Research Digest (DPワンポイント解説)

わが国における政策の不確実性

解説者 伊藤 新 (研究員)
発行日/NO. Research Digest No.0116
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消費税引き上げの再延期、環太平洋パートナーシップ(TPP)交渉、金融政策―さまざまな政策の「不透明さ」や「不確実性」は、消費活動や投資活動にどのような影響を及ぼすのだろうか。伊藤新RIETI研究員は、新聞記事を基に「政策不確実性指数」を作成し、政策運営の不確実性を定量化。政策の不確実性と経済との関係性を分析した。その結果、政策の不確実性の高まりは経済活動の低下を予兆することが明らかとなった。これは、将来の政策運営を明確化して政策の不確実性を低減することにより経済パフォーマンスの悪化を防げることを示唆している。伊藤研究員は、この指数が政府や民間での経済調査に役立てられるとともに、政策の不確実性に関する知見の蓄積のため学術研究で利用されることを期待していると語る。

研究の背景と方法

――研究を行うきっかけとなった動機、モチベーションを教えてください。

2007年から2008年の世界金融危機の発生に伴い世界各国で景気後退が起きました。その後、景気は回復したものの、そのペースは弱い状況が続きました。なぜ景気回復に勢いがないのか。海外の学者やメディアからいくつかの見方が示されました。その1つは政策の不確実性です。例えば、スタンフォード大学のテイラー教授は、景気回復を阻害している主因の1つとして政策の不確実性を挙げました。医療制度改革や金融制度改革だけでなく、連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策の先行きも見通しにくい状況の中、政策に関する不確実性が減少すれば、企業は余剰資金の活用に動き、良い景気刺激策になると。

研究者の間では、その見方が実際のデータからサポートされるかに大きな関心が寄せられました。後ほど詳しく話しますが、シカゴ大学のデービス教授やスタンフォード大学のブルーム教授らの研究チームは、新聞記事に目をつけて政策不確実性指数と呼ぶ新しい指標を開発しました。今日ではそれを使った研究がたくさん蓄積されています。しかし、日本の政策不確実性に関する知見は欧米と比べて非常に乏しいです。そのギャップを埋める一歩として、まず3つの基本的な質問、すなわち日本の政策不確実性は時間を通じてどう変わってきたか、不確実性を高める源泉はどの分野の政策か、政策の不確実性と経済活動はどう関係しているかに答えることから始める必要があると思いました。

――論文の中の実際の結果について教えてください。特に、政策的含意について教えてください。

このポリシー・ディスカッション・ペーパー(PDP)では、私とシカゴ大学のデービス教授と国際通貨基金(IMF)アジア太平洋局のエコノミストによる共同研究から得られた結果を政策実務家向けに解説しています。主要な結果は先ほど挙げた質問に対応して3つあります。まず、首相の交代や激戦となった国政選挙の時に、政策不確実性指数は高い数値を示しています。また1997年から98年のアジア通貨危機、2008年のリーマン・ブラザーズの経営破綻、2011年の米国での連邦政府債務の上限引き上げをめぐる対立や米国債の格下げ、そして最近では2016年の消費増税の再延期が決まった時にも、その指数が大きな数値を示しています。このようにわが国における政策の不確実性の高まりは国内の要因だけでなく、海外の要因によっても生じるという特徴があります。

次に、政策の不確実性の高まりは主に財政政策関係の事柄が原因となって生じることが分かりました。具体的には、全体の約6割が財政政策に関係する事柄であり、約3割が金融政策に関係する事柄となっています。最後に、シンプルな計量分析によれば、政策の不確実性の高まりは経済のパフォーマンス低下の予兆になることが分かりました。

3番目の結果は、政権運営を安定させたり政策の先行き見通しをはっきりさせたりして政策の不確実性を高めないことが経済にとって良いことを示唆しています。

――政策の不確実性を測る方法について教えてください。

政策の不確実性を測る方法として、いくつかのアプローチがあります。1つはアンケート調査による方法です。この方法の良い点は、さまざまな特性をもつ家計や企業が直面する不確実性を直接とらえられるところです。しかし短所もあります。週次や月次での高い頻度で大規模なアンケート調査を行うには手間がかかります。さらに過去に遡ってデータを得るのが難しく、時系列分析に向いていないところが難点です。

