Research Digest (DPワンポイント解説)

企業間ネットワークダイナミクスと企業成長

解説者 齊藤 有希子 (上席研究員)
発行日/NO. Research Digest No.0120
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齊藤有希子RIETI上席研究員は、企業間のつながり(ネットワーク)が企業のライフサイクルとともにどのように変化し、そのネットワークが企業の成長にどう関係しているかを分析。これにより、企業年齢がその後の成長の大きさに強く関係するとする近年の実証研究に対し、企業間ネットワークによる新しい観点を提示した。年齢の若い企業は年齢の高い企業と比較してより頻繁に取引関係の構築と改廃を行い、取引関係の継続期間が長くなるにつれてその関係性がさらに安定的になること、また、企業年齢によりネットワークと成長の関係は異なり、若い企業ほど新たな取引関係の構築が成長につながることが確認された。ネットワーク構築の政策的な支援の在り方は企業のライフサイクルのステージによって異なっていることを示唆している。

研究動機

――どのような経緯で今回の研究に取り組み始めましたか。

現在、私はRIETIで組織間ネットワークのダイナミクスについて研究しており、企業間のネットワークが企業のパフォーマンスにどう関係するのかということを調べてきました。その中で、今回は企業年齢を新たな指標として取り入れた分析を行いました。

企業年齢を考えるようになったのは、10年ほど前に行っていた研究がきっかけです。当時、企業成長の履歴効果(過去の成長の履歴が、その後の企業成長にどのような影響を及ぼすか)や企業の新陳代謝、企業のネットワークが企業の退出に与える影響に関する研究などを行っていました。そして、今回の研究でもご一緒したロンドン大学の千賀達朗講師がそれらの研究に興味を持ってくださいました。10年ほど前は、ネットワークと企業成長の履歴の間に関係があると予測しつつも深掘りできませんでしたが、現在は、当時と比べてネットワークに関するデータが蓄積されてきたため、企業年齢の観点を取り入れた上で企業のライフサイクルを検証できるようになっています。そこで、昔解明できなかった、ネットワークと企業成長の関係を企業年齢とともに見直したいと思い、今回の研究を行いました。現在も共同研究を進めていますが、本研究でご一緒しているロンドン大学の千賀達朗講師とカリフォルニア大学の藤井大輔講師はお2人とも理論の専門で、理論研究を合わせることにより、より深い理解が可能となります。お2人はRIETIの特任研究員も兼務していて、頻繁に意見交換を行っています。

もう1つのきっかけは、中小企業庁のプロジェクトを行った際に、東京商工リサーチ(TSR)の10年分のパネルデータを利用できるようになったことです。TSRは信用調査会社で、非常に多くの企業の詳細なデータを収集しています。RIETIの保有するTSRデータは2006、2011、2012、2014ととびとびのデータであり、パネル分析には不向きでした。中小企業庁のプロジェクトにおいて、TSRから2007年から2016年までの取引データが提供され、今回の研究に取り組む機会を与えていただいたという部分もあります。このデータは、今回の研究で構築したデータセットの基になっています。

――なぜ、企業間のネットワークやネットワークのダイナミクスに着目したのですか。

われわれのRIETIの研究プロジェクトでは、企業間の取引ネットワークが企業の成長を牽引することが因果関係の観点からも確認されています。一方で、政府の骨太の方針で「つながり力」の活用が指摘されているように、企業間のネットワークを活用して、企業成長を促すような政策的な支援が重要であると考えられています。エビデンスに基づいた政策を考えるためにも、より詳細なメカニズムを示すことが大切です。企業は成長のため、より良い新規の取引先を構築したり、既存の取引先とより良い関係を築くことにより、成長していきますので、ネットワークのダイナミクスと企業成長の観点を整理することにより、理解が進むと考えました。

また、このようなミクロな企業成長のメカニズムを探るだけでなく、企業間ネットワークはマクロ経済を考える上でも重要であります。最新の研究では、マクロ経済の変動は企業間のネットワークによって引き起こされるとするアセモグル(Acemoglu)らの研究がありますが、われわれも東日本大震災の時の波及を分析することにより、実証的にも明らかにしました。そして、現在考えているのは、マクロの変動のみでなく、マクロの成長に対しても、企業間ネットワークは重要であるという認識のもと、研究に取り組んでいます。日本経済が停滞した「失われた20年」に関する既存研究では、生産性の低い企業が退出する正常な新陳代謝が起きていなかったことが指摘されていますが、それらの研究では企業同士が相互に関係を及ぼす影響は考慮されず、独立なものとして考えられてきました。しかし、ショックの波及の研究でも確認したように、マクロな変動は独立したミクロな変動の足し上げではありません。さらに、企業間ネットワークが企業成長を促すことも確認していますので、マクロの成長に対しても、独立な企業の足し上げでなく、ネットワークの観点から説明すべきと考えました。

本研究では、まず、企業のライフサイクルにおいて、企業間のネットワークがどのように発展していくのか、ダイナミクスを明らかにした上で、ネットワークがどのように成長に影響を及ぼすのか、企業年齢との関係などを調べました。

