traditions in Modern Italy』(邦訳:哲学する民主主義―伝統と改革の市民的構造)においてソーシャル・キャピタルの重要性を議論したことがよく知られています。パットナムは、ソーシャル・キャピタルが人と人との自発的な協力を促す性質を持っていることを強調しています。また、彼は同著書の中でディビッド・ヒュームの著作に関する話も取り上げました。隣に住む農民同士が、信頼が欠けているために小麦の収穫を互いに手伝わず、結果両者とも収穫できないまま終わってしまう、という逸話です。このことから示唆されるように、人と人との協調が自発的に行われる社会ではより良いアウトカムが生まれる可能性が高くなるという点がソーシャル・キャピタルの重要な点です。パットナム以後にも、国や地域の経済成長への影響、行政のパフォーマンスとの関係といったマクロな視点のものから、個人の幸福や健康観などまでも対象にしてソーシャル・キャピタルに関する幅広い研究が行われてきました。現在では、人間社会のさまざまな側面と関連していることが知られてきています。

先行研究では、ソーシャル・キャピタルと経済的な側面との関係を分析した研究は数多く見られますが、個人のソーシャル・キャピタルと所得の関係を検証した研究はそれほど多くありません。特に、ソーシャル・キャピタルと所得の内生性に着目した研究がほとんどなく、われわれでやろうと考えたのが本研究の動機でもあります。

内生性は変数の間の因果関係に関わる問題です。例えば先行研究の多くでは、学歴や所得とソーシャル・キャピタルとの関係を検証して、「所得が高い人はソーシャル・キャピタルが高い」と結論付けています。ですが、もしかするとソーシャル・キャピタルが高い人は何かしらの能力があって、そういう人は所得が高くなるという逆の関係性も考えられます。このように互いに影響を及ぼして一緒に決まるような関係性を持つ変数同士の場合、通常の回帰分析では正しい推定が行えないということが広く知られています。この内生性と呼ばれる問題に対処するため、われわれは操作変数法という分析手法を用いています。操作変数法を使うと、一方が増えたときにもう一方がどれだけ変化するのかを、逆方向の影響を取り除いて正しく推定することができます。今回の分析では、ソーシャル・キャピタルと所得が両方向から決定されていることを考慮した上で検証しました。

――本研究から得られた結果について教えてください。

要藤:経済協力開発機構(OECD)は、信頼や互酬性、ネットワークといった多様な側面を持つソーシャル・キャピタルを定量化し、国家間で比較しようと議論しており、その中でソーシャル・キャピタルを「個人的ネットワーク」、「社会ネットワーク・サポート」、「市民参加」、「信頼と協調の規範」の4つの区分に分けることを提案しています。今回のわれわれの研究においても、OECDに倣った4分類で分析を実施しました。

分析の結果、ソーシャル・キャピタルの4つの側面それぞれが家計の所得に対してプラスの影響を与えていることが分かりました。さらに、対象となる人々を大都市に住む人、地方に住む人という区切りで分けてみても、その関係は有意であるという結果が出ています。また、家計の中で実際に所得を稼いでいる人とそうではない人を分けて検証した場合、家計を支えていない人のソーシャル・キャピタルも家計の所得に対してプラスに働いている関係が見て取れます(表1)。市場が発達して見ず知らずの人々と取引を行い、血縁や地縁の重要性が以前より低くなったと考えられる現代においても、人と人との関係性を持つことが所得に対して良い影響を与えているということができます。現代社会においても、ソーシャル・キャピタルの形成に対する経済的なインセンティブとなり得るということです。

表1:所得を被説明変数とした場合の推定結果の概要
表1:所得を被説明変数とした場合の推定結果の概要
注1:社会関係資本の係数のみ記載し、他の変数については省略している。
注2:( )内は標準誤差、***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%の有意水準で有意であることを示している。

また、ソーシャル・キャピタルの文脈では外部性が強調されることが多いのですが、今回は家計という小さな単位においてもソーシャル・キャピタルの蓄積がプラスに働くことが判明しました。つまり、人的資本などと同様に個人レベルでもその蓄積のインセンティブがあり、かつ外部効果を持つ資本だということです。このことは、ソーシャル・キャピタルの蓄積が自律的に行われ、かつ、それによって社会全体にもプラスの効果が生み出され得るということを示唆しており、ソーシャル・キャピタルの重要性を意味するものだと考えています。

――ソーシャル・キャピタルというのは社会全体のマクロな話ではなく、個々人にもソーシャル・キャピタルを向上していくインセンティブが存在するということでしょうか。

矢野:個々人にもインセンティブがあることについては、ヒューマン・キャピタルにも同じような側面があったと思います。目に見えない資本であるヒューマン・キャピタルについても長い間研究がなされてきて、ゲーリー・スタンリー・ベッカー(Gary Stanley Becker)の研究などにより、徐々にその重要性が認知されるようになってきました。その後、ノーベル賞を取ったジェームズ・ジョセフ・ヘックマン(James Joseph Heckman)が「子供の幼児期の教育が長期的には所得を増やすのに一番の要素になる」という旨を論じていると思います。これは、ベッカーの研究からさらに一歩進めて、ヒューマン・キャピタルが経済的なインセンティブになり得ることを言っているのだと思います。