この他に新聞記事を活用する方法があります。スタンフォード大学のブルーム教授やシカゴ大学のデービス教授らの研究グループは、政策の不確実性に言及した新聞記事の掲載頻度に着目し、不確実性の度合いを表す指標を考案しました。このアプローチの背景には、そうした記事がたくさん掲載されるとき家計や企業は不確実性が高い状況に直面しているはずだという考えがあります。その方法の良い点は、過去に遡って高い頻度のデータが利用できるところです。主要な新聞では記事データベースを利用して長い期間にわたり記事検索ができます。一方で欠点もあります。このアプローチでは特性が異なる家計や企業が直面する不確実性を捉えることは難しいです。ここでは研究目的にかなうアプローチとして後者を採用しました。

不確実性指数の作成方法

――不確実性の指数の作成方法について、具体的にどう行っているのか教えてください。

日本経済新聞、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞の4紙に掲載された記事の中から、この3つのカテゴリーにおける用語を少なくとも1つ含む記事を新聞ごとに月単位で収集します。記事の収集は1987年1月から行います。

"Economy":経済、景気
"Uncertainty":不透明、不確実、不確定、不安
"Policy":税制や歳出など政策に関係する用語

economyとuncertaintyに対応する日本語の用語は、日本語版の記事と新聞社によって翻訳された英語版の記事を精読して選び出しています。uncertaintyを例にその方法を簡潔に説明しましょう。まずuncertaintyまたはuncertainを含む記事の中からランダムに一定量の記事を抽出します。抽出された記事とその日本語版の記事を照合し、uncertaintyまたはuncertainに対応する日本語の用語を特定します。その結果、「不透明」、「不安」、「微妙」、「不確実」、「不安定」、「不確定」の頻度が相対的に高いことが分かりました。

次に「経済」と「不透明」の両方を含む記事の中からランダムに一定量の記事を抽出します。抽出された記事とその英語版の記事を照合し、「不透明」に対応する英語の用語を特定します。他の5つの用語についても同じことをします。6つの用語のなかでuncertaintyまたはuncertainの頻度が高かったのは「不透明」、「不安」、「不確実」、「不確定」であり、これら4つを採用しました。economyについてもほとんど同じことを行い、「経済」と「景気」を採用しました。

一方、"Policy"カテゴリーについては、デービス教授らが米国の指数を作るときに候補に挙がった用語の多くを使っています。それらに対応する日本語の用語は先ほど話したのと同様の方法で選び出しています。最終的に税制、政府債務、規制、法案、日本銀行など全部で32の用語を採用しました。

こうして収集された記事の件数データに季節調整を行うなどいくつかの処理をした後、最終的に1987年1月から2015年12月までの平均値が100となる指数を算出します。また全政策に加えて個別政策の指数も作っています。具体的には、財政政策、金融政策、為替政策、通商政策です。まず全政策の指数を作るために収集した記事の中から個別政策に関係する用語を含む記事を抽出します。その抽出された記事を基に指数を算出します。指数のデータは月次です。データの開始時点は1987年1月です。