企業のライフサイクルにおけるネットワークの発展と成長との関係性

――企業間のネットワークがどのように発展していくのかという問いに対して、どのような研究をされましたか。

企業間ネットワークの発展については、ネットワークの安定性について、焦点を絞りました。どのような取引関係を構築したのかという観点も重要ですが、企業間のマッチングのメカニズムを考えることになり、非常に難しい課題になります。そこで、まずは、企業年齢とネットワークの安定性の関係について調べることにしました。具体的には、企業が年齢を重ねるにつれてネットワークがどのように安定的になってくるかということになります。このことを検証するため、企業が仕入先および販売先とのつながり(リンク)を新たに作る様子、また反対につながりを改廃する様子を、データを用いて検証しました。

分析の結果、若い企業は年を取った企業に比べてリンクのつなぎ変えを頻繁に行っていることが分かりました。若い企業は年を取った企業よりたくさんの新規取引先を開拓している一方、取引をやめてしまうこともより多いのです。年を取るとともに取引が安定的になるということは、その企業間に蓄積された関係が企業にとって資産のようなものになるとも考えられますし、新たな取引先を構築しなくなることは成長のチャンスを逃している可能性もあります。そのような観点からネットワーク構築の在り方を考える必要があると思います。

また、取引の継続性については、仕入先および販売先の性質によりどのように異なるのかについてより詳細に分析することが可能です。具体的には、取引関係(リンク)が次の年も継続する確率(サバイバルレート)を、仕入先の特性と販売先の特性に回帰分析しました。分析の結果、表1のように、まず企業年齢については、仕入先と販売先のどちらも年齢が高いほうが継続するという相関関係が見られました。興味深いのは、仕入先および販売先の売上と取引の継続性の関係です。仕入先の売上規模が大きいほど取引の継続する確率が高い傾向がある一方で、販売先の売上規模が大きいほど取引の継続する確率が減少するということです。規模の大きな販売先は既存の取引を継続させずに、新たな取引先を構築していると考えられます。企業規模が大きくなるにつれて、より良い仕入先を得ることによるベネフィットが大きくなるため、仕入先のサーチのためのコストをかけることが可能であることを示唆しています。

表1:取引関係の安定性
表1:取引関係の安定性

――次に、ネットワークと企業成長の関係の分析について教えてください。

企業ライフサイクルにおける、ネットワークと企業成長の関係性を分析するため、企業のサンプルを0歳〜4歳、5歳〜9歳、10歳〜19歳、20歳〜39歳、40歳以上の5グループに分けて、企業間のネットワークおよびネットワークのダイナミクスと企業成長の関係が企業年齢ごとにどのように違うかを調べていました。そして、企業年齢の違いに応じてネットワークと企業成長の関係性が異なることを発見しました(表2)。まず、企業年齢の高いグループほど企業年齢と成長の関係が小さくなり、企業年齢が低いうちの方が、年齢による違いが大きいという自然な結果を得ました。そういった企業の特性をコントロールした上でネットワークと企業成長との関係を観測すると、取引先の数(ネットワークの大きさ)よりも、取引先の変化(ダイナミクス)の方が年齢による違いが大きいことが分かります。企業年齢が低いうちの方が、新しく取引を構築する企業ほど企業の売上成長率が大きいこと、企業年齢が上がっていくにつれて、安定的な取引関係も重要になっていることが観測されました。これらのことから、若い企業ほど、取引先の新規開拓が大事であり、政策的な支援が必要である可能性が示唆されます。ただし、これらの分析は相関関係を調べたのであって、因果関係にまで踏み込んだ議論はできていません。政策への示唆をより頑強で具体的なものにするためにも、さらなる分析が必要です。因果関係の他、仕入先の構築と販売先の構築による違いがあるのか、どのような取引先と取引を開始することが重要なのかといったさらなる視点も重要であると考えています。

表2:企業間取引関係と企業成長
表2:企業間取引関係と企業成長

――今回の研究の新しい点はどのような点ですか。

企業成長に関する既存研究に新たな視点を提示しました。企業成長の決定要因に関して、ジブラー(Gibrat)は企業成長がその企業の規模に依存するとし、このような成長と企業規模の関係性を検証した文献は多く見られます。そのような中、企業年齢に言及した分析がハルティワンガー(Haltiwanger)らによって行われました。ハルティワンガーらは企業年齢の重要性を説き、企業規模ではなく企業年齢が成長に及ぼす影響のほうに注目すべきだと述べています。そして、雇用創出効果を期待した政策などは、中小企業ではなく若い企業を対象にして支援することが大事だとしています。しかし、彼らの研究ではなぜ企業成長には企業年齢が重要なのかについて、メカニズムの説明がなされていません。このような企業成長と企業年齢の関係性にネットワークのダイナミクスの視点も取り入れ、背後のメカニズムを解明しようという点がわれわれの研究の新規性になります。また、ネットワークのダイナミクスの解明に企業年齢の観点を提示するという新規性もあります。