このように研究が進むことでヒューマン・キャピタルの体系が出来上がり、研究成果を現実の政策や教育などに生かせるようになります。これはソーシャル・キャピタルでも同じことがいえるのではないかと考え、その出発点となるよう今回の研究を始めた経緯があります。

――将来不安や人を信じるということなどが変数として使用されていますが、心理学の領域とも関係するのでしょうか。

矢野:われわれが今回の研究で考えているのは、より長期的なスパンの信頼です。心理学だと、短期的なショックに対する反応にかかわる実験を行っていると思います。目の前でつらいことを見たらしばらくの間は「世の中はつらい」と感じたり、将来不安を感じるとその他の事柄まで不安に思えてきたりするといったことです。しかしながら、そのような短期的な信頼や不安とは別に、定常的かつ平均的に人を信じるかどうかという根本的な信頼もあると考えています。

要藤:この研究では人を信頼するかという指標のほか、人との付き合い、自分の周りの人が頼りになるかどうか、市民活動に参加しているかどうかといった4つの指標を使っています。人を信頼するかどうかというと不安に影響される側面はあると思いますが、親戚が頼りになるかとか友人が頼りになるかなどは、過去からの積み重ねで決まっているのではないかと感じます。この根本的な信頼について本当に分析するならば、パネルデータを取って長期的な信頼に変動があるのかを調べる必要があると思います。

研究結果の解釈

――学歴とソーシャル・キャピタルとの関係について教えてください。

要藤:教育とソーシャル・キャピタルの研究はずっとされてきていて、ソーシャル・キャピタルが高い地域・学校では子供の学歴が高くなっている研究もあれば、学歴が高い人ほど信頼する傾向があるという、逆方向の効果を見ているものもあります。

われわれが今回実施した研究において当初想定していたのは、学歴が高ければソーシャル・キャピタルが高くなるという関係性です。実際にわれわれが使用したデータで検証しても、単純に回帰するとそういう関係性が見られます。総合的に見れば学歴の効果はソーシャル・キャピタルに対してプラスになるということだと思います。しかしながら、その所得の内生性を考慮した推定を行うと、大学や短大・高等専門学校などを卒業していることがソーシャル・キャピタルに対してネガティブな影響を及ぼしているという結果が出てきました。その点は解釈が難しく、矢野先生とも議論させていただきました。

この結果を整合的に解釈するならば、高校の教育と大学の教育でソーシャル・キャピタルに対する効果が異なる可能性があるということです。大学教育自体は、人の信頼を高めることに寄与していないのかもしれません。あるいは今回のデータの限界で、偶然このような結果になったことも考えられます。当初は想定していませんでしたが、これは興味深い結論ではないかと思います。

矢野:私は、日本の大学教育はソーシャル・キャピタルの向上にプラスの効果をもたらしていないのではないかと思っています。例えば大学紛争などが起きていた時代を考えると、大学教育がソーシャル・キャピタルを高めたとは考えにくい。もしかすると、どのような時期に大学教育を受けていたのかということも影響しているかもしれませんね。

要藤:私個人の経験から振り返ると、大学でさまざまな価値観に触れたことが今の自分のベースにあるような気がするので、プラスだったと思っています。これも、サンプルが十分にあれば、年代別で比較することで有意な違いを見出せるのかもしれません。

――研究結果では、所得をコントロールした後、エグゼクティブであることや結婚していることなどがソーシャル・キャピタルにマイナスであることを示していますが、この結果をどのように解釈していますか。

要藤:この点においても、やはりこのデータだけでは何も言えません。先程の学歴の話と同じように解釈すると、結婚すること自体はあまり人を信頼するということに役に立っていないということがストレートな解釈です。さまざまな事例を検証すると、奥さんと結婚して人間不信になる人もいるかもしれないし、逆もあるかもしれません。また、頼りになる奥さんと結婚して頼りになる親戚や友人が増えたときは、頼れる人がいるという意識が高まっていくように思えます。ですが、今回の結果ではその指標に対してもマイナスになっているので、直観とは少し合わないといえます。

矢野:直観と合わないのは、所得の効果と結婚の効果を分けられていない部分があるからだと思います。データが限られているので、適切な操作変数があるかどうかは分からないところですが、今言ったようなインプリケーションを示唆しているのは確かだと思います。

要藤:本研究では所得とソーシャル・キャピタルの内生性を考慮していますが、同じようにソーシャル・キャピタルの高い人が結婚していくというような内生性も考えられます。このような点については、今後さらなる精査が必要だと考えています。