政策不確実性指数
図:政策不確実性指数
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① ブラックマンデー、中曽根首相が自民党の後継総裁に竹下氏を指名、米財政赤字削減をめぐるレーガン大統領と連邦議会の協議が難航、日米欧の中銀によるドル買い協調介入(87.10)
② 経営破綻した信用組合の不良債権処理に必要な支出を含む補正予算案が都議会で否決、日米欧の中銀によるドル買い協調介入、公定歩合の引き下げをめぐる議論(95.03)
③ アジア通貨危機、銀行や証券会社の相次ぐ経営破綻、財政再建路線の転換をめぐる議論(97.11-12)
④ 参院選で与党自民党が敗北、衆参ねじれが発生、ロシア危機(98.07-08)
⑤ 衆院総選挙で連立与党の議席が減少、政権運営への不安(00.06)
⑥ 森首相の退陣をめぐり与党内で激しい対立、政策金利がゼロ下限に迫るなか量的緩和策の導入をめぐる議論、同政策の導入(01.02-03)
⑦ 参院選挙、小泉首相の構造改革をめぐる議論(01.07)
⑧ 不良債権処理加速策や大規模な財政出動による景気対策をめぐり政府と与党が激しく対立、追加の金融緩和をめぐる議論、量的緩和の拡大(02.10)
⑨ 参院で日銀総裁人事案が相次ぎ否決(08.03)
⑩ リーマン・ブラザーズ経営破綻、政策金利の引き下げ、景気対策をめぐる議論(08.09-10)
⑪ 米連邦議会でバイ・アメリカン条項を含む景気対策法案の審議(09.02)
⑫ ギリシャ危機、鳩山首相が辞任(10.05-06)
⑬ 米国債の格下げ、欧州債務危機不安、菅首相が辞任、急激な円高のなか金融緩和を強化、日銀による円売り単独介入(11.08)
⑭ ギリシャとスペインで債務危機不安、社会保障と税の一体改革関連法案修正をめぐる3 党協議(12.06)
⑮ マイナス金利政策の導入(16.01-02)
⑯ 消費税率の引き上げ再延期、EU からの離脱の是非を問う英国民投票(16.05-06)
⑰ 米大統領選挙(16.11)
⑱ 米トランプ政権が発足(17.01)

指数の特徴について

――2000年以前に出てきた指数について、詳しく教えてください。

この図では政策不確実性指数を描いています。指数の値が大きければ大きいほど不確実性が高いことを示します。1990年代の中頃まで指数はおおむね100を下回る水準で推移しています。しかし指数が大きく上昇したときがあります。例えば1987年10月です。このとき国内では中曽根首相の後任人事をめぐって不透明感が強まりました。一方、海外では財政赤字の削減をめぐりレーガン大統領と議会が激しく対立しました。

過去30年で指数が非常に高い水準に達した時期の1つが1990年代後半です。当時、橋本内閣は財政再建に着手し緊縮的な財政運営を行っていました。しかし1997年にアジア通貨危機が起こると景気は急速に悪化しだしました。これを受けて野党だけでなく与党内からも財政再建の一時棚上げと積極財政への転換を求める声が強まったのです。財政再建派と積極財政派の激しい対立は財政政策をめぐる不確実性を高めました。

指数は1998年に再び上昇しています。7月の参院選挙で自民党は議席を減らしました。その結果、参議院では野党が多数派となり、国会ではねじれ現象が生じました。ねじれ国会の下では政策運営が厳しくなるとの不安が高まりました。その後、自民党は自由党などと連立政権を組むことにより参院で過半数を回復し、ねじれは解消されました。それを受けて指数は大きく下がりました。

――その後2000年に入って再び不確実性の指数が高くなった時期について、詳しく教えてください。

図から見て取れるように、2000年以降、指数はたびたび高い数値を示しています。例えば2001年です。森首相の退陣をめぐり与党内で激しい対立が起こり、政治不安が高まりました。また政策金利の引き下げ余地がなくなる中、日本銀行(日銀)による新たな金融緩和策の導入について議論が交わされました。時間を前に進め、2008年に指数は過去30年で最も大きい値を示しています。世界金融危機の発生に伴う景気後退にどう政策対応、特に財政政策面で対応するかをめぐり議論が交わされました。2010年代に入ると、指数は欧州債務危機、米国での連邦政府債務上限の引き上げ問題、日銀によるマイナス金利政策の導入そして消費増税再延期のような大きな出来事のときに高い数値を示しています。直近では2016年11月の米国大統領選挙のときに指数が急上昇しました。

