Research Digest (DPワンポイント解説)

企業規模に応じた政策と企業の成長

解説者 細野 薫 (ファカルティフェロー)/滝澤 美帆 (東洋大学)
発行日/NO. Research Digest No.0118
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日本では、企業規模に応じた政策、すなわちsize-dependent policyが中小企業の規模や成長に与える影響が注目されるようになってきている。このことを背景に、細野薫RIETIファカルティフェローおよび滝澤美帆教授(東洋大学)は、中小企業基本法の改正に伴う中小企業の定義の変更を利用して、制度改正前後での企業行動の変化を研究した。その結果、size-dependent policyが日本の資本構成、研究開発などに歪みをもたらしている可能性が指摘された。また、その歪みは業種ごとに程度が異なるという結果も得られた。両氏は、業種の特性に即した政策の実施や、より細かな企業規模の区分設定など、size-dependent policyに関するきめ細やかな見直しが必要であるとした。

研究の背景および動機

――今回の研究にはどのような背景があるのでしょうか。

細野:世界中でsize-dependent policy(企業規模に応じた政策)への関心が高まったのは、ミスアロケーション(非効率的な資源配分)に関する研究がきっかけです。経済全体の生産性に関する研究においては、より効率的かつ生産性の高い企業に資本や労働力などの資源が移動し、結果的に経済全体の平均的な生産性が上がるとされています。しかし、資源の移動や配分が何らかの原因で阻害されると、生産性の停滞につながります。このような生産性の停滞につながる非効率な資源配分をミスアロケーションと呼びます。

そして、ミスアロケーションと生産性に関する一連の研究が行われる中で、その要因の1つとして注目され始めたのがsizedependent policyです。日本に限らず数多くの国々で、企業の規模によって受けられる公的支援が変わったり、異なる規制がかけられたりするような政策が講じられています。このように、企業規模に一定の閾値を設けて、その閾値以上と以下で政策を変えるというのがsize-dependent policyです。

日本におけるsize-dependent policyは、大きく2つあると理解しています。1つは、中小企業基本法で定められた製造業、サービス業、小売業といった業種ごとに資本金と従業員の閾値を定めて、閾値を下回る企業に対して行われるさまざまな政策です。公的な融資、研究開発や設備投資への補助などがこれに当たります。そしてもう1つは税制上の政策です。中小企業基本法の定義とはやや異なりますが、こちらも資本金が閾値を超えているかどうかで税率を変えています。

――size-dependent policyに対する問題意識と研究の基本的な動機について教えてください。

細野:閾値を決めてその上下で異なる政策を行うという方法には、いい面と悪い面の両面があります。中小企業は信用力で大企業に劣ることが多く、資金調達などにおいて困難に直面することも多々あります。そのような場合、閾値を下回る企業に対して政策を優遇することは、市場の資源配分を改善するという意味で、size-dependent policyが好影響を与える可能性があります。逆に悪い面として、閾値の近くまで成長してきた企業がその恩恵を得るために、そこで成長を止めてしまうという可能性も考えられます。つまり、size-dependent policyが一種の歪みのようなものをもたらすかもしれないということです。

このいい面、悪い面を含めた効果というものについて、まずは過去のデータに基づいた事実の確認・検証をしたいというのが、今回の研究の動機です。フランスやイタリアなどでは、従業員数の大小のみが雇用規制に関する基準となっていますが、日本の中小企業基本法では、資本金と従業員数のいずれか一方が基準を満たしていれば中小企業として分類されます。そのため、企業は仮に中小企業にとどまるとしても、資本金か従業員数のうち調整コストが低い方を選択できます。そういう意味では、日本の中小企業基本法の定義はそれほど大きな歪みを与えていないかもしれません。そのような可能性も考慮しつつ実情を調べたいということも、研究のモチベーションの1つになりました。

滝澤:以前に日本とアメリカの生産性を産業別に比較した研究を行いました。その結果、サービス業や小売業、卸売業に属する日本の中小企業の生産性は、アメリカと比較して3〜4割程度の水準にとどまっていることが分かりました。また、企業規模でも、日米間には大きな格差があることが分かりました。アメリカでは中小企業から大企業へ成長していった企業が多く見られます。一方、日本では、アメリカほど企業規模の成長は数多く見られません。この格差はどうして起こるのだろうか、といった問題意識が最初にありました。経済全体の生産性を底上げするという意味では中小企業は非常に重要ですが、これら中小企業が経済全体の資源配分の点でどういう影響を受けているのかを検証してみようと思いました。

――生産資源の効率的配分をめぐる政策的な問題意識が、出発点となる動機になったとのことですが、さらに研究手法の面などで、今回の研究を促した要因はありましたでしょうか。