表2:社会関係資本を被説明変数とした場合の推定結果の概要(教育と世帯所得)
表2:社会関係資本を被説明変数とした場合の推定結果の概要(教育と世帯所得)
注1:教育および世帯所得の係数のみ記載し、他の変数については省略している。
注2:( )内は標準誤差、***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%の有意水準で有意であることを示している。

――実際にお互いの信頼を高めていくためには、具体的に何をしたらいいのでしょうか。

要藤:この研究の発端は、人を信頼する人とはどのような特徴を持っているのか、どのような特性が人の信頼を高めるのかを明らかにするために着手しましたが、実際に何を行えば信頼を高められるのかというのは難しい問題です。少なくともこの研究で判明したのは、所得が高まることで人への信頼が高まるということです。当然ながら他にもさまざまな要因があると思いますし、このデータだけで分かることは限られていますが、このような研究をきっかけに、何が人の信頼を作りだすのか、何が社会にあるとこういうことができるのかというのは今後の研究課題です。

矢野:要藤先生がおっしゃるように、本研究で明らかになったのは所得のプラス効果だと思います。衣食足りて礼節を知るということが重要だとデータからいえます。そして、礼節を知るとさらに衣食が足りやすくなるということも今回の結果のインプリケーションです。そのため、豊かな社会にしてあげることが重要なんじゃないかなというのが第一だと思います。どの社会でも一定の豊かさを持ってくれば、さまざまな問題が解決され、人々の信頼醸成や社会貢献などに関心が向くのではないでしょうか。

政策とソーシャル・キャピタルとの関わり

――本研究から導かれる政策的なインプリケーションはありますか。

矢野:やはり大学教育を良くするなどでしょうか。

要藤:今回の研究では、大学等における教育の直接効果はソーシャル・キャピタルに対してマイナスの可能性があるとの検証結果を得ました。しかし、大学教育が所得に対してはプラスの効果を持つので、トータルでの効果を考えると教育の効果はプラスに働きます。従って、教育水準を高めるということは、人的資本を蓄積して所得を高めるという点でも、ソーシャル・キャピタルを高めるという点でも政策的に意義のあることではないかと思います。

矢野:「データが足りないためにすぐ答えが出ない」というのは、この研究からの1つのメッセージです。教育は個々人の人に対する信頼に大きく寄与するはずですが、今のところうまく結果が出ていません。データが足りないためなのか、ソーシャル・キャピタルを高めるような教育が行われていないのか、現時点ではその理由は分からないのが現状です。ですが、例えば「このような教育を行えば、子供たちがこのような気持ちを強く持つようになる」ということが分かれば、教育政策にも生かせるようになるのではないでしょうか。

今後の研究

――ソーシャル・キャピタルという重要なテーマにおいて、今後どのような研究を予定していますか。

要藤:矢野先生の提唱する市場の質理論においては、市場の質を支える市場インフラが重要であるとしています。われわれは、その市場インフラの中の重要な構成要素の1つがソーシャル・キャピタルではないかと考えています。ソーシャル・キャピタルの政策的重要性という観点からも、ソーシャル・キャピタルが市場の質に与える影響というのは、これから明らかにしていかなければならない課題の1つだと思いますので、今後、研究を深めていきたいと考えています。

矢野:ソーシャル・キャピタルに関するパネルデータを作ることはやる価値があると思います。市場の質の研究におけるメジャーとして使用できる可能性があるためです。ソーシャル・キャピタルに近いようなインフラと、法律やルールなどのインフラという2つが市場の質を決めていると考えているので、ソーシャル・キャピタルのデータがあれば理論を深めることができると思います。

要藤:矢野先生のおっしゃる通り、こうした研究のためには分析の基となるデータが重要になってくると思います。ソーシャル・キャピタルが何によって形成されていくのかということを正しく把握するには、やはりパネルデータが必要です。そのようなデータを構築することができれば、より精緻な分析ができるようになると思います。ソーシャル・キャピタルという概念は広く認知されるようになってきましたが、研究テーマとしてはチャレンジすべき課題が多く残されています。

解説者紹介

矢野誠顔写真

矢野 誠

2007年4月〜京都大学経済研究所教授、2016年4月〜経済産業研究所所長。
主な著作物:Yano, M., "The Foundation of Market Quality Economics," The Japanese Economic Review 60-1, 1-32, 2009. Yano, M., "Competitive Fairness and the Concept of a Fair Price under Delaware Law on M&A," International Journal of Economic Theory 4-2, 175-190, 2008.


要藤正任顔写真

要藤 正任

1995年建設省(現:国土交通省)入省。2014年〜京都大学経済研究所准教授。
主な著作物:「ソーシャル・キャピタルは経済成長を高めるか?−都道府県データによる実証分析−」『国土交通政策研究』第61号、国土交通政策研究所、2005年。「PFI事業におけるVFMと事業方式に関する実証分析−日本のPFI事業のデータを用いて−」(共著)、『経済分析』第192号、内閣府経済社会総合研究所、2017年。