――安倍政権における消費税引き上げの再延期に際して、著しく不確実性が高まっていますが、消費税率の引き上げと不確実性の関係について教えてください。

まず消費税率の引き上げが延期されたときの財政政策不確実性指数の動きを押さえておくのが良いと思います。最初の延期のとき、すなわち2014年11月の指数の上昇幅は約20ポイントでした。一方、2度目の延期時、すなわち2016年5月に指数は約80ポイント上がっています。このことは引き上げ延期が必ずしも不確実性を高めるわけではないことを示唆しています。では、なぜ2度目の延期で不確実性がそれほど増したのか。首相がしっかり堅持するとした財政健全化目標をクリアするための説得力ある具体的な準備を示さなかったことが一因と私はみています。引き上げ再延期を表明した記者会見で首相は高まる財政需要には経済成長により得られる税収増の一部を活用していく考えを示しました。しかし、2019年の税率引き上げがどう担保されるのか、財政余剰をどう生み出していくかについて明確には示されませんでした。

金融政策・通商政策の不確実性について

――金融政策や通商政策の不確実性、また最近のTPP、米国大統領選挙と不確実性の関係について教えてください。

最初に金融政策不確実性指数について説明し、それから通商政策不確実性指数について説明します。金融政策不確実性指数には3つの特徴があります。第1に金融政策の枠組みに変更が生じたときの前後で指数が高い値を示しています。例えば2001年初めです。政策金利の引き下げ余地が乏しくなる中、新たな金融緩和策の導入をめぐり議論が交わされました。3月に日銀は金融市場調節の操作目標を日銀当座預金残高とする量的緩和政策を新たに導入しました。また2016年初めに日銀がマイナス金利政策を導入したときに指数は急上昇しています。第2にドル円が80円付近を推移していた時期に指数が大きく上昇しています。1995年には公定歩合の引き下げをめぐる議論が交わされ、2010年や2011年には量的緩和の拡大をめぐる議論が交わされました。最後に2008年初めに日銀総裁が空席になる恐れがあったときに指数が高い値を示しています。ねじれ国会で与党は政府が提出する次期総裁人事案を可決することが難しくなったためです。

次に通商政策不確実性指数へ目を向けます。この指数が大きく上昇する時期が2つあります。1つは1980年代後半から1990年代前半です。1988年に米国の連邦議会で包括通商法案が審議されたときや1993年にガット・ウルグアイラウンドで合意に向けた最終交渉が行われたときに指数が上がっています。もう1つは2011年以降の時期です。指数の動きはTPP協定と深く関係しています。例えば2011年11月に指数が急上昇しています。このときTPP協定の交渉に参加するかどうかをめぐり与党民主党内で激しい対立が起きました。また2014年から2015年にかけてはTPP交渉の最終合意、議会での批准手続きに対する不安の高まりから指数が上がっています。最後に2016年11月の米国大統領選挙や2017年1月のトランプ新政権発足では指数が過去30年で最も高い水準まで上昇しました。米国のTPP協定離脱をめぐる不確実性が大きかったためです。

今回の研究のさらなる発展と今後の課題

――今回の、またその前の論文も含めて、今後この研究をさらにどのように拡張していく予定ですか。

今回作った指数にはいくつかの課題があります。そのうちの1つが"Policy"に関する用語です。米国の指数のように、政策の不確実性について言及されている記事の中で出現頻度の高い用語が何であるかをきちんと調べる必要があります。しかし、この研究ではそれを行うことができていません。

この研究では日本の政策不確実性について3つの基本的な質問に答えるために新聞記事を活用して新しい指数を作りました。この指数が政府や民間での経済調査に役立てられるとともに、政策の不確実性に関する知見の蓄積のため学術研究で利用されることを期待しています。

解説者紹介

伊藤 新顔写真

伊藤 新

2009年-2012年一橋大学経済研究所研究員、2012年- 2013年東京大学大学院経済学研究科学術支援専門職員、2013年より経済産業研究所研究員
主な著作物:"Fiscal policy switching in Japan, the US, and the UK," Journal of The Japanese and International Economics, 25 (4), 2011 (with Tsutomu Watanabe and Tomoyoshi Yabu), "Policy Uncertainty in Japan," IMF Working Paper 17/128, 2017 (with Elif C. Arbatli, Steven J. Davis, Naoko Miake, Ikuo Saito)