政策的インプリケーション

――どのような政策的インプリケーションが得られましたか。

中小企業庁のプロジェクトは2030年に中小企業はどのようになっているのかという長期的な変化をとらえていこうというものですが、今回の研究で過去10年のうちにどのような変化が起きているのかを観測すると、企業の高齢化も急速に進んでいるということです。図のように企業年齢分布の変化を確認すると、人口ピラミッドの団塊世代のように、企業数ピラミッドにもピークが存在し、10年の間に高年齢の方向へとスライドしています。本研究では企業年齢によりネットワークと企業成長の関係は異なっていることを確認しましたので、企業の高齢化が進んだ時代には、それに合った政策的な介入が必要であると考えられます。当然、企業の新陳代謝を促し、企業の高齢化を食い止めるための政策も重要ですが、企業の高齢化という現在の状況を受け止め、その中で企業の成長を促す政策をとることがより重要だと考えます。

図:企業年齢の分布(企業数ピラミッド)
図:企業年齢の分布(企業数ピラミッド)

また、今後研究が進んで、どのような取引先を構築することが成長につながるのかなどが明らかになれば、企業年齢によって異なる取引先選びが重要だということがいえるかもしれないです。すると、例えば中小企業庁の政策としてホームページを立ち上げて、適切な取引先を紹介することでマッチングを促すことなどが考えられるかもしれません。しかしながら、マッチングという観点で個々の企業のつながりについて検証するのはなかなか難しいため、研究があまり進んでいないのが現状です。マッチングされた企業の両者にとって、相性の良い取引先なのかといった点を明らかにしていくことが困難であるといえます。この点については今後の研究課題でもあります。

今後の取り組み

――最後に、今後の研究について教えてください。

企業のライフサイクルを通して企業間ネットワークがどう発展するか、そしてそのネットワークは企業の成長とどう関係しているか、というファクトファインディングが今回の研究の内容です。しかしながら、今回の研究では企業のライフサイクルにおける企業の参入や退出は考慮していません。将来的には、参入企業および退出企業も加えた検証を行いたいと思っています。ただ、今回のような企業年齢と企業成長との関係の研究も、まだまだ深めていくべきことがたくさんあります。前述のどのような取引とつながることが大事なのかということに加えて、新規の取引先の構築の観点と既存の取引先との関係の深化の観点をより詳細にすべきであると考えています。実はベルギーのデータでは、付加価値税の算出のためのデータなのですが、全企業の取引先ごとに取引量が把握できていて、既存の取引先との深化を把握できるものが存在します。日本にもそのようなデータがあると良いのですが、日本のデータには存在しません。非常に残念ですが、個々の取引の太さの把握は困難でも、売上高と販売先数、仕入額と仕入先数から平均的な太さは推測できると思います。新規の取引と取引の継続(深化)の両者のメリット、デメリットを検証したいと思います。

さらに、今回のファクトファインディングを基に理論の枠組みを整理して、これらのファクトの理解を深めていくつもりです。企業の成長と企業間ネットワーク、企業年齢の関係性が明らかになってきたので、理論研究を専門とする共同研究者の千賀さんと藤井さんと理論モデルの構築を現在取り組んでいます。ネットワークを考える上で、本研究の安定性に加え、どのような取引先とつながるのが良いのか、新規の取引構築と既存取引先との関係の深化を含めたモデルを構築したいと考えています。

理論モデル構築の体制は整っています。千賀さんは企業のダイナミックモデルの理論とシミュレーション分析を研究していて、今回観測されたネットワーク変数を盛り込むことで、企業成長のシミュレーションが可能となります。マクロ効果も把握できることに加えて、政策シミュレーションも可能であることが魅力的な点です。千賀さんとはスーパーコンピューター「京」のプロジェクトにも一緒に参加していて、さまざまな政策評価ができるようになると期待しています。

また、藤井さんは経済モデルの枠組みにおいてネットワークを明示的に扱った理論などを研究しています。経済分野におけるネットワークの分析はローカルなもの(個々の企業の周りのネットワーク)しか扱われていない研究が多いのですが、われわれのプロジェクトの震災の波及の研究や藤井さんの研究では、局所的ではなくより幅広いネットワーク全体をとらえることが可能です。例えばある企業の成長要因を検討する際に、取引先のさらにその取引先の影響を考慮したりするといったことです。経済理論的にも受け入れられるような形で、われわれの研究で得られたファクトを取り入れ、ネットワーク全体をとらえた理論モデルを構築したいと考えています。実証研究と理論研究の両輪で研究を進めることにより、学術的にも政策的にも付加価値の高い研究を目指しています。

解説者紹介

齊藤 有希子顔写真

齊藤 有希子

2012年4月〜2014年3月経済産業研究所研究員、2014年4月〜2017年3月慶應義塾大学非常勤講師、2014年4月〜経済産業研究所上席研究員
主な著作物:"Production Networks, Geography and Firm Performance," (with A.B.Bernard and A.Moxnes), Journal of Political Economy, forthcoming (NBER Working Paper, No.21082 (2015.4))