細野:1999年に中小企業基本法が改正された点に着目しました。制度改正により中小企業の基準が一部引き上げられたわけですが、これにより意図せずして大企業から中小企業として分類されてしまう企業が出ました。そのような企業に焦点を当てて、大企業へと成長する企業、中小企業のままとどまる企業を比較することで、より純粋に中小企業政策の効果をとらえられるのではないかと考えたのです。

閾値の設定がもたらす影響

――具体的にはどのような分析を行ったのでしょうか。また、そこからどのような研究結果が得られましたか。

細野:大きく分けて3つのことを行いました。1つは、資本金・従業員数を基にした企業の規模の分布を検証することです。もし、中小企業基本法で定められた閾値の少し下で企業数が突出しているならば、企業が意図的に閾値を超えないようにしており、ある種の歪みが起こっているのだろうと考えられます。逆に、もしそのような突出が無ければ、企業はそれほど中小企業政策を気にせず自由に成長しているのだろうといえます。このようにして、size-dependent policyが企業の生産性に影響を与えているかどうかを測定しました。ただ、資本金による企業分布をそのまま見ると、キリのいい数字に分布が集中しているため、size-dependent policyの影響を見て取ることはできません。そこで、1999年の中小企業基本法の改正による閾値の変更に着目しました。改正以前に閾値の手前で突出していた企業数の分布(bunching)が、改正後に新たな閾値の手前で見られるようになれば、中小企業政策の恩恵を受けるために企業が同規模にとどまろうとしていることが推測できます。この分布に関して、業種により結果が異なりましたが、卸売業や小売業では、制度改正前後におけるbunchingの移動が観察されました。

また、このように企業が意図的に資本金を抑えることで、その企業にどのような影響があるのかを知るため、負債の比率についても調べました。なぜならば、資本金を抑えても負債比率が高くなれば、企業の規模はある程度維持できるからです。閾値の少し下と少し上の近傍した企業で負債比率を比較した結果、制度改正後において、小売業、サービス業、製造業では、閾値の少し下の企業の方が有意に負債比率が高いことが判明しました。負債と資本の比率を経済学では資本構成といいますが、この資本構成にやや歪みが出ているということです。

なお、製造業、サービス業、その他産業では、資本金の分布に関してbunchingは見られませんでした。また、従業員の分布に関しては、どの業種でもbunchingは観察されませんでした。従業員数は生産に直結する要素なので、従業員数ではなく資本金を抑えて中小企業のステータスを維持しようとしているのだと想像できます。

次に、研究内容の2点目として、中小企業から大企業へと飛躍する企業と、中小企業のままとどまる企業の違いを検証しました。中小企業にとどまれば中小企業政策の恩恵を受けられるというメリットがある一方、企業規模を抑えることからくるデメリットもあります。そのような中、どのような企業が成長を選択し、どのような企業が中小企業にとどまることを選択したのかを知りたいと思いました。中小企業基本法の改正により中小企業に位置付けられるようになった企業をサンプルとして調べた結果、小売業では生産性の低い企業が中小企業にとどまる傾向にあるということが分かりました。小売業においては、生産性の低い企業が、より中小企業政策の恩恵を受けるのだと推測されます。

他にも、製造業では研究開発費が高いところほど大企業になりやすい、卸売業では逆に研究開発費が低いところが大企業になる傾向があるなど、いくつかの発見がありました。しかしながら、政策の効果、資本金を抑えるという効果などさまざまな要因が絡み合っているため、産業一律に同じ結果にはなりませんでした。

最後に3点目ですが、大企業になった企業と中小企業にとどまった企業で、その後のパフォーマンスに変化があったかどうかを観察したところ、いくつか有意な結果が得られました。例えば製造業での研究開発比率は、大企業になった後に低下する傾向にあります。これは恐らく、中小企業向けの研究開発の補助を受けられなくなったことが要因になっていると推測します。一方、卸売業では大企業に飛躍した方が収益性・生産性が高まる傾向にあることが分かりました。これは、企業規模を抑えることによる歪みが解消された結果だと考えられます。

図:卸売業の資本金分布
図:卸売業の資本金分布

――政策の如何にかかわらず、もともと収益性や生産性が向上する可能性のある企業が飛躍した結果であったという可能性はないでしょうか。

細野:そのような可能性を排除するよう、以下の2点に配慮して比較検証を行っています。第1に、増資によって大企業になる蓋然性が高い企業をサンプルとし、実際に増資をして大企業になった企業と、実際には増資をせずに中小企業にとどまった企業を対象として比較しています。第2に、一般的な増資の効果と、中小企業から大企業へのステータスの変化の効果を峻別するため、制度改正後に増資によって中小企業から大企業になった企業のパフォーマンス(対非増資企業との差)を、制度改正前に同様の増資を行った企業のパフォーマンス(対非増資企業との差)と比較しています。

――今回の研究に利用された企業活動基本調査とはどのようなデータでしょうか。留意点を交えながら伺えればと思います。

細野:企業活動基本調査は従業員が50人以上、資本金が3,000万円以上の企業に関するデータということで、零細な企業は対象にしておりません。今回の研究では閾値に近接した企業に着目したので、目的に適したデータセットだったと感じています。しかし、中小企業政策全般を評価するには、零細企業への効果も含めて検証しなければなりません。この点は、今回の研究の範囲外ではありますが、留意点として指摘しておきたいと思います。

滝澤:企業活動基本調査は非常に有用なデータセットだと思います。製造業に関する似たようなデータなどは他にもありますが、非製造業を含めた、それも研究開発の動きも見られるようなデータというのはなかなかありません。

1つ1つの政策をきめ細やかに見直していくことが必要

――この研究から、どのような政策的インプリケーションが得られるでしょうか。

細野:今回の研究では、産業によって異なる結果が見られました。これは、size-dependent policyがもたらす影響の実態に沿ったものだと考えています。つまり、設定された閾値とそれに基づいた政策が産業ごとに違うため、結果的に歪みの大小に差が出たのだろうということです。そのため、より産業の特性に応じた政策を組み立てられるよう、1つ1つの政策をきめ細やかに見直していくことが必要なのではないかと思います。また、卸売業や小売業において、中小企業政策が生産性向上を阻害しているように見受けられたので、こちらについてもやはり見直しの必要があるのではないでしょうか。

きめ細やかさというのは、適切で細かい業種の定義という切り口もありますし、中小企業・大企業の二者択一ではなく、より段階的な企業区分の設定を行うという切り口もあると思います。そういった意味では、さまざまな切り口から、きめ細やかに見直すことが大切だと考えられます。

マクロとミクロの2つの方向性でさらに深化した研究を

――今後の研究プランについて教えてください。

細野:今後の研究プランにつきましては、2つの方向性を考えています。1つは、size-dependent policyが経済全体にどのような効果をもたらしているのかというマクロな方向性です。今回の研究は個別企業への影響測定にとどまっていますが、経済全体で見るとどう影響を与えているのかを検証したいと思っています。そこからさらに進むことで、「この程度のコストをかけてこれだけの政策を実施すればこのようなメリットがある」というような仮説が立てられるようになると考えます。何らかの理論モデルを作ってプラスの効果・マイナスの効果の両面を定量的に把握し、結果として経済全体にどのような影響を与えているのかを測定したいです。

そして、もう一方で、1つの政策や特定の業種における影響を深掘りするというミクロな方向性があります。例えば研究開発や設備投資の補助など、個別の政策が与える効果についての検証です。他にも、税制に関していえば、外形標準課税もあります。これも、規模に応じて課税するsize-dependent policyの1つです。外形標準課税の導入時、制度改正時の企業の対応を研究すると、今回と同じようにその効果が測定できるのではないでしょうか。以上、マクロとミクロの2つの方向性に研究を広げていきたいと考えています。

解説者紹介

細野 薫顔写真

細野 薫

2003年4月学習院大学経済学部助教授、2004年4月学習院大学経済学部教授、2010年8月〜12月イェール大学客員研究員、2011年4月財務省財務総合政策研究所総括主任研究官等を経て、2013年4月より現職。
主な著作物:『インタンジブルズ・エコノミー』(淺羽茂、宮川努氏と共編著)(東京大学出版会・2016年)、『金融危機のミクロ経済分析』(東京大学出版会・2010年)
"Natural Disasters, Damage to Banks, and Firm Investment," (with D. Miyakawa, T. Uchino, M. Hazama, A. Ono, U. Uchida, and I. Uesugi), International Economic Review: 57 (4), 1335-1370, 2016. 他


滝澤 美帆顔写真

滝澤 美帆

Profile:2007年4月〜 2008年3月日本学術振興会特別研究員PD(一橋大学)、2008年4月〜2011年3月東洋大学経済学部講師、2011年4月〜 2017年3月東洋大学経済学部准教授、2013年9月〜2014年8月ハーバード大学国際問題研究所日米関係プログラム研究員を経て、2017年4月より東洋大学済学部教授。
主な著作物:「未上場企業によるIPOの動機と上場後の企業パフォーマンス」(pp.253-286)、『インタンジブルズ・エコノミー』(宮川努、淺羽茂、細野薫編)(東京大学出版会・2016